壊れた機械人形に、永遠の死と愛を
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6
フェリーチェが目を覚ましリヴァイの腕の中へ戻ってきてから数日後、やっとアインシュバルと面談出来る事になった。
(遅い……随分かかったな)
開発部の人間が外出を許される機会は滅多にないという話はどうやら本当の様だ。そういえば、部長も例外ではないとフェリーチェは言っていた――。
驚いたのは会う場所だった。面談はてっきり憲兵団内の会議室でかと思っていたのに……街中のカフェとは。
しかもエルヴィンがよく来るという、リヴァイが知らない店。この店で会うと決めたのは、エルヴィンだった。
フェリーチェを一度連れてきたと聞き、リヴァイは複雑になった。拳で一瞬の嫉妬を握り潰す。
――こんな小さな事を考えている場合ではない。
「エルヴィン団長。リヴァイ兵士長」
「お待たせ致しました。部長はもう中に?」
「はい。昨日から落ち着かなかった様です……珍しく。フェリーチェを心配しているのでしょう」
「そうですか……」
店の前でリヴァイ達を待っていたショートカットの女性は、そういう自身も不安げな表情で言った。リヴァイと目が合うと深々と頭を下げてから先に店内へ入っていく。
「エルヴィン。あの女は」
「部長の秘書、アリシアだ。フェリーチェの世話もしているらしい」
「世話……」
――店内一番奥。体格の良い男がこちらに背を向け一人座っていた
静かなフロアはリヴァイ達以外、誰もいない。まるで個室の様だ。
(人払いでもしているのか?)
ぐるりと見渡せば周りのテーブルの上には“予約席”のプレート。秘書を見ると、小さく頷いた。
「アインシュバル部長」
エルヴィンが声をかけると男はゆっくり立ち上がり、振り向く。「やあ、エルヴィン団長――リヴァイ兵士長」そう声をかけられ、リヴァイは目を見開いた。
「お前は……!」
「またお会い出来ましたね。……フェリーチェがお世話になっております」
そこにいたのは――“ヴェイル”だった。
「エルヴィン……これは一体どういう事だ。お前はヴェイルがアインシュバルだと知ってやがったのか」
「私も最初は分からなかったよ。だがあの時、お前達と話している内に『もしや……』と思ってな。そうしたらこの通りだ。部を勝手に抜け出してパーティーに潜入してくるなんて……無茶をしないでください、部長」
「ハハ……。どうしてもリヴァイ兵長に会いたくてね。それに、伝えたかったんですよ。どこかへ簡単に潜り込めるのはなにも私だけじゃない、他にもいる……と」
「……。回りくどい事をすんじゃねぇよ。全然伝わらなかったぞ」
「どこで誰が聞いているか分かりませんから。でもあなた方なら解っていただけると信じていました」
ひょいと肩を上げアインシュバルは苦笑した。
席に着けば秘書がすかさず紅茶とコーヒーを持ってくる。本来なら店員の仕事を彼女がしている辺り、人払いはかなり徹底されている様だった。
これからするのはフェリーチェの話だ。他には絶対に漏らさないという意志を感じて、リヴァイは成程と納得した。
憲兵団内、個室ならば聞かれないという保証は無い。どこで誰が聞いているか……とアインシュバルは言ったばかりだ。自分が想像している以上に開発部は自由が無い……ほとんど無いと言っていい場所なのだろう。
微笑みを浮かべながらコーヒーの香りを愉しんでいるその優雅さの裏で何を思っているのか……“ヴェイル”の時も今この時も、自分は何も掴めていない。揺蕩う湯気を見つめリヴァイは溜息を吐いた。
「ヴェイルという人物は部長とどの様なご関係が? 何も知らない人間に成りすまそうなんて、貴方のような方がするとは思えませんが」
エルヴィンがハッキリ問うと、アインシュバルは「あぁ」とカップを置く。
「彼とは長くてね。ヴェイルとフェリーチェの父親エドガーと私……訓練兵団の時からの付き合いなんですよ。あの時計工房も私達の思い出の場所だ。知らない誰かの手に渡るくらいなら、と私が受け継いだ。――受け継いだと言っても、こんな身ですからね、たまに掃除などに行く事しか出来ませんが……二人といつでも語り合える気がして」
亡くなった友人の娘。
亡くなった友人達の居場所。
アインシュバルは大切な想いを守り続けている。
――微笑みはひどく悲しそうに見えた。
「お待たせしました」
「うん、ありがとう。アリシアも座りなさい」
秘書アリシアが持ってきたのはアップルパイで。三人分のそれにリヴァイはまた目を丸くさせる。
「オイ、何だこれは……俺はお前らと仲良くティータイムを過ごす為に来た訳じゃねぇぞ。何考えてやがる――!」
「アップルパイはフェリーチェの好物でしょう? 私もたまには食べてみようかと。このアップルパイがフェリーチェを偲ぶスイーツにならなくて良かったですよ……」
「テメェ……。偲ぶだと? 数字ばかり見てて頭がイカれちまったのか?」
「リヴァイ」
「お前もだエルヴィン。すました顔しやがって……フェリーチェがどんな怪我をしてどんな想いでいるか知ってるだろうが」
「ああ、よく知っている。リヴァイが何を思っているかもな。だがお前は、アインシュバル部長が今どんな想いでいるかを解っていない」
エルヴィンの目は厳しく、アインシュバルは伏し目がちで黙っている――リヴァイは大きく舌打ちした。
呑気に前置きしている場合ではないというのに、この大男どもは何をモタモタしている。こうしてそばを離れている内にフェリーチェが目を覚まし自分を探していたらどうするんだ。そばにいて欲しいと縋りつく姿は、必死にもがき苦しんでいる。毎日、毎夜――。
「寝ても覚めてもアイツは辛そうだ。そして怯えている。自分が分からないと混乱していた」
「混乱……。そうですか……」
お前達は今まで何をしていた、フェリーチェを助けなかったのか。言いかけたリヴァイは、アインシュバルとアリシアの苦悩に満ちた表情に唇を結んだ。
そんな訳ない。きっと手を尽くしてきた。だがそれ以上にフェリーチェを喰う虫共が多く、強かったのだ。
「ベルティーナって奴は何者だ? フェリーチェは自分のせいでソイツが死んだと言っていた。殺した――と」
「ッ!」
「そんな! あり得ませんっ!」
それまで静かに聞いていたアリシアが大きく首を振る。あり得ませんともう一度、力なく呟いた。
「ああ、分かってる。殺ったのはお前らを閉じ込めてるクソ共だろう?」
「…………」
「ベルティーナは我々の同僚だった。フェリーチェの指導係でね。あの子の母親――アリスと親しかった人物だよ」
「アリス……お名前は噂で聞いた事が。かなり優秀だった方と聞いています。――そうですか、フェリーチェの……」
「えぇ、とても……。あんな事が無ければ、フェリーチェだって……」
「あんな事?」
「アリシア」
アインシュバルが咄嗟に止めると、エルヴィンは何か言いたげに目を細めた。しかし何も言わず。アインシュバルの心情を考え、彼が自ら口を開くのを待っているのかもしれない。
だがリヴァイにはそんな配慮など関係なかった。
フェリーチェに寄り添い支えたい、救ってやりたい。その為には彼女の事をもっと知らなければならない。
一分一秒でも早くと戻ったのに間に合わなかった、あの夜のやるせなさを再び味わうのはごめんだ。
「オイ、この期に及んで何ためらってやがる。フェリーチェをどうにかしたくて俺らに放ったのはお前らだろうが。いい加減、出し惜しみはやめろ。何をしにここへ来た」
「リヴァイ、待て」
「あ? お前だって分からない事が多いとボヤいてたじゃねぇか。アイツは自分の事をあまり話さねぇ……過去の事は特にな。忘れたと誤魔化すが、そればかりじゃない事くらい分かる。背中の傷とベルティーナの件は、もっと何かあるんだろ? 教えてくれ――俺はこれ以上フェリーチェを傷つけたくない」
「リヴァイ兵長……」
ポロポロと涙を零すアリシアにハンカチを渡したアインシュバルは、大きく頷いた。
パーティーの夜に見せた飄々とした雰囲気はどこにも無く、固い決意を持った瞳だけが真っ直ぐリヴァイへ向く。
「リヴァイ兵長には叱責されるだろうと覚悟してきました。今まで、そして今も……私はあの子に何もしてやれていない」
リヴァイは思わずエルヴィンを見た。視線に気付くと、エルヴィンはアインシュバルと同じ目を返してくる。
ここに居る全員、同じ決意と覚悟を持っていた。
『箱庭に閉じ込められているフェリーチェを助ける』
「お話します。あの子が何故、部に捕らわれているか――」
アインシュバルはコーヒーではなく、グラスに注がれた氷水を一口飲んだ。
フェリーチェが目を覚ましリヴァイの腕の中へ戻ってきてから数日後、やっとアインシュバルと面談出来る事になった。
(遅い……随分かかったな)
開発部の人間が外出を許される機会は滅多にないという話はどうやら本当の様だ。そういえば、部長も例外ではないとフェリーチェは言っていた――。
驚いたのは会う場所だった。面談はてっきり憲兵団内の会議室でかと思っていたのに……街中のカフェとは。
しかもエルヴィンがよく来るという、リヴァイが知らない店。この店で会うと決めたのは、エルヴィンだった。
フェリーチェを一度連れてきたと聞き、リヴァイは複雑になった。拳で一瞬の嫉妬を握り潰す。
――こんな小さな事を考えている場合ではない。
「エルヴィン団長。リヴァイ兵士長」
「お待たせ致しました。部長はもう中に?」
「はい。昨日から落ち着かなかった様です……珍しく。フェリーチェを心配しているのでしょう」
「そうですか……」
店の前でリヴァイ達を待っていたショートカットの女性は、そういう自身も不安げな表情で言った。リヴァイと目が合うと深々と頭を下げてから先に店内へ入っていく。
「エルヴィン。あの女は」
「部長の秘書、アリシアだ。フェリーチェの世話もしているらしい」
「世話……」
――店内一番奥。体格の良い男がこちらに背を向け一人座っていた
静かなフロアはリヴァイ達以外、誰もいない。まるで個室の様だ。
(人払いでもしているのか?)
ぐるりと見渡せば周りのテーブルの上には“予約席”のプレート。秘書を見ると、小さく頷いた。
「アインシュバル部長」
エルヴィンが声をかけると男はゆっくり立ち上がり、振り向く。「やあ、エルヴィン団長――リヴァイ兵士長」そう声をかけられ、リヴァイは目を見開いた。
「お前は……!」
「またお会い出来ましたね。……フェリーチェがお世話になっております」
そこにいたのは――“ヴェイル”だった。
「エルヴィン……これは一体どういう事だ。お前はヴェイルがアインシュバルだと知ってやがったのか」
「私も最初は分からなかったよ。だがあの時、お前達と話している内に『もしや……』と思ってな。そうしたらこの通りだ。部を勝手に抜け出してパーティーに潜入してくるなんて……無茶をしないでください、部長」
「ハハ……。どうしてもリヴァイ兵長に会いたくてね。それに、伝えたかったんですよ。どこかへ簡単に潜り込めるのはなにも私だけじゃない、他にもいる……と」
「……。回りくどい事をすんじゃねぇよ。全然伝わらなかったぞ」
「どこで誰が聞いているか分かりませんから。でもあなた方なら解っていただけると信じていました」
ひょいと肩を上げアインシュバルは苦笑した。
席に着けば秘書がすかさず紅茶とコーヒーを持ってくる。本来なら店員の仕事を彼女がしている辺り、人払いはかなり徹底されている様だった。
これからするのはフェリーチェの話だ。他には絶対に漏らさないという意志を感じて、リヴァイは成程と納得した。
憲兵団内、個室ならば聞かれないという保証は無い。どこで誰が聞いているか……とアインシュバルは言ったばかりだ。自分が想像している以上に開発部は自由が無い……ほとんど無いと言っていい場所なのだろう。
微笑みを浮かべながらコーヒーの香りを愉しんでいるその優雅さの裏で何を思っているのか……“ヴェイル”の時も今この時も、自分は何も掴めていない。揺蕩う湯気を見つめリヴァイは溜息を吐いた。
「ヴェイルという人物は部長とどの様なご関係が? 何も知らない人間に成りすまそうなんて、貴方のような方がするとは思えませんが」
エルヴィンがハッキリ問うと、アインシュバルは「あぁ」とカップを置く。
「彼とは長くてね。ヴェイルとフェリーチェの父親エドガーと私……訓練兵団の時からの付き合いなんですよ。あの時計工房も私達の思い出の場所だ。知らない誰かの手に渡るくらいなら、と私が受け継いだ。――受け継いだと言っても、こんな身ですからね、たまに掃除などに行く事しか出来ませんが……二人といつでも語り合える気がして」
亡くなった友人の娘。
亡くなった友人達の居場所。
アインシュバルは大切な想いを守り続けている。
――微笑みはひどく悲しそうに見えた。
「お待たせしました」
「うん、ありがとう。アリシアも座りなさい」
秘書アリシアが持ってきたのはアップルパイで。三人分のそれにリヴァイはまた目を丸くさせる。
「オイ、何だこれは……俺はお前らと仲良くティータイムを過ごす為に来た訳じゃねぇぞ。何考えてやがる――!」
「アップルパイはフェリーチェの好物でしょう? 私もたまには食べてみようかと。このアップルパイがフェリーチェを偲ぶスイーツにならなくて良かったですよ……」
「テメェ……。偲ぶだと? 数字ばかり見てて頭がイカれちまったのか?」
「リヴァイ」
「お前もだエルヴィン。すました顔しやがって……フェリーチェがどんな怪我をしてどんな想いでいるか知ってるだろうが」
「ああ、よく知っている。リヴァイが何を思っているかもな。だがお前は、アインシュバル部長が今どんな想いでいるかを解っていない」
エルヴィンの目は厳しく、アインシュバルは伏し目がちで黙っている――リヴァイは大きく舌打ちした。
呑気に前置きしている場合ではないというのに、この大男どもは何をモタモタしている。こうしてそばを離れている内にフェリーチェが目を覚まし自分を探していたらどうするんだ。そばにいて欲しいと縋りつく姿は、必死にもがき苦しんでいる。毎日、毎夜――。
「寝ても覚めてもアイツは辛そうだ。そして怯えている。自分が分からないと混乱していた」
「混乱……。そうですか……」
お前達は今まで何をしていた、フェリーチェを助けなかったのか。言いかけたリヴァイは、アインシュバルとアリシアの苦悩に満ちた表情に唇を結んだ。
そんな訳ない。きっと手を尽くしてきた。だがそれ以上にフェリーチェを喰う虫共が多く、強かったのだ。
「ベルティーナって奴は何者だ? フェリーチェは自分のせいでソイツが死んだと言っていた。殺した――と」
「ッ!」
「そんな! あり得ませんっ!」
それまで静かに聞いていたアリシアが大きく首を振る。あり得ませんともう一度、力なく呟いた。
「ああ、分かってる。殺ったのはお前らを閉じ込めてるクソ共だろう?」
「…………」
「ベルティーナは我々の同僚だった。フェリーチェの指導係でね。あの子の母親――アリスと親しかった人物だよ」
「アリス……お名前は噂で聞いた事が。かなり優秀だった方と聞いています。――そうですか、フェリーチェの……」
「えぇ、とても……。あんな事が無ければ、フェリーチェだって……」
「あんな事?」
「アリシア」
アインシュバルが咄嗟に止めると、エルヴィンは何か言いたげに目を細めた。しかし何も言わず。アインシュバルの心情を考え、彼が自ら口を開くのを待っているのかもしれない。
だがリヴァイにはそんな配慮など関係なかった。
フェリーチェに寄り添い支えたい、救ってやりたい。その為には彼女の事をもっと知らなければならない。
一分一秒でも早くと戻ったのに間に合わなかった、あの夜のやるせなさを再び味わうのはごめんだ。
「オイ、この期に及んで何ためらってやがる。フェリーチェをどうにかしたくて俺らに放ったのはお前らだろうが。いい加減、出し惜しみはやめろ。何をしにここへ来た」
「リヴァイ、待て」
「あ? お前だって分からない事が多いとボヤいてたじゃねぇか。アイツは自分の事をあまり話さねぇ……過去の事は特にな。忘れたと誤魔化すが、そればかりじゃない事くらい分かる。背中の傷とベルティーナの件は、もっと何かあるんだろ? 教えてくれ――俺はこれ以上フェリーチェを傷つけたくない」
「リヴァイ兵長……」
ポロポロと涙を零すアリシアにハンカチを渡したアインシュバルは、大きく頷いた。
パーティーの夜に見せた飄々とした雰囲気はどこにも無く、固い決意を持った瞳だけが真っ直ぐリヴァイへ向く。
「リヴァイ兵長には叱責されるだろうと覚悟してきました。今まで、そして今も……私はあの子に何もしてやれていない」
リヴァイは思わずエルヴィンを見た。視線に気付くと、エルヴィンはアインシュバルと同じ目を返してくる。
ここに居る全員、同じ決意と覚悟を持っていた。
『箱庭に閉じ込められているフェリーチェを助ける』
「お話します。あの子が何故、部に捕らわれているか――」
アインシュバルはコーヒーではなく、グラスに注がれた氷水を一口飲んだ。