芸能パラレル

♡テイク1♡

「姉さんは、あの男に騙されているだけだよ!」
「そんなことない! アンタに分かってもらおうなんて思ってない! もう放っておいてよ……っ!」
 スタジオに女性の悲痛な声が響く。「姉さん……」喘ぐように呟いた青年が顔を伏せて拳を握った。
「……カットー!」
 監督の声が響く。途端にスタジオ内に張り詰めていた緊張の糸がぷつんと切れたように空気が和らいだ。
 リビングのセット内に取り残されていた青年――新一くんが、切なげな表情を一瞬で消して監督の元へ歩いていく。
 ヒロイン役の女性と一緒に映像を確認すると、オーケーを貰ったのか、スタジオの端に座っていた僕の方へにこにこしながら近づいてきた。
「安室さん」
 にこりというより、にやり。猫みたいに笑った新一くんが、僕の隣に立った。
「昨日本屋で、安室さん表紙のエッチな雑誌みましたよ」
「……エッチな雑誌に出た覚えはないけどな」
 自分から言い出したくせに、ほんのり頬を赤く染めている新一くんを見下ろし、にこりと微笑む。新一くんはさらに顔を赤くして小さく呟いた。
「愛とせっ……す特集」
 耳の良い僕でも「ク」が聞こえなかった。
恥ずかしいのなら、話題にしなければいいのに。そんな思いをしてまで僕をからかいたかったのだろうか。
俯きがちに頬を染め、困ったように眉を下げている新一くんに、口角がだらしなく緩みそうになってしまう。気を引き締め、口元を手で隠して頷いた。
「ああ……そういえば昨日発売だったか……きみが読むにはまだ早いんじゃないか?」
「表紙見ただけです! 安室さん腹筋バキバキですごいですね。加工してます?」
「してないよ」
 新一くんの視線が、服の下にある僕の腹筋を探る様に動いた。
 愛とセックス特集の表紙には、シーツの上に上半身裸で横たわり前髪をかき上げている写真が使われていた。
 同じように前髪をかき上げ、カメラを見つめたより熱い視線で新一くんを見つめる。
「……触ってみる?」
「えっ、いいんですか?! わ、すげぇー!」
 ……新一くんは、僕の腹筋に興味津々で僕の顔なんて見てもいなかった。空しくなってすぐに前髪を指先で整え元通りにした。
 新一くんは、服の上から両手で僕の腹筋を押さえて、ぺたぺたと感触を確かめている。
「……興味あるなら教えようか?」
 トレーニングを口実に新一くんとプライベートで会う機会を増やせないだろうか。そう目論んで口にする。
「えっ?!」
 目と口を丸く開いて僕を見上げた新一くんが、トマトみたいに顔を赤くして固まった。
「……うん?」
 必要以上に驚いている新一くんに、いまの一言で僕の下心を読み取ってしまったのだろうかと焦って言い訳をしようと口を開きかける。
「えっちのことを?!」
 スタジオ中に新一くんのすっとんきょうな声が響いた。周りにいたスタッフや、演者が一斉にこちらを向く。
「筋トレをだよ! なにを言ってるんだ、きみは……見かけによらずスケベだな……」
 額に手を当て、呆れている風を装って溜息を吐いた。心臓はバクバクしている。気を抜けば、新一くんに負けないくらい顔が赤くなってしまいそうだった。
 周りの視線がこちらから反れたのを感じて、額から手を外す。
「すみません。安室さんの猥談が聞けるのかと思いました」
照れくさそうに頬を掻いた新一くんが可愛い。
「工藤くんと猥談はしたくないなあ……僕はきみに幻想を抱いているんだ」
 清廉潔白で、純粋で無垢。
工藤新一という役者を、子役のころから見ているせいか、僕は新一くんを邪な目で見ながらも、彼が純真であることを夢見ている。
 新一くんは、不服そうに唇を尖らせた。
「本人に言います?」
「いつまでも清らかなきみでいてくれよ」
「へーへー」
 新一くんは、気が乗らない返事をして、また監督の元へ戻ってしまった。

「ふる、安室さん」
 新一くんの立っていた場所に静かに移動してきたマネージャーの風見が胸の中央を押さえながら僕に声をかけた。
「なんだ?」
「工藤くんにセクハラをするのはやめてください……っ、共演NGにされますよ!」
「風見、きみはなにかを誤解をしているようだ。いまのは、僕が彼にセクハラを受けていたんだ」
 風見の認識を訂正して、カメラの向こうに立った新一くんに視線を向けた。


 ♡テイク2♡

 
「今日はっ、安室さんに、お知らせがあります!」
 息を切らして、僕の後を追って来た新一くんは、にんまりと笑った。新一くんの後ろで、扉が閉まる。
「ホォー……どんなお知らせかな?」
 首を傾げると、新一くんは顎を反らして腕を組んだ。
「安室さんの幻想を壊して悪ィけど!」
「……」
「次のドラマでオレにキスシーンがあります!」
 自慢げに鼻を擦る新一くん。その鼻に噛みついてしまいたい。
 狂暴な口を笑みの形に変えて、扉を塞ぐように立っている新一くんにゆっくり近づいた。
「少女漫画原作のやつだよね? もちろん知ってるさ」
 そう答えると、得意気な新一くんの表情がいじけた子どものような顔になった。
「……なんだ、つまんねえ。ショック受けるかと思ったのに」
「工藤くんは、実際にキスするのもはじめて?」
 爽やかだ、と人から評される笑顔を浮かべ、新一くんの前に立つ。片腕を扉について、至近距離で見下ろしても、危機管理能力の低い新一くんは、ぽかんと僕の顔を見上げるだけだった。
「……なんでですか?」
「経験のないきみに、視聴者を魅せるキスができるのかと思ってね」
 ムッと頬を膨らませた新一くんは桜色の唇を無防備にも尖らせた。
「これから研究するんです!」
「はい」
 ふにっと唇を合わせる。柔らかい唇を啄んで、わざと音を立てて離れた。
「……は?」
 新一くんの指先が、唇をなぞった。自分の……ではなく、なぜか僕の唇を。
「えっと、新一くん?」
「お、オレの、ファーストキス……っ!」
 ぶるぶる肩を震わせた新一くんは、キッと僕を睨みつけた。
「なんで、なんで……っ、トイレなんかでするんだよ……っ!」
「それは、きみがトイレまで僕を追いかけてきて、嫉妬心を煽るから……」
 言い訳しつつ、僕とキスしたことよりも、キスした場所にショックを受けているらしい新一くんの腰に手を回して、逃げられないように腕の中に閉じ込める。
「わざと嫉妬させようとしたけど……、なにも、トイレですることねーだろ……はじめてだったのに」
 しゅんっと俯いた新一くんのつむじしか見えなくなる。跳ねたくせ毛が可愛い。つむじにキスをして、ごめんねと背中を撫でた。
「きみのことが好……いや、まって。ここで言ったらまたきみを怒らせるな。このあとの予定は? 何時になっても待ってる。夜景な綺麗なレストランでも、真夜中の海でも、閉園後の遊園地を貸し切ってもいい。きみの好きなシチュエーションで、僕にもう一度チャンスをくれないか?」
 息継ぎせずに一気に言い切る。
 新一くんは、ゆっくり顔をあげると、僕からそうっと視線を反らしてまた俯いた。
 可愛い唇が尖っているのが見える。

「……全部」
「ん?」
「…………全部でしてくれたら、初キストイレでされたこと、許してやってもいいぜ」
 その可愛い唇を、今すぐ塞いでしまいたい。
 衝動に抗えず顔を近づけると、新一くんは僕の足を思いっきり踏んで、僕の腕から抜け出て行ってしまった。

「……ちゃんと、キスの仕方、教えてくださいね」

 僕の股間に爆弾を落として新一くんは、トイレから出て行ってしまった。
起立した息子を見下ろして、手で覆う。
「……今夜は大人しくしていてくれよ」

 頼りない僕の声だけがトイレに響いた。



 ♡ テイクX 五年後♡


「れいさん、れいさん」
 やけに上機嫌な新一が、ソファに座る僕の隣に弾むように腰かけた。
 新一が、こんな風ににやにやしながら上機嫌で僕に話しかけてくる時は十中八九ろくな話ではない。
 目を通していた台本を閉じ、テーブルの上に置いた。
「なんだい?」
 新一に身体を向け、話を聞いてあげることにする。新一は、にまあっと笑みを深めた。
「実は! オレにも例のアレのオファーが来たんです!」
 例のアレに思い至るものがなく、首を傾げる。新一は、くふふと喉の奥で笑った。
「某女性誌のセックス特集!」
 自慢げに胸を張る新一をまじまじと見下ろす。
 五年前は、セックスも恥ずかしがって言葉にできなかったのに、人は成長するもんだな、と感慨深い。
「仕事だから浮気とか言うなよ?」
 黙っている僕が怒っていると思ったのか、新一が先手を打った。
「さすがに言わないさ」
 肩を竦めそう答える。新一は、不思議そうな顔で僕を見上げた。
……まだまだ僕をわかっていないな。言葉通りに信じてはだめだよ、新一くん。
「反対されるかと思った」
 拍子抜けしたような表情を浮かべた新一はソファに思いっきり身体を預け、足を伸ばした。ずるずる落ちていく身体を引っ張り上げ、僕の胸にもたれかからせる。
「恋人として、思うところはあるけどね。でも、僕は新一くんの身体を信用しているんだ」
 新一のシャツの裾をめくりあげ、僕の手に良く馴染んだ肌を撫で上げる。ぴくっと新一の腹筋が跳ねた。
「……っ、なんで、オレの身体限定なんだよ」
 甘い声を隠しながら、新一が問いかける。
「だって、新一くんは女性の生乳揉んでもきっと興奮しないだろ」
「は?」
「全裸で女性のモデルさんと絡んでも、新一くんのここ」
 ぎゅっと服の上から股間を掴む。新一の口から鼻にかかった甘い吐息が漏れた。
「……反応することはないだろうなって。そういう信頼」
 ぱっと股間から手を離し、僕の膝の上でうっとりしている新一の顔を覗き込んで笑う。新一は、熱で潤んだ目を一拍置いてからようやく吊り上げて僕を睨んだ。
「ンなことねーから!」
「そんなことなかったら躾直しだよ。あーあ、今ので、すっごく心配になっちゃったな。きみの撮影観に行っちゃおう」
「絶対やめろ!!!!」
 焦る新一をひっくり返して、ソファの上に四つん這いにさせる。
躾と称して好き勝手したあと、気を失った新一のスマホアプリのスケジュール帳で、愛とセックス特集の撮影日と場所をチェックすることに成功した。

♡ ♡ ♡

 面白くない気持ちで、真っ白なバスローブを羽織り、スタジオ入りした新一を見つめる。
 新一は、スタジオの壁に寄りかかる僕を見つけて思いっきり顔を顰めた。
 ……その憎たらしくて愛しい表情も、スタジオにバスローブを羽織った女性モデルが入ってくると一変した。
 爽やかなイケメン台無しの緩んだ表情、情けないことに、鼻の下が伸びている。
おい、僕にはそんな顔したことないだろ!
怒鳴りたくなるのをぐっと堪え、そわそわしている新一のことを睨みつけるだけにとどめた。
新一は、ようやく我に返って、僕と目が合うと、表情を引き締めた。
が、モデルがバスローブの紐を外し、躊躇なく脱ぎ去ると「あ」と間抜けな声を出して鼻を押さえた。
新一の鼻から真っ赤な雫がゆっくり垂れてきたのが見えた。
 壁から背を離し、早歩きで新一に近づく。笑顔のつもりだが、僕の顔を見て、新一の顔から血の気がひいた。
こんなこともあろうかと、ジャケットのポケットに入れていたハンカチで新一の鼻を押さえる。
「もしかしてだけど、興奮して鼻血を出したのかな?」
「ひええひがひまふ!! らひとが熱かったんでふ!」
 ぶんぶん首を振った新一がベッドに倒れ込みそうになる。それを抱きかかえて支えてやる。瞬間、スタジオ内に「それだっ!」という声が響いた。
 声の方に視線を向けると、僕も何度かお世話になったことがあるカメラマンが満面の笑みでシャッターを切っていた。
「安室くん、突然で悪いけど、今日の撮影に参加してくれないかっ? 身体だけでもいいから……っ! インスピレーションがね、こうぐわわっと沸いたんだよ! 工藤くんの魅力は、性別に捕われないんだ!」
 興奮したカメラマンに詰め寄られて、にっこり笑う。
「ええ、もちろん、僕でよければ喜んで!」
 新一くんは、僕に鼻を押さえられながら死んだ目で視線を泳がせていた。
 
 
 そうして出来上がった新一くん表紙の『愛とセックス特集』は、ソファに裸体で寝そべる新一くんの身体に、女性が跨ったものと、新一くんの白い肌に褐色肌の男性の手が這うものの2パターンが発売されることになった。
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