ずっと、待ってる。
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あの子の最期に、リヴァイは間にあわなかった。
あくまでいつも通りを装って部屋に入って来た彼だけど、額に滲む汗と充血した目が感情の乱れを物語る。
「……駄目だったか」
「うん……。頑張ってたんだけどね」
「だろうな……」
自分が戻るまでは命の灯を消さない、とリヴァイはフェリーチェを信じていたようだった。
勿論、フェリーチェも最期はリヴァイと居られるから……と──。
神様はとても残酷だ。よりによって今日、こんな形で二人の絆を確かめるなんて。
「伝言を預かってる」
「伝言?」
──私が人生で一番一緒にいてほしい時にいてくれないんだもん。……だから私も一緒に居てあげない。
リヴァイさんなんか大っキライ。
「“愛してるなんて嘘”と」
「……ハッ。でたらめ言ってんじゃねぇよ……」
「生憎、こんな時に冗談言えるほど頑丈じゃなくてね。彼女はモブリットにメモまで取らせたんだ。フェリーチェの、正真正銘の最期のメッセージだよ」
「…………」
リヴァイは、安心しきった顔で眠るフェリーチェの隣に腰を降ろした。
まだあたたかい恋人の頬を手の甲でそっと撫でて。
「フェリーチェはそんな事言わねぇ筈だ。コイツは俺が居ないと……」
低音が消えていく。
固かった彼の頬がほんの少し緩む。
困った様な微笑だった──。
「メモは?」
「そっちのテーブルに」
「しばらく二人で……いいか?」
「当たり前でしょう」
それ以上かける言葉が無かった。
ただただ静かに向かい合う二人を見ているのが辛く、目頭が熱くなる前にドアを開ける。
「ハンジよ」
「ん?」
「コイツを看取ってくれて……ありがとう」
「うん……」
振り向けない。返事も届いたかどうか──。
(リヴァイ。フェリーチェもね、あなたと同じ顔で微笑んでいたんだ。そして、かぼそい声で言葉を紡いだ……)
モブリットのペンは何度も止まり、そういう時は震えていた。……小刻みに。
──生まれ変わっても、絶対絶対リヴァイさんのこと許してあげないからね。もう砂糖菓子でなんか釣られないんだから。
でも、そうだな。
海に連れてってくれるっていう約束を叶えてくれたら、許してあげるかも。
翌朝、部屋から出て来たリヴァイの瞳の充血は、綺麗に消えていた。
彼に届いたフェリーチェのメッセージ。それは悠久の時間を旅し始めた言の葉。
二人の約束は果たされるのか? なんて……きっと愚問だ──。
✽✽✽
ずっと気になっていた場所がある。
駅から帰宅する時に使うバスで私が降りるひとつ前の停留所。その目の前にある小さな店。
滅多に止まらないからいつも横目で見てるだけだったそこは、パパが言うに昔は喫茶店だったそうだ。
閉店してから十数年。空き店舗のまま、このまま取り壊されたりするのかな……と密かに思ってたのが、なんと二ヶ月くらい前からリフォームが始まった。
(まだかなぁ……工事終わってから随分経つのに看板も出さない。お店の準備が長引いてるとかなのかな……)
通り過ぎる一瞬をまばたきしないようにチェックし続けた私。外見がとても好みなので絶対に一度は行ってみたい。一番乗りぐらいの勢いで突撃したい。ここ数日は降車ボタンに指をくっつけて臨戦態勢バッチリだった。
……そして、ついにその日はやってきた。「降ります」ボタンを連打する日がやってきたのだ。
《tea room: L》
ガラス窓付きのドアに掛けてある木製プレートは確かにこの店の看板なのだと思う。いかにもな名前だし。でも……
「ちっさ!」
掌より少しあるかな程度の看板。ドアノブに引っ掛かってる『closed』のプレートの方が一回り大きい。
しかもこちらは安っぽいプラスチック製で、白と木を基調とした店の雰囲気と全く合ってなくてアンバランスもいいところだ。
「なんだ……まだ閉まってるん………んん?」
屈んでプラスチック板をよく見ると、印刷文字の横にマジックで付け足された『?』がある。
closed? え? くろーず?
こっちが聞きたいんですけど……。
「閉店開店どっちなの」
「てめぇ……ここに何の用だ」
「ヒッ!?」
店の関係者に違いない人が明らかに怒っている様子で背後に立った。
そりゃそうだ。私は閉まってるカーテンの隙間から中を覗こうとしていたのだから──。
「すみません!」
相手を見るより前に頭を下げ、次は何を言われるのかと震えた。
すごく怖い声だった。怒鳴られるかもしれない。
——でも何も起きない。
物言わぬ男性におずおずと顔を上げると、その人は目を見開いたまま固まっていた。
「え……」
「お前っ……ッ!!」
彼の持っていた紙袋が落ちリンゴが散らばる。強く手首を掴まれ私はカバンを落とした。
「イヤッ!!」
手首をもがれて飛び散った血飛沫と錯覚する様なリンゴの赤さにゾッとして、悲鳴を上げカバンを拾い、無我夢中でそこから逃げ出した。
怖い! 何あの人──!?
店の用心棒、といういかにもな単語が浮かんだ。彼は小柄だったけど、掴まれた時の握力は、普通の男性よりもはるかに強かった……と思う。少なくとも私が知る範囲では間違いない。
鋭く光ったアッシュグレーの瞳。低い声。忘れられない姿──。
危機感が背中を押した。
振り向いたら捕まってしまう。逃げろ。逃げろ!
「違う……逃げたら……ダメだよッ!」
──どうしてそんな言葉が出たのか今でも謎だ。
恐怖の中に混じった説明出来ない感情に混乱させられ、私はあの日から何度も思い出しては泣いている。
『逃げたらダメだよ』
叫んだ私は本当に私だったのだろうか?
私じゃない私を彼は知ってて、だからあんなに驚いたの?
……答えを知りたいとは思えなかった。
“open”の文字を見つける楽しさも消え、バスに乗る時は店が見えない場所に座って停留所に止まらない事を願った。
『でも、いつかは彼のところヘ“私から”会いに行かなきゃダメなんだよ』
──これは“決められている”ことなのだから。
本当に、なんでこんな風に思うのか自分でも気持ち悪いくらい不思議なんだけど……。
お店が開店したという噂はまだ聞かない。
私は「降ります」ボタンを押せないまま、今日も店の前を通り過ぎる──。
✽✽✽
「…………クソッ!」
割れた林檎を拾い終えると、抑えていた気持ちが溢れてきた。漂う果汁の甘酸っぱい香りが後悔と焦りの念を増長させた。じわりと額に汗がにじむ。
「フェリーチェ……」
あの瞳、声。変わらない姿。
会えた。また……会えた。
だが、俺は追いかける事が出来なかった。
拒否され逃げられた時に、あいつには前世の記憶が無く、俺の事も全く憶えていないと分かったからだ。
(力加減を忘れた……痛い思いをさせちまっただろうな。いや、それよりも怖がらせたはずだ。あいつにとっては突然見知らぬ男に襲われたんだ)
前世で縁があった相手と、お互い記憶を持ったまま現世で再会……なんて都合のいい奇跡は普通ありえない。
——が、奇妙なことに俺の周りでは“都合のいいこと”が当たり前に起きているのだ。
奇跡が常識だと勘違いするほどに。
だから──。
「こんにちはー! 兵長? どうしたんですか?」
「……ペトラか……お前こそどうしたんだ、こんな所に」
「グンタが、リフォーム終わったからそろそろオープンだろうって……んん??」
ペトラがドアノブのプレートを覗き込む。
「オープンしてないんですか?」
「似た反応を……」
「ヘ? 似て?」
「……いや。うちは開店も閉店も無いようなもんだ。そいつはオルオがふざけて書き加えたんだ」
キョトンとしてるペトラを横目に、店兼自宅の鍵を開けた。
「お店の内装はあまり変えてないそうですね」
「この雰囲気が気に入って移ってきたからな。壁紙を張り替えただけだ」
「兵長らしい素敵なお店です!」
「当初は店なんか構えるつもりはなかったが……。人生どうなるか分からねぇもんだな」
ペトラは穏やかに、そうですねと笑った。
「前回も、今回も。きっと次も。人生ってそういうものなんでしょうね……」
「……あぁ」
ズシン、と身体の奥にペトラの言葉が響く。
一度壊れたものは二度と同じ形には戻らない。
前世と同じ人生は無い──。
(そんなの言われなくても解ってる)
だが、こうして奇跡的な世界を生きていると期待しない方が不自然だろう?
探すだろう?
愛した……愛してる相手を。
割れた林檎はアップルティーに利用してペトラ達に振る舞った。これはフェリーチェが気に入っていた淹れ方で、俺の中で消えていない大事な記憶のひとつ。
「覚えてねぇんじゃ、機嫌取りも約束もありゃしねぇだろ……」
渡し続ける砂糖菓子。
二人で行く海。
ずっと一緒にいるという誓い。
──生まれ変わっても、絶対絶対リヴァイさんのこと許してあげないからね。
(……そういうことなのか? だからお前は俺を)
だとしても俺は諦めない。フェリーチェが「リヴァイさん。思い出しました!」と再び現れる日を待つ。
──でも、そうだな。海に連れてってくれるっていう約束を叶えてくれたら、許してあげるかも。
彼女が今の人生でも自分を選んでくれたなら、その時は必ず約束を守ろう。
海があるこの街で──。
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