壊れた機械人形に、永遠の死と愛を
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――ベルティーナは規律を破った。
外出の許可を受け自宅へ帰ったが、決められた日時までに戻らず、そのまま姿を消した。
規律違反者は処罰対象だ。どんな罰を受けるかは違反の種類によって違う。食を抜かれるのは可愛いもので、陰で暴力を受ける者もいた。
逃亡は一番罪が重い。
戻らなければ、戻ってこれない。
――だから開発部は常に人手不足で、上の者は優秀な人材を探し続けている。
「それは……逃亡した者は命を奪われる、と言う事ですか」
「彼等は残酷だ。歯向かうものには容赦ない。だが従順、勤勉であれば十分過ぎる富を与える。家族親戚、王都での暮らしを保証すると言われれば、喜んで部に入るんだよ、みんなね。そして入ってから知る。それは全て自分次第だという事に」
胸糞悪い話だ。つまり、家族を人質にして研究員達を管理しているのだ。
「ベルティーナにも家族がいた。子供はフェリーチェと歳が近く、だからあの子をよく可愛がってね」
「彼女は何故逃亡を? 今の話を踏まえれば、子供がいたからこそ研究員であり続けていたのでは」
エルヴィンの問いかけにアインシュバルが小さく、何度も頷いた。「そうだ、けれど……」と苦しげに呟く。
「家へ戻った時、子供が病に倒れた。……母親ならその状態を無視出来ないだろう? 次はいつ戻れるか分からないんだ――」
「アリスと同じだったんです」
アリシアが言葉に詰まったアインシュバルの代わりに口を開いた。伝う涙が頰を濡らし続けても彼女はそれを拭おうとせず、声を震わせながら続けた。
「フェリーチェが幼いころ流行り病に罹った時です。父は遠征訓練、母は開発部……小さなフェリーチェは両親のいない家で一人で苦しんでた。それを知ったアリスは……」
半狂乱になり、その夜……開発部を飛び出した。
エドガーが連れ出したのだ――要人を殺めてまで。
アインシュバルは厳しい顔になった。遠征中の彼がどうしてフェリーチェの病や開発部から抜け出そうと決意したアリスの心を知る事が出来たのか。そこには謎が残ったまま……。しかし事件は起こってしまったのだ。当然、殺人を犯したエドガーは見つかった時点で処刑、アリスは家で不審な死を遂げている。
「二人の死には恐らく上の人間が絡んでいます。だが証拠が無い」
「探りますか?」
エルヴィンが言うとアインシュバルは首を振った。
「やめた方が良い。探っていると知られたら、潰されるだけです」
監視者と実行者――その話を考える。フェリーチェだけかと思っていたが、そうではなく研究員全員が対象の様だ。アインシュバルも例外ではない。そんな下手に動けない状況の中でもフェリーチェを外――調査兵団へ送ったのか……。
詳しい話をこちらに明かさなかった理由は、調査兵団に火の粉が振りかからない様にする為だったのかもしれない。“知らない方がいい話”は案外多いものだ。そして、知ってしまえば巻き込まれる。アインシュバルはそれを危惧した。
エルヴィンも同じ事を考えているのか固い表情をしていたが、碧眼だけは鋭く光っていた。
――よく分かる。この酷い話は一体どこまで続く? フェリーチェの過去はどれだけ闇深いというのか……。
(そんな場所は地下街と対して変わらねぇ。なんて所だ)
「アリスは家に戻ってフェリーチェと再会出来たはずなんです。でもアリスは死んでしまった……残されたフェリーチェはアリスの遺体を呆然と見つめていたって……なんで……なんでそんな……」
「どういう事だ? 一体何が」
「何があったのかはフェリーチェにしか分からない。しかしあの子はその時を覚えていないんですよ。記憶を自分の中に封印してしまった……幼いあの子には耐えられない現実だったのでしょう」
「…………」
自分も、死にゆく母親をただ見つめる事しか出来なかった。
過去を思うとただ切ない。フェリーチェも自分と同じ様に目の前で消えていく命を見ていたなら、それはなんて苦しさだろう。
自分に縋りつくフェリーチェの震える体を思い出す。その恐ろしい記憶が蘇った時、フェリーチェはどうなるのだ。耐えられるのか? 今だってあんなに苦しそうなのに? これ以上は――。
「フェリーチェは一人生き残った……」
「ああ。しばらくは喋る事も出来ず見るに耐えなかったが、それでも両親の死を乗り越え、て…………」
「アインシュバル部長?」
「いや……果たして本当に乗り越えられたのだろうかと今も思う時があります。あの子は色々、失くしたり、隠してしまうので……」
一度感情を失った、とアインシュバルは言った。まるで人形の様に、親の死を理解するまで、死んだ様に生きていた。
「放っときゃ構えと言わんばかりにうるせぇし、話し始めりゃ止まらねぇ。今は騒がしいくらいだがな。それがアイツが生きてる証なら、まぁ良いんじゃねぇか」
リヴァイの言葉にアインシュバルの頬が緩む。それでも笑顔には程遠く、緩んだのも一瞬で消えてしまった。
「フェリーチェが初めて傷つけられた日、あの子の瞳から何かが抜け落ちた様に見えました。それでもまだ痛がり、泣いていた。泣いて、泣いて謝って。けれども、お前は悪くないといくら諭しても、数日に一度しか面会出来ない私の言葉は、彼らの“教育”ですぐに届かなくなってしまう……。研究員達もフェリーチェだけが入れられる“療養室”に異様さを感じていて。だが誰も触れる事が出来なかった」
「そんな環境でもフェリーチェがあの様に明るく聡明な女性に成長したのは、アインシュバル部長や研究員の皆さんの深い愛情があったからでしょう。何も出来なかったなどと言わないでください」
エルヴィンの声は力強い。アインシュバルは「あぁ……」と俯いた。
「――アイツの親とベルティーナが死んだ理由は理解した。だけど俺には分からない……自分のせいで人が死んだと思ってるのは奴等に吹きこまれたからだとしても、どうしてそう簡単に他人の悪意を受け入れられる……。フェリーチェに対する異常な執着は何だ、一度斬ったそこをなぞって二度も傷付ける理由は」
「心臓を捧げよ、とフェリーチェは教えこまれたからです」
「は? アイツは兵士じゃねぇだろうが」
「もちろんそうです。アインシュバル部長と私は技術科出身ですが、フェリーチェ達はただの研究者で、どこの兵団にも属していない。交わしたのは雇用契約だけです……」
アリシアは瞳を充血させながら言った。目元も赤く、またいつ涙が溢れるか分からない。それでも口調はハッキリしていて、助けを求める目が真っ直ぐリヴァイに向いていた。
「だけどフェリーチェは違う。アリスへの純粋な愛情を利用する彼らが『彼女を超える人材になれ。ならなければ価値は無い』と理不尽に言っても、『はい』と素直に頷いて。それは全てにおいて言えるんです。周りへの愛情が深ければ深いほど、あの子は彼らの期待に応えねばと必死になってしまう……どんなに間違った事でも、どんなに自分が傷付いても。心臓を捧げ生きるとはそういう事だと刻まれてしまったから」
「たちが悪い洗脳だ……。リヴァイ、アリシアの話を聞いてどう思う」
「……時々おかしな目をする時がある。アイツ自体が消えた様な、別人みてぇな虚ろな目だ。殺気じみた目も。アイツの意識は本当にここにあるのか? と不思議だったが……。そういう時は奴等の思想に飲み込まれてる時なのかもしれねぇな」
「私も前に一度、同じ印象を抱いた事がある。リヴァイはフェリーチェが来てからずっと側にいた人間だからな、些細な変化にも敏感だろう。もしかしたらハンジもそういった瞬間を見ているかもしれない」
「虚ろな目……」
リヴァイとエルヴィンのやり取りにアインシュバルは小さく呟いた。眉根を寄せて、奥歯を噛みしめる。そこにある感情は怒りの様に見えた。
「ベルティーナの一件があった後、“アイツ等”はフェリーチェにも責任があると責めた。そして落ち込むあの子に契約を持ちかけたんだ。今後研究員が不祥事を起こした際、いずれ部長になるフェリーチェがその責任を負うならば違反者の処罰内容見直しを考えても良い――当然フェリーチェは部下を守りたい一心でそれを受け入れた。支配とは恐ろしいものだよ。アイツ等は、意志と覚悟を示せ、全てを捧げろ、これは契約書の代わりだとあの子を押さえつけて再び傷付けた……あの子が抵抗しないのをいい事に……わざわざ私を出張させ邪魔させない様にしてまで……!」
「フェリーチェにこれ以上傷を負わせる訳にいかないと研究員達はより従順に動く様になります。それも計算の内だったんです」
「なんて事を……」
「フェリーチェはきっとその時、本当の自分を失くしたんだ。……そして同時に捨ててしまったものがある」
「捨てた?」
「涙と、痛みを。周りを守る為に自分には必要のないものと手放してしまった。人らしく生きるのに大事なものだというのに……」
「涙……」
(確かに、フェリーチェが泣いているところは見た事ねぇ……泣きそうな面してる時はあったが。痛みもだ、それなら手を怪我した時のあの様子も納得出来る)
唯一見せたのは辛そうな背中と寝顔。震える身体と声。
(涙と、痛み――?)
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