そのほか



夕飯をごちそうする、と降谷さんが家にオレを招待してくれた。
降谷さんがこうしてセーフハウスのひとつにオレを呼んでくれるのは、これで3回目。警戒心の強い降谷さんのテリトリーに招いてもらえるようになったことは、信頼されているようで正直ちょっとだけ嬉しい。

「すぐ用意するからそこで大人しくテレビでも観ててくれ。家探しなんてしないでくれよ?」
全然信用されてねえセリフに、「へえへえ」と適当な返事をして、期待に応えるためソファの下を覗き込んだ。

エロ本の一冊どころか、埃ひとつ落ちてないピカピカの床。
あとで回収されるのをわかっていて、シャツのボタンにつけていたシール型発信機をひとつつけて、そろりとソファから顔をあげた。

キッチンに立っている降谷さんは、リビングに背を向けている。ザクザクと野菜を切り刻む音が聞こえる。
今夜は鍋だ。降谷さんはスーパーでそう言いながら、ネギを物色していた。
そろりと立ち上がって、すり足でソファから離れる。
この家に来た時からずっと、リビングから繋がる引き戸が半分開いていたことが気になっていた。
前に二回訪れた時は、ピッタリ扉が閉ざされていたその部屋は、降谷さんの寝室だ。
前回扉を開けて覗こうとしたら「男の寝室なんて覗いてなにが楽しいんだ? 工藤くんのえっち」とからかわれて、見せてもらえなかった。

(開いてるってことは、今日は見ていいってことだよな?)
するりと扉の隙間から部屋に入って、室内を見渡す。
床は畳で、壁側には直置きされたマットレス、部屋の中央には小さなテーブル。テーブルの上にはノートパソコンと、質素な部屋に似つかわしく無い骨董品の壺がちょこんと置かれていた。
「……もしかして、捜査で押収した壺か?」
そうっと近づいて、壺の中を覗き込み慎重に壺へむかって手を伸ばす。
「こら!工藤くん!」
背後から聞こえた降谷さんの大きな声に驚き体が跳ねた。指先が壺の淵に触れ、大きく壺が傾く。慌てて手で掴もうとするも虚しく、ゴトンと音を立てて壺は床に落ちた。そして見事に真っ二つに割れる。
「……うそだろ?」
低い位置から畳に落下したのに、こんな見事に真っ二つになるだろうか。
疑問符は浮かぶものの、とりあえず謝罪するため振り返ろうとする。その瞬間、ポンッと肩を優しく叩かれた。

「……時価一千万の壺」

謝罪を口にする前に、オレの背後に膝をついた降谷さんがそう囁いた。
オレの肩を節くれだった大きな手が覆っている。
「じょ、冗談ですよね……?」
「残念ながら、鑑定書もあるんだよ……安室として探偵をやっていた時に、依頼人からもらったものでね」
ちらりと降谷さんが視線をテーブルの下に向ける。そこには、蓋の開いた木箱と年季の入った紙が広がっているのが見える。
「これを売ろうと思っていたんだけど、壊れちゃったのなら仕方ないね……工藤くんには、身体で払ってもらおうかな♡」
うっそりと歪な笑みを浮かべた降谷さんがオレの肩に置いていた手を滑らせた。背後から抱きしめられ、ぎゅっと目を瞑る。
それから、長い沈黙の後、ぷっと耳元で降谷さんが噴き出した。首筋に笑みがかかってくすぐったい。
「ちょっと……」
じろりと降谷さんを睨みつける。降谷さんは喉を鳴らして笑い続けた。
「ごめん、ごめん……あまりにも見事に引っかかってくれるから面白くなっちゃって……」
降谷さんはオレから離れ、二つに分かれた壺を拾う。
「この壺は僕が割ったんだ。新人研修の一環で、僕のことを一週間調査して情報を集めてみろって課題を出したら、さっそく風見経由でプレゼントをもらってね。案の定割ってみたら発信機が出てきたよ。こんな分かりやすい手を使うようじゃまだまだだな……」
むうっと片眉を上げた降谷さんは箱の中にツボをしまった。
「それ、オレもやりたい!」
畳に手をつき前のめりになって、降谷さんに顔を近づける。降谷さんは「えぇ、?」と困惑気味に瞬く。
「現役捜査官の調査、オレもしたいです!」
「うーん……それじゃあやってみる? 工藤くん相手なら、僕の潜入捜査官として腕も磨かれそうだし」
渋るかと思ったのに、意外にも降谷さんは了承した。
「そうだな。君への課題は、一週間僕とこの家で過ごして、僕が特別に想っている人を当てることでどうだい? 色恋沙汰に疎いきみには難しいかもしれないけれど」
「は? ンなの三日もありゃ十分ですよ!」
ふんっと鼻息荒く、降谷さんの出した課題を反芻する。
「え、っ、つーか降谷さんにも特別に想うような人なんているんですね…」
まじまじと降谷さんを眺める。
ほんの少しだけ息苦しくなった。
「いるさ。とっても美人で可愛くて、迂闊で鈍感で、突拍子もない行動も多いけど、ある部分では扱いやすくてチョロい子だよ」
降谷さんが目元を和らげ、オレの頬に手を当てる。
「降谷さん趣味悪くねーか?」
頬から滑ってきた降谷さんの指先がオレの顎を撫でた。

「それに同意してしまうと、三日後のきみが不機嫌になるからノーコメントで」
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