そのほか
「聞いたよ。理事官が直々に君をスカウトしに行ったんだって?」
赤信号で車を停めた降谷さんが、助手席に座るオレにちらりと視線をよこした。
オレが呆れた視線を返すと降谷さんが肩を竦める。
「……そんなガセネタ掴まされて、よく公安が務まりますね」
「全くだな。それで実際、理事官はきみになんの用が?」
信号が青に変わる。ゆっくりと進みだす車。流れる夜の街を背景に、まじめ腐った顔をする恋人の横顔を観察した。
これは心配八割、不安三割ってとこか?
ふっと笑みを溢して、「べつに?」とじらしてみる。
「べつに、じゃないだろ。わざわざきみの大学まで風見を連れてきていたと、目撃者の証言も得ている」
「それ、情報源は白馬だろ」
「さてどうだろうね。きみの知らない協力者かも」
「あんたオレの周囲に何人協力者抱えてんだよ」
降谷さんが口角を吊り上げた。
この反応、答える気はねーだろうな。
「本当に降谷さんが心配することはなにもないですよ。ただ……」
「ただ?」
「この間一課の刑事さんたちと飲みに行ったんですけど」
話の途中なのに「聞いてない」と鋭い声が突っ込みを入れてきた。言ってないから当然だろ。降谷さんの突っ込みは無視して話を続ける。
「酔っぱらった刑事さんたちに、『眠りの小五郎みたいに工藤くんも刑事としての経験を積んでから探偵になればいいだろー』って勧誘されちゃって。それで随分盛り上がってたんで、適当に話を合わせて『それもひとつの手ですよね』って流したら、いつの間にかオレが警察官の採用試験を受けるらしいって話が噂になっちまったみたいで」
「それで、理事官がきみの大学に勧誘に?」
「だから、違うっての。どっちかっていうとその逆」
数時間前、大学にやってきた強面の男たちの姿を思い出して噴き出す。降谷さんが訝し気に眉を顰めた。
「きみが警察官を目指すなら、警察庁は必ず優秀なきみを獲得しようと動きださなければならないが――、正直、降谷だけで手いっぱいだ。だから、きみには国内で探偵として活動してほしい……ってさ!」
厳めしい顔と声で、今日訪ねてきた降谷さんの上司の真似をする。動揺した降谷さんがハンドルを切って、一瞬車体が揺れた。
くっ、と笑みを噛んで、「まだあるぜ」と続ける。
「降谷さんみたいな常識の枠から外れた人間が二人もいたら、上層部の人間も公安部の仲間も万年頭痛と胃痛に悩まされることになるって……、風見さんにまで頭を下げられちまった。オレたち随分な言われようだよな」
「きみはともかく、僕が問題児であるかのような言い様は聞き捨てならないな」
ちゃっかり自分だけを棚上げする降谷さんを半眼で睨む。
「いやいや、あんたも人のこと言えねえから。オレが知ってるだけでも、アンタがやんちゃして破壊した施設の被害総額相当なもんだぜ。それに自分の担当案件以外でも、部下のことをいいように使ってんのも知ってるし」
また信号で車が停まる。降谷さんが微笑んだ。「やっぱり新一くん、警察官の採用試験受けたら?」目の奥が笑ってねーけど。
「冗談。オレを嫌がらせに使うなよな」
点滅する歩行者信号。一拍間を置いて、小さく笑った。
「でも、オレ嬉しかったんだ。降谷さんと同じレベルの戦力として考えてもらったこともそうだけど、降谷さんが可愛がられてるってわかってさ」
「かわっ……、変な事を言わないでくれ」
仏頂面の降谷さんがアクセルを踏む。
「だって、それってつまりこの先も公安部の人たちは降谷さんの無茶を受け入れる気があるってことだろ。若くて優秀なオレより、無理難題をふっかけ部下に泡を吹かせ、上司の胃に打撃を与える降谷さんをこの先も……って、照れてんの? かわいいとこありますね」
「うるさいよ」
車内に差し込む外灯の光が、彫刻のように整った横顔を照らす。
さすが潜入捜査官だけあって、降谷さんの表情は平静で顔色一つ変わっていないけれど、何年も一緒にいれば雰囲気でわかることもある。
「……あーあ、今夜は帰りたくなっちまったな」
見慣れた米花町の駅に差し掛かり、姿勢を崩して、助手席に沈み込んだ。
「明日は一限からだから、今日は絶対家に帰るって言っていたのは誰だったかな」
「気が変わったんだよ。……降谷さんと職場の人たちの信頼関係見せつけられて、嫉妬してるんで」
「なるほど。では僕も、一課の刑事さんたちと新一くんの仲の良さを改めて理解させられ嫉妬したから、きみを連れ帰ることにしよう」
「げ」
米花町が遠ざかっていく。
今夜の降谷さんは絶対ねちっこい。予感じゃなくて確信。でもきっと、オレもしつこいくらいに降谷さんを欲しがってしまうからお互い様だ。
――オレたち、変なところまで似てますね。
なんて、気付いてても認めたくねーけど。
赤信号で車を停めた降谷さんが、助手席に座るオレにちらりと視線をよこした。
オレが呆れた視線を返すと降谷さんが肩を竦める。
「……そんなガセネタ掴まされて、よく公安が務まりますね」
「全くだな。それで実際、理事官はきみになんの用が?」
信号が青に変わる。ゆっくりと進みだす車。流れる夜の街を背景に、まじめ腐った顔をする恋人の横顔を観察した。
これは心配八割、不安三割ってとこか?
ふっと笑みを溢して、「べつに?」とじらしてみる。
「べつに、じゃないだろ。わざわざきみの大学まで風見を連れてきていたと、目撃者の証言も得ている」
「それ、情報源は白馬だろ」
「さてどうだろうね。きみの知らない協力者かも」
「あんたオレの周囲に何人協力者抱えてんだよ」
降谷さんが口角を吊り上げた。
この反応、答える気はねーだろうな。
「本当に降谷さんが心配することはなにもないですよ。ただ……」
「ただ?」
「この間一課の刑事さんたちと飲みに行ったんですけど」
話の途中なのに「聞いてない」と鋭い声が突っ込みを入れてきた。言ってないから当然だろ。降谷さんの突っ込みは無視して話を続ける。
「酔っぱらった刑事さんたちに、『眠りの小五郎みたいに工藤くんも刑事としての経験を積んでから探偵になればいいだろー』って勧誘されちゃって。それで随分盛り上がってたんで、適当に話を合わせて『それもひとつの手ですよね』って流したら、いつの間にかオレが警察官の採用試験を受けるらしいって話が噂になっちまったみたいで」
「それで、理事官がきみの大学に勧誘に?」
「だから、違うっての。どっちかっていうとその逆」
数時間前、大学にやってきた強面の男たちの姿を思い出して噴き出す。降谷さんが訝し気に眉を顰めた。
「きみが警察官を目指すなら、警察庁は必ず優秀なきみを獲得しようと動きださなければならないが――、正直、降谷だけで手いっぱいだ。だから、きみには国内で探偵として活動してほしい……ってさ!」
厳めしい顔と声で、今日訪ねてきた降谷さんの上司の真似をする。動揺した降谷さんがハンドルを切って、一瞬車体が揺れた。
くっ、と笑みを噛んで、「まだあるぜ」と続ける。
「降谷さんみたいな常識の枠から外れた人間が二人もいたら、上層部の人間も公安部の仲間も万年頭痛と胃痛に悩まされることになるって……、風見さんにまで頭を下げられちまった。オレたち随分な言われようだよな」
「きみはともかく、僕が問題児であるかのような言い様は聞き捨てならないな」
ちゃっかり自分だけを棚上げする降谷さんを半眼で睨む。
「いやいや、あんたも人のこと言えねえから。オレが知ってるだけでも、アンタがやんちゃして破壊した施設の被害総額相当なもんだぜ。それに自分の担当案件以外でも、部下のことをいいように使ってんのも知ってるし」
また信号で車が停まる。降谷さんが微笑んだ。「やっぱり新一くん、警察官の採用試験受けたら?」目の奥が笑ってねーけど。
「冗談。オレを嫌がらせに使うなよな」
点滅する歩行者信号。一拍間を置いて、小さく笑った。
「でも、オレ嬉しかったんだ。降谷さんと同じレベルの戦力として考えてもらったこともそうだけど、降谷さんが可愛がられてるってわかってさ」
「かわっ……、変な事を言わないでくれ」
仏頂面の降谷さんがアクセルを踏む。
「だって、それってつまりこの先も公安部の人たちは降谷さんの無茶を受け入れる気があるってことだろ。若くて優秀なオレより、無理難題をふっかけ部下に泡を吹かせ、上司の胃に打撃を与える降谷さんをこの先も……って、照れてんの? かわいいとこありますね」
「うるさいよ」
車内に差し込む外灯の光が、彫刻のように整った横顔を照らす。
さすが潜入捜査官だけあって、降谷さんの表情は平静で顔色一つ変わっていないけれど、何年も一緒にいれば雰囲気でわかることもある。
「……あーあ、今夜は帰りたくなっちまったな」
見慣れた米花町の駅に差し掛かり、姿勢を崩して、助手席に沈み込んだ。
「明日は一限からだから、今日は絶対家に帰るって言っていたのは誰だったかな」
「気が変わったんだよ。……降谷さんと職場の人たちの信頼関係見せつけられて、嫉妬してるんで」
「なるほど。では僕も、一課の刑事さんたちと新一くんの仲の良さを改めて理解させられ嫉妬したから、きみを連れ帰ることにしよう」
「げ」
米花町が遠ざかっていく。
今夜の降谷さんは絶対ねちっこい。予感じゃなくて確信。でもきっと、オレもしつこいくらいに降谷さんを欲しがってしまうからお互い様だ。
――オレたち、変なところまで似てますね。
なんて、気付いてても認めたくねーけど。