そのほか
「降谷さんって、放っておいたら一生結婚できなさそう」
酔った恋人の一言が、強烈なボディーブローとなって僕の全身を殴打した。一瞬息が止まった。生きた心地がしない。僕はなにかきみに愛想を尽かされるようなことをしてしまったのだろうか。
テーブルの上、新一くんの前に置かれた空のグラスに緑茶を注いでいた手が加減を忘れ、グラスが限界を迎えた。テーブルの上に水たまりができる。
「あ、動揺してら」
新一くんはケラケラ笑って、胡坐をかいた僕の足の上に倒れてきた。
……酔っ払いの言うことだ。気にすることはないはずだ。いや、酔っているからこそ現れた深層心理なのかも。僕と一緒にいると疲れるから傍にいたくないって、そういうことか?
ぐるぐる考えながら、零れた緑茶を布巾で吸い込む。
今日は半年ぶりの恋人との逢瀬だった。この半年、連絡も数えるほどしかとれていない。
こまめに連絡がとれないことで、さすがに愛想がつきたのだろか。
それとも、久しぶりだから外食ではなく、家でゆっくり食事をしようと誘ったのが嫌だったのだろうか。半年ぶりに逢うのだし、ムードを高めるために夜景のきれいなレストランでも予約して、ホテルに宿泊した方がよかったのかもしれない。
今からでも、この酔っ払いを連れて、ホテルにでも移動するか……?
視線を足もとに落とすと、僕の膝を枕にした新一くんが仰向になり僕を見上げていた。
蒼い宝石のような瞳は、楽しそうに弧を描いている。
大丈夫だ、これは嫌いなやつにとる態度じゃない。
ピンク色に上気した頬に手を添えると、新一くんは肩を揺らして笑った。
「降谷さんはさあ、多趣味だし、一人でどこにだって行くし、言えないことはいっぱいあるし、意外とマイペースで、趣味に没頭してると一人で楽しそうだろ」
「……まあ、そうかもね」
答えてから気付く。
ここは「きみがいないと世界が色褪せて見えるよ」だとか、「きみがいないとつまらないよ」くらい言うべきだっただろうか。
……言うべきだっただろうな。
「訂正する。きみがいないと、寂しくてつまらないよ」
「うそつけ、却下」
新一くんが手で大きくバツを作った。
「アンタがオレのことすげえ好きなのは当然としての話だから、そういうリップサービスはいらね」
いらね、と言われるとそれはそれで寂しいものがある。
反論しようと口を開きかけると、手を伸ばした新一くんが人差し指で僕の指を押した。可愛いから食んでしまった。
さっきまでポテトフライを摘まんでいたからか、しょっぱくて美味しい。
「降谷さんって、付き合ったらわかるんだけど、結構恋愛音痴っつーか言葉足らずっつーか、エッチはうまいけど、恋人としてはイマイチなとこありますよね。誘っても気付いてねーんだか、スルーされてんだかわかんねーし、仕事最優先で連絡とれないし突然いなくなるし、話は最後まで聞かねーし」
新一くんが僕の口端を人差し指で引っ張った。
「いいかげん泣くぞ」
新一くんの指を甘噛みする。新一くんはふっと笑って僕の膝から身体を起こした。
「そんなアンタのことが、すげえ好きだなって話なんですよ」
さすが酔っ払い。今の話のどこにも、僕のことが好きな要素なんてなかったぞ。
半眼でじっとりと新一くんを睨む。新一くんがへらへら笑って身体をよせてきた。そんなことをされたら抱きしめてしまうに決まってる。
けれどムードを読まない新一くんの唇は止まらず、まだ僕への言葉をぽしょぽしょと口にしている。
「久しぶりに会ったつーのに、降谷さんは訪ねてきたオレそっちのけで、ひとりでめちゃくちゃ楽しそうに料理に没頭してるし、食事中もひとりで、最近食べた定食屋の味を再現したとか調理方法がどうのとか食べ合わせがなんだとか延々と語ってるし、さあ……そういうの見てたらなんつーか、好きだなって……かわいいなって思ったんすよ」
「趣味悪いね……」
「な?」
くすくす笑う新一くんを思いっきり抱きしめた。悪口かと思ったけれど、君の言葉には愛しかなかったんだな。
「だからな、降谷さん放っておくと、一生結婚出来なさそうだから、オレが勝手に傍にいようって思いましたって、報告」
酒で緩みやすくなった涙腺を刺激される。
「不束者だけどもらってくれ……」
新一くんの手が僕の背中に回った。どうやらもらってくれるらしい。
ぐすんと鼻をすする。
泣いてる僕の顔を見ようとする新一くんの唇を、それはもう熱烈に塞いで、間近で見せてやった。
まあ、でもきみ人のこと言えないんだよな。似た者同士お似合いだってことで、大人な僕は言及しないでおくけれど。
酔った恋人の一言が、強烈なボディーブローとなって僕の全身を殴打した。一瞬息が止まった。生きた心地がしない。僕はなにかきみに愛想を尽かされるようなことをしてしまったのだろうか。
テーブルの上、新一くんの前に置かれた空のグラスに緑茶を注いでいた手が加減を忘れ、グラスが限界を迎えた。テーブルの上に水たまりができる。
「あ、動揺してら」
新一くんはケラケラ笑って、胡坐をかいた僕の足の上に倒れてきた。
……酔っ払いの言うことだ。気にすることはないはずだ。いや、酔っているからこそ現れた深層心理なのかも。僕と一緒にいると疲れるから傍にいたくないって、そういうことか?
ぐるぐる考えながら、零れた緑茶を布巾で吸い込む。
今日は半年ぶりの恋人との逢瀬だった。この半年、連絡も数えるほどしかとれていない。
こまめに連絡がとれないことで、さすがに愛想がつきたのだろか。
それとも、久しぶりだから外食ではなく、家でゆっくり食事をしようと誘ったのが嫌だったのだろうか。半年ぶりに逢うのだし、ムードを高めるために夜景のきれいなレストランでも予約して、ホテルに宿泊した方がよかったのかもしれない。
今からでも、この酔っ払いを連れて、ホテルにでも移動するか……?
視線を足もとに落とすと、僕の膝を枕にした新一くんが仰向になり僕を見上げていた。
蒼い宝石のような瞳は、楽しそうに弧を描いている。
大丈夫だ、これは嫌いなやつにとる態度じゃない。
ピンク色に上気した頬に手を添えると、新一くんは肩を揺らして笑った。
「降谷さんはさあ、多趣味だし、一人でどこにだって行くし、言えないことはいっぱいあるし、意外とマイペースで、趣味に没頭してると一人で楽しそうだろ」
「……まあ、そうかもね」
答えてから気付く。
ここは「きみがいないと世界が色褪せて見えるよ」だとか、「きみがいないとつまらないよ」くらい言うべきだっただろうか。
……言うべきだっただろうな。
「訂正する。きみがいないと、寂しくてつまらないよ」
「うそつけ、却下」
新一くんが手で大きくバツを作った。
「アンタがオレのことすげえ好きなのは当然としての話だから、そういうリップサービスはいらね」
いらね、と言われるとそれはそれで寂しいものがある。
反論しようと口を開きかけると、手を伸ばした新一くんが人差し指で僕の指を押した。可愛いから食んでしまった。
さっきまでポテトフライを摘まんでいたからか、しょっぱくて美味しい。
「降谷さんって、付き合ったらわかるんだけど、結構恋愛音痴っつーか言葉足らずっつーか、エッチはうまいけど、恋人としてはイマイチなとこありますよね。誘っても気付いてねーんだか、スルーされてんだかわかんねーし、仕事最優先で連絡とれないし突然いなくなるし、話は最後まで聞かねーし」
新一くんが僕の口端を人差し指で引っ張った。
「いいかげん泣くぞ」
新一くんの指を甘噛みする。新一くんはふっと笑って僕の膝から身体を起こした。
「そんなアンタのことが、すげえ好きだなって話なんですよ」
さすが酔っ払い。今の話のどこにも、僕のことが好きな要素なんてなかったぞ。
半眼でじっとりと新一くんを睨む。新一くんがへらへら笑って身体をよせてきた。そんなことをされたら抱きしめてしまうに決まってる。
けれどムードを読まない新一くんの唇は止まらず、まだ僕への言葉をぽしょぽしょと口にしている。
「久しぶりに会ったつーのに、降谷さんは訪ねてきたオレそっちのけで、ひとりでめちゃくちゃ楽しそうに料理に没頭してるし、食事中もひとりで、最近食べた定食屋の味を再現したとか調理方法がどうのとか食べ合わせがなんだとか延々と語ってるし、さあ……そういうの見てたらなんつーか、好きだなって……かわいいなって思ったんすよ」
「趣味悪いね……」
「な?」
くすくす笑う新一くんを思いっきり抱きしめた。悪口かと思ったけれど、君の言葉には愛しかなかったんだな。
「だからな、降谷さん放っておくと、一生結婚出来なさそうだから、オレが勝手に傍にいようって思いましたって、報告」
酒で緩みやすくなった涙腺を刺激される。
「不束者だけどもらってくれ……」
新一くんの手が僕の背中に回った。どうやらもらってくれるらしい。
ぐすんと鼻をすする。
泣いてる僕の顔を見ようとする新一くんの唇を、それはもう熱烈に塞いで、間近で見せてやった。
まあ、でもきみ人のこと言えないんだよな。似た者同士お似合いだってことで、大人な僕は言及しないでおくけれど。