同棲設定
付き合ってから何年も経つと、イベントごとも疎かになりがちだ。
クリスマスメドレーが流れるスーパーのお惣菜コーナーで、並べられた骨つきチキンに二百円引きシールが貼られているのを見て、そういや今日はクリスマスかと思い至った。
零さんと付き合って五年、同棲して三年。
付き合って最初の年は、プレゼントにはなにを送ろうか、当日や、当日は無理でも直近で会えるのだろうかとソワソワしていた思い出もある。
蓋を開けてみれば、お互いに忙しすぎてクリスマスのこともすっかり頭から抜け落ち、会えたのは年が明けてからだった。クリスマスプレゼントも込みだという分厚いお年玉を差し出してきた恋人が、不安そうな顔をしているのがおかしくて、笑ってしまった覚えがある。
二年目は秋頃から零さんと音信不通になっていて、クリスマスよりも、零さんの潜入先の情報を探ることに夢中になっていた。
三年目、潜入先から戻ってきた零さんと同棲をはじめた。11月下旬から、家のリビングにはクリスマスツリーが飾られていたけれど、やっぱりクリスマスには会えなかった。それも折り込み済みで買った4号のケーキを二日かけてコーヒーと共に胃に流し込んだ。
クリスマスツリーは、年末の大掃除をしに二十八日に帰ってきた零さんと一緒に片付けをした。
四年目、オレが調査依頼で北海道に行っていて吹雪で飛行機が飛ばず、東都に帰れなかった。零さんから、ハロとクリスマスツリーの写真が送られてきた。
そんな調子で、時間の経過は関係なく、恋人とクリスマスを過ごしたことのないせいか、今年は本気でクリスマスという日を失念していた。今年はクリスマスツリーすらも出されていない。
……片付けんの大変だしな。
二百円引きの冷めたチキンをひとつ買い物かごにいれ、ぐるりと店内をまわり、ショートケーキとカップラーメン、ささみを追加した。
カップラーメンを作るのに余ったお湯で、ささみを茹でハロにもプレゼントする。はぐはぐ美味しそうにささみを食うハロを横目に、食後のショートケーキにフォークを入れた。生クリームの上には小粒のいちごが乗っているが、スポンジの間に挟まれたクリームにはイチゴジャムが入っている。甘すぎるケーキを、アイスコーヒーで胃に下していく。
……あの人、今頃なにしてんのかな。
ささみを食べ終わったハロが顔をあげて、ぺろりと口の周りを舐めた。頭を撫でると、ぴくっと耳を動かし、玄関に視線を向ける。ハロは、床から腰を浮かし、ぶんぶん尻尾をはち切れそうに振った。
「……れいさん?」
まさかと思いながらオレも玄関に視線を向ける。オレの耳にはまだなんの音も届いていないけれど、ハロは「そうだよ!」というかのように嬉しそうに小さく声をあげると、玄関に向かって走っていった。
玄関から慌ただしい音が聞こえる。扉の向こうで、「うわ、」という零さんの間抜けな声が聞こえた。椅子から腰を浮かし、玄関に向かうと、ドアノブが大きな音を立てて動いた。
「た、だいま……っと!」
扉が開くと、冷気と一緒に、両手いっぱいに荷物を抱えた零さんが現れた。零さんの脇に抱えられた花束が落ちそうになったのを、床寸前で受け止める。ずっしりとした白バラの束は、百本くらいはありそうだった。
「どうしたんですか、これ?」
「五年分だからね、張り切りすぎて……全部、きみに」
はにかむように笑った零さんは、そこで、はっと慌てたように手元を見ようとした。零さんの右手には腕時計がある。その文字盤を掌で覆い被せるようにして、零さんの腕をつかんだ。
そのまま引き寄せて、ひんやり冷たいアイスみたいな唇に口を押し付ける。零さんの手から滑り落ちた紙袋がいくつか床に落ちた。手を零さんの腰に回して、ぴったりと身を寄せ合う。はむりと下唇を噛む。
「ん、こら、まだ手洗いうがいしてないから」
そう言いつつ、零さんの手が、オレの背中にまわる。
「もう少しだけ」
少し踵を浮かせて零さんを見上げると、零さんは一度ぎゅっと目をつぶって、瞳が開くと同時にオレに覆い被さってきた。
「わっ、」
重たい体を受け止めきれず、二人で床に転がる。零さんが落とした宝物の山に囲まれて、鼻先を擦り付けくすくす笑う。
「れいさん」
零さんの太腿の間に入った足をたて、膝で股間を撫で上げる。
「オレも、とっておきのプレゼント用意してますよ」
太い首筋に腕を回して顔をぐっと引き寄せる。そうして近づいてきた耳元に息を吹きかけるようにしてつぶやいた。
「お、れ」
零さんの身体が火を吹く。呻きながらオレの首筋に額をぐりぐりしてきた零さんは、大型犬みたいで可愛い。
付き合ってから何年経っても、イベントごとを大事にしてくれようとしているらしい可愛い恋人に、最高のプレゼントを渡すため、今宵限りは羞恥心を忘れてしまおうと思った。
クリスマスメドレーが流れるスーパーのお惣菜コーナーで、並べられた骨つきチキンに二百円引きシールが貼られているのを見て、そういや今日はクリスマスかと思い至った。
零さんと付き合って五年、同棲して三年。
付き合って最初の年は、プレゼントにはなにを送ろうか、当日や、当日は無理でも直近で会えるのだろうかとソワソワしていた思い出もある。
蓋を開けてみれば、お互いに忙しすぎてクリスマスのこともすっかり頭から抜け落ち、会えたのは年が明けてからだった。クリスマスプレゼントも込みだという分厚いお年玉を差し出してきた恋人が、不安そうな顔をしているのがおかしくて、笑ってしまった覚えがある。
二年目は秋頃から零さんと音信不通になっていて、クリスマスよりも、零さんの潜入先の情報を探ることに夢中になっていた。
三年目、潜入先から戻ってきた零さんと同棲をはじめた。11月下旬から、家のリビングにはクリスマスツリーが飾られていたけれど、やっぱりクリスマスには会えなかった。それも折り込み済みで買った4号のケーキを二日かけてコーヒーと共に胃に流し込んだ。
クリスマスツリーは、年末の大掃除をしに二十八日に帰ってきた零さんと一緒に片付けをした。
四年目、オレが調査依頼で北海道に行っていて吹雪で飛行機が飛ばず、東都に帰れなかった。零さんから、ハロとクリスマスツリーの写真が送られてきた。
そんな調子で、時間の経過は関係なく、恋人とクリスマスを過ごしたことのないせいか、今年は本気でクリスマスという日を失念していた。今年はクリスマスツリーすらも出されていない。
……片付けんの大変だしな。
二百円引きの冷めたチキンをひとつ買い物かごにいれ、ぐるりと店内をまわり、ショートケーキとカップラーメン、ささみを追加した。
カップラーメンを作るのに余ったお湯で、ささみを茹でハロにもプレゼントする。はぐはぐ美味しそうにささみを食うハロを横目に、食後のショートケーキにフォークを入れた。生クリームの上には小粒のいちごが乗っているが、スポンジの間に挟まれたクリームにはイチゴジャムが入っている。甘すぎるケーキを、アイスコーヒーで胃に下していく。
……あの人、今頃なにしてんのかな。
ささみを食べ終わったハロが顔をあげて、ぺろりと口の周りを舐めた。頭を撫でると、ぴくっと耳を動かし、玄関に視線を向ける。ハロは、床から腰を浮かし、ぶんぶん尻尾をはち切れそうに振った。
「……れいさん?」
まさかと思いながらオレも玄関に視線を向ける。オレの耳にはまだなんの音も届いていないけれど、ハロは「そうだよ!」というかのように嬉しそうに小さく声をあげると、玄関に向かって走っていった。
玄関から慌ただしい音が聞こえる。扉の向こうで、「うわ、」という零さんの間抜けな声が聞こえた。椅子から腰を浮かし、玄関に向かうと、ドアノブが大きな音を立てて動いた。
「た、だいま……っと!」
扉が開くと、冷気と一緒に、両手いっぱいに荷物を抱えた零さんが現れた。零さんの脇に抱えられた花束が落ちそうになったのを、床寸前で受け止める。ずっしりとした白バラの束は、百本くらいはありそうだった。
「どうしたんですか、これ?」
「五年分だからね、張り切りすぎて……全部、きみに」
はにかむように笑った零さんは、そこで、はっと慌てたように手元を見ようとした。零さんの右手には腕時計がある。その文字盤を掌で覆い被せるようにして、零さんの腕をつかんだ。
そのまま引き寄せて、ひんやり冷たいアイスみたいな唇に口を押し付ける。零さんの手から滑り落ちた紙袋がいくつか床に落ちた。手を零さんの腰に回して、ぴったりと身を寄せ合う。はむりと下唇を噛む。
「ん、こら、まだ手洗いうがいしてないから」
そう言いつつ、零さんの手が、オレの背中にまわる。
「もう少しだけ」
少し踵を浮かせて零さんを見上げると、零さんは一度ぎゅっと目をつぶって、瞳が開くと同時にオレに覆い被さってきた。
「わっ、」
重たい体を受け止めきれず、二人で床に転がる。零さんが落とした宝物の山に囲まれて、鼻先を擦り付けくすくす笑う。
「れいさん」
零さんの太腿の間に入った足をたて、膝で股間を撫で上げる。
「オレも、とっておきのプレゼント用意してますよ」
太い首筋に腕を回して顔をぐっと引き寄せる。そうして近づいてきた耳元に息を吹きかけるようにしてつぶやいた。
「お、れ」
零さんの身体が火を吹く。呻きながらオレの首筋に額をぐりぐりしてきた零さんは、大型犬みたいで可愛い。
付き合ってから何年経っても、イベントごとを大事にしてくれようとしているらしい可愛い恋人に、最高のプレゼントを渡すため、今宵限りは羞恥心を忘れてしまおうと思った。