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今日も書類の量が多かった。ここ最近はずっとそう。書類整理ばかりで資料室にこもりっきりだ。
ファイルを抱え直し廊下を急いで歩く。いい天気だし、気分転換にお昼は外で食べようかなぁ……と思いながら外を見たら。
あまり見たくない光景に出会ってしまった。
ああ……外なんか見なきゃよかった――。
片恋ベクトル
片想いしてる相手――リヴァイ兵長が、部下のペトラさんと話しながら歩いている。兵長の顔はいつも通りよく読めない表情だけど、ペトラさんは、楽しそうに笑っていた。
噂は聞いてる。二人は付き合ってるんだろうって。
つまり、私の恋は初めから叶わないものなのだ。思うほど恋心は意味が無く、虚しいだけ。
でも、募り過ぎた想いはそう簡単に捨てられなかった。
書き損じた書類の様に、丸めてゴミ箱に入れられれば、こんなに辛い気持ちを引きずる事も無いのに。いつまでも未練がましく持っているから、握りしめる書類のインクが涙に濡れて滲むんだ……。
見なければいい。見ない方がいい。
分かっているのにどうしても兵長の姿を追ってしまう。そして、隣で笑う女性に、憧れと少しの嫉妬を感じていた。
(私があそこに居れたらな……)
そんな事を繰り返す毎日。今日も二人に視線を向け、そして目が合いそうになると逸らした――。
書類の整理は、気分が紛れるから好きだった。
ファイルを棚に戻しながら、並ぶそれらだけに向かう。ファイルは何も言わない。私も何も言わない。この無言の空間でたとえ私が泣いても、誰にも声を聞かれることは無い。
だから気が緩んでしまうんだろうか。時々私は、涙だけを落としていた。声を出したら終わりの様な気がして、未だにそれだけは出来ないけど……。
「メソメソ泣く位なら、とっとと吐き出せ」
「えっ!?」
ぼうっとしてたから全く気配に気付かず、突然降ってきた声に凄く驚いた。
兵長!?
遠くから見つめるばかりだった相手が目の前に現れ、その姿に身体が竦む。
「あ、すみません。お邪魔ですよね。…すぐに」
「邪魔なのは俺の方だろう。ここはお前の仕事場だ。だろう? フェリーチェ」
「な、んで私の名前……」
「さあ。何でだろうな。お前がしょっちゅう俺を見てるからじゃねぇか?」
「!!?」
バレてた。見られてた。
焦りに足が震えてくる。
迷惑だったに違いない。だから私の事を調べて。
――やめろ、と文句を言いに来た……。
「す、すみません……!」
申し訳無い気持ちで一杯になって、私は兵長から逃げ出そうとした。
「逃げんじゃねぇよ。お前に聞きたい事がある」
「でも……私、」
「いつも俺から目を逸らすのは何故だ」
「それは……」
言える訳無い。
突き刺してくる様な兵長の視線に、自分のそれは返せなかった。目の前の棚にそっと移す。
その視線が辛い。もう一度謝罪をして去ろう――。
兵長はそれに気付いたのか、片足を乱暴に棚に上げ、私の退路を断った。高いハードルが私の前に立ちはだかる。
兵長の舌打ちが聞こえ、逃げられなくなった私は泣きたくなった。私のしてきた行動が……私の気持ちが、好きな人をこんなに嫌な気分にさせてたなんて……。
「答えろ。フェリーチェ」
「………」
「言え」
「……だって、知りもしない女にジロジロ見られるなんて、気分が良い訳無いじゃないですか!」
追い詰められて、私は吐き捨てる様に気持ちを出した。
「気持ち悪かったならハッキリそう言ってください! もう二度と見ませんからっ」
ここまで嫌われれば、逆に怖いことなんか無い。
いっそ、けなされて終わった方が、私も諦めがつく……と思った。
「もういいですか?」
逸らしていた視線も向ける。ちゃんと終わらせるつもりだったのに、兵長の目を見たら涙が込み上げてきた。やっぱり悲しい。
諦めがつかない。
こんな時になってやっと好きな人の目を真っすぐ見れるとは……なんて皮肉なんだろう。
恋の終わりは残酷なんだな……。
「お前に、俺の何が分かる」
「…っ?」
兵長の声が近付く。
視線は合ったまま。距離が一気に詰まったのにビックリして、咄嗟に動くことが出来なかった。
「気持ち悪い? 二度と見ない?……何勝手に終わらせようとしてんだ。よく考えろ。なんでいつも俺と視線が合っていたか」
「そんなの……。私が、兵長の事をずっと見てたからじゃないですか」
「片方が見てただけじゃ、視線は合わねぇだろ。そんな事も分かんねぇのか」
「!?………だって……。嘘です」
見てた? 兵長も……?
――今言われた言葉の意味が分からない程、私は馬鹿じゃない。
だけど、信じられない……。
兵長も私の事を見てた、だなんて。
「は? 嘘?」
「私の未練がましい視線が嫌だったんじゃないんですか」
「そんな事一言も言っていない」
「いつもペトラさんと一緒に………」
「それはお前が、そんな所ばかり見てるからだろ」
「……」
「お前なんか、いつも書類抱えて泣きそうな顔ばっかじゃねぇかよ」
「それは兵長が、そういう時の私だけしか……見てな……」
口が止まった。
「あ……」
――本当に? 本当に兵長は……
「言っておくが、俺はお前の笑った顔だって知ってるぞ」
「………なんで」
「さあな。なんでだろうな。俺がお前の事ばっかり見てるからじゃねぇか?」
「え?」
やっぱり、兵長の表情はほとんど変わらなくて、それだけじゃ気持ちが読めなかった。
「この場所は悪くない。誰も来ないから静かだ。フェリーチェ……お前の泣き声もよく聞こえるだろうな」
「泣いてません」
我慢してた涙が、とうとう落ちてしまっていた。
それを、兵長が指で掬ってくれる。
「泣いてるじゃねぇか」
「嬉し涙です……」
「どっちでもいい。吐き出せ。受け止める」
――結局、そう言われた私は、少しだけ声を出して泣いてしまった。
兵長が何も言わず抱き締めてくれたのが嬉しくて、幸せで。
ひとしきり泣いた後は、くすぐったさから思わず笑ってしまう。
表情では全然分からないのに、心臓の音で、気持ちが伝わってきたからだ。
――私と同じで……速い。
「よく聞こえるのはいいが……。泣くか笑うかどっちかにしてくれねぇか?……対処に困る」
その言葉に、今度はハッキリと声に出して笑った。
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