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朝から雲一つないよく晴れた休日の昼。柔らかだが強い日差しに思わず目を細めた時だった。
「フェリーチェがいなくなった」と、ハンジが騒がしく自分の後を追ってきた。
立ち止まると、ぜぇぜぇと息を切らした眼鏡面が横に。休日だというのに、それらしく過ごす事が出来ないのだろうか? コイツは。
「アイツが消えるのはいつもの事だろうが」
「今日は事情が違うよ。フェリーチェがい居そうな所は全部探した! 全部だよ! でも兵舎のどこにも居ないんだ」
「仕事をサボってる訳でもねぇのに、そんな目ん玉ひん剝いて必死になる事か? 放って置け、休みの日くらい」
「呑気だな、リヴァイは! 今日は街でバザーがある日だよ!?」
「それがなんだ」
「連れ出されてたらどうするの!」
「フェリーチェが?――は。バカバカしい。アイツが一人で慣れてない奴について行くか」
「それが呑気だっていうんだ! 押しの強い奴だったらどうする!? 例えば……そう! 私みたいな!」
「……。そりゃ、大問題だな。お前みたいなのが他にいると思うとゾッとする」
「もう! リヴァイのバカ~ッ! 自分の女がどうなってもいいなんて……見損なったよー!」
大声で叫びながら、ハンジは再びフェリーチェを探しに走って行った。
(おい。俺はそんなこと一言も言ってねぇぞ)
「わざわざ問題になる様な事をしてまで……とは考えられない」と言ったんだ。
あとは、「巨人じゃなく俺に殺される覚悟がある兵が、ここには居るのか?」か……。
君の目が醒めたら
――そんなやり取りがあったのは、三十分ほど前の事だ。
バザーが開かれている広場は、ちょっとしたお祭り騒ぎで人がごった返している。
人の波をすり抜けながら、様々な人間……特に男の声に耳を澄ませ歩いた。
人形みたいな可愛いコがいる、その類の言葉を聞いたら、すぐにでも後を追い「どこで見た」と聞く。
聞き捨てならない事を言っている男だったら、背中に蹴りでも入れちょっと立ち止まって頂く……というのも考えたほうが良い――。
だが、フェリーチェの目撃情報らしい声は聞こえてこない。ここには居ないようだという結論に至るまでは、そう時間はかからなかった。
いつも行くカフェ——いや、一人であの店に入る度胸はフェリーチェには無い。図書館——確か今日は休館日だ。
(となると、あそこしかねぇか……)
フェリーチェが一人で街を歩き目指せる場所は、もうひとつしかない――。
「邪魔するぞ」
小さいが重量のあるドアを開くと、ベルが鳴り、それを聞いた店主が奥からゆっくりと出て来た。
「リヴァイ兵長。お越しになると思ってましたよ」
「やっぱりここか。——手間かけさせやがって」
外から窓際の席を覗いた時には見えなかったが、店の隅に置かれた古いソファーにフェリーチェは居た。
こくりこくりと船を漕いでいる。
「今日は広場でバザーでしょう? 私も少し覗こうかと思って、出かけたんですよ。そうしたら、店の近くで道の端に座り込んでいるフェリーチェさんを見かけましてね。リヴァイ兵長がお隣に居ないので、珍しい事もあるもんだとお声をかけましたら……」
「人酔いして、ぶっ倒れる寸前だったんだな」
「えぇ。その通り」
店主は笑った。
「バザーがある事を知らなかったそうです。あの人出には大層驚いた様で」
「馬鹿か。何がしたかったんだコイツは……」
「茶葉を探しに来たんですよ」
フェリーチェは自分達の声に気付かず、ずっと船を漕ぎ続けている。
店主の言葉は少し意外だった。
――茶葉? 探す?
「ハーブティーという、一般的な紅茶とはまた違うお茶がありましてね。このハーブというものは、種類によって様々な効用を持つんです。例えば……安眠だったり、疲労回復だったり」
「ほう……。それは興味深いな」
「フェリーチェさんは、疲労回復に効くハーブティーはないか? と」
「疲労回復? フェリーチェがか?」
「リヴァイ兵長へ……と、おっしゃってましたよ。最近、随分と忙しかったそうじゃないですか」
驚いた。フェリーチェが自分の知らない茶葉の事を知っているというのにも、それを自分の為に用意しようとしていたというのにも。
だが、なにも一人で出かける必要は無かったじゃないか。言えば、連れて来てやった。
「女性は、何でも秘密にしたがるものです」
クスクスと店主は楽しそうに笑う。
女の“そういうところ”は、自分には、いまいちよく分からないが――。
「これじゃ本末転倒じゃねぇか。フェリーチェのおかげで、コッチは心配で探し回って疲労困憊だぞ」
「お二人とも、ですね。まったくもって仲がよろしい」
「…………」
ますます笑われた。
「なかなか珍しいものでしてね。うちにもそんなに種類も量も無いのですが……お探しの物は、ちゃんとご用意出来ますよ。まずは一杯どうぞ」
「ああ。ありがとう」
「いえいえ。淹れるまで、フェリーチェさんとごゆっくりお休みになっていてください」
優しい微笑みを残し、店主は奥に消えていった。
ソファーで変わらず船漕ぎ中のフェリーチェの横へどっかりと身を投げてみても、目を開けないフェリーチェ。
「さて……フェリーチェよ。お前、俺も知らない茶葉の知識をどうやって手に入れた?――まぁ、想像はつくがな。図書館か……ハンジの本棚か……」
フェリーチェの頭を引き寄せて、明るい髪色に口付けると、「ぅん……」と小さな声が聞こえてきた。
「どちらにしても、睡眠不足や人酔いしてまでする事じゃねぇぞ」
「——ん?」
「心配してくれるのは嬉しいが、心配しなきゃならねぇのは嬉しくはないからな」
やっと意識を浮上させたフェリーチェが、自分を見上げようと頭を動かす。その動作をキスで止めた。
ぴくりと反応する細い体。ゆっくりと開く目。
「迎えに来た」
囁く様に言った。
「――リヴァイさん。……おはよう」
「なにが『おはよう』だ。間抜けな声出しやがって」
「どうして私がここに居るって分かって……?」
「どうしてそれを聞いてくるか、逆に聞きてぇな。選択肢がどれだけあると思ってる。片手にも満たないだろうが」
「あぁ……。んむっ!?」
鼻を強くつまんで、軽く左右に振る。
フェリーチェは目覚めの挨拶の時よりも間抜けな声を出しながら、圧迫感から逃れようとこちらの手を掴んできた。
――涙目になった表情に満足してから、解放。
「は……鼻、取れるかと思った!」
「取れたらまたくっつけてやる」
「無茶苦茶言わないでください……。リヴァイさんなら本当に取っちゃいそうだし、仕上がり気にせず適当にくっつけそう」
「無茶をしたのはお前だろう」
と、軽く冗談を言い合い、お互いの顔を改めて見つめる。
嬉しそうに笑うフェリーチェに、街中を歩いていた時の薄い不安が跡形も無く消えていく。この顔を見るまでは、たとえ薄い不安でも消える事は無かった……。
「お前が探してくれていたものを買って帰るぞ」
「!!……は、はいっ」
驚いた表情の色が照れた色に変わるのを見届けてから、唇をまた軽く重ねる。
フェリーチェの手が自分のそれに触れた時、どちらからともなく、指を絡め握りあった。
店の奥から漂って来る、初めての茶葉の香り。
——悪くない。
そう思いつつ、一度離れた唇をまた重ねた。柔らかな光の中で。