ずっと、待ってる。
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「切断すれば、時間を延ばせるかもしれません」
晴れた日の午後。
頬と肩をポカポカ温めてくれる陽を浴びながら、告げられた言葉に心臓の周りが少しだけ――そう一瞬、冷たくなったのを感じた。
「え……切断って……足を?」
「はい。と言っても、本当に……断言出来る訳でもないので、あくまで可能性の話ですが」
話を聞いた私の反応を見た医師は、とても困惑していた。質問詰めや難しい相談を受けると思っていたのだろう。でも私は、ほんの少しだけ考えて、やっぱり考える程ではないなと思ったから。
「死ぬ覚悟はとっくに出来てるので問題ないです。それに……今世で欲張って足を犠牲にして、来世でそれが影響したら怖いなって」
笑いながら、布団の上から足をさする。
変色して思う様に動かせないそれはただの肉塊、あるいは無機質な棒の様だったけど。
「歩いたり走ったりしたい。この世界では無理でも、生まれ変わったらまたリヴァイさんと一緒に」
「フェリーチェさん――」
「ね、先生。今日話したコト、誰にも言わないでね。可能性を見て見ぬ振りしたって聞いたら、リヴァイさん達ガッカリしちゃう。皆は絶対に諦めない人達でしょう?」
「……」
「生まれ変わりなんて、出来るかどうか分からないものね。だけど私は信じてるの。だから……」
「――私も信じてますよ」
「本当?」
「えぇ。私は来世でも医者を続けますので、ご指名よろしくお願いしますね」
「ふふ、頼もしい〜」
内緒話。最後は、二人で顔を見合わせ笑った。
見苦しいし、痛いし、見るたびに悲しくなったりもするけど、私は自分のこの足を失いたくなかった。
優しく触れてくれるリヴァイさんがいたから。
絶対そう見えないと思うのに、「綺麗だ」って足先にキスをしてくれる。
私が違うってグズグズ泣いても「お前は何も分かっちゃいない」と宥めてくれる。
「……ぅ、……っく……う……っ」
リヴァイさんに愛されたこの身体を、絶対に、一欠片だって失いたくない。
今世でも、来世でも。絶対に。
だから、お別れが少し早くなってしまったとしても――。
「ごめ、な……さ……っ」
私の残り時間が少しでも延びないかと模索しているのを、知ってるのに。
時々、苦しそうに俯いたり悲しそうに微笑んでるのも、知ってるのに。
(こんなの、ただの我儘だ)
陽射しが背中を温める。まるでリヴァイさんに抱きしめられているみたいだった。
溢れてくる涙もいつもより温かい気がして、辛いのに、まだ生きてるんだと少し嬉しかった。
終わりはいつ来るんだろう。
最期までちゃんと笑ってなきゃ。泣いて終わりは嫌。
でも今は……一人の時くらいは良いよね。
――まだ大丈夫だよね?
――弱い自分を許して欲しい。
色々考えると頭がぐちゃぐちゃになって、許容範囲外の感情は涙になり枕を濡らす。
「もっと……っ」
(……もっとリヴァイさんと一緒に歩きたかった)
手を繋いで。
時々立ち止まって色んなものを見たりして。
同じ道を、同じ速度で。
(だから私、絶対に――)
✽✽✽
駅始発のバスに乗り込み、スマホで時間を確認した。発車まであと数分。マイボトルのお茶を一口だけ飲んで、ホッと一息。
休日だからもっと混むかと思っていたけど、車内は意外と空いていた。時間帯とタイミングもあるのかもしれない。
(良かったぁ、間に合って。これ逃したら次まで時間潰すの大変だったよ……)
――よくある“美容アンケート”という名の怪しい声掛けに捕まり、駅の構内で足止めをくらった私。昔からこういう手のものを撃退するのが苦手で、逃げ出すのにとんでもなく時間がかかる。
しかも今日は相手が最悪で。やたらと距離が近い男性だった。「肌キレイですよね」と頰を触られそうになった時は恐怖で体が固まった。思い出すだけで鳥肌が立つ。
(そういえば本当にあれ誰だったんだろう? 確かに呼ばれたんだよな……)
急に呼ばれたからビックリして、でもそれがいいキッカケというか口実にもなり相手から触られる事もなく逃げられたのだ。
私を呼んだのは男の人。同級生か同僚か……聞いた事がある声なのは確かなのに。探したけど会えなかった。
え、まさか空耳とか言わないよね? あんなにハッキリ聞こえたのに!?
『お待たせいたしました。発車します』
アナウンスが流れバスが揺れる。
膝の上の荷物を置き直し、何気なく窓の外を見た私は、
「っ!!」
叫びそうになった。
ロータリーをゆっくり進むバスを追い越すように行く歩行者たち。その中に“あの人”を見つけた。
このバスに乗る時はいつも隠れるように座っていたのに、難を逃れた安心感からすっかり忘れていた。完全に油断していた。
(一か月……)
――一か月、ほぼ毎日。バカみたいに必死に隠れてきた。絶対にこのバスを使う人だろうからとかなりビクビクしていたけれど、幸いにも鉢合わせる事は無くて。
緊張して、ホッとして、少しの罪悪感と謎の恐怖感。
駅から自宅までの時間で、どれだけ“あの人”を感じていたか――。
「でもどうして……」
一度しか会った事がない。目が合ったのも、ほんの僅かな時間。
だけど覚えてる。忘れられない。
自分の中にある重い感情は未だ正体不明のままで。けれども最近、ふと思う時がある。“裏の私”が『また、もう一度』と笑ってる様な気がするのだ。
“表の私”は訳が分からず泣いてる事が多いのに。
(なんか辛そうな顔してた……)
俯いて歩くあの人を見たのは一瞬だったけど、やっぱり鮮明に脳内に残っている。
胸が締め付けられて苦しかった。
どうしてだろう。
あんな表情はもう見たくないと考える自分がいる。知らない人に持つ様な感情じゃない。
ずっとこうなのだ。あの日から抱える気持ちは、昔からよく見る“覚えていない悪夢”から目覚めた時の不安定な安堵がずっと続いている様で胸がザワザワする。
(やっぱり……会わないといけない人なんだろうな……)
隣駅前のパティスリーの紙袋を握り締める私は、これをきっかけにしようと決意した。
一か月。
怖いとか嫌だとか泣いていたけど。
もう一度って思い続けた私も、確かに私だったのだから――。
✽✽✽
海のある街に住んではいるけど、私の家から海は全く見えないし海岸から離れているから波の音を聞く事も無かった。
そうなると、知り合いから「いいなぁ」と羨ましがられても「そう?」と返す程度で、興味が無いというか、有っても無いような場所というか、とにかく自分に密着している風景ではないから“実感”はなかった。
だからこそ、このお店がオープンするのが待ち遠しかったのだ。
目の前が海というロケーション。
席から海が眺められるのかな?
雑誌や小説で読んだ様なお洒落な空間が待ってるのかな?
素敵なカフェの常連客になれたら、それこそ「海がある風景って良いよ」と実感と自慢が出来る様になるかもしれない……と。そんな風に思ったから。
――決意から十分後、私はバスを降り『tea room: L』の前にいた。
「プレート無くなってる。ますます開いてるんだか閉まってるんだか分からないじゃん……」
看板はそのまま。雰囲気に合ってなかったプラスチックの『closed』プレートは消え、ドア窓のカーテンは今日も閉まっていた。
(あの人が駅に居たんだから、まぁ……閉まってるよね。きっと店長さんだもん)
そう思いながらも他の店員の存在を期待して一応ドアを何回かノックしてみる。
――やっぱり反応は無かった。
(突発的に決心してバスを降りちゃったけど、ちょっと早まったかも……)
だってこれ、あの人がここに来るまで外で待ちぼうけということだし、何より店は休みで、自宅は別の場所なんて話だったら今日は無駄足確定になってしまう。
(なんで私、待ってれば会えるって思ったのかな)
はぁ〜っと長い溜息。
「でも会うって決めたから。ギリギリまで待とう……」
自分の呟きにドキッとした。
そうだ。会うんだ、あの人と。
アッシュグレーの瞳と力強い手の感触が蘇る。
低い声をもう一度……。なんて話そう、まずは謝った方が良いんだろうか。いや、名乗るのが礼儀か。
だけどお客が急に名乗ったらまた不審がられない!? 第一印象最悪だし……そもそも覚えられてるのかも謎だし。
でも、だけど、あの時……。
――なんてあれこれ考え始めたら心臓がドキドキしてきて。
「待って待って私! 少し冷静に……落ち着いて!」
深呼吸、深呼吸。
吸って吐いてを繰り返す。落ち着いてくるとそこに微かに波の音が重なって、海の近さを感じた。
車が通り過ぎると一瞬かき消され、鮮明に戻るまでノイズ混じりに聞こえる自然のメトロノーム。
波音を聞きながら色々な事を考えた。三十日分の夜の記憶。目覚めたら内容を忘れてしまう、誰かと過ごす幸せな夢と涙だけが残る悲しい夢。
――目を閉じると海の姿が浮かぶ。
お店から見える海はどんな姿をしているんだろう。
そしてそれを見つめるあの人は、どんな顔を――
「……フェリーチェ……」
また誰かに呼ばれた気がして、ハッとする。
と同時に人の気配を感じ振り返れば――他でもない、私が待っていた人がそこに、いつの間にか立っていた。
「えっ……」
(まさか今……いや気のせい、だよね……?)
そんな事ある訳ない。だってまだ名乗ってない。
「お前……なんでここに」
「あ、あ、あの、こんにちは。今日は、お店おやすみ、ですか?」
「え」
「私、えっと……この前は失礼な事……すみませんでしたっ」
「…………」
明らかに動揺している相手に、こちらも緊張でガチガチになってしまう。勝手に手が震えてきて、声まで震えたらどうしようと更に緊張。
(なんで。上手く言葉が出てこない)
直前まで、脳内では饒舌だったのに。
「……。店は気が向いた時に開けているから、営業日定休日というのは決まってない。半分趣味みてぇな感覚でやってるんでな」
「そ、うなんですね。……そっか……気が向いた時……」
「――寄っていくか?」
鍵を開けながらそう声をかけられて。
もしかして今日は店を開けない日だったのかも。だけど入れてくれるんだ。
確かにこうして押しかけ半分で来られたら開けざるを得ないシチュエーションではあるけど、断ろうと思えばいくらだって断れるはずだ。趣味の店だと言うなら尚更。
(寄っていくか、って言葉……なんか嬉しい。親しい間柄というか早速常連客っぽい感じで、ちょっとくすぐったい)
「はい! ご迷惑でなければ、ぜひ!」
「迷惑だったら、とっくに追い払ってる」
彼は困った様に微笑んだ。
(あ……)
カチリと鍵とドアが開く小さな音が胸にも同じ様に響く。
(……笑った……)
その錯覚か幻みたいな微笑みで心が急に苦しく、そしてとても熱くなって、頬にまでその熱が籠もり。
どうぞと促す彼の視線と合うと、更に熱は増した。
「どうした?」
「な、なんでもないです……お邪魔します」
胸だけじゃない、頬も耳も目の奥も――全身が熱くなり何故か泣きそうになった。
あんなに、散々思い悩んでいた一か月が一瞬で溶かされてしまうなんて思いもしなくて。
(うそ……まさかこの歳になって一目惚れ的な……?)
「好きな席に。――オススメは窓際だ、海がよく見える」
私の横を過ぎカウンターの中へ入っていく後ろ姿。
追い掛けたくなったなんて、あまりにも単純で笑ってしまう。こんなに惚れっぽい性格じゃなかったはず、恋愛脳でもなかったはず。
けれども、どうしてか。
今の私は初めて経験する高揚感を戸惑うことなく受け止めていた。
――これは“決められている”ことなのだから。
初めて彼に会った日に思った事。
怖い思いをしたのに、私はすでにあの時、一瞬の鋭い瞳に惹かれていたのだろうか。
辛そうな表情に落ち、アッシュグレーが柔らげに変化した時……愛おしくなった?
「今日はここにします。オススメ席は次回で」
カウンター席に座った私に彼は驚いた様に目を見開いたけれど、すぐに「そうか」と呟いた。
今度は錯覚でも幻でもないハッキリとした微笑み。
「メニューだ。決まったら――」
「オススメは何ですか?」
「…………フルーツティー」
「じゃあそれお願いします」
「……あぁ。少し待ってくれ」
淡々と進められる接客。今はそれが助かった。
お茶の準備を始める後ろ姿もまともに見られなくて俯く。暑い。膝の上で手をぎゅっと握って目も瞑る。
――変だ。絶対変。
(手を繋ぎたいとか、色々飛びすぎでしょ私。何これ、どうしちゃったの)
『もっと一緒にいたい』
そんな言葉が頭に浮かんで自分でも信じられなかった。
このお店に入った時からずっとドキドキしてる理由……“裏の私”なら……解るのだろうか。
『また、もう一度』と思った私なら――。
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