そのほか
「じゃあ、キスして」
そう言った瞬間、年上の恋人は眉を吊り上げた。「誕生日プレゼントに何が欲しい?」って聞いてきたのはそっちなのに。
素直に答えたオレがバカみたいじゃねーか。
ソファに並んで座っている降谷さんに、悪あがきで顔を近づける。降谷さんはオレの顔に手のひらを押し付けた。押し付けたっつーか顔を掴まれている。
「こら、同意を得られていないのにキスなんてしたらダメだろう」
「けちけちすんな」
降谷さんの手を顔から引きはがす。
きっと降谷さんが本気の力を出していたらオレが手で払ったくらいじゃ外れなかっただろうから、これでも一応手加減はしてくれたんだろう。たぶん。親指が当たっていたほっぺが痛いけど。
頬を撫でながら降谷さんを恨めし気に睨む。
降谷さんは苦笑してオレの耳元に唇を寄せた。
「キスなんてしたら、その後止まれなくなる。僕をあんまりいじめないでくれ」
「止まんなくたっていいじゃねーか。成人年齢だって今年引き下げられましたし、そもそも日本での性交同意年齢は十三歳ですよ。オレはどっちもクリアしてる」
「まだ十八歳にはなってない」
降谷さんがテレビ台に置かれている時計に視線を向けた。
デジタル時計が表示しているのは、五月三日の二十三時五十七分だ。
十二歳年上の恋人は、警察官という職業柄なのか頭が固く融通が利かないところがある。付き合い始めて今日まで一度もオレを家には呼んでくれなかったし、お泊りどころか二十二時を過ぎるデートもNGだった。
それが、今日はデート帰りに「降谷さん家に行ってみたい」というコナンの時から毎度断られたりはぐらかされたりされるお願いごとを口にしたら、許可が下りたのだ。
最初はなにか罠でも仕掛けたのかもしれないと疑った。
けれど、警戒するオレに、降谷さんは「明日は誕生日だから特別だよ」と答えを明かした。
あの頑固な降谷さんが、誕生日だから特別に家に招いてくれるのだから、今日は押し続ければキスくらいしてくれるような気がする。
なんだかんだ言って、降谷さんオレに甘いとこがあるからな。
「そんなのもうカップラーメン待っている間になりますよ」
降谷さんの太ももに手を置き、上目遣いで小首を傾げる。
降谷さんは、なんだかんだ文句は言うけれど、庇護欲をそそるものに弱い一面がある。
つまり、強気でグイグイせまるよりも、切なさをアピールする方が若干効果的だ! たぶんな。
「それでも、ダメ……ですか?」
眉を下げ、傷ついた風を装い視線を斜め下に向ける。手のひらの下で僅かに降谷さんの太腿が動いた。息を飲む音が聞こえる。
にやけそうになるのを堪え、うつむいたままでいると、降谷さんがオレの手を握った。
「……わかった」
勝利を確信して顔をあげる。
眉を下げ、困った顔をした降谷さんが「ただし」と顔の前に人差し指を立てた。
「ゲームにきみが勝ったら、だ。今から目をつぶって三十秒、ぴったり当てられたら、キスをしよう」
降谷さんから提案された懐かしいゲームに、コナンだった時の記憶が蘇る。けれど思い出に浸る暇もなく、降谷さんがスタートを告げた。
心の中で1から数え始める。2、3、4、……そういや、昔このゲームをしたとき、オレの誤差って何秒だったか……20、21、……。
「26,27,28,」
五秒前からカウントを口に出す。
そして迎えた三十秒。
「2秒早い。1、」
目を開けようとすると、光が遮られた。さっきと同じ、けれど、さっきよりも優しい手つきの大きな暖かい手が目の上にかざされている。
「ゼロ」
掠れた声が鼓膜を揺らす。
目の上から手が退く。青灰色の瞳が、意地悪そうに弧を描くのが見えた。呆けて開いた唇で、息を吸えなくなる。唇には、柔らかな感触。思わず食んで確かめた。
めちゃくちゃやわらけえ。
これってキスだよな? やっと降谷さんがオレに手を出した!
――さっきまでキスなんてしないって言ってたくせに。
早くそう言いたいのに、降谷さんの口が離れていかない。
「ん、ぅ、ンん……!」
――ちょっと! もういいんですけど!
長すぎるキスに胸を叩いて抗議する。すると、いつの間にかオレの腰に添えられていた降谷さんの手が、オレの身体を押した。唇だけじゃなくて身体全体が密着している。
「んにゃっ、ぅ……う?」
なにすんだよ。
そう言おうとした口に、ぬめりを帯びた温かいものが入り込んできた。それは器用にオレの口の中を蹂躙し、身体から力を奪っていく。
「っ、……ふ、ぁ……ちゅ、む……ンぅ………し、……しぬ」
「……っ、はは。かわいいね…………しんいち」
人が窒息による生命の危機を覚えているのに、降谷さんは笑いながら、ふかふかの胸板に倒れこむオレを見下ろした。
はふ、と息を吐く。
オレの口端から溢れた唾液を、降谷さんが親指で拭った。
「お誕生日おめでとう、新一。僕の可愛いおばかさん」
誕生日のオレを祝うと同時に罵倒した降谷さんは、オレが着ているシャツの裾に手を突っ込んできた。
「成人年齢に達する恋人を家に連れ込んで、なにもしない男が本当にいると思うのか? そうとも知らないで、可愛く誘ってくれてありがとう」
ありがとう、という割に、降谷さんの顔は怒っていた。目も座っているし、声も低い。
怒るなよ、とシャツの袖をつかむ。降谷さんは思いっきり溜息を吐いた。
「大人になればわかるよ、僕の表情の意味が」
もう一度、降谷さんに唇を塞がれる。
大人になった朝のオレには、降谷さんの表情の意味がわかるのだろうか。
そう言った瞬間、年上の恋人は眉を吊り上げた。「誕生日プレゼントに何が欲しい?」って聞いてきたのはそっちなのに。
素直に答えたオレがバカみたいじゃねーか。
ソファに並んで座っている降谷さんに、悪あがきで顔を近づける。降谷さんはオレの顔に手のひらを押し付けた。押し付けたっつーか顔を掴まれている。
「こら、同意を得られていないのにキスなんてしたらダメだろう」
「けちけちすんな」
降谷さんの手を顔から引きはがす。
きっと降谷さんが本気の力を出していたらオレが手で払ったくらいじゃ外れなかっただろうから、これでも一応手加減はしてくれたんだろう。たぶん。親指が当たっていたほっぺが痛いけど。
頬を撫でながら降谷さんを恨めし気に睨む。
降谷さんは苦笑してオレの耳元に唇を寄せた。
「キスなんてしたら、その後止まれなくなる。僕をあんまりいじめないでくれ」
「止まんなくたっていいじゃねーか。成人年齢だって今年引き下げられましたし、そもそも日本での性交同意年齢は十三歳ですよ。オレはどっちもクリアしてる」
「まだ十八歳にはなってない」
降谷さんがテレビ台に置かれている時計に視線を向けた。
デジタル時計が表示しているのは、五月三日の二十三時五十七分だ。
十二歳年上の恋人は、警察官という職業柄なのか頭が固く融通が利かないところがある。付き合い始めて今日まで一度もオレを家には呼んでくれなかったし、お泊りどころか二十二時を過ぎるデートもNGだった。
それが、今日はデート帰りに「降谷さん家に行ってみたい」というコナンの時から毎度断られたりはぐらかされたりされるお願いごとを口にしたら、許可が下りたのだ。
最初はなにか罠でも仕掛けたのかもしれないと疑った。
けれど、警戒するオレに、降谷さんは「明日は誕生日だから特別だよ」と答えを明かした。
あの頑固な降谷さんが、誕生日だから特別に家に招いてくれるのだから、今日は押し続ければキスくらいしてくれるような気がする。
なんだかんだ言って、降谷さんオレに甘いとこがあるからな。
「そんなのもうカップラーメン待っている間になりますよ」
降谷さんの太ももに手を置き、上目遣いで小首を傾げる。
降谷さんは、なんだかんだ文句は言うけれど、庇護欲をそそるものに弱い一面がある。
つまり、強気でグイグイせまるよりも、切なさをアピールする方が若干効果的だ! たぶんな。
「それでも、ダメ……ですか?」
眉を下げ、傷ついた風を装い視線を斜め下に向ける。手のひらの下で僅かに降谷さんの太腿が動いた。息を飲む音が聞こえる。
にやけそうになるのを堪え、うつむいたままでいると、降谷さんがオレの手を握った。
「……わかった」
勝利を確信して顔をあげる。
眉を下げ、困った顔をした降谷さんが「ただし」と顔の前に人差し指を立てた。
「ゲームにきみが勝ったら、だ。今から目をつぶって三十秒、ぴったり当てられたら、キスをしよう」
降谷さんから提案された懐かしいゲームに、コナンだった時の記憶が蘇る。けれど思い出に浸る暇もなく、降谷さんがスタートを告げた。
心の中で1から数え始める。2、3、4、……そういや、昔このゲームをしたとき、オレの誤差って何秒だったか……20、21、……。
「26,27,28,」
五秒前からカウントを口に出す。
そして迎えた三十秒。
「2秒早い。1、」
目を開けようとすると、光が遮られた。さっきと同じ、けれど、さっきよりも優しい手つきの大きな暖かい手が目の上にかざされている。
「ゼロ」
掠れた声が鼓膜を揺らす。
目の上から手が退く。青灰色の瞳が、意地悪そうに弧を描くのが見えた。呆けて開いた唇で、息を吸えなくなる。唇には、柔らかな感触。思わず食んで確かめた。
めちゃくちゃやわらけえ。
これってキスだよな? やっと降谷さんがオレに手を出した!
――さっきまでキスなんてしないって言ってたくせに。
早くそう言いたいのに、降谷さんの口が離れていかない。
「ん、ぅ、ンん……!」
――ちょっと! もういいんですけど!
長すぎるキスに胸を叩いて抗議する。すると、いつの間にかオレの腰に添えられていた降谷さんの手が、オレの身体を押した。唇だけじゃなくて身体全体が密着している。
「んにゃっ、ぅ……う?」
なにすんだよ。
そう言おうとした口に、ぬめりを帯びた温かいものが入り込んできた。それは器用にオレの口の中を蹂躙し、身体から力を奪っていく。
「っ、……ふ、ぁ……ちゅ、む……ンぅ………し、……しぬ」
「……っ、はは。かわいいね…………しんいち」
人が窒息による生命の危機を覚えているのに、降谷さんは笑いながら、ふかふかの胸板に倒れこむオレを見下ろした。
はふ、と息を吐く。
オレの口端から溢れた唾液を、降谷さんが親指で拭った。
「お誕生日おめでとう、新一。僕の可愛いおばかさん」
誕生日のオレを祝うと同時に罵倒した降谷さんは、オレが着ているシャツの裾に手を突っ込んできた。
「成人年齢に達する恋人を家に連れ込んで、なにもしない男が本当にいると思うのか? そうとも知らないで、可愛く誘ってくれてありがとう」
ありがとう、という割に、降谷さんの顔は怒っていた。目も座っているし、声も低い。
怒るなよ、とシャツの袖をつかむ。降谷さんは思いっきり溜息を吐いた。
「大人になればわかるよ、僕の表情の意味が」
もう一度、降谷さんに唇を塞がれる。
大人になった朝のオレには、降谷さんの表情の意味がわかるのだろうか。