パラレルいろいろ



「蘭! 体育祭の実行委員長が降谷先輩ってマジ?」
 勢いよく蘭の席までやってきた園子が、そう言って蘭の机に手をついた。大きな目を丸くした蘭が何度か瞬きをして、ぎこちなく頷く。
「おはよう、園子。どうしたの、急に」
 苦笑いした蘭に、園子は頭を抱えて俯いた。
「降谷先輩が委員長なら、私が立候補しとけばよかった!」
「……ああ、そういうこと」
 納得したように蘭は頷いて、鞄を机の横に引っ掛ける。
「たしかに降谷先輩、かっこいいよね。女の子たちから人気な理由わかるかも」
 ──フルヤセンパイ、カッコイイヨネ?
 思わず横目で観察していた蘭に視線を向けてしまう。オレと蘭の机の間には二列も距離があるのに、速攻で園子がオレに気づいて、にやにやしながら近づいてきた。
「新一くん、今日は来てたのね。もう風邪はよくなったの?」
「おかげさまでな……」
 先週あった高校の入学式のあとすぐに高熱を出したオレは、昨日学校を欠席していた。でも、いまそんなことはどうでもいい。
「アンタ私に感謝しなさいよ〜! 代わりに委員会決めのくじ引いて図書委員を引き当ててあげたんだから!」
 ふんぞりかえる園子に、適当に感謝して、蘭に聞こえないよう声を潜めて問いかける。
「で、誰だよ。フルヤって」
 園子が目を丸くした。
「まさか……この高校に通っててあの降谷先輩を知らないなんて、新一くん……さてはモグリね?」
「……は? ちゃんと受験して合格してるっての」
「しゃーない。無知な新一くんに、園子様が教えてやるか。いい? 降谷先輩っていうのはね、この学校の三年生。降谷零先輩よ。三年の学年主席で、スポーツ万能。背が高くて、すっっっっっっっっごいイケメン」
 今年の体育祭実行委員の委員長で、今の一、二年生には先輩に憧れて入学を決めた子も多い。
 園子の長い話をまとめると、そんな内容だった。
 途中で蘭がオレの体調を心配して近づいてきたから、あまり深くは聞けなかったけれど。
 ようするに、フルヤレイは、ちょっと顔が良くて、少し運動ができて、まあまあ頭が良いやつだってことだ。
 ……。
 空想のフルヤレイが蘭の腰に手を回し、蘭がうっとりした顔でフルヤレイを見上げそうになって、頭を横に振った。
「そんなのぜってえ見過ごせるかよ……」
 一限目、現国の授業を聞き流しながら闘志を燃やす。
 待ってろよ、フルヤレイ。お前のその完璧な仮面を引き剥がして蘭には相応しくない相手だってことを、オレが暴いてみせるからな……!

   ♡ ♡ ♡

 体育倉庫の影に隠れて、調査対象を視認する。
 黒いジャージを着た金髪の背の高い男が、黒髪短髪で柔和な雰囲気の諸伏先輩と談笑していた。
 金髪の男の名前は、降谷零。三年A組、出席番号二十八。顔面は園子が絶賛するだけあって、そこそこだ。青灰色の垂れ目で温厚そうにも見えるけれど、意志の強そうな釣り上がった眉には内面の頑固さが表れている……ような気もする。
 学年主席で、一年の頃から常に成績はトップ。運動神経も中々で、去年一昨年と体育祭や球技大会では大活躍だったらしい。
 そんな降谷零と仲の良い人物が4人。まずはそっちに接触して、より詳細な降谷零の情報を手に入れるか、と今後の方針を決めたところで、後ろから首を掴まれた。
「お前、この間からこそこそ何してんだ?」
「げ……」
 振り向くと、そこにいたのは松田先輩だった。降谷零の友人の一人だ。うまい言い訳を探して口を開くと、それより早く、別の声がかかった。
「松田、どうした?」
 甘い柔らかな声だった。
松田先輩の目が細くなって、パッと掴んでいたオレの首根っこを離した。バランスを崩して、その場に尻もちをついてしまう。
「最近ゼロの周りをうろついてたストーカー、捕まえたぜ」
「すっ、……!」
 ストーカーじゃない!
 松田陣平に言い返す前に、「ストーカーじゃなくて、」と穏やかな声が遮った。
 たった二年しか違わないのに、オレより随分大きく見える手が、目の前に差し出される。
「探偵、だろ? 工藤新一くん」
 降谷零は、オレを引っ張り起こして微笑んだ。
「きみの探偵としての活躍はいろいろと聞いているよ。すごいよな。同じ学校だって知って、ずっと話してみたいと思ってたんだ」
「……それはどーも」
 もしかして、降谷零……、降谷先輩ってめちゃくちゃ良い人なのか?
 さっそく絆されそうになってブンブン頭を横に振る。
 松田先輩が肩を竦めて、遠巻きにオレたちを見ていた諸伏先輩たちの方へ歩いていった。
「……僕に、何か用だった?」
 松田先輩の後ろ姿を見送っていると、降谷先輩が首を傾げて、オレの視界に飛び込んでくる。
「あ、え……」
「制服に土がついてるよ」
 前からオレを抱き込むようにして降谷先輩がオレの腰からケツのあたりについた土埃を払ってくれた。
 ……いや、距離が近すぎる。
 腕を入れて降谷先輩と距離をとり、自分でケツ回りを叩いて汚れを払い直した。
「もしかして、誰かに僕の調査でも頼まれた?」
 青灰色の瞳が細まる。探るような視線に、生唾を飲み込んだ。
「そういうわけじゃ……ただ、オレが降谷先輩のこと知りたいって思っただけです」
 嘘はついてない。でも今にも目が泳ぎ出しそうだ。
 好きな子が、アンタに興味あるみたいだから調べてただけです、なんてことをもしも白状してしまって、それがきっかけで蘭と降谷先輩の距離が縮まってどうにかなったら地獄の始まりだ。
 必死に降谷先輩から目を離さずにいると、ふっと降谷先輩が目尻を和らげた。
「そうなんだ。じゃあ、こんな風に隠れて調べるのはもうやめて、僕と仲良くしようよ」
「……は?」
「僕のことを知りたいんだろ? それなら僕が教えてあげる。嬉しいな。工藤くんとどうしたら仲良くなれるのかってずっと考えてたんだ」
 降谷先輩はそう言ってオレの腰に手を回してきた。
 腕の中に閉じ込められて「距離が近すぎるんですけど」とさっき心の中で突っ込んだことを口に出した。
 降谷先輩は、うっすら赤くした頬を人差し指でかく。
「僕は部活もやっていないし、あんまり後輩と接する機会がなくて……仲の良い後輩って少し憧れがあったんだ。だからって、急すぎたよな。ごめん」
 くしゃりと困ったように微笑む顔に、ぎゅっと胸が絞られた。なんだその子犬みてーな顔。反則だろ。
「ま……まあ、びっくりしただけなので、いやってわけじゃねーけど……って、だから近い!」
 気づいたら鼻先に迫ってた降谷先輩の顔を手のひらで押し返す。悪ノリした降谷先輩が声を立てて笑った。
「ぐずぐずしてると昼休みが終わっちゃうな。おいで、購買でパンでも奢ってあげるよ」
「まじ? 優しいっすね、降谷先輩。オレ焼きそばパンがいい」
「僕はそんなに優しくないよ」
 悪戯っぽく目を弧にした降谷先輩は、オレの頭に手を置いて、ぐちゃぐちゃに頭を撫でた。

 結局、昼休みに焼きそばパンは売り切れてたけど、降谷先輩は放課後オレを待ち伏せして、コンビニで焼きそばパンを買ってくれた。
 降谷先輩は、変わってるけど、たぶん良い人だ。
 ……だからって、蘭との交際を認めるわけねーけど。
 二人の仲が進展しないようにするには、降谷先輩とも仲良くなっといた方がいいかもな。
 奢ってもらった焼きそばパンを頬張りながら、そんなことを考えていると、メロンパンの最後の一口を頬張った降谷先輩と目があう。
「あ、ごめん。一口欲しかった?」
 全部食べちゃった、と気まずそうに肩を落とす姿にプラスして、しゅんっと垂れた耳が見えて、ぷっと吹き出した。
 そういう打算を抜きにしても、この人と仲良くなるのは悪くないと思ってる時点で、きっと、オレもこの人に誑かされてるのかもしれない。

   🖤

 「きみって、本当にチョロいよな」



 
7/8ページ
スキ