芸能パラレル


 きっかけは、SNSに投稿された一枚の写真だった。

 周囲の人々から頭ひとつ抜き出るほど長身の黒いニット帽の男。そして、その男の隣で黒いキャップを被った男。
 全身真っ黒な格好をした男二人が、アクセサリーショップで指輪を覗き込んでいる場面が、写真には切り取られていた。

『????? 表参道に工藤新一とシュウ?????』

 そんな疑問符がたくさんついたコメント共に投稿された写真は瞬く間にネット上に拡散された。

『え? 本物?』『結婚指輪????』『まって、付き合ってるの?』『本人の許可とってないですよね、削除してください』『シュウと新一って仲良かったの?』『これガチのスクープでは?』『私も今日表参道で二人みた! 本物!』『芸能人にだってプライベートはあります。削除してください』『最低』『いや、くどしん好きだからショックだけど、なんか二人が並んでるとこみたらしっくりきちゃった……』『つか、やっぱり工藤新一がオメガって噂ほんとだったんかな』『え、やだ……』『これが本当なら祝福するのがファンでは?』『推しが幸せならそれでいい』『は? うそでしょ? 新くんは、トールと付き合ってるのかと思ってた』『シュウ一生孤高の人かと思ってたから、これが本当なら嬉しいかもしんない』『二人ってやっぱ運命の番?』『あー、だめ。しばらく浮上できません』『おめでとうって言えない。好きだから言えないのに、なんでそれでファン失格って言われなきゃいけないの?』『うちはどっちも好きだけど、ガチ恋勢じゃないから言えんのかもだけど、すごいお似合いだよね……』『なんでカイトじゃないの?』『へージといる時が一番可愛い顔してるから、これはそっくりさん』『一番可愛い顔してんのはRANといるときだけど?』『工藤新一魔性すぎて、いろんな芸能人の名前持ち出されてる笑』

 僅か一時間足らずで広まった情報は、ネットニュースにも『SYU♡工藤新一熱愛発覚?!』という見出しでまとめられてしまった。投稿主が事態に気付き、アカウントごと削除したところで、すでに保存されていた画像は様々なアカウントから再度投稿され、事態は一向に収まることがなかった。

   ♡ ♡ ♡

 帰宅するまで、降谷の腹の奥底には、煮えたぎる怒りがあった。

 職業柄感情を隠すのは得意で、普段ならばどんな腹の立つことがあろうと笑顔で隠してしまえるのに、それができないほど、感情が搔き乱されていた。

 最後の現場で撮影が終わり、降谷が真顔になった途端、普段なら声をかけてくる共演者もスタッフも監督も、降谷から揃って目を反らし「おつかれさまでした……」と、触らぬ神に祟りなしとでもいうかのように距離をとった。
 マネージャーの風見にいたっては、急遽振られた仕事を幸いとばかりに降谷と車を置いて、タクシーに飛び乗って行った。

(きみは、一体何をしているんだ?)

 ――今日はオフだから、一日中家でゆっくりしている。
 そう嘘をついた恋人を、問いただすつもりだった。どんな理由を並べられても納得できる気はしない。だからといって、新一を手ひどく扱うつもりも、激しい喧嘩をするつもりも毛頭ない。

(……二週間一緒に寝ない、が妥当かな)

 降谷自身もダメージを追うお仕置きを先に決めて、自宅マンションの扉を開いた。
 自動点灯の玄関の電気がパッと廊下を照らす。乱雑に脱ぎ捨てられた黒いスニーカーを揃え、靴を脱ぐ。
 降谷が朝出る時には、揃っていた靴が乱れているということは、一度この靴を履いて出て行った持ち主は、帰ってきているはずなのに、リビングの電気は暗い。部屋は静まり帰ってシンとしていた。
(居留守を使うつもりか?)
 降谷に怒られることを察し、面倒に思った新一は、降谷の怒りが収まるまで隠れるつもりなのかもしれない。
(僕の怒りが、そんな簡単に収まると思うなよ……)
 降谷は、洗面所で手洗いうがいを済ませてから、リビングの扉を開いた。扉横のスイッチを押すと、部屋に光が満ちた。
「……新一」
 リビングに置かれたグレーの大型カウチソファの上には、新一が突っ伏していた。
「……に、が」
 のっそりと身体を起こした新一が、ぼそぼそなにかを呟いた。
「なにが、熱愛発覚だよ。なにが、お似合いだよ。誰が運命の番だって……?」
 前髪の影を落とした、蒼い瞳から、ぽろりと水滴が零れた。
「新一?!」
 降谷は慌ててソファの前にしゃがみこみ、新一の目尻を親指で撫でた。
 新一が、演技以外で涙を零すことはほとんどない。
 ぐっと皺の寄った眉間に撫でるようなキスを落とし、降谷は、新一の肩を擦った。
 さっきまで腹の奥にあった怒りの熱が急速に冷めていく。
 自分と同じくらいに傷ついている新一を前にしたら、叱ることなどできなかった。
「……ごめんな。降谷さんのこと、傷つけたくて嘘ついたわけじゃねーんだ」
「……わかってるよ」
「びっくりさせたくて、」
 すんっと鼻を啜った新一が、降谷の背中に手を回す。降谷は、新一と自分の場所を入れ替えるようにしてソファに座った。新一は、普段は暴れて嫌がる降谷の膝の上に、今夜は大人しく腰を下ろした。
「もうすぐ、付き合って半年だから……、サプライズで指輪渡したかったんだ……結局、騒ぎになって買えなかったけど」
「……なんで、赤井と?」
「指のサイズ、降谷さんと同じだったから……」
「そう? 僕の方が太いと思うよ。今度は、僕と一緒に買いに行こう」
「ん、」
 小さく頷いた新一は、鼻先を降谷の首筋に擦りつけた。降谷は新一の首裏を指先で探り、うなじにまとわりついた人工皮膚をびりりとやぶった。
 引き剥がされた皮膚の下から、歪なクレーターの残るうなじが露わになる。
 降谷は、新一のうなじに一生残る自身の歯型を、くすぐるように撫でた。新一はくてんと降谷に身体を預け、甘い声をもらした。

「きみが番に選んだのは、僕だ」

   ♡ ♡ ♡

 まだ昨夜の熱が残った気怠い身体を、新一はソファに預けていた。
 カウンターキッチンの向こうでは、朝から降谷が忙しなく楽しそうに朝食を準備している。
 手持無沙汰で、テレビをつける。
『大物カップルの熱愛発覚ということですが、……』
 嫌な話題に、つけたテレビをすぐに消そうとした。手の中にあったリモコンを、キャラメル色の手がするりと抜き取り、ソファの端に置いてしまった。
「朝ご飯できたよ。今日はこっちで食べようか」
 降谷が手にしたワンプレート皿には、具がたっぷり挟まれたBLTサンドと、スクランブルエッグ、オレンジが乗せられていた。
 降谷はBLTサンドを一切れ掴むと、新一の口元に近づけた。
 新一は口を開いて、ぱくりとパンの端に噛みついた。噛みちぎられて飛び出たトマトが降谷の手に乗った。口の中のパンを飲み込んだ新一は、降谷の親指ごとトマトを口に含んだ。ちゅうっと音を立てて吸い付く。

『芸能リポーターの猪上さんは、二人の関係をご存知でしたか?』
『いえ、ええ……と、双方の事務所が発表した通り、二人はただの友人関係なんですよ。工藤さんの方には、以前からお付き合いされている方がいますし……そのことで、おそらく近日中に、記者会見が行われるんじゃないでしょうかね』
『えっ、それって、言っちゃってもいいんですか?』
『まあ、……はい。ちゃんと、ここまでは言っていいというのを確認しているので。とにかく、この騒動は間違いだというのは、断言して言えます』
 
「楽しみだね、記者会見」
 とろり蕩けた瞳で、親指を吸う新一の舌を押して、降谷は微笑んだ。

 


 
 
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