芸能パラレル
液晶画面の向こう側で、濡れ羽色の髪の端整な顔をした青年が愛を謳った。
『あなたが、好きです』
すらりと伸びた長い指が、女性の頬を撫でる。女性は戸惑ったように視線を揺らした。
『私は、でも……、』
『……好きだよ。俺を、選んでよ』
二人の横顔が抜かれる。パズルのピースのように唇がくっついた。青年が女性の後頭部に手を差し込む。薄く開いた唇から濡れた音が漏れた。女性は、ゆっくりと青年の背に腕を回した。濡れた音が激しくなる。激しくキスをしあう男女を盛り上げるように、切ないメロディが流れ始める。画面の下にはキャストロール。主演の名前に次いで『工藤新一』と青年の名前が流れていく。
『0時過ぎのプリンセス』
月曜九時から放送されるこの恋愛ドラマは、テレビ離れが嘆かれる昨今では珍しく最高視聴率が30%を越える大ヒット作品となっている。
三十代恋愛経験ほぼなしのヒロインに、十歳年下のイケメン御曹司が惚れ、ヒロインが年の差などに悩みつつもヒーローに心惹かれていくという鉄板のストーリーだ。
「今週も、誰より一番格好良かったよ」
膝の上にある黒いサラサラした毛並みを、手のひらでかき混ぜるように撫でる。
液晶画面の向こうではイケメン御曹司だった新一は、僕の膝の上で気まぐれな猫のように寝そべっていた。僕の膝を枕にし、仰向けでスマホをいじっていた手を、ソファに放りなげた。じっとりとした瞳で睨まれる。
「やきもちやかねーの」
「演技だと分かっているからね」
「むかつく」
下唇を尖らせた新一が、膝から頭を浮かせた。寝ぐせのついた髪を右手でかき混ぜながらソファから去って行こうとする。
「……オレはあんたのキスシーン嫌なのに」
小さく呟かれた言葉を、聞き逃したりしない。
ソファに残っていた左手を引っ張って引き寄せる。体勢を崩した新一を腕の中で囲い、衝動に任せ、顔中にキスの雨を降らせた。心にもない文句を言う唇は、頬を掴んで残さず食べてしまう。
ドラマの中より情熱的に、激しく。新一からの愛がこもった、僕だけのキスだ。
「演技なんかくらべものにならないよ」
濡れた唇にそう囁く。新一が手の甲で唇を拭った。
「……オレはまだそこまで達観できねえ」
「しなくていい。嫉妬するきみも魅力的だから」
ぐっと眉間に寄ったしわに、唇を押し付ける。
絵にかいたような苦虫を噛み潰したような顔が、次第にあきれ顔に変わっていく。
「……まあ、年の功っつーしな。今に見てろよ」
「もうずっと、君だけを見てる」
新一の挑戦にすかさず答えたのに、「うるせー」と肩を叩かれてしまった。ほんのり梅色に染まった耳を食む。
「本当に、もうずっと君だけしか見えない」
甘いセリフなんてドラマの中で吐き慣れているし、聞き慣れているだろう新一の顔が沸騰した。まだまだ僕も、恋愛ドラマの帝王を現役でやっていけそうだ。
……きっと数年後には、新一がその座に就くのだろうけれど。
♡ ♡ ♡
――Shinichi Kudo.2nd Photobook
大型書店の壁に埋め込まれた複数のデジタルサイネージが全て、工藤新一の写真集のプロモーション映像に変わる。
足を止め、その瞬間を待っていた女性達がスマホ片手に黄色い悲鳴をあげた。女性たちの後ろでデジタルサイネージに向かってスマホを構えていた長身の男が、少しだけ肩を撥ねさせた。
それを横目に、移り変わる画面を、路上に停めた愛車の中から見つめる。
波打ち際で佇んでいた青年が、おもむろにTシャツを脱ぎ捨て、薄っすら筋肉のついた上半身を晒す。そしてそのまま海に走っていき、笑いながら振り向いた。次の瞬間、今度は露出ゼロのスリーピーススーツ姿になった青年が、気取った表情で煙草をふかしていた。カメラが近づくと、目元を緩ませて仄かに笑う。また場面が変わると、今度はTシャツにハーフパンツというラフな格好をして、トイプードルを抱き上げ嬉しそうに笑っている。
「新一に犬はずるいだろ……」
思わず呟いている間に画面は切り替わり、ベストセラー小説の広告になった。足を止めていた女性達が解散する。
女性の後ろにいた長身の男もスマホを閉まって、こちらに戻ってきた。
助手席のドアを開け、乗り込んできた風見に礼を言う。
「すまないな」
「いえ。降谷さんが出て行ったら大騒動になるので、大人しく待っていて頂けて良かったです」
風見が早速動画を送ってくれたらしく、デニムのポケットの中でスマホが振動する。家でじっくり見よう。
「きみはこのあと事務所でいいのか?」
「はい。あ、そういえば」
車を発進させると、風見が思い出したように口にした。
「工藤くん、ついに抱かれたい男一位になりましたね」
とある女性雑誌で毎年発表されている抱かれたい男ランキング。僕は四年前に三年連続一位で殿堂入りとなり、もうランキングに名前が載ることはないが、新一は一昨年くらいからランク入りするようになっていた。そして、ついに今年一位の座に輝いたのだ。
よっぽど嬉しかったのか、雑誌の発売日リビングにはそのページが見開きになって置かれていた。
あまりにも可愛いので、その日はレモンパイを作ってあげたのだ。新一くんは一日中ご機嫌だった。
『オレもあか、零さんみたいに殿堂入り目指そうかな』
僕は新一くんのその一言で不機嫌になり、かつて抱かれたい男一位だった底意地を披露することになったけれど。
「あの子、あんなに可愛いのにな」
思わず頬を緩めてしまう。
風見は、居心地悪そうに姿勢を正して、生返事をした。
――他人の惚気に付き合わされたくはないよな。
貪りつくされてとろとろになった新一は、今日もこれからも、僕の胸の中にだけとどめておく。
誰よりも格好良い俳優工藤新一は、僕だけの可愛い恋人なのだ。
『あなたが、好きです』
すらりと伸びた長い指が、女性の頬を撫でる。女性は戸惑ったように視線を揺らした。
『私は、でも……、』
『……好きだよ。俺を、選んでよ』
二人の横顔が抜かれる。パズルのピースのように唇がくっついた。青年が女性の後頭部に手を差し込む。薄く開いた唇から濡れた音が漏れた。女性は、ゆっくりと青年の背に腕を回した。濡れた音が激しくなる。激しくキスをしあう男女を盛り上げるように、切ないメロディが流れ始める。画面の下にはキャストロール。主演の名前に次いで『工藤新一』と青年の名前が流れていく。
『0時過ぎのプリンセス』
月曜九時から放送されるこの恋愛ドラマは、テレビ離れが嘆かれる昨今では珍しく最高視聴率が30%を越える大ヒット作品となっている。
三十代恋愛経験ほぼなしのヒロインに、十歳年下のイケメン御曹司が惚れ、ヒロインが年の差などに悩みつつもヒーローに心惹かれていくという鉄板のストーリーだ。
「今週も、誰より一番格好良かったよ」
膝の上にある黒いサラサラした毛並みを、手のひらでかき混ぜるように撫でる。
液晶画面の向こうではイケメン御曹司だった新一は、僕の膝の上で気まぐれな猫のように寝そべっていた。僕の膝を枕にし、仰向けでスマホをいじっていた手を、ソファに放りなげた。じっとりとした瞳で睨まれる。
「やきもちやかねーの」
「演技だと分かっているからね」
「むかつく」
下唇を尖らせた新一が、膝から頭を浮かせた。寝ぐせのついた髪を右手でかき混ぜながらソファから去って行こうとする。
「……オレはあんたのキスシーン嫌なのに」
小さく呟かれた言葉を、聞き逃したりしない。
ソファに残っていた左手を引っ張って引き寄せる。体勢を崩した新一を腕の中で囲い、衝動に任せ、顔中にキスの雨を降らせた。心にもない文句を言う唇は、頬を掴んで残さず食べてしまう。
ドラマの中より情熱的に、激しく。新一からの愛がこもった、僕だけのキスだ。
「演技なんかくらべものにならないよ」
濡れた唇にそう囁く。新一が手の甲で唇を拭った。
「……オレはまだそこまで達観できねえ」
「しなくていい。嫉妬するきみも魅力的だから」
ぐっと眉間に寄ったしわに、唇を押し付ける。
絵にかいたような苦虫を噛み潰したような顔が、次第にあきれ顔に変わっていく。
「……まあ、年の功っつーしな。今に見てろよ」
「もうずっと、君だけを見てる」
新一の挑戦にすかさず答えたのに、「うるせー」と肩を叩かれてしまった。ほんのり梅色に染まった耳を食む。
「本当に、もうずっと君だけしか見えない」
甘いセリフなんてドラマの中で吐き慣れているし、聞き慣れているだろう新一の顔が沸騰した。まだまだ僕も、恋愛ドラマの帝王を現役でやっていけそうだ。
……きっと数年後には、新一がその座に就くのだろうけれど。
♡ ♡ ♡
――Shinichi Kudo.2nd Photobook
大型書店の壁に埋め込まれた複数のデジタルサイネージが全て、工藤新一の写真集のプロモーション映像に変わる。
足を止め、その瞬間を待っていた女性達がスマホ片手に黄色い悲鳴をあげた。女性たちの後ろでデジタルサイネージに向かってスマホを構えていた長身の男が、少しだけ肩を撥ねさせた。
それを横目に、移り変わる画面を、路上に停めた愛車の中から見つめる。
波打ち際で佇んでいた青年が、おもむろにTシャツを脱ぎ捨て、薄っすら筋肉のついた上半身を晒す。そしてそのまま海に走っていき、笑いながら振り向いた。次の瞬間、今度は露出ゼロのスリーピーススーツ姿になった青年が、気取った表情で煙草をふかしていた。カメラが近づくと、目元を緩ませて仄かに笑う。また場面が変わると、今度はTシャツにハーフパンツというラフな格好をして、トイプードルを抱き上げ嬉しそうに笑っている。
「新一に犬はずるいだろ……」
思わず呟いている間に画面は切り替わり、ベストセラー小説の広告になった。足を止めていた女性達が解散する。
女性の後ろにいた長身の男もスマホを閉まって、こちらに戻ってきた。
助手席のドアを開け、乗り込んできた風見に礼を言う。
「すまないな」
「いえ。降谷さんが出て行ったら大騒動になるので、大人しく待っていて頂けて良かったです」
風見が早速動画を送ってくれたらしく、デニムのポケットの中でスマホが振動する。家でじっくり見よう。
「きみはこのあと事務所でいいのか?」
「はい。あ、そういえば」
車を発進させると、風見が思い出したように口にした。
「工藤くん、ついに抱かれたい男一位になりましたね」
とある女性雑誌で毎年発表されている抱かれたい男ランキング。僕は四年前に三年連続一位で殿堂入りとなり、もうランキングに名前が載ることはないが、新一は一昨年くらいからランク入りするようになっていた。そして、ついに今年一位の座に輝いたのだ。
よっぽど嬉しかったのか、雑誌の発売日リビングにはそのページが見開きになって置かれていた。
あまりにも可愛いので、その日はレモンパイを作ってあげたのだ。新一くんは一日中ご機嫌だった。
『オレもあか、零さんみたいに殿堂入り目指そうかな』
僕は新一くんのその一言で不機嫌になり、かつて抱かれたい男一位だった底意地を披露することになったけれど。
「あの子、あんなに可愛いのにな」
思わず頬を緩めてしまう。
風見は、居心地悪そうに姿勢を正して、生返事をした。
――他人の惚気に付き合わされたくはないよな。
貪りつくされてとろとろになった新一は、今日もこれからも、僕の胸の中にだけとどめておく。
誰よりも格好良い俳優工藤新一は、僕だけの可愛い恋人なのだ。