芸能パラレル

 朝というよりも未だ深夜の時刻三時半。
 こんな時間にも関わらず、身だしなみを整えられたオレはカメラの前に立たされていた。さきほどまで仮眠していたとはいえ、まだどこかぼんやりする。けれど、カメラのスイッチが入れば、役者魂で表情を取り繕うことができた。
しーんと静まり返ったホテルの廊下で、こほんと咳払いをする。
「……おはようございまーす。工藤新一です!」
 ハンディカメラを構えるスタッフに笑顔を向けて、声をひそめ朝の挨拶をした。
「今回は、寝起きドッキリが成功しない俳優、安室透に、寝起きドッキリをしかけます!」
 ぱちりとカメラにウインクを飛ばし、スタッフからハンディカメラを受け取る。
「一回目、二回目と、安室さんは廊下の気配で目を覚ましてしまっているみたいですからね……今回はちゃんと、別のフロアから撮影がはじまっています」
 移動します、と呟き、エレベーターのボタンを押す。すぐに扉は開き、フロアに残るスタッフと手を振って別れ、エレベーターに乗り込んだ。
 カメラをぐるりと自分の方に向け、「撮れてるかな?」と首を傾げた。
「えーと、安室さんは人の気配に敏感すぎるので、今回はここからオレ一人です……果たして今回こそ、寝起きドッキリ成功できるのでしょうか……」
 ポンと軽快な音を立てエレベーターが止まる。そろりと廊下に足を踏み出した。グレーの絨毯が足音を消してくれる。
「安室さんの部屋は一番奥ですね……」
 七〇八のプレートがかかった部屋の前に立ち、深呼吸をする。シャツの胸ポケットから出したカードキーを差し込むと、鍵が開錠される音がした。
「……起きてませんように」
 ドアノブに手をかけ、ゆっくりと下げる。どんなにそうっと動いても、多少の音は出てしまう。ドアを身一つすり抜けられる分だけ開け、室内にするりと忍び込んだ。扉を閉めるときもゆっくりと。オートロックの鍵が回り、かちゃっと音がした。どきっと心臓が跳ねる。室内は真っ暗闇のまま、しーんとしていた。
 今まで見た安室さんの寝起きドッキリは、五回中二回はオープニング撮影中に廊下の騒がしさで目を覚ました安室さんが、ひょこりと部屋から顔を覗かせて失敗していた。一回は、撮影時間を四時半にしたところ、既に起きていた安室さんに出迎えられるという失敗。残りの二回はこの時点で、ぱっちりと目を覚ました安室さんが暗闇に身を潜め、逆に仕掛け人を驚かすという失敗というか逆ドッキリになってしまっていた。
 どきどきしながら振り向くけれど、安室さんが起きている気配は感じない。
 そうっと一歩を踏み出す。短い廊下を忍び足で進むと、右側にこんもりと膨らんだダブルベッドが見えた。
 普通の寝起きドッキリなら、対象を起こす前に部屋を移したり、鞄の持ち物検査をしたりするけれど、安室さんにそんなことをしたら、あっという間に起きてしまうに決まっている。
 目的は、安室さんの寝顔をカメラに映すこと。
 布団を剝ごうと手をのばしたところで、ぐるりと視界が回った。
「うわっ」
「……おはよう、ダーリン」
 ぼさぼさの髪をかき上げた安室さんが、オレの上で目を細めて笑う。
 安室さんがオレの腕を引っ張ったせいで、手から転げ落ちたハンディカメラは床で息絶えていた。
「……お蔵入りじゃねーか。どうすんだよ、これ番宣の一環なんですけど」
 この寝起きドッキリは、安室さんとオレが共演している冬ドラマの宣伝で、番組改変期のドッキリ特番で流れる予定だった。唇を尖らすと、安室さんはにこにこと笑って、ベッドに倒したオレの隣に横たわった。
「どうしようか?」
「安室さんが謝ってくださいよ」
 じろりと冷たい視線を送る。安室さんはクスクス笑った。
「心配しなくても、ちゃんと僕が責任をとるよ」
 安室さんの指先は、オレの前髪を撫でた。

   ♡ ♡ ♡

 ぱちっと目を開ける。
起きてすぐ視界に飛び込んでくるのは、恋人のあどけない寝顔だった。
じっと見ていると、ミルクティー色の長い睫毛がふるりと揺れる。
懐かしい夢を見た。
安室さんに寝起きドッキリを仕掛けようとして失敗した夢。
あの時見れなかった寝顔が、こんなに近くにあるのが少し不思議だった。
手をのばして、ピーナツバターみたいな色の頬を引っ張った。
「……いひゃいよ、」
 ゆっくり瞳を開けた零さんが、寝起きで潤んだ瞳でオレを見た。
「……アンタにドッキリしかけたときの夢みた」
「ああ、次の日僕が可愛いきみの寝顔を全国のお茶の間に届けた時の……いっ!」
 ぎゅうっともう一度抓った頬に力を入れる。零さんは眉を下げて笑うと、オレの背中に手を回して、抱き付いてきた。
「ひどい。もっと優しく起こしてくれ」
 我儘な恋人の手を取り、希望を叶えてやる。
夢の中のいつかの出来事を思い出し、ベッドに仰向けになる零さんに覆いかぶさって、片手で髪をかきあげる。
「おはよう、ダーリン?」
 零さんはオレの下でぱちぱちと瞬いたあと、いつかみたいにクスクス笑った。いつかと違って、伸びてきた腕がオレの身体に絡まる。

「おはよう、ハニー。最高の朝だね」

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