そのほか
……男同士ってどうするんだ?
手を繋いで、ハグをして、キスをして。その先は?
「しんいちくん」
甘えるような柔らかい声で名前を呼ばれて、流し見していたワイドショーから目を離した。
隣を見ればさっきまで拳一つ分の距離をあけて座っていた降谷さんが至近距離に迫って鼻先をくっつけてきた。そのまま鼻をすり合わせてから目を瞑って、唇を突き出す。ふにっとした感触が触れて、すぐに離れていく。
目を開けると、降谷さんは嬉しそうに笑って俺の肩に顔を埋めた。
背中に回った手に応えるように俺も降谷さんの背中に手を回す。少しだけ力を込められて、降谷さんの身体に押しつぶされてしまうような気がした。
でも、そんな感覚は一瞬で、降谷さんはパッと俺の身体を離すとソファから立ち上がる。
「お風呂に入ってくるね」
「うん」
平然とした顔をして、浴室に向かう降谷さんの背中を見送り、ソファの上で膝を抱えた。
指先で唇をなぞって、そのままソファに転がる。
――キス以上もシたいって、思ってるのに。
俺と降谷さんは、恋人同士で、家に泊まるのだって初めてじゃない。
だけど、キス以上のことをしたことはない。
今日だって、降谷さんはセミダブルのベッドに二人並んで眠るだけのつもりでいるはず。
降谷さん曰く『君には、まだできないよ』だそうだ。何されるかわかってるの、と聞かれて、答えに窮したのが先月の話。
でも、今月の俺は先月と違う。
なにをされるのかわかっているかって聞かれたら、今度はちゃんと答えられるようになった。
ソファの足元に置いていたリュックを手繰り寄せて、中から茶色のカバーがかかった文庫本を取り出す。
男同士のあれそれを勉強するにあたってお世話になった本だ。
ゲイ向けのAVはハードルが高すぎて、再生ボタンすら押せなかった。
ならば、と今度はいわゆるボーイズラブと呼ばれる漫画をウェブで購入した。だけど肝心の性描写の部分になると、激しすぎてページをめくれなくなった。
絵はダメだ。衝撃が強すぎた。
そこで、その次にチャレンジしたのは、ボーイズラブの小説本。
文字ならなんとか読むこともできて、男同士のやり方もほぼ理解できた。
今夜の予習のため何度も読みこんだ該当ページを目で追う。
「っ……」
「新一くん、お風呂あいたよ」
「ひっ!」
突然肩を揺すられて文庫本を床に落とす。
顔をあげると、首にタオルをかけた降谷さんが目を丸くしてソファで寝転ぶ俺を覗き込んでいた。
「どうしたの?」
「なんでもないっ……!」
リュックに文庫本を突っ込んで、代わりに替えの下着を取り出して風呂場に向かう。
ちらりと廊下に出る前に降谷さんの様子を観察すると、つけっぱなしだったテレビのチャンネルをスポーツの情報番組に変えていた。
♥ ♥ ♥
「なんてものを読んでいるんだ……」
複雑な気分で、手の中の文庫本を額に押し当てる。
あの子が顔を真っ赤にして読んでいた本が気になって、リュックから取り出した。カバーをめくって表紙を確認すると、そこにはあられもない姿で絡まりあっている男性の絵が描かれていた。
裏表紙のあらすじを確認しなくとも、男性同士の恋愛が描かれた小説であることは分かる。
開き癖がついてしまっている後半の部分をパラパラとめくって、溜息が零れた。
こういうのは、いわゆるファンタジーだ。
あの子はどこまでそれを理解しているのだろうか。
いや、なにも理解していないに違いない。
新一くんが、僕とのセックスに備えて知識を得ようとしてくれていることは素直に嬉しいし、愛おしい。可愛いとも思う。
だけど、この小説のような初体験を期待されているのだとしたら、手放しで喜べなかった。
♥ ♥ ♥
「新一くん、そこに座って」
風呂からでると、降谷さんがやけに厳しい顔をしてソファの前に立っていた。
「なに?」
大人しく指さされたソファに座りながら、降谷さんを見上げる。腕を組んだ降谷さんの手には、茶色いカバーの本があった。
「あっ! 勝手に!」
「あんな顔して読んでる君が悪い」
「はあ?」
降谷さんの手から本を取り返そうとすると、さっと持ち上げられて手が空打った。がら空きの額に、文庫本の背表紙が押し付けられる。
「君が、僕とのセックスをちゃんと望んでくれているのはわかった」
降谷さんが眉尻を下げて、俺の前に膝をつく。そして、額から本を退けて、唇を押し当ててきた。
「だから、僕も覚悟を決めるよ。でも、その前に聞いて欲しいことがある」
降谷さんが俺の手を握る。
真剣な眼差しによくわかんねぇけど、頷いてみせた。真面目な顔をした降谷さんが、重々しく口を開く。
「……まず、はじめてでトコ●テンはしない」
「……は」
「あとナカ●キもしないから」
「……?」
「それと、僕も気を付けるけど、初めてはやっぱり痛いよ」
前にいわれた二つの言葉の意味はわかんねぇけど、初めてだと本みたいに気持ちよくなれないってことを降谷さんは伝えたいんだろう。
握られた手を、ぎゅっと握り返す。
「それでもいい、アンタと」
シたいって言いきる前に、降谷さんの口に噛みつかれた。
――あとはもう怒涛の展開で、自分の身に起こっていることが理解できないまま朝になっていた。
「ふるやさんの、うそつき……」
「んー……」
ははっと楽しそうに笑って、降谷さんが俺の首筋に唇をよせた。
頬を擽る金糸のような髪を指に絡めて引っ張る。
「きもちよくないっていったのに」
「ふ……」
首元で笑われるとくすぐったい。
グイグイ髪を引っ張っていると、大して痛くもないくせに、こら、と叱られて両手をとりあげられた。
「あたまおかしくなっただろ」
シーツに手を押さえつけられて、乗り上げてきた降谷さんを見上げる。
降谷さんは、にっこりと笑って「僕もだよ」と嘘を吐いた。