芸能パラレル
「新一くん、聞いた? 今度ドラマで蘭が共演する相手!」
流し読みしていた台本から視線を正面にうつすと、にやにやと口元を手で押さえて笑う園子がいた。
こういう風に園子が面白がっている時は、大抵俺にとって面白くないなにかが起きる。それでもその話に興味があると思われたくはなくて、もう一度、視線を台本に戻した。そして全然気にしていない風を装って「へぇ、全然知らねえや。誰?」と聞き返す。
視線は台本に落としたままだが、頭にはなにも入ってこない。
園子が隣の空いていた折り畳み式のチェアに座って台本を奪った。
「安室さんよ! あの、あ、む、ろ、と、お、る! 今ちょー人気のイケメン俳優! もちろん知ってるわよね? 演技が上手いのはもちろんアクションシーンだって自分でこなしちゃうし、スタイル抜群でモデルとしても引っ張りだこ。トーク番組で垣間見せる素顔も優しくて、人当たりが良くて、爽やかで、とにかくカッコいいんだから! 某女性誌ではぶっちぎりで抱かれたい男ナンバー1に輝いた男よ!」
興奮した園子は俺の台本を丸めて、勢いよく俺の腕にバシバシと振り下ろしてきた。
地味な痛みに顔を顰めると、園子は手を止めて俺の顔を覗き込んでくる。
「そんな安室さんが共演相手じゃ、さすがの蘭もクラッときちゃうかもね?」
「……蘭が、そんな浮ついた気持ちで仕事をするわけねーだろ」
椅子の足元に置いてあったペットボトルを手に取って、フタを開ける。力加減を間違えて柔らかいペットボトルがヘコんでしまった。中の水が溢れて、衣装が濡れる。園子が生温い目でその様子を眺めていた。
――蘭が、安室透にクラッと?
そんなはずがない。大丈夫、大丈夫だ。蘭は仕事に対して誰よりもまじめだし、今は仕事に専念したいから恋人を作る気はないと言っていた。
だから――。
「あれ、新一どうしたの?」
キャップを目深に被って、マスクをしてサングラスまでかけていたというのに、蘭はあっという間に野次馬の中から俺を見つけ出して声をかけてきた。
今日は、蘭と安室透が共演するというドラマの撮影を、家の近くの米花公園でやると園子から聞いてしまい、気付いたらここに立っていた。
周りで同じように遠巻きにドラマの撮影現場を見ていた人々が俺を見つけて、黄色い声をあげた。
「こっち!」
蘭に腕を引っ張られて、野次馬の中から抜け出して撮影現場にと足を踏み入れてしまう。
「いま、休憩中だから」
サングラスとマスク、キャップを外して、まず顔見知りの監督に挨拶をした。監督にも蘭と同じように「どうしたの?」と聞かれて、散歩をしていたらロケをやっていたので興味がひかれたんです、と嘘をついた。
「蘭さん」
――蘭、さん?
耳に馴染まない不穏な呼び声が聞こえて、ゆっくりと振り返る。
そこには、人の好さそうな優し気な笑みを浮かべた金髪の美丈夫が立っていた。蘭はその男の前に立って、楽し気な笑顔を見せていた。
……。
「コンニチハ」
蘭とその男――安室透の間に立って、にっこりと笑顔を浮かべる。
安室透は少しだけ目を丸くして、俺にも爽やかな笑みを向けた。
「こんにちは。ええと、工藤くん、だよね?」
「ええ。蘭の、幼馴染の、工藤新一です。はじめまして、安室さん」
“蘭の幼馴染”をさり気なく協調して伝える。
そして完璧な笑顔を作って右手を差し出すと、意外にゴツゴツした手が思いっきり俺の手を握った。
「いっ、……」
「……随分、余裕がないんだね」
ぼそりと耳元で呟かれた言葉に目を見開く。見上げると、安室透が目を細めて、口端をつり上げて笑った。
――優しい? 爽やか? 人当たりがいい?
安室透に纏わる評価が崩れていく。
きっとこいつはむちゃくちゃ性格が悪くて意地が悪いのを隠している。
「おままごとみたいな恋をしているんだね」
俺にだけ聞こえるように耳元で囁いた安室透は、フッと鼻で嗤うと、秒で猫を被り直して、蘭に向けて微笑んだ。
「素敵な幼馴染ですね」
そんなこと、思ってもないくせに!
こいつをこれ以上蘭に近づかせてなるものかと静かに闘志を燃やす。
俺と安室透の出逢いは、間違いなく最低で最悪だった。
それなのに、それなのに、なんで!
「新一くん、きみって本当にチョロいなぁ……」
ベッドの上でシーツを握りしめる。
むき出しの背中を撫でられて、首筋から身体がとろけていく。
――なんで、俺は安室透と付き合うことになってんだよ?!