短編集

「おーい、大丈夫かー?見舞いに来たんだけど」
ドアをノックすると、少しして真っ赤な顔の彼女が出てきた。
「い、た…どり…?何で」
「先生から、お前が体壊して寝込んでるって聞いてさ。飯食えてる?」
「いや…ずっと寝てたし…特にお腹空いてないし…」
「それ感じてないだけ!ちゃんと食わねぇと、治んないぜ。中入っていい?飯、作ってやるよ」
「ん…」
体は重く、頭もぼーっとするせいで、特に抵抗もしない。
(意外と女の子した部屋だな…)
普段はサバサバ系女子といった感じだが、部屋の中はぬいぐるみがいっぱいあったり、可愛い。
「なー、冷蔵庫開け…あっ!ちゃんと寝てろって!」
ベッドではなくソファに座ってぼんやりしている彼女を、立ち上がらせて寝かせる。
布団もしっかり首元までかけて、寝ているように言い聞かせる。
「出来たら起こすから、眠ってていいからな」
「ん…」
大人しく頷くのを確かめて、台所スペースで腕捲りして調理に取り掛かった。

程なくしてほかほかと湯気の立つ雑炊が出来上がった。シンプルなお粥でも良かったのだが、この方が食欲も出るだろうと思っての事だ。
「出来たぜー。起きれるか?」
「…いい匂い」
目を開けた彼女は匂いを嗅ぎつけたらしい。
すん、と鼻を鳴らす。
「我儘なじいちゃんも唸らせた、俺の自信作!
ちょっとごめん、背中に手入れるからな」
背中の下に腕を差し入れ、抱き起こす。
枕を背中に当てて寄りかかれるようにする。
「介護、上手いね…」
「じいちゃん、基本元気だったんだけどやっぱトシだったから具合悪い事もたまにはあってさ、そん時にね」
「あぁ…」
「ま、憎まれ口はいつでも健在だったけどさ」
「ふふ…仲良かったんだ、おじいさんと」
「どーだか!でも、親みたいなもんだったから」
「そっか…」
話している間に手際良く取り分けて、1口を差し出す。
「ふー…ん、熱ぃから。火傷すんなよ」
「ん」
ぱく
「…美味しい」
「だろ?」
嬉しそうににっかり笑う虎杖は、そのままゆっくり1口ずつ食べさせる。やがて器は空になった。
「おー、全部食った…」
食欲がないと言っていたが、完食できたなら大丈夫そうだ。
「薬も飲んだし…後は、ぐっすり寝りゃ良くなんだろ」
「うん…虎杖」
「ん?」
「…手、握ってて…くれる?」
普段の彼女からは想像もできないお願いだ。
「病気の時は心細くなるって言うもんな…俺あんまり病気しねぇけど」
差し出された熱い手を両手で握ると、彼女はほっとした笑みを浮かべた。
「虎杖の手…大きいね。何だか気持ちいい。落ち着く」
目を閉じて、手を引き寄せて虎杖の手の甲に頬を擦り寄せる。
「男の人の…大きな手…」
ぼんやりとした呟きに、ドキッとした。
「いた…ど…り…」
「な、何?」
「……」
たどたどしい言葉は、寝息に変わる。
すぅすぅと規則正しく聞こえるので、苦しくはないのだろう。
これでしっかり眠ってくれれば、目が覚めればだいぶ良くなっている期待もできる。
(………俺、ちゃんと『男の人』って思われてんのかなぁ…)
険しい所もない寝顔を眺めながら心で思う。
体調不良とはいえ、目の前で手を繋ぎながらこうも安らかに眠られると、やはり思われていないような気もしてくる。
…『思われていない』と自覚しているからこそ、見舞いや看病とはいえ、こんなずかずかと部屋に入ったりできるのだが。
そうでなければ、彼女を密かに意識している虎杖にはこんな事はできない。
彼女が自分をそんな目で見ていないと思っているから、虎杖も思う心を封印して、一緒に馬鹿やったり、こうして眠る彼女の傍にいられる。
でないと今頃間違いのひとつも起こしそうになっているかもしれなかった。
(あー…わかんねぇな、どっちがいいんだろ)
今のままでじゃれ合って、こうして何も警戒されずに彼女が辛い時に助けてやれる方がいいのか。
それとも、男女として意識し合うようになった方が幸せか。

ぽすんとベッドの縁に頭を乗せる。
「わかんねぇなー…」
(うじうじと鬱陶しい。欲しいのならばとっとと手篭めにしてしまえ)
(そーーいう訳にはいかねーから悩んでんの!)
(女1人抱けんとは、本当につまらん奴だなオマエは)
(だからそーいうのじゃないのっ!)
今そんな事をしてしまったら、後がどうなるかわかったものじゃない。そもそも今、相手は病人だ。
悠仁が脳内で怒鳴ると、からかうのに飽きたのか宿儺も静かになった。
すると、急に眠る彼女が艶っぽく見えてくるから困ったもので…早く手が離れてくれないかと思った。
…自分から解く事も出来ただろうに、その考えが出なかった辺り、悠仁も動揺しきりだったようだ。

結局そのまま考え疲れた悠仁は寝落ちして、翌朝すっかり元気になった彼女に揺り起こされるまで、眠り続けた。

おわり
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