刺青少女

「学長、何です?頼みって」
呼ばれて行ってみれば、学長は一人の少女を伴っていた。
「…………」
黙ってぺこり、と頭を下げる少女は、五条が思わず絶句する気配を纏っていた。
(何、この子のこの、禍々しい呪力…被呪者?)
「悟、お前にこの子の面倒を頼みたい」
「え!?…何で僕なんです?」
「お前は生徒を大切にする性分だ。ならばこの子の事も、悪いようにはしないだろう」
人形のように無感情に佇む少女の横で、学長は少女の生い立ちを語る。

彼女は十数年前に滅んだ呪術師の家の子であり、まだ乳飲み子だったこの子はある家に引き取られていったものの、そこで語るもおぞましい秘術が行われ、彼女はその被害者だったのだ。
滅んだ家の当主は実は学長の友であり、生まれたばかりの赤子の事を気にかけ探していたが、『養女とされていなかった』彼女を探し出すまでにこれ程の時間がかかってしまった、という事だった。

「話は学長から聞いた。全く、とんでもない事をするものだ」
家入が哀れみを滲ませる。
「これを見てくれ」
少女に着せられた検査着の裾を捲り上げると、その背中には夥しい刺青が、不健康な程白い肌を埋め尽くしていた。
「これは背中だけじゃない。首元から足の先まで、全身に施されている」
「……この、刺青は?」
「この刺青に、呪霊を封じ込めているようだ。恐らく、後天的な呪霊の器を生み出そうとしたのか…意図が推測の域を出ない。この子は実験台だったんだ」
五条の拳が苛立ちにぎりりと握り締められる。
「引き取られたけど養女にはなってないって学長も言ってたな…そういう事か」
恐らく秘術の実験の為に手頃な子供が欲しくて、たまたま孤児となった赤子を引き取ったのか。
「きっとこの子、今まで人らしい暮らしなんてしてなかったんだろうね…」
「多分な」
「この刺青、何とかできる?」
「それなんだが、学長がお前に預けたのも多分それだな。この刺青、普通と違って墨や染料で彫られてない。呪力で刻まれた文様なんだ。だから、強い呪力で打ち消してやれば、消す事は出来る。一気には出来ないし封じられた呪霊も出てくるが…」
「それは片付ければいい」
五条は少女に歩み寄る。
「僕は五条悟。君の名は?」
「…」
ふるふる、と首を振る。
名前さえ付けられてなかったのか…或いは生みの親が付けた名前など知ってか知らずか呼ぶ事もなかったのか…
あんまりだと思う。
「五条、彼女の手を取ってみろ」
文様の消し方は、ちょうど美容手術のレーザー照射のようだった。
「いいかい、ちょっと衝撃があるが、我慢してくれ。…五条、やってみろ。文様に意識を集中し、呪力をぶつけるんだ」
「…こう、かな?」
ぱちん、と弾ける音がして、色が少し薄くなる。
これが全身となると、なるほど1日2日の施術では終わるまい。
「…なるほどね…よし、決めた」
彼女の顔を覗き込むようにして、笑いかける。
「君は、今日から僕の妹だ。君も僕をお兄ちゃんだと思って、うんと甘えてね。後で、友達になれそうな子達も紹介しよう」
「おにい、ちゃん…」
うっすらと、僅かながら笑みらしいものが浮かぶ。
「…まさか妹にするとは。お前そういう趣味があったのか?」
現代の光源氏か?と本気か冗談かわからないテンションで言われて、本気で抵抗した。
「ちーがーいーまーすー!変な事言わないでよ。この子の呪を解いても、このままじゃ生きていけないよ、この子は」
どうやらだいぶ感情だとか教育だとか、そういうものも希薄なようだ。
「見捨てられないでしょ」
「お前は、そういう所は優しいな」
「優しさかどうかは知らないけど、誰にだって人生や青春を謳歌する権利はあるんだよ」
少女の頭をそっと撫でながら、今後の事を考える。
(呪術師の家系だから、何かは使えるよね…まず呪術師として生きていくのか考えさせて…いやその前にもしかして、一般教養?)
忙しくなりそうだ、と笑った。

おわり
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