同棲設定
今日は四月一日、エイプリルフールだ。
イギリスでは嘘のつける時間は正午までと決まっているが、ここ日本に置いてはその限りではない。
日本では、深夜0時から日付が変わるまで各企業や有名人がこぞってSNSやホームページ、アプリなどを使ってわりと大がかりでしょうもない嘘をついて、一日中エイプリルフールを楽しんでいた。
さて、と新一は壁にかかったカレンダーの前で腕を組んだ。
ターゲットである恋人は、新一の企みなど知らず呑気に寝室で眠っている。
――彼につくなら、どんな嘘がいいだろう。
「しんいちくん、おはよう」
寝ぐせのついた髪をそのままに、ハロを纏わせてリビングにやってきた降谷は早速冷蔵庫を覗き込んだ。とろりと眠そうな目をしたままキッチンに立ち、手際よく朝食の準備をする。テーブルの上には、あっという間にほかほかの朝食が並んだ。
皮までパリパリに焼けた鮭に、小松菜と油揚げの味噌汁、作り置きしてあった切り干し大根と、セロリの浅漬け。
新一の向かいの椅子に座った降谷は、いただきます、と両手を合わせた。新一も両手を合わせて、箸を握る。
「零さん」
「うん?」
「今まで黙ってたけど、俺、セロリ好きじゃない」
セロリは降谷の好物だ。
自家栽培もしているのに、スーパーに行くとほぼ毎回買ってくる。降谷
が買い物に行けないときは、新一がお使いを頼まれる。
つまり、食卓にはほぼ毎日セロリ料理が並んでいた。
そんな食べ物を嫌いと言ったらどんな反応をするだろう。
新一の目的は、降谷を騙すことではない。嘘をつくことだ。バレバレの嘘でいいのだ。
年度初めのこの日、降谷は出勤したらきっと忙しない一日を過ごすのだろう。
だから、朝のほんの僅かなこの時間、少しでもくだらない嘘に笑って過ごして欲しかった。
降谷は、箸でセロリの浅漬けを摘まむと、新一の口に押し付けてきた。新一が口を開いて、それを咀嚼する。
「……セロリが嫌いなのに、毎日僕に合わせて文句を言わずに食べてくれていたなんて、新一くんの愛を感じるよ」
嘘だって分かっているくせに、真顔でわざと声を震わせて感極まったように言うから、新一の方が笑ってしまった。
あは、と声を立てて笑う新一をハロが見上げて尻尾を揺らす。
「僕のために明日も食べてくれる?」
小首を傾げた降谷に、新一は満面の笑みで頷いて見せた。
洗面台で顔を洗っている降谷に背後から近づいて、新一は「なー」と声をかけた。首にかけた白いタオルで顔を拭き、振り返った降谷は既に先ほどまでの寝ぼけ眼ではなくさっぱりとした顔をしていた。
「どうしたの?」
「あのさ、俺の顔見て」
「うん」
「いつもと違うとこあるんだけど分かる?」
これも、嘘。
降谷は新一と違って朝は余裕をもって行動をする。
今日も出勤まではまだ三十分ほど時間があるのを確認して、新一はもう一つくらい嘘をつこうとネットで検索したのだ。
『エイプリルフール 恋人 嘘 怒らない』と。
妊娠しただとか、借金を作っただとかあまりにもな嘘が並ぶなか、この嘘が比較的まともな気がした。
完全に感覚が麻痺している。
降谷は数秒新一の顔を眺めて、顎に手を添えて首を横に振った。
「……わからないな」
「本気で? 愛が足らねぇ」
拗ねたようにそっぽを向いて唇を尖らせる。
降谷が焦ったら嘘だ、とばらすつもりでちらりと横目で見上げると、楽しそうに目を弧にした降谷が両手でガッシリと新一の頬を掴んだ。
「嘘。いつもより、僕とキスしたいって顔してる」
は?
バカじゃねぇのという言葉は降谷の口に吸い込まれた。
朝するには濃厚なキスで新一は酸欠になる。
へろへろと座り込みそうになった新一を抱き上げて、降谷は楽し気に笑った。
「今日の新一くん、馬鹿みたいに可愛い」