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〜リヴァイさんと同棲してみたら〜

同棲
それは愛し合った者たちが一つ屋根の下に住み生活を共にすること。それは恋人たちにとって夢のような生活で、デートの別れ際に寂しい思いもしなくていいし、新婚夫婦の疑似体験もできる。いつも完璧な彼の寝顔や、貴重な寝癖なんてものも見れるときめきの宝庫。

だが現実はこうだ。
ときめくこともあれば、マジでありえない!と思うこともしばしば…でも悲観することはない。それらはよっぽど癖のある人じゃない限り解決できる。悩み、協力し、力を合わせて二人の新しい生活スタイルを確立していくのが同棲の醍醐味なのだ。



「ただいま」

夜、いつもの時間帯に帰ってきたリヴァイは靴箱に革靴を入れたところで様子がおかしいことに気がついた。彼女と同棲を初めて早一ヶ月。いつもは帰ってくると「おかえりなさ〜い!」と出迎えがあるのだが、今日は来る気配がない。
まだ帰ってきてないのか?と再度靴箱の中を確認すると、彼女が仕事で愛用している走れるパンプスとやらはいつもの定位置に戻っていた。
誰もいないように不自然に静まり返った玄関。冷たい色をしたタイル張りの足元から春に乗り遅れた冬の寒さが迫り上がってくるような気がした。
こんなにも静かな自分の家は久しぶりで、まるで一人暮らしをしていた頃に戻ってしまった様な感覚になる。

(結構早かったな…)

一緒に住み始めた当初は「なんか同棲してるって感じ〜!」なんてはしゃいでいたくせに…出迎えの儀式もひと月も経てば新鮮味は無くなり飽きたのだろう。リヴァイからみても、彼女は結構熱しやすく冷めやすい。
別に悪いとは言わないが。

リヴァイはふぅと溜息を吐くとリビングに行くついでに寝室を覗いてみる。週末だし疲れて寝ているのかと思ったが、ベッドの上は暗闇でも分かるぐらいフラットのままだった。リビングからいつも聞こえる賑やかなテレビの音も無い。
ということは一旦は帰ってきたが、誘惑に負けてコンビニにスイーツでも買いに行ったのだろう。そう思い、真っ暗のリビングの扉を開けた。

「おかえり」
「っ?!」

普段それ程驚かない鋼の心臓がビクリと跳ねる。開けたドアから明かりが射し込み、姿を現したのは何故か完璧なゲンドウポーズをしてダイニングの椅子に座る彼女だった。射し込んだ光が彼女がかけている丸眼鏡のレンズを不穏に反射させ、まるで夜闇に目を光らせる不気味なフクロウを連想させる。

「おま…びっくりするじゃねぇか。。電気も付けずに何やってんだ」

呆れながらパチッとリビングの電気を付けると彼女はひと足先に風呂に入ったらしく、いつものすっぴん眼鏡に年に一度は行かないと発作が起こるという理由で毎度駆り出される夢の国で買ったド派手なキャラもののヘアバンドを巻いて、これまた同じキャラのモコモコのパジャマに身を包んでいた。
お互い仕事関係で知り合って、仕事中のクールな彼女を知っているからかキャラものを好きだと知ったときはそのギャップにクラクラしたものだ。

「何やってんだ?は、こっちの台詞です。」

リヴァイが彼女と出会った当時の記憶に思いを馳せているとはつゆ知らず、彼女はわざとらしく落ち着いたトーンでリヴァイに話しかけてくる。経験上、こういう状態の彼女はかなり面倒くさい事をリヴァイは知っている。

「さて問題です。ここにある物の中で共通していることはなーんだ。」
「なぞなぞか?」
「真面目に答えて。」

リヴァイはとりあえず向かい合わせに椅子に座りテーブルの上を見る。彼女が肘を付くテーブルの上には、家にある様々な物が並べられていた。

炭酸水のペットボトル
柔軟剤
洗濯用洗剤
リヴァイがたまに紅茶のお供にするリントンズのマーマレードジャム

一瞬同じメーカーのものかと思ったが、食品と日用品が混在しているし輸入品もあれば国内メーカーのもある。もっと単純に考えて誰が買ってきたとか、色や重さか?なんて思ったりもしたがそれこそどれもバラバラだ。

「ヒントいる?」
「いらねぇ。面倒くせぇ、さっさと答え言えよ」

「何その言い方ー!自分が悪いくせにー!」と彼女はプリプリ怒っている。勝手に自分が悪者扱いされているが全く心当たりがない。普段のリヴァイを知ってる人からすれば一目瞭然だが、リヴァイは普段から彼女に対して途方もなく寛大だ。されている当の本人は全く気づいていないが。

リヴァイが暫く考え理解不能だと思いっきりしかめっ面をすると、彼女はもうこれ以上粘っても答えは出ないと悟ったのかぶつくさ言いながら口を開いた。

「全くもう!正解は、リヴァイが最後に思いっきりキャップとか蓋を締めるから開かなくなった物たちシリーズでした。」
「は?」
「前言ったじゃん!緩く締めてって!」

彼女はそう言うと自分が今日一日でどれほど被害を被ったかくどくどと説明しだした。

「今朝リヴァイが仕事行った後にマーマレードジャムを使おうと思って瓶の蓋開けようとしたの。そしたら、ガッチガチに締められててびくともしないんだもん!どれだけ力込めたらこんなにに固くなるの!?ガラス瓶握力で割る気!?後に使う人が困るでしょーが!」
「お前いつも苺のやつじゃねぇか」
「そういう問題じゃないし!たまには違うやつ食べたくなるし!目の前にあるのに食べられない辛さわかる?!朝からテンションだだ下がりだったよ!」
「それは…悪かった」
「それから〜」

リヴァイは本日二度目の溜息を彼女に気づかれないように吐いた。よっぽど今朝はマーマレードが食べたかったらしい。食い物の恨みというのは恐ろしい。
その後も帰ってきて夜のうちに一回洗濯しようとしたら洗剤と柔軟剤のキャップが石みたいに固くて開けられなかった事や、風呂上がりにソーダ割りを作ろうとしたら冷蔵庫に入った炭酸水のペットボトルのキャップがこれまた固くて開けられなかったことに延々と説教を食らった。この格好で彼女が顔を真っ赤にして冷蔵庫の前でペットボトルと格闘していた事を想像すると、間抜けな可愛らしさが先に立ち口の端に思わず力が入ってしまい、リヴァイはとっさに手で口元を隠した。

「悪かったって。言われた通り少し緩くしていたつもりだったんだが」
「あれで?前と全然変わってなかったよ!」

彼女は「筋肉鍛えすぎじゃない?!一体どこ目指してんのよ!」と度重なる不運で頭に血が上って収拾がつかなくなっていた。別に目指すものはないが、そんなに言うならせめて洗剤と柔軟剤はジェルボールに代えるか?と言いたかったが多分今それを言ったら火に油を注ぐような気がしてやめといた。

「もう一人で住んでるんじゃないんだから同居する人のことも考えてよね!」
「あ?」

このまま彼女の怒りが収まるまで今日は怒られておこうと思ったが、その一言でリヴァイのこめかみがピキッと筋が入る。

「お前な…言わせておけば被害者ぶりやがって。お前だって一人暮らしの延長でだらしねぇ生活してんじゃねぇか」
「家じゃ気が抜けてだらしなくなるのは多少は仕方ないってリヴァイ前自分で言ってたじゃん。」
「限度がある」
「常にコンタクトですっぴん見せるなとかマジ無理だから。」

「こっちは目にも肌にも鎧被せて日々頑張ってんのよ!」といつも可愛いなと密かに思っているふっくらした唇をツンと生意気そうに尖らせて言う。

「んなこと言うわけねぇだろ。じゃあ言わせてもらうが、今もああやってベランダのカーテンが数センチ開いてるじゃねぇか。」
「うそっ?!」

バッと彼女が振り向くと、確かにダークグレーの遮光カーテンが換気した時に閉め忘れたのか数センチ開いていた。

「俺はお前に何度注意した?高層階だからっつっても盗撮しようと思えばできるんだ。お前が裸同然の格好でうろつくのを誰かが見ててネットでバラまかれでもしたらどうする」
「裸じゃないし!」
「比率の問題だ。それから…」

まだあるのかとウッと彼女は身構える。形勢は既に逆転しつつある。

「電気が高確率でつけっぱなしだ。トイレも、洗面所も。リビングに至ってはお前がチャンネル登録してるエクササイズ系の動画が帰ってくると毎回エンドレスで流れてやがる。当の本人はソファーで気持ちよさそうに寝てるってのにな」

痛いところを的確に削ぐ。彼女はもうぐうのねも出ないといった風に砂になっていった。

「それは、ごめん。。」
「全くだ」
「……」
「……」

「プッ」「はっ」

あまりにきれいにブーメランが決まったので二人で同時に噴き出した。

「次からは気をつけるね。本当ごめん。」
「カーテンは絶対だ。まぁ俺ももう少し緩く締めるようにする。それと…」
「それと?」
「お前のすっぴんは結構好みだ」
「も〜やだ〜!」


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