壊れた機械人形に、永遠の死と愛を
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5
目が覚める、しかしすぐに眠りの沼へ戻される。
そんな事を繰り返すフェリーチェには現実と夢の境目がなかった。触れている誰かの体温が本物なのかさえ判断が出来ない。
けれども、自分の手を柔らかく包む感触や、時々額と頬にくっつく熱い一点が、これ以上悪夢や恐怖に落としはしない、お前を独りにはしないと囁いている様な気がずっとしていて、その意識のおかげで泥沼に溶けきってしまうことはなかった。
誰かいるの?……と気配を感じ指先に少し力を入れると、感触が「そうだ」と返してくる。勿論いつもではない。だから余計に現実なのか夢の中なのか分からなくなる。
『フェリーチェ』
自分を呼ぶリヴァイの声。
ずっと聞きたかった声は優しく、たとえ幻聴だとしても嬉しくて。
(もっと聞きたい)
「リヴァ……イさ……ん」
口を開くと唇に違和感。そして体が軋んだ。たった少しの動きが全身に響く感じだ。
――痛い。
それは身体なのか、心なのか。それとも両方か……。
(リヴァイさん、帰ってきたの……?)
「あぁ。もう何日も前にな」
静かな声、手を包む温かさ。頭の中で呟く独り言に力強い音が返ってきて、フェリーチェはこれは夢じゃないと悟った。きっと呟きも無意識にきちんとした音になっていたのだろう。
重い瞼を震わせながらやっと持ち上げると、繰り返し見た天井が見えた。――そうだ、ここは医務室。少し前に医師と話をして……と、徐々に現実と夢の境目がハッキリしてくる。
(ということは……)
「フェリーチェ」
低い声が間近に聞こえた。頰をやんわりと撫でる手は声の主のもの――リヴァイの手だ。
(本物……本物のリヴァイさんだ。ずっと会いたかった、側にいて欲しかった人……)
たった数日なのに、もう何年も会えなかった感覚は、“あの夜”ペトラとオルオに感じたものを再び呼び起こす。あの時より安堵が強く愛しさが込み上げてくるのは、リヴァイだからこそ。
きゅうっと胸が熱くなったフェリーチェは、大きな手に頰を擦り寄せキスをした。それが合図になったのか、リヴァイの親指が唇をなぞる――これも合図。
二人はゆっくりと唇を合わせた。名残惜しく離れた後、うっとりと吐息を零すフェリーチェに対してリヴァイは小さく舌打ちする。
「やっぱりコイツは邪魔だ」
「……ガーゼ……ですか?」
「お前がこんな怪我さえしなきゃな」
「ご、ごめんなさい」
暗い医務室に雨の音が微かに響く。時折パチパチと窓を打つ音が聞こえるのは、風が吹いているからなのだろう。あの夜もこうして降っていた。
それからどのくらい時が経っているのかフェリーチェには分からなかった。リヴァイを見れば、不機嫌な色に疲労の色も重なっていて、何だかとても申し訳無い気持ちになる。自分がやらかした事でリヴァイに色々と面倒をかけているのは明白だ。それに兵団全体に問題が拡がっていたら……自分は一体どうすれば……。
「――あの人……大丈夫だったのかな……」
ポツリと呟いたフェリーチェに、リヴァイは軽い溜息を吐いた後「ロータルか」と言った。
「ロータル……さんて言うんですか?」
「あぁ。打撲より精神的な衝撃の方が強かった様だが、今は平気だ。何度かお前を見舞ってると聞いたが……知らなかったのか」
「……起きてもすぐ眠くなっちゃうんですよね……どういう訳か。いっぱい寝て寝不足なんてもう無いはずなのに……」
「――――そうか」
「リヴァイさん?」
「よく謝っておくんだな。アイツは悪い奴じゃない」
リヴァイの表情が僅かに緩む。もうロータルと色々話をしたんだな、とフェリーチェは思った。自分がロータルに何をしたのか、どういうきっかけでそうなったのか、リヴァイは繰り返しこちらに聞く事はないだろう。
怒鳴られてもおかしくないのに、何も言われない。問い質そうともしない。それはきっと……自分からの言葉を待っているから。
フェリーチェは重く軋む体を起こす。痛みに顔を歪めるとリヴァイはそっと背中を支えてくれた。
「大丈夫か」
「体ギシギシして……痛い……喋るのもちょっと痛い……です……」
「階段から派手に転がり落ちて口に穴開けりゃあそうなるだろ。自業自得だ」
「うぅ……」
その通りなので返す言葉もない。リヴァイを見ると、言葉の割に心配そうな目。見慣れない表情をさせている後ろめたさからフェリーチェは視線を落とし、リヴァイの手をぎゅっと握った。
「リヴァイさん、あのね。私、クライダーと友達になろうと思ったんです」
「……それがお前の言った“ちゃんとする”ってやつか」
黙って頷いた。前置きなく話始めてしまったが、リヴァイは静かに聞いてくれる。まだ混乱しているフェリーチェは、どこから説明すればいいのか……や、どう言葉にしようか……など上手く考えられず、リヴァイが行間を読み取ってくれる事はとても有り難かった。
「それで。上手く出来たのか?」
「クライダー……友達って言ったら、ありがとうって。仲直りの握手は出来なかったけど……」
「握手」
「私はどこか間違ってたんでしょうか……」
受け入れてくれたと思う――思ってた。
朝しそびれた握手も階段で一瞬しか繋がらなかった手も、どちらも物理的に届かなかったとしても、クライダーは自分の思う友達という関係をイエスと認めてくれたと。
(だけど……)
「お前の出した結論……気持ちが、『握手で仲直り出来る友達』という事は伝わったんだろう。だからクライダーも手を伸ばした。それだけだ。何も間違っちゃいねぇ」
「…………」
黙ったフェリーチェの手を握り返し、リヴァイは俯きかけたフェリーチェの顔をそっと上向かせた。
少し青ざめた不安げな表情。まだ戻らない体調と数日かけて膨らみきった負の感情が、フェリーチェの身体を縮め石の様に硬くしている。
何が刺激になって崩壊するか分からない。全部崩れてバラバラになったら、修復しても“フェリーチェ”という人格はもう戻ってこないんじゃないか――リヴァイはそんな不安を感じていた。
いつもは温かな手が驚くほど冷え、見た事ない暗さを纏うフェリーチェ。それでも、満身創痍の彼女はリヴァイに触れ蜜色の瞳を消さない。
――リヴァイにはそれが救いで。だからこそフェリーチェに瞳で語りかける。
お前には俺がいる、と。
「落ちる寸前、クライダーの手を取ろうとしたんです……私……でも」
あの時のクライダーの表情と離れた指先を思い出すと、勝手に身体が震えだす。
――あれはきっかけだったのかもしれない。
ここで眠る間、何度も何度も、悪夢と悪夢の様な現実を思い出した。
古い記憶と失くしていた過去。
幸せな夢は、そういう時には絶対に訪れない――。
ただ黒く冷たい闇の中で漂うしかなかった。
「ひとつ間違えば死んでいたかもしれねぇ」
リヴァイがポツリと言う。
「だがお前は今こうして俺の前にいる。バカな事をしてひでぇ面してるが、そんな事はもういい」
「リヴァイさん……」
「お前は命に別状はないと言われながらも、一度目を開けたきり目覚めなかったんだ。えらくうなされ苦しがって薬を使った事もあったな。それでようやくまた目覚めたと思えば……ろくに話も出来ずすぐ眠っちまう。――ここまで長かった」
(私……そこまで酷かったの? 確かに、寝ては覚めてを繰り返していたけれど……)
キョトンとするフェリーチェを、リヴァイは強く抱き締めた。
「よく戻ってきた。それだけでいい。……十分だ」
軋む体を抱き締められると痛みが生まれる。でもこれは喜ぶべき痛みなのだとフェリーチェは思った。
生きてる。
愛されてる。
愛することを許されている。
(当たり前にそう感じる事を、多分私は今まで半分忘れてたんだな……)
大事な想いは忘れてはいなかったけど、それでも何かを削られ、そして、それに気付く事もなくここまで来た。
リヴァイのぬくもりが染み入る程、頭の中に大切だった人の顔が浮かぶ。――が、そこに黒い影が重なって消えてしまいそうになる。違う、駄目だと必死に頭を振って影を払った。
「フェリーチェ……。大丈夫だ」
ゆっくりと、頭と背を撫でるリヴァイの手。沢山の人を救う、大事な意味があるリヴァイの手。
体の痛みを気にせず彼にしがみついたフェリーチェは、言葉を溢れさせた。
「街に出たんです。そうしたら調査兵団が嫌いな人達がいて……聞いちゃった……色々……壁と巨人の事」
「……そこでか」
「私知りませんでした、何も。今までずっと……教えて貰えなかった! 私も何も聞こうともしなかった!」
「すまない。当然知っているものだと思っていた……お前が世間知らずの箱入りだと分かっていたのに」
「違うの、違うんですっ。私が間違ってた……知りたいって言うくせに全部きちんと見てなかった……!」
「よく聞けフェリーチェ。それはお前がそうしようとしない為に、中央の奴等が仕組んできた事だ。お前は徹底的に管理され、汚ねぇ間違いを叩き込まれてきた――何も分かんねぇガキの頃からだ。普通の人間はそれを洗脳という」
「え……」
洗脳? 仕組まれた? 間違い――?
そんなものは……。ただ自分は、やってはいけない事――規律を守らなかったから咎められ、罰を受けただけだ。それは仕方がない、自業自得なのだから。でもそれ以外で不自由を感じた事は無かったし、特に不満も無く生きてこれた。中央の人達は厳しく怖い人が多かったけど、優しい人もいて時々自分を褒めてくれて……。
「あそこで認めて貰えなくなったら私の価値は消えます! それに、子供の私を受け入れてくれたあの人達には返しきれない恩が」
「だからそれが洗脳だって言ってるんだろうが……」
リヴァイの声は小さく、悲痛だった。
より一層強く抱き締められ、フェリーチェは混乱する。
「今回の事でお前は気付いた筈だ。その感じた違和感こそ受け入れろ。奴等がお前に与えたのは、幸福じゃねぇ。地獄の様な不自由と苦痛だ。――フェリーチェ、取り違えるなよ? お前が得られた多幸感や安心は、アインシュバルと研究員達が側にいてくれたからこそだろう?」
「…………」
言葉が全身に響いた。
細かな衝撃は目の前でチカチカ光り爆ぜ、開発部での出来事が走馬灯の様に脳裏に浮かぶ。
記憶の中で笑う自分とみんな。だけど同じ位、アインシュバルの涙や研究員達の曇り顔が蘇る。更に思い出せば、その顔をさせている時はいつも自分が原因だった。
「私……人に貰うばかりで何も返せてないもん……ちゃんとお仕事も出来てないよ……決まりも守れないの……だから“悪い子”なんだ……」
「っ?」
突然幼子の様な口調になったフェリーチェにリヴァイは戸惑いを見せる。
腕の力を緩め顔を覗き込めば、目の前で瞳の奥を徐々に濁らせていくフェリーチェが。――リヴァイの肌は粟立った。
「私のせいでベルティーナさんが死んじゃったの……殺した……!」
「ベルティーナを殺した?」
「みんなを守らなきゃいけないのに。もう失くしたくないよ!」
「待て、落ち着け! 私のせい? 何だそれは……。――ベルティーナを殺したのは誰だ。お前なワケねぇだろ……それともお前が直接手を下したって言うのか?」
「……ちが、う。私は――」
「だったらよく考えろ、思い出せ。クソ野郎共がお前にした事、言った事……それらは全部正しかったのか? アインシュバルはお前に何を教えてきた」
「……っ……」
(された事、言われた事。正しさ……。私がした事……アインシュバル部長の言葉。そして)
――契約
フェリーチェはカタカタと震えだした。瞳も唇も、髪も肩も。リヴァイが柔く包み抱き締めても、震えは収まらない。
「……ッ」
「リ、ヴァイ、さ、」
声は震えたけれど大事な人の名前を呼ぶ。
今の“自分”は『これ』、『ここ』だ。
そう確認する為に相手を呼んだ。何度も。
「リヴァイさん……私……分からないんです、自分が。私って何? 頭の中がグチャグチャ……どうしたらいいの? どうしよう」
「フェリーチェ」
「こわい――助けて」
縋りついた。
今リヴァイと離れたら、全てが無になる。
そんな恐怖感が全身を襲う。
「『自分の奥底を知りたい』って思う事が怖くなるなんて、初めてで……嫌だ……」
胸の奥が細かく引き裂かれる様な感覚が痛くて苦しくて。目の奥もひどく熱くて眼球をくり抜かれそうだ。
恐る恐るリヴァイを見れば、強い意志を持った彼がじっと自分を見つめていた。
頬に添えられる掌が優しくフェリーチェを撫でる。
「俺が……俺達がいる。大丈夫だ、お前は強い。必ず辿り着いて、その先を見る事が出来る。初めて街に出た時を覚えているか? お前はえらく混乱していたが、すぐに立ち直れたじゃねぇか」
「あの時は……」
(リヴァイさんがいたから)
「…………。リヴァイさん――そばにいて」
「ああ。安心しろ」
低い声は優しく甘く、そしてやっぱリ力強い。
安心して心が少し落ち着くと、フェリーチェは再び眠りへ落ちていった。
目が覚める、しかしすぐに眠りの沼へ戻される。
そんな事を繰り返すフェリーチェには現実と夢の境目がなかった。触れている誰かの体温が本物なのかさえ判断が出来ない。
けれども、自分の手を柔らかく包む感触や、時々額と頬にくっつく熱い一点が、これ以上悪夢や恐怖に落としはしない、お前を独りにはしないと囁いている様な気がずっとしていて、その意識のおかげで泥沼に溶けきってしまうことはなかった。
誰かいるの?……と気配を感じ指先に少し力を入れると、感触が「そうだ」と返してくる。勿論いつもではない。だから余計に現実なのか夢の中なのか分からなくなる。
『フェリーチェ』
自分を呼ぶリヴァイの声。
ずっと聞きたかった声は優しく、たとえ幻聴だとしても嬉しくて。
(もっと聞きたい)
「リヴァ……イさ……ん」
口を開くと唇に違和感。そして体が軋んだ。たった少しの動きが全身に響く感じだ。
――痛い。
それは身体なのか、心なのか。それとも両方か……。
(リヴァイさん、帰ってきたの……?)
「あぁ。もう何日も前にな」
静かな声、手を包む温かさ。頭の中で呟く独り言に力強い音が返ってきて、フェリーチェはこれは夢じゃないと悟った。きっと呟きも無意識にきちんとした音になっていたのだろう。
重い瞼を震わせながらやっと持ち上げると、繰り返し見た天井が見えた。――そうだ、ここは医務室。少し前に医師と話をして……と、徐々に現実と夢の境目がハッキリしてくる。
(ということは……)
「フェリーチェ」
低い声が間近に聞こえた。頰をやんわりと撫でる手は声の主のもの――リヴァイの手だ。
(本物……本物のリヴァイさんだ。ずっと会いたかった、側にいて欲しかった人……)
たった数日なのに、もう何年も会えなかった感覚は、“あの夜”ペトラとオルオに感じたものを再び呼び起こす。あの時より安堵が強く愛しさが込み上げてくるのは、リヴァイだからこそ。
きゅうっと胸が熱くなったフェリーチェは、大きな手に頰を擦り寄せキスをした。それが合図になったのか、リヴァイの親指が唇をなぞる――これも合図。
二人はゆっくりと唇を合わせた。名残惜しく離れた後、うっとりと吐息を零すフェリーチェに対してリヴァイは小さく舌打ちする。
「やっぱりコイツは邪魔だ」
「……ガーゼ……ですか?」
「お前がこんな怪我さえしなきゃな」
「ご、ごめんなさい」
暗い医務室に雨の音が微かに響く。時折パチパチと窓を打つ音が聞こえるのは、風が吹いているからなのだろう。あの夜もこうして降っていた。
それからどのくらい時が経っているのかフェリーチェには分からなかった。リヴァイを見れば、不機嫌な色に疲労の色も重なっていて、何だかとても申し訳無い気持ちになる。自分がやらかした事でリヴァイに色々と面倒をかけているのは明白だ。それに兵団全体に問題が拡がっていたら……自分は一体どうすれば……。
「――あの人……大丈夫だったのかな……」
ポツリと呟いたフェリーチェに、リヴァイは軽い溜息を吐いた後「ロータルか」と言った。
「ロータル……さんて言うんですか?」
「あぁ。打撲より精神的な衝撃の方が強かった様だが、今は平気だ。何度かお前を見舞ってると聞いたが……知らなかったのか」
「……起きてもすぐ眠くなっちゃうんですよね……どういう訳か。いっぱい寝て寝不足なんてもう無いはずなのに……」
「――――そうか」
「リヴァイさん?」
「よく謝っておくんだな。アイツは悪い奴じゃない」
リヴァイの表情が僅かに緩む。もうロータルと色々話をしたんだな、とフェリーチェは思った。自分がロータルに何をしたのか、どういうきっかけでそうなったのか、リヴァイは繰り返しこちらに聞く事はないだろう。
怒鳴られてもおかしくないのに、何も言われない。問い質そうともしない。それはきっと……自分からの言葉を待っているから。
フェリーチェは重く軋む体を起こす。痛みに顔を歪めるとリヴァイはそっと背中を支えてくれた。
「大丈夫か」
「体ギシギシして……痛い……喋るのもちょっと痛い……です……」
「階段から派手に転がり落ちて口に穴開けりゃあそうなるだろ。自業自得だ」
「うぅ……」
その通りなので返す言葉もない。リヴァイを見ると、言葉の割に心配そうな目。見慣れない表情をさせている後ろめたさからフェリーチェは視線を落とし、リヴァイの手をぎゅっと握った。
「リヴァイさん、あのね。私、クライダーと友達になろうと思ったんです」
「……それがお前の言った“ちゃんとする”ってやつか」
黙って頷いた。前置きなく話始めてしまったが、リヴァイは静かに聞いてくれる。まだ混乱しているフェリーチェは、どこから説明すればいいのか……や、どう言葉にしようか……など上手く考えられず、リヴァイが行間を読み取ってくれる事はとても有り難かった。
「それで。上手く出来たのか?」
「クライダー……友達って言ったら、ありがとうって。仲直りの握手は出来なかったけど……」
「握手」
「私はどこか間違ってたんでしょうか……」
受け入れてくれたと思う――思ってた。
朝しそびれた握手も階段で一瞬しか繋がらなかった手も、どちらも物理的に届かなかったとしても、クライダーは自分の思う友達という関係をイエスと認めてくれたと。
(だけど……)
「お前の出した結論……気持ちが、『握手で仲直り出来る友達』という事は伝わったんだろう。だからクライダーも手を伸ばした。それだけだ。何も間違っちゃいねぇ」
「…………」
黙ったフェリーチェの手を握り返し、リヴァイは俯きかけたフェリーチェの顔をそっと上向かせた。
少し青ざめた不安げな表情。まだ戻らない体調と数日かけて膨らみきった負の感情が、フェリーチェの身体を縮め石の様に硬くしている。
何が刺激になって崩壊するか分からない。全部崩れてバラバラになったら、修復しても“フェリーチェ”という人格はもう戻ってこないんじゃないか――リヴァイはそんな不安を感じていた。
いつもは温かな手が驚くほど冷え、見た事ない暗さを纏うフェリーチェ。それでも、満身創痍の彼女はリヴァイに触れ蜜色の瞳を消さない。
――リヴァイにはそれが救いで。だからこそフェリーチェに瞳で語りかける。
お前には俺がいる、と。
「落ちる寸前、クライダーの手を取ろうとしたんです……私……でも」
あの時のクライダーの表情と離れた指先を思い出すと、勝手に身体が震えだす。
――あれはきっかけだったのかもしれない。
ここで眠る間、何度も何度も、悪夢と悪夢の様な現実を思い出した。
古い記憶と失くしていた過去。
幸せな夢は、そういう時には絶対に訪れない――。
ただ黒く冷たい闇の中で漂うしかなかった。
「ひとつ間違えば死んでいたかもしれねぇ」
リヴァイがポツリと言う。
「だがお前は今こうして俺の前にいる。バカな事をしてひでぇ面してるが、そんな事はもういい」
「リヴァイさん……」
「お前は命に別状はないと言われながらも、一度目を開けたきり目覚めなかったんだ。えらくうなされ苦しがって薬を使った事もあったな。それでようやくまた目覚めたと思えば……ろくに話も出来ずすぐ眠っちまう。――ここまで長かった」
(私……そこまで酷かったの? 確かに、寝ては覚めてを繰り返していたけれど……)
キョトンとするフェリーチェを、リヴァイは強く抱き締めた。
「よく戻ってきた。それだけでいい。……十分だ」
軋む体を抱き締められると痛みが生まれる。でもこれは喜ぶべき痛みなのだとフェリーチェは思った。
生きてる。
愛されてる。
愛することを許されている。
(当たり前にそう感じる事を、多分私は今まで半分忘れてたんだな……)
大事な想いは忘れてはいなかったけど、それでも何かを削られ、そして、それに気付く事もなくここまで来た。
リヴァイのぬくもりが染み入る程、頭の中に大切だった人の顔が浮かぶ。――が、そこに黒い影が重なって消えてしまいそうになる。違う、駄目だと必死に頭を振って影を払った。
「フェリーチェ……。大丈夫だ」
ゆっくりと、頭と背を撫でるリヴァイの手。沢山の人を救う、大事な意味があるリヴァイの手。
体の痛みを気にせず彼にしがみついたフェリーチェは、言葉を溢れさせた。
「街に出たんです。そうしたら調査兵団が嫌いな人達がいて……聞いちゃった……色々……壁と巨人の事」
「……そこでか」
「私知りませんでした、何も。今までずっと……教えて貰えなかった! 私も何も聞こうともしなかった!」
「すまない。当然知っているものだと思っていた……お前が世間知らずの箱入りだと分かっていたのに」
「違うの、違うんですっ。私が間違ってた……知りたいって言うくせに全部きちんと見てなかった……!」
「よく聞けフェリーチェ。それはお前がそうしようとしない為に、中央の奴等が仕組んできた事だ。お前は徹底的に管理され、汚ねぇ間違いを叩き込まれてきた――何も分かんねぇガキの頃からだ。普通の人間はそれを洗脳という」
「え……」
洗脳? 仕組まれた? 間違い――?
そんなものは……。ただ自分は、やってはいけない事――規律を守らなかったから咎められ、罰を受けただけだ。それは仕方がない、自業自得なのだから。でもそれ以外で不自由を感じた事は無かったし、特に不満も無く生きてこれた。中央の人達は厳しく怖い人が多かったけど、優しい人もいて時々自分を褒めてくれて……。
「あそこで認めて貰えなくなったら私の価値は消えます! それに、子供の私を受け入れてくれたあの人達には返しきれない恩が」
「だからそれが洗脳だって言ってるんだろうが……」
リヴァイの声は小さく、悲痛だった。
より一層強く抱き締められ、フェリーチェは混乱する。
「今回の事でお前は気付いた筈だ。その感じた違和感こそ受け入れろ。奴等がお前に与えたのは、幸福じゃねぇ。地獄の様な不自由と苦痛だ。――フェリーチェ、取り違えるなよ? お前が得られた多幸感や安心は、アインシュバルと研究員達が側にいてくれたからこそだろう?」
「…………」
言葉が全身に響いた。
細かな衝撃は目の前でチカチカ光り爆ぜ、開発部での出来事が走馬灯の様に脳裏に浮かぶ。
記憶の中で笑う自分とみんな。だけど同じ位、アインシュバルの涙や研究員達の曇り顔が蘇る。更に思い出せば、その顔をさせている時はいつも自分が原因だった。
「私……人に貰うばかりで何も返せてないもん……ちゃんとお仕事も出来てないよ……決まりも守れないの……だから“悪い子”なんだ……」
「っ?」
突然幼子の様な口調になったフェリーチェにリヴァイは戸惑いを見せる。
腕の力を緩め顔を覗き込めば、目の前で瞳の奥を徐々に濁らせていくフェリーチェが。――リヴァイの肌は粟立った。
「私のせいでベルティーナさんが死んじゃったの……殺した……!」
「ベルティーナを殺した?」
「みんなを守らなきゃいけないのに。もう失くしたくないよ!」
「待て、落ち着け! 私のせい? 何だそれは……。――ベルティーナを殺したのは誰だ。お前なワケねぇだろ……それともお前が直接手を下したって言うのか?」
「……ちが、う。私は――」
「だったらよく考えろ、思い出せ。クソ野郎共がお前にした事、言った事……それらは全部正しかったのか? アインシュバルはお前に何を教えてきた」
「……っ……」
(された事、言われた事。正しさ……。私がした事……アインシュバル部長の言葉。そして)
――契約
フェリーチェはカタカタと震えだした。瞳も唇も、髪も肩も。リヴァイが柔く包み抱き締めても、震えは収まらない。
「……ッ」
「リ、ヴァイ、さ、」
声は震えたけれど大事な人の名前を呼ぶ。
今の“自分”は『これ』、『ここ』だ。
そう確認する為に相手を呼んだ。何度も。
「リヴァイさん……私……分からないんです、自分が。私って何? 頭の中がグチャグチャ……どうしたらいいの? どうしよう」
「フェリーチェ」
「こわい――助けて」
縋りついた。
今リヴァイと離れたら、全てが無になる。
そんな恐怖感が全身を襲う。
「『自分の奥底を知りたい』って思う事が怖くなるなんて、初めてで……嫌だ……」
胸の奥が細かく引き裂かれる様な感覚が痛くて苦しくて。目の奥もひどく熱くて眼球をくり抜かれそうだ。
恐る恐るリヴァイを見れば、強い意志を持った彼がじっと自分を見つめていた。
頬に添えられる掌が優しくフェリーチェを撫でる。
「俺が……俺達がいる。大丈夫だ、お前は強い。必ず辿り着いて、その先を見る事が出来る。初めて街に出た時を覚えているか? お前はえらく混乱していたが、すぐに立ち直れたじゃねぇか」
「あの時は……」
(リヴァイさんがいたから)
「…………。リヴァイさん――そばにいて」
「ああ。安心しろ」
低い声は優しく甘く、そしてやっぱリ力強い。
安心して心が少し落ち着くと、フェリーチェは再び眠りへ落ちていった。