パラレルいろいろ
「この婚約は破棄します」
僕には、婚約者がいる。
工藤新一。十二歳年下の十七歳の男の子だ。白百合のような凛とした美しさを持つ彼は、黙っていれば儚げで、放っておけない雰囲気を放つ。口を開けばその幻想を粉々に打ち砕くほど、立派な男の子なのだけれど。
家同士の結びつきを強固にするための政略結婚とはいえ、僕は新一くんのことを大切に想っていた。恋愛に対して夢見がちなところがある新一くんが怯えないよう下心はしまい込んで、誠実に見えるような愛情だけを注いでいた。
それが、言うに事欠いて「降谷さんがオレのことそういう対象で見れないのはもうわかってます」と来たもんだ。
今日は久しぶりのデートだった。このところ忙しくて、会う時間をなかなか作れずにいたため、いっぱい新一くんを甘やかすつもりでいた。
新一くんは、僕が家に迎えに行った時からずっと浮かない表情をしていた。正直、憂い顔の新一くんは普段と違い大人しくてそれはそれでグッとくる。その時点ではまだ、そんな風に呑気に構えていたのだ。
また厄介な事件にでも関わっているのかと様子を探りつつ、イタリアンレストランでのランチを終え、オープンしたばかりの水族館に連れてくるも、新一くんは気もそぞろで溜息ばかり吐く。人混みのなか、迷子にならないよう新一くんの手を引きながら、ディナーの予定はキャンセルしてじっくり話を聞く必要があるな、と考えていたら、この展開である。
「今まで迷惑かけてすみませんでした」
勝手に自己完結して、別れを告げてくる婚約者に、目の奥がじんと痛んだ。昂る感情を落ち着かせるために、左手で拳を握る。
水族館の出入り口前に設置された噴水が、夕陽に照らされオレンジにきらめいていた。
「オレ、電車で帰るんでもう大丈夫です」
ずっと繋いだままでいた右手が、踵を返そうとする新一くんの邪魔をする。
「降谷さん? 離して、」
「いやだ」
冷静に、と己に言い聞かせているのに、憤りで声が震える。いつもより低い声が出てしまった。新一くんの身体がびくりと震える。
「きみはちっとも僕の話を聞くつもりがないんだね」
強引に手を引き寄せて、胸の中に閉じ込める。丸くなった瞳が僕を見上げた。
ロイヤルブルーの瞳に反射した斜陽が、揺らいでいた。
「そんな顔させてごめんね」
目尻から溢れ出しそうな蜜に唇を当てる。口を半開きにして固まった新一くんの額にもキスを落とす。
「僕は新一くんのことが好きだよ。言葉にしないから、手を出さないから、不安にさせてしまった?」
口をぱくぱくさせるだけの新一くんの腰を逃さないようしっかりと掴んで、上から覗くこむようにして視線を合わせた。小首を傾げ、眉根を下げる。「うぐぅっ」新一くんが面白い声をあげ、心臓のあたりをつかんだ。
新一くんは、僕の顔に弱い。やはり心変わりをしたわけではないのだと安堵する。畳み掛けるように小さく苦笑した。
「それとも、僕がきみに比べると随分おじさんだから嫌になってしまったのかな?」
「ちがう!」
間髪入れずに否定してくれた新一くんは、視線を左右に彷徨わせ、俯こうとした。そっと頬に手をあて顔を僕から背けられないようにする。
「じゃあ、どうして?」
「……って、」
「うん?」
「だって、降谷さん、二年もオレと婚約してるのに、ちっともオレにキ、キスとかしてくんねえじゃん……アンタにとってそういう対象じゃないオレが、アンタのそばにいる綺麗な人たちの邪魔をするのは悪いだろ……」
「してもいいの」
「っ、ぅ?」
返事を待たずに、甘い唇に触れる。わざと軽い音を立てて離れる。なにか言おうと口を開きかけた新一くんの頭をつかみ、顔を上向きにさせると、覆いかぶさるようにしてさっきより深く口付けた。
口の隙間から、新一くんの濡れた声が漏れる。昂ってきた中心を、新一くんに押しつけた。
「キスだけじゃ止まらなくなるから、隠してたんだよ」
口を離し、耳元で囁く。僕の胸にくったりもたれかかっている新一くんの、夕陽と同じ色に染まったうなじを撫でた。ひあ、と可愛らしい声があがる。もう一度、好きだよ、と囁いた。新一くんはぴくっと肩を揺らす。睫毛を伏せた新一くんは、僕の胸に手をあて少し身体をはなすと、くっついたままの股間を見ながら、顎に右手をあて、熟考しだした。
そんな僕たちの横を、あからさまに視線をそらした人々が、幾人も通り過ぎていく。
「もういっかい、」
二十一人が通り抜けていったところで、ようやく新一くんが顔をあげた。
外灯が淡い光を灯し出す。
夕焼け色の新一くんは、僕の胸ぐらをつかみ背伸びをすると、勢いよく唇を押し付けてきた。
「ぷはっ」
唇を離すと新一くんは息を吐いて、照れ臭そうに微笑んだ。
「やっぱ、婚約破棄するっていったのはナシで」
「……だめ」
にこやかな笑みを浮かべて、左手で新一くんの腰をしっかりと押さえ、右手は顎をつかんだ。
「あんなにきみのことを大切にしていた僕の愛を疑って、下心を暴いたんだから、きみは責任をとらないと」
「え、なっ……ん、んンぅ〜〜っ!」
言い訳のために薄く開かれた唇に舌をねじ込み、唾液を絡ませる。背中を反らせた新一くんが倒れないよう支えながら、柔らかな唇を貪った。
「ダーリン、これだけで済ませると思うなよ」