そのほか

『熱く甘いキスを5題』*降新SS


1 恋の味を教えよう(両片思い/新一視点)
 
 初めての恋は、甘くて柔らかい恋の味がした。
 今とは、まるでちがう。

 掠めとるように触れられた唇が離れていく。
 自分から仕掛けておいて、八の字に歪んだ眉に後悔が見えた。
 口の中に残ったミント味のタブレットが苦い。
 キスってもっと、甘くて優しいもんじゃねーの?

 年上の友人は、今にも消えてしまいそうな儚さでオレの前に立っている。
 さっきまでニコニコ笑いながらオレと焼き肉を食べていた人とは思えなかった。
 幻聴でなければ、唇が触れる前に「好きだよ」と言われた。「もう友だちでいられない」とも。それなら、恋人に進むのかと思いきや、目の前の男はオレの唇だけ奪って姿を消そうとしている。
 溜息を吐く。男の唇が開いた。
「ごめ、」
 聞こえかけた謝罪にフタをする。男の唇は、意外と柔らかい。
 唇を離して、分厚い胸板を小突いた。

「オレが、あんたに、諦めなくてもいい恋を教えてやりますよ」

 降谷さんの表情が崩れる。
 イケメン台無しの情けない顔に、この人が意外と泣き虫なことを知った。




2.反論さえ呑み込んで(同棲/新一視点)

「降谷さんのわからずや!」
「わからずやはきみだろう」
 リビングのテーブルを挟んで睨み合う。
 もう何度目かもわからない喧嘩の幕開けだった。

 喧嘩の原因は、明日から行方不明者の調査のため、とあるキャバクラに黒服のバイトとして潜り込むことにしたことが、降谷さんにバレちまったことだ。なぜバレたかというと、すでにその潜入先に降谷さんがいて、面接に行ったときにかち合ってしまったから。しばらく家に帰ってきていなかった降谷さんは、さっき久しぶりに帰宅して、逃げようとするオレを捕まえ、予想通り怒り出した。

「とにかく、この一件からは手を引け」
「いやです」
 即答する。
 降谷さんは額に手のひらを当て、重々しい溜息を吐いた。
「……きみには、別件で協力を頼みたいことがある」
「……」
 額から手のひらを下ろした降谷さんは、表情から怒りを消し、代わりに懇願するような哀れみを誘う表情に切り替えた。
 ……ズリィ。卑怯だ。オレがその顔に弱いのを知っててやってる!
 ぱっと視線を反らそうとすると、いつの間にかテーブルを横切って隣に来た降谷さんがオレの手を握った。そうしてオレの逃げ道を塞ぎ、上から顔を覗き込んできた。ぺしょんと下がった眉がかわいい。目の奥は据わっているけど、かわいいと思ってしまう。
 惚れた弱みってやつか……。
「おねがい、しんいち」
 甘く掠れた声が鼓膜を震わす。耳たぶに熱い唇が触れて、背筋が降参をした。
「ったく、もう!」
「理解のある恋人で助かるよ」
 哀れみある表情を消し、けろりとした顔の降谷さんは、満足そうに微笑んだ。

 ……つまり先にその案件を終わらせてから、改めて別口から件のキャバクラにアプローチをかければいいわけだよな。

 ふんふんと鼻歌を鳴らす。降谷さんは、深い深い地の底まで届きそうな息を吐いた。



3.唇から伝染する(両想い/降谷視点)

 唇が、触れ合う。
 それが、こんなに特別なことだとは思わなかった。

 緊張により固く閉ざされた唇を、柔らかく食む。くぐもった声が工藤くんの唇から漏れた。
 腰に回した手を、宥めるように優しく揺らす。うっすら瞳を開けると、きゅっと眉間に皺を寄せ力いっぱい瞳をつぶっている工藤くんが見えた。長い漆黒のまつ毛が震えている。

 胸がいっぱいになる。温かくて甘やかなもので満たされた胸がくるしい。息の仕方も忘れてしまいそうだった。

 押し付けるだけだった唇をそっと離す。ぷはっと唇を開けた工藤くんが、りんご色に染めた頬を緩めて僕を見た。

「降谷さん、すげードキドキしてっから、オレも、ドキドキ移っちまった」

 

4.息も止まるくらいに(最中/降谷視点)


 『好きだ』も『愛してる』も、何回口にしたってきみに僕の想いを伝えきれる気がしない。

 淫らに蕩けた蒼い瞳が、ゆらゆら揺れる。目尻に溜まった水滴を舐めとった。新一はくすぐったそうに笑うと、僕の腰に悪戯な足を回した。踵で僕の腰を撫でる。「れいさん」滅多に聞けない舌足らずな声が、僕を呼ぶ。
 何度したって、慣れないし、どれだけ触れても、まだ足りない。
 一度欲を吐き出した肉棒にまた淀んだ熱が溜まる。新一の胎内を押し上げ、膨れていく。
 あえかな声が、宵闇に溶ける。
 真っ白な手が空を切った。上体を倒して新一に覆いかぶさる。新一の両手が僕の首に絡んだ。
 ぐんっと、腰を押し付ける。仰け反った新一が口を開いた。
「っ、」
 甘く細い吐息を漏らす唇を塞ぐ。噛みついて、舌を絡める。口内の熱さに舌は溶けてなくなった。
 言葉一つ紡げない。きみの名前を呼べない。愛を囁けない。息ができない。

 いつかこの命が尽きる時がくるのならば、きみのなかで。
 


5 .甘い熱だけ残して(帰りを待つ新一)


 8月で止まったままの壁掛けカレンダーを目にして、無意識に唇を撫でていることに気付いた。
 茹だるような暑さの中、夏バテ中のオレを限界まで貪った人でなしは、もう三ヵ月帰って来ない。

『大人しく待っていてね』
 旅立ちのキスにしては随分濃厚なベロチューをお見舞いされ、玄関で腰を抜かしたオレを置いて出て行った薄情な男は、今日まで連絡ひとつ送ってこなかった。

 広すぎるリビングは、ひとりでいると寒さを感じる。
「そろそろ探しにいっちまうぞー……」
 8月22日を人差し指で弾く。
 同時にインターホンが鳴り響いた。
 カレンダー横にあるテレビドアホンのモニターがつく。そこにはマンションのエントランスを背景に、出て行ったときと同じグレーのスーツを着た男が写っていた。
 柔らかい金色の髪が、ぼさぼさに乱れている。
 心臓が絞られた。絞った心臓からドクドクと血液が流れ出ている。
 モニターに唇を押し付ける。そっと離れてから、通話ボタンを押した。
「おっせーんだよ」
『待たせてごめんね』
 開錠ボタンを押す。あっという間にモニターから降谷さんが消えた。
 玄関に向かい、鍵をあける。
ほとんどそれと同じタイミングで、扉をあけた降谷さんが玄関に飛び込んできた。
 まだエントランスを開けてから一分ほどしか経っていない。この部屋、八階なんですけど。
 肩で息をした降谷さんが、呼吸を整えながらオレの腕をつかむ。

 おかえり、と開きかけた唇は、いってらっしゃいと言いかけた時と同様に貪られることになった。



Thanks!
お題配布元「確かに恋だった」http://have-a.chew.jp/
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