霊感少年ジャンの話
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引き留めているのは優しさか
亡者と会ってしまう瞬間は、いつだって胸の真ん中辺りがシュッと冷え固まる。こればかりはどうしたって慣れない、むしろ慣れてはいけないと己に言い聞かせている部分もある。
彼らの世界とこちらの時を交差させることは、本来あってはならない形だと思うからだ――。
「ジャン。どうした」
リヴァイ兵長の声にハッとした。すぐに時間が動き出す。
サラリと耳にかかる黒髪から目を逸し、なんでもありません、とジャンは答えた。
「ハンジに付き合うのも大概にしておけよ。秒で眠れるって顔してるぞ」
「はい……。ッ!」
兵長もそんな顔してますが……と言う間もなくリヴァイは去っていった。ジャンもすぐに踵を返す。
――やばい。まずい。ついてない。
(俺は……何も見てねぇ。見てねぇからな!)
『待って』
「……」
『君、ジャンだよね? さっき目が合ったでしょ。ちょっといいかな』
「……」
見てません……合ってません……。
ブツブツと心の中で繰り返す。まっすぐ前だけを見て歩幅を広げた。
『ジャン? ジャン君……ジャンさん、うーん……キルシュタイン様!』
「最後おかしくないですか!?」
『あーもう! やっと止まってくれたよ』
両手を合わせニコニコ笑う女性。ジャンは額に手をあてた。
(やっちまった!)
兵長に会った瞬間から、彼女が背後にいるのは分かっていた。
しかし、自分からアクションを起こさず、且つ、相手がこちらの事情に気付きさえしなければ、いくらだってやり過ごせる。幽霊との遭遇はそういうものだ。
逆に言えば、知られたら大抵逃げられない――。
「ペトラさん……ですよね。リヴァイ班だった。エレンから色々聞いてます」
『うん、私もだよ。ねぇ……ジャンって霊が視えるのね。私以外にも結構いるの?』
「分かりません。しょっちゅう会うもんじゃないですし。波長というかその時の俺の体調というか……そっち側とタイミングが合ったらって感じなんですかね」
『私は今まで誰とも会ったこと無いのよねぇ。もしかしたら霊同士は会えないのかしら? 兵長の側に居てもオルオ達をまったく見かけないから、薄情者どもめ! ってずっと思ってたけど……そういう事なら仕方ないのかも』
「ハハ……」
急ぎ、誰もいない場に移った。
ペトラが視えない人間には、ジャンが独りごとを言ってるようにしか見えないからだ。
イカれた奴だと思われない為に、それから霊と交信出来るとバレない為に、ジャンが出来る精一杯の自衛策は今の所これ位しかない。
そこはペトラも理解しているらしく、兵舎から大分離れるまでは黙って後ろをついてきた――。
草を踏み進むとサクサクと響く音。
背後で聞こえる少し軽い響きが、ジャンの割り切れない想いを揺さぶってくる。
彼らは、まだ存在しているのに。
(視える俺がこの人達を世の中で一番否定してる……)
無視すれば罪悪感。関われば無力感。いつだってそれに際悩まされ自己嫌悪ばかりだ――。
『そろそろ大丈夫? ジャン』
「あっ……はい」
『実は! 白状しちゃうとね、あなたに会った時からどうしても頼みたい事があって』
「……白状されなくても知ってます。でも俺が出来る事なんてほとんど無いですよ」
『大したことじゃないのよ。私達、いつもリヴァイ兵長から“お供え物”をいただいてるの。そのお礼が言いたくて』
「お、お供え物……」
本人の口から出てくると結構生々しいワードである――。
「いや……それハードル高くないっすか!? 俺が兵長に言うんですか……いつもお供えありがとうございますって? 滅茶苦茶ヤバい予感しかしないんですけど」
『やっぱり難しいのかな……。ふふっ、ジャンの言う通りだと私も思うんだけど……』
ペトラは兵舎を見つめていた。風になびくブロンド髪を耳にかけ、懐かしそうにフッと微笑む。
(ハァ……この人もかよ)
ジャンは、ハンジの側に現れるモブリットの横顔を思い出した。触れられず声も届かないと知っていて、影にも光にもなれない姿で佇む人の――。
『私達はもう死んで何も出来ないのに、紅茶を淹れてくれたりお菓子を供えてみたり……リヴァイ兵長ってそういうところあるのよね。ティーカップ相手に“そっちはどうだ?” なんて……困っちゃう』
「…………」
死を受け入れているから逝くのは簡単なのだとモブリットは言っていた。そしてこうも言った。
簡単だからこそ、逝くタイミングが分からないのだと――。
「後悔や心残りがあるわけじゃないんですよね。ずっと見守っていたい……とも違う」
ジャンが呟くとペトラは目を丸くした。まさか死んだ側の気持ちを言い当てられるとは思わなかったのだろう。
『えっ、ジャンって一回死んでる?』
「なんでそうなるんですか! 受け売りっすよ。誰とは言えませんけど……」
『そう……。厄介者は私達の方ね。生きてる時は目的も望みもハッキリしていたのに、死んじゃったらこんな風に曖昧で迷ってる。逝くって決めたくせに』
「……それは――」
暗闇に紛れない霊達の姿は、光の中では酷く儚く、体の輪郭も常にぼやけていた。
ジャンはそれを見る度に、彼らはもうこちら側には存在しないのだと痛切する。
そして、あの世とこの世の境界線上に立つ偶然を……恨む――。
「仕方ない……ことだと俺は思います。死んだ後のことを教えてくれる人間なんていねぇし。それに、知ってる奴はさっさと成仏しちまうだろうし……」
『ジャンは優しいね』
「そんなんじゃないです、俺は」
(ビビってばかりで、当たり障りない様に上手くやろうとしてるだけだ……)
『そうかな? 幽霊と対等に話してる時点で、あなたはとても優しい人だと思うけど?』
クスクスと笑うペトラは、エレンの話を聞きイメージしていた人そのまま――朗らかな女性だと感じた。
モブリットもペトラも、どうして見えない線の向こう側にいるのだろう。
あの不器用でお人好しな上官ふたりの側に今こそ一番居て欲しい、まだ逝くには早すぎる人達じゃないか。
「ハァ……極力怪しまれないような方法を考えますかね……」
優しいと言われ調子に乗った自分を恥じながら頬を掻く。ペトラが『ほらね、やっぱり』とまた笑った――。
✽✽✽
数日後の夜。
食堂の入り口から中を覗き込むペトラを視た。素知らぬ振りで横を通り過ぎ、彼女にもバレない様にチラリと食堂内を覗く。案の定そこには、独りで紅茶を飲むリヴァイがいた。
ペトラの表情から自分が提案した策が成功していると確信したジャンは、役目を無事果たせたことに胸を撫で下ろす。
(これでペトラさんはあっち側に……行けるか――)
『ジャン。ほら見て、作戦成功よ!』
「……ウッ」
バレてた。しかも――
『喜んでくれてるみたい。毎回同じじゃ芸が無いし……今度は違うものにしてみようかしら?』
「いやいやいや……芸は要らないと思います。ていうか、毎回……とは?」
『月一で』
「ハッ!? それはちょっと」
『命日に、とか』
「……ハァァ!?」
(この人、本っ当モブリットさんと同じじゃねぇか!)
――失くすには惜しい先輩方だが、ここはあえて言わせてもらおう。
(アンタらそろそろ上司離れした方がいいっすよ……)
食堂入り口にずっと張り付いてるペトラが『お疲れ様。おやすみ』と労ってくれたが、ジャンは返し方に困り軽い会釈で誤魔化した。
ジャンには死者の気持ちが分からない。
この不自然な交流が救いをもたらすのか、哀しみを増長させるだけなのか、はたまた結果が出る前にただの怪談話に成り果てるか。
上弦の朧月を眺めながら溜息を飲み込む。
(兵舎の人口密度……これ以上増えたら溜まったもんじゃねぇな……現実は人員不足だっつうのに……)
「……クソ……頭回らねぇ」
まずは二日分の寝不足を深い眠りで取り戻さないと、己の身が持たなそうだ――。
亡者と会ってしまう瞬間は、いつだって胸の真ん中辺りがシュッと冷え固まる。こればかりはどうしたって慣れない、むしろ慣れてはいけないと己に言い聞かせている部分もある。
彼らの世界とこちらの時を交差させることは、本来あってはならない形だと思うからだ――。
「ジャン。どうした」
リヴァイ兵長の声にハッとした。すぐに時間が動き出す。
サラリと耳にかかる黒髪から目を逸し、なんでもありません、とジャンは答えた。
「ハンジに付き合うのも大概にしておけよ。秒で眠れるって顔してるぞ」
「はい……。ッ!」
兵長もそんな顔してますが……と言う間もなくリヴァイは去っていった。ジャンもすぐに踵を返す。
――やばい。まずい。ついてない。
(俺は……何も見てねぇ。見てねぇからな!)
『待って』
「……」
『君、ジャンだよね? さっき目が合ったでしょ。ちょっといいかな』
「……」
見てません……合ってません……。
ブツブツと心の中で繰り返す。まっすぐ前だけを見て歩幅を広げた。
『ジャン? ジャン君……ジャンさん、うーん……キルシュタイン様!』
「最後おかしくないですか!?」
『あーもう! やっと止まってくれたよ』
両手を合わせニコニコ笑う女性。ジャンは額に手をあてた。
(やっちまった!)
兵長に会った瞬間から、彼女が背後にいるのは分かっていた。
しかし、自分からアクションを起こさず、且つ、相手がこちらの事情に気付きさえしなければ、いくらだってやり過ごせる。幽霊との遭遇はそういうものだ。
逆に言えば、知られたら大抵逃げられない――。
「ペトラさん……ですよね。リヴァイ班だった。エレンから色々聞いてます」
『うん、私もだよ。ねぇ……ジャンって霊が視えるのね。私以外にも結構いるの?』
「分かりません。しょっちゅう会うもんじゃないですし。波長というかその時の俺の体調というか……そっち側とタイミングが合ったらって感じなんですかね」
『私は今まで誰とも会ったこと無いのよねぇ。もしかしたら霊同士は会えないのかしら? 兵長の側に居てもオルオ達をまったく見かけないから、薄情者どもめ! ってずっと思ってたけど……そういう事なら仕方ないのかも』
「ハハ……」
急ぎ、誰もいない場に移った。
ペトラが視えない人間には、ジャンが独りごとを言ってるようにしか見えないからだ。
イカれた奴だと思われない為に、それから霊と交信出来るとバレない為に、ジャンが出来る精一杯の自衛策は今の所これ位しかない。
そこはペトラも理解しているらしく、兵舎から大分離れるまでは黙って後ろをついてきた――。
草を踏み進むとサクサクと響く音。
背後で聞こえる少し軽い響きが、ジャンの割り切れない想いを揺さぶってくる。
彼らは、まだ存在しているのに。
(視える俺がこの人達を世の中で一番否定してる……)
無視すれば罪悪感。関われば無力感。いつだってそれに際悩まされ自己嫌悪ばかりだ――。
『そろそろ大丈夫? ジャン』
「あっ……はい」
『実は! 白状しちゃうとね、あなたに会った時からどうしても頼みたい事があって』
「……白状されなくても知ってます。でも俺が出来る事なんてほとんど無いですよ」
『大したことじゃないのよ。私達、いつもリヴァイ兵長から“お供え物”をいただいてるの。そのお礼が言いたくて』
「お、お供え物……」
本人の口から出てくると結構生々しいワードである――。
「いや……それハードル高くないっすか!? 俺が兵長に言うんですか……いつもお供えありがとうございますって? 滅茶苦茶ヤバい予感しかしないんですけど」
『やっぱり難しいのかな……。ふふっ、ジャンの言う通りだと私も思うんだけど……』
ペトラは兵舎を見つめていた。風になびくブロンド髪を耳にかけ、懐かしそうにフッと微笑む。
(ハァ……この人もかよ)
ジャンは、ハンジの側に現れるモブリットの横顔を思い出した。触れられず声も届かないと知っていて、影にも光にもなれない姿で佇む人の――。
『私達はもう死んで何も出来ないのに、紅茶を淹れてくれたりお菓子を供えてみたり……リヴァイ兵長ってそういうところあるのよね。ティーカップ相手に“そっちはどうだ?” なんて……困っちゃう』
「…………」
死を受け入れているから逝くのは簡単なのだとモブリットは言っていた。そしてこうも言った。
簡単だからこそ、逝くタイミングが分からないのだと――。
「後悔や心残りがあるわけじゃないんですよね。ずっと見守っていたい……とも違う」
ジャンが呟くとペトラは目を丸くした。まさか死んだ側の気持ちを言い当てられるとは思わなかったのだろう。
『えっ、ジャンって一回死んでる?』
「なんでそうなるんですか! 受け売りっすよ。誰とは言えませんけど……」
『そう……。厄介者は私達の方ね。生きてる時は目的も望みもハッキリしていたのに、死んじゃったらこんな風に曖昧で迷ってる。逝くって決めたくせに』
「……それは――」
暗闇に紛れない霊達の姿は、光の中では酷く儚く、体の輪郭も常にぼやけていた。
ジャンはそれを見る度に、彼らはもうこちら側には存在しないのだと痛切する。
そして、あの世とこの世の境界線上に立つ偶然を……恨む――。
「仕方ない……ことだと俺は思います。死んだ後のことを教えてくれる人間なんていねぇし。それに、知ってる奴はさっさと成仏しちまうだろうし……」
『ジャンは優しいね』
「そんなんじゃないです、俺は」
(ビビってばかりで、当たり障りない様に上手くやろうとしてるだけだ……)
『そうかな? 幽霊と対等に話してる時点で、あなたはとても優しい人だと思うけど?』
クスクスと笑うペトラは、エレンの話を聞きイメージしていた人そのまま――朗らかな女性だと感じた。
モブリットもペトラも、どうして見えない線の向こう側にいるのだろう。
あの不器用でお人好しな上官ふたりの側に今こそ一番居て欲しい、まだ逝くには早すぎる人達じゃないか。
「ハァ……極力怪しまれないような方法を考えますかね……」
優しいと言われ調子に乗った自分を恥じながら頬を掻く。ペトラが『ほらね、やっぱり』とまた笑った――。
✽✽✽
数日後の夜。
食堂の入り口から中を覗き込むペトラを視た。素知らぬ振りで横を通り過ぎ、彼女にもバレない様にチラリと食堂内を覗く。案の定そこには、独りで紅茶を飲むリヴァイがいた。
ペトラの表情から自分が提案した策が成功していると確信したジャンは、役目を無事果たせたことに胸を撫で下ろす。
(これでペトラさんはあっち側に……行けるか――)
『ジャン。ほら見て、作戦成功よ!』
「……ウッ」
バレてた。しかも――
『喜んでくれてるみたい。毎回同じじゃ芸が無いし……今度は違うものにしてみようかしら?』
「いやいやいや……芸は要らないと思います。ていうか、毎回……とは?」
『月一で』
「ハッ!? それはちょっと」
『命日に、とか』
「……ハァァ!?」
(この人、本っ当モブリットさんと同じじゃねぇか!)
――失くすには惜しい先輩方だが、ここはあえて言わせてもらおう。
(アンタらそろそろ上司離れした方がいいっすよ……)
食堂入り口にずっと張り付いてるペトラが『お疲れ様。おやすみ』と労ってくれたが、ジャンは返し方に困り軽い会釈で誤魔化した。
ジャンには死者の気持ちが分からない。
この不自然な交流が救いをもたらすのか、哀しみを増長させるだけなのか、はたまた結果が出る前にただの怪談話に成り果てるか。
上弦の朧月を眺めながら溜息を飲み込む。
(兵舎の人口密度……これ以上増えたら溜まったもんじゃねぇな……現実は人員不足だっつうのに……)
「……クソ……頭回らねぇ」
まずは二日分の寝不足を深い眠りで取り戻さないと、己の身が持たなそうだ――。
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