壊れた機械人形に、永遠の死と愛を
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✽✽✽
「兵長!」
医務室の前でペトラが不安げな顔で待っていた。
リヴァイは頷くと「状況は」と報告を求める。
「さっき処置が終わりました。一度意識が戻ったみたいなんですけど、今はまた……。兵長が来たら詳しく説明すると言われています」
「そうか。こっちは、アイツが殺しかけた相手から話を聞いて何を揉めていたのか分かった。その時のアイツの様子もな」
「こ、殺し……。すみません……フェリーチェが食事を取っていない事を知ってから探してたんです。ずっと部屋に籠っていたので声はかけていたんですが『食べました』とドア越しに返事があっただけで……もう少し踏み込むべきでした」
「お前は何も悪くない。嘘を吐いたフェリーチェが悪いんだ。しかも騒動を起こしておいてそこから逃げるとはな」
ポンと肩を叩くとペトラは唇を隠す。祈る様に手を組み「兵長」と声を震わせた。
「フェリーチェ……すごく怯えてたんです。進んで他人を攻撃して揉め事を起こすような子じゃないし、きっとその前に何かあったんじゃないでしょうか。部屋に籠ってたのもそのせいかも……」
「何か、か」
エルヴィンの指示を無視したフェリーチェ。約束を破り、技術班の最新資料に手を伸ばした。
過去の資料であれだけの研究メモを作れるような奴が、たまたますれ違った技術班のそれに執着する理由。ただ見たかったなんて単純なものじゃないだろう。
正誤問わずの“規律”に縛られているフェリーチェが、自分を捻じ曲げてまで行動したのだ。
――何故だ。
(価値観が変わった? いきなりそんな事あるか?)
だが、もしそうなのだとしたら、余程の“きっかけと理由”があったはず……。
「――まさか」
「兵長?」
「アイツ……知っちまったんじゃ」
「え、何をですか?」
「ウォールマリアが陥落してるって事だ。フェリーチェは知らないらしい」
「知らない!? なんで……っ」
どうして知る事が出来た? という疑問は、ゾワリと背が冷やされる感覚にあっという間に消された。
夢中になってメモを量産する姿や部屋中に積まれたノートやファイル、高台から目を細めて街を見つめる横顔を思い出す。
なにも知らなかったからこそ、フェリーチェのその姿は純粋だったのかもしれないと考えると、少し恐ろしかった。
真実を知る事でフェリーチェの世界のバランスが崩れてしまうのだとしたら、あの娘の純真とひたむきさはどうなる? どこへ向かう……?
知った結果がこれだと言うのか?
(目が覚めた時、フェリーチェは――)
思い詰めたら簡単に死んでしまいそう、と言ったロータルに(確かにそういう危うさはあるか)と少し同調した自分がいた。あの紅茶店で、指先で文字を追いながらどこかへ沈んでいってしまいそうなフェリーチェの儚さを目にした時と同じ気持ちがじわりと湧いてくる。
(いや。そうはさせねぇ。なんの為に俺達がいる)
崩れそうなら支えてやればいい。
「リヴァイ兵長」
医務室から医師が出てきた。不安で表情を凍らせているペトラに「大丈夫だよ」と微笑む。
「フェリーチェは」
「命に別条は無いです。治療中に一度目を覚ましたんですが、錯乱状態になってしまったので鎮静剤を入れ眠って貰っています」
「……そうか。怪我の具合は」
「頭部裂傷で五針。口唇下部は恐らく落下時の衝撃で犬歯が刺さったのでしょう、貫通していたので口内外二針ずつ計四針縫いました。あとは全身打撲ですね。骨折がなかったのは不幸中の幸いだ。本人は『受け身がとれなかった』と言ってましたが、普通の人間より出来てたはずですよ」
「喧嘩相手に話を聞いた。恐らく護身術を身につけている」
「あぁ! なるほど。納得しました」
頷き笑う医師の様子から、リヴァイもペトラもほっと胸を撫で下ろした。計九針も縫っているのだから中々の怪我ではあるが、目を覚まし受け答え出来ていたなら上出来だ。打ち所が悪く死ぬ事は多いのだから。
「しかし相変わらず無茶をする子みたいですね。栄養剤と水分も点滴してますよ。でも今回は症状を伝えてくれたので、助かりました。前は何を聞いても『平気です』でしたからねぇ」
肩を竦め苦笑した医師は「今度こそ大人しく療養して貰いますよ」と言った。
✽✽✽
雨は小降りになっていた。窓ガラスを打つ音はもうなく、サーッと微かなノイズの様な音だけが聞こえている。しかしそれも、目の前で眠るフェリーチェの静かな呼吸音に消されつつあった。
ランプの中で揺らめく蝋燭の明かり。
いつも誰かしら寝ている医務室だが、いま世話になっている患者はフェリーチェだけだ。
小さな灯火はベッド周りを照らし、フェリーチェとリヴァイを包む。スプリングを軋ませ、リヴァイはフェリーチェの眠るベッドに腰掛けた。
「――おい、フェリーチェ。ちゃんとすると言ったのは、どこのどいつだ?」
深く吐く息。
頭に包帯、口元には大きなガーゼ。あちこち擦り傷を作り、穏やかな寝顔とは対象的な姿でいるフェリーチェを、リヴァイはジッと見つめる。
「悪い予感は当たっちまったが、それでも最悪の結果じゃなかっただけマシだ。言いたい事は山ほどあるがな」
ペトラもロータルも、フェリーチェはとても怯えていたと言った。
そして目が覚めた時の錯乱状態――医師が言ったその時のフェリーチェの姿を、リヴァイは想像出来ずにいる。
フェリーチェが錯乱? と。
「何を考えていた。どうしてこんな事を……」
頬の擦り傷をそっと指でなぞり、問う。
蒼白い顔と冷えた手の相手は何も語らない。いつ目覚める、早く起きろ、と心の中で何度も言った。
「帰ったら紅茶店に行くと約束しただろ……」
思わず零れた独り言は、自分でも驚くほど情けない声音だ。
フェリーチェの髪を指で梳いても、いつもの甘い香りは消毒薬の匂いで消されてしまっていて。
きっと今の自分は声音と同じ様な情けない顔でいるのだろう。
「――兵長。少しいいですか?」
衝立の向こうからペトラの声がした。
ああ、と返事をすれば、ひょっこりと顔を覗かせる。目が合うと、少し困った様に小さく微笑んだ。
「預かっているものを渡さなきゃって思いまして」
「預かってる?」
「これ……フェリーチェが兵長に返して欲しいって、気を失う前に」
「包帯? 返すって……一体どういう意味だ」
巻かれた包帯の一部が血で汚れていた。フェリーチェの血か。前に怪我した時もこんな風に――
「もしかしてあの時の? なんでこんなものを今も持ってるんだ、コイツは」
「お守りだそうです。一緒に応急処置をした補給隊の人が言ってて……フェリーチェから聞いた、と」
「補給隊……」
フェリーチェと話が出来る補給隊の男なんて、一人しかいない。
「そいつはクライダーと名乗らなかったか?」
「あっ、はい!」
「そうか……クライダーもその場にいたとはな。他に何か言っていたか」
「いえ……彼もかなり動揺していて、それ以上は。目の前で転落するフェリーチェを見たからだと思います。フェリーチェと仲が良かったんですね、彼」
「ああ」
「あの兵長……それともう一つ」
ペトラが静かに切り出した。その顔は先ほど廊下で見せたような不安げなもので、まだ何か問題があるのかとリヴァイの心を重くする。
「どうした」
「運ばれる時、意識が無いフェリーチェが手を伸ばしたんです。私、思わずその手を掴んでしまったんですけど、その時フェリーチェが呟いた事をちゃんと兵長に届けないとって」
「アイツが?」
『リヴァイさん……助けて……』
「多分なんですけど、その後は『一緒にいて』だったと思います。周りがバタバタしてたから、ハッキリとは聞き取れなかったんですが……」
「…………」
(俺を呼んでいたのか)
――いつから?
眠る姿は微動だにせず、本当に生きてるんだろうな? とつい考え、頬に触れてしまう。温かな体温と柔らかな肌、ゆっくりと繰り返される呼吸を掌と指で充分感じ、再度安堵したリヴァイはゆっくりと息を吐いた。
「フェリーチェ、お前……」
やはり――フェリーチェは真実を知ってしまったのだろう、と思う。きっとそうだ。
衝撃的な真実を一つ知った事で、芋づる式に分かった事もあったはず。そうして、自分の周辺や環境がこれまでいかに不自然だったのかにも気付いた。
気付いて考え、悩み焦る。
フェリーチェは一人もがいたはずだ。
(一緒にいて……か)
傷を曝け出し震える身体を抱きしめたあの時みたいに、側にいて声をかけてやれる状況だったら、この現状も少し違っていたかもしれない。
「縋って伸ばす手は簡単に切られる……その可能性がある場所にコイツはいた」
「え?」
「腹立つことに、フェリーチェ本人がそれを当然として受け入れてやがる。極度の寂しがり屋の癖にな」
「開発部って……酷い所なんですか?」
「開発部が悪いんじゃねぇ。そこを管理する人間が腐ってる」
「そんな……」
「――なぁ、ペトラよ。起きたらコイツを叱ってやってくれねぇか。まだ足りねぇみたいだ」
「っ!? 私が、ですか?」
「フェリーチェの基本は受け身だとエルヴィンは言った。俺もそう思っている。だが最近のコイツはそれだけじゃねぇ。お前のおかげで、フェリーチェが変わってきてるのを俺は知ってる」
「え……っ、あの……?」
ペトラはリヴァイの言葉に驚き、それから照れたり困惑したりと忙しなかった。唐突に話を始めるのも、言葉が足らず伝わりづらいのも、リヴァイの通常運転だ。
だが、ペトラはその通常をよく理解しているので、今回も戸惑ったのは僅かな時間だけで。こくりと頷くと「でも兵長」と続けた。
「私は“おかげ”って言われるような事は何もしてないんです。変わってるのはフェリーチェ本人の努力だし……。あ! でも怒りはしますよ! 無茶する前にちゃんと頼って欲しいって!……悩みも相談出来ないなんて、なんの為の友達なのか分からないもの……。ねぇフェリーチェ、ちゃんと自覚してる? 起きたらもう“さん付け”でなんか呼ばせないからねっ」
眠るフェリーチェに呆れた様な口調で語り溜息を吐いたペトラに、リヴァイは初め目を丸くして、それからフッと柔らかく細める。
(友人か……。フェリーチェにはそういう繋がりが必要だ。信頼の置ける仲間の存在は、自分を強くさせてくれる。視野も拡がる)
同世代の人間と関わる事も無く、歪みきった極端に狭い世界で生きてきたフェリーチェ。純粋無垢だから、そこで生きるのに問題も不自由もないという訳ではないのだ。
(今ならコイツも、アインシュバルが外に出ろと言った理由が解るだろう)
――フェリーチェはあの箱庭を出るべきだ。
「ペトラ。ありがとうな」
「っ!? ぇ、はっ、はい!?」
薄暗い中でも顔を真っ赤にし慌てているのが分かり、リヴァイは口角を微かに上げた。
フェリーチェの手に自分の手を重ねれば、ここに来た時より体温が戻ってきていて温かい。
喪わなくて良かった。
もう何度目か分からない安堵の溜息を繰り返すリヴァイは、フェリーチェの寝顔を見て思う。
(しかし、でけぇガーゼだな。邪魔で何も出来ねぇ)
「早く治せ、馬鹿」
唇を半分隠すガーゼを睨みつけた後、仕方なく、頬にそっと口付けた。
「兵長!」
医務室の前でペトラが不安げな顔で待っていた。
リヴァイは頷くと「状況は」と報告を求める。
「さっき処置が終わりました。一度意識が戻ったみたいなんですけど、今はまた……。兵長が来たら詳しく説明すると言われています」
「そうか。こっちは、アイツが殺しかけた相手から話を聞いて何を揉めていたのか分かった。その時のアイツの様子もな」
「こ、殺し……。すみません……フェリーチェが食事を取っていない事を知ってから探してたんです。ずっと部屋に籠っていたので声はかけていたんですが『食べました』とドア越しに返事があっただけで……もう少し踏み込むべきでした」
「お前は何も悪くない。嘘を吐いたフェリーチェが悪いんだ。しかも騒動を起こしておいてそこから逃げるとはな」
ポンと肩を叩くとペトラは唇を隠す。祈る様に手を組み「兵長」と声を震わせた。
「フェリーチェ……すごく怯えてたんです。進んで他人を攻撃して揉め事を起こすような子じゃないし、きっとその前に何かあったんじゃないでしょうか。部屋に籠ってたのもそのせいかも……」
「何か、か」
エルヴィンの指示を無視したフェリーチェ。約束を破り、技術班の最新資料に手を伸ばした。
過去の資料であれだけの研究メモを作れるような奴が、たまたますれ違った技術班のそれに執着する理由。ただ見たかったなんて単純なものじゃないだろう。
正誤問わずの“規律”に縛られているフェリーチェが、自分を捻じ曲げてまで行動したのだ。
――何故だ。
(価値観が変わった? いきなりそんな事あるか?)
だが、もしそうなのだとしたら、余程の“きっかけと理由”があったはず……。
「――まさか」
「兵長?」
「アイツ……知っちまったんじゃ」
「え、何をですか?」
「ウォールマリアが陥落してるって事だ。フェリーチェは知らないらしい」
「知らない!? なんで……っ」
どうして知る事が出来た? という疑問は、ゾワリと背が冷やされる感覚にあっという間に消された。
夢中になってメモを量産する姿や部屋中に積まれたノートやファイル、高台から目を細めて街を見つめる横顔を思い出す。
なにも知らなかったからこそ、フェリーチェのその姿は純粋だったのかもしれないと考えると、少し恐ろしかった。
真実を知る事でフェリーチェの世界のバランスが崩れてしまうのだとしたら、あの娘の純真とひたむきさはどうなる? どこへ向かう……?
知った結果がこれだと言うのか?
(目が覚めた時、フェリーチェは――)
思い詰めたら簡単に死んでしまいそう、と言ったロータルに(確かにそういう危うさはあるか)と少し同調した自分がいた。あの紅茶店で、指先で文字を追いながらどこかへ沈んでいってしまいそうなフェリーチェの儚さを目にした時と同じ気持ちがじわりと湧いてくる。
(いや。そうはさせねぇ。なんの為に俺達がいる)
崩れそうなら支えてやればいい。
「リヴァイ兵長」
医務室から医師が出てきた。不安で表情を凍らせているペトラに「大丈夫だよ」と微笑む。
「フェリーチェは」
「命に別条は無いです。治療中に一度目を覚ましたんですが、錯乱状態になってしまったので鎮静剤を入れ眠って貰っています」
「……そうか。怪我の具合は」
「頭部裂傷で五針。口唇下部は恐らく落下時の衝撃で犬歯が刺さったのでしょう、貫通していたので口内外二針ずつ計四針縫いました。あとは全身打撲ですね。骨折がなかったのは不幸中の幸いだ。本人は『受け身がとれなかった』と言ってましたが、普通の人間より出来てたはずですよ」
「喧嘩相手に話を聞いた。恐らく護身術を身につけている」
「あぁ! なるほど。納得しました」
頷き笑う医師の様子から、リヴァイもペトラもほっと胸を撫で下ろした。計九針も縫っているのだから中々の怪我ではあるが、目を覚まし受け答え出来ていたなら上出来だ。打ち所が悪く死ぬ事は多いのだから。
「しかし相変わらず無茶をする子みたいですね。栄養剤と水分も点滴してますよ。でも今回は症状を伝えてくれたので、助かりました。前は何を聞いても『平気です』でしたからねぇ」
肩を竦め苦笑した医師は「今度こそ大人しく療養して貰いますよ」と言った。
✽✽✽
雨は小降りになっていた。窓ガラスを打つ音はもうなく、サーッと微かなノイズの様な音だけが聞こえている。しかしそれも、目の前で眠るフェリーチェの静かな呼吸音に消されつつあった。
ランプの中で揺らめく蝋燭の明かり。
いつも誰かしら寝ている医務室だが、いま世話になっている患者はフェリーチェだけだ。
小さな灯火はベッド周りを照らし、フェリーチェとリヴァイを包む。スプリングを軋ませ、リヴァイはフェリーチェの眠るベッドに腰掛けた。
「――おい、フェリーチェ。ちゃんとすると言ったのは、どこのどいつだ?」
深く吐く息。
頭に包帯、口元には大きなガーゼ。あちこち擦り傷を作り、穏やかな寝顔とは対象的な姿でいるフェリーチェを、リヴァイはジッと見つめる。
「悪い予感は当たっちまったが、それでも最悪の結果じゃなかっただけマシだ。言いたい事は山ほどあるがな」
ペトラもロータルも、フェリーチェはとても怯えていたと言った。
そして目が覚めた時の錯乱状態――医師が言ったその時のフェリーチェの姿を、リヴァイは想像出来ずにいる。
フェリーチェが錯乱? と。
「何を考えていた。どうしてこんな事を……」
頬の擦り傷をそっと指でなぞり、問う。
蒼白い顔と冷えた手の相手は何も語らない。いつ目覚める、早く起きろ、と心の中で何度も言った。
「帰ったら紅茶店に行くと約束しただろ……」
思わず零れた独り言は、自分でも驚くほど情けない声音だ。
フェリーチェの髪を指で梳いても、いつもの甘い香りは消毒薬の匂いで消されてしまっていて。
きっと今の自分は声音と同じ様な情けない顔でいるのだろう。
「――兵長。少しいいですか?」
衝立の向こうからペトラの声がした。
ああ、と返事をすれば、ひょっこりと顔を覗かせる。目が合うと、少し困った様に小さく微笑んだ。
「預かっているものを渡さなきゃって思いまして」
「預かってる?」
「これ……フェリーチェが兵長に返して欲しいって、気を失う前に」
「包帯? 返すって……一体どういう意味だ」
巻かれた包帯の一部が血で汚れていた。フェリーチェの血か。前に怪我した時もこんな風に――
「もしかしてあの時の? なんでこんなものを今も持ってるんだ、コイツは」
「お守りだそうです。一緒に応急処置をした補給隊の人が言ってて……フェリーチェから聞いた、と」
「補給隊……」
フェリーチェと話が出来る補給隊の男なんて、一人しかいない。
「そいつはクライダーと名乗らなかったか?」
「あっ、はい!」
「そうか……クライダーもその場にいたとはな。他に何か言っていたか」
「いえ……彼もかなり動揺していて、それ以上は。目の前で転落するフェリーチェを見たからだと思います。フェリーチェと仲が良かったんですね、彼」
「ああ」
「あの兵長……それともう一つ」
ペトラが静かに切り出した。その顔は先ほど廊下で見せたような不安げなもので、まだ何か問題があるのかとリヴァイの心を重くする。
「どうした」
「運ばれる時、意識が無いフェリーチェが手を伸ばしたんです。私、思わずその手を掴んでしまったんですけど、その時フェリーチェが呟いた事をちゃんと兵長に届けないとって」
「アイツが?」
『リヴァイさん……助けて……』
「多分なんですけど、その後は『一緒にいて』だったと思います。周りがバタバタしてたから、ハッキリとは聞き取れなかったんですが……」
「…………」
(俺を呼んでいたのか)
――いつから?
眠る姿は微動だにせず、本当に生きてるんだろうな? とつい考え、頬に触れてしまう。温かな体温と柔らかな肌、ゆっくりと繰り返される呼吸を掌と指で充分感じ、再度安堵したリヴァイはゆっくりと息を吐いた。
「フェリーチェ、お前……」
やはり――フェリーチェは真実を知ってしまったのだろう、と思う。きっとそうだ。
衝撃的な真実を一つ知った事で、芋づる式に分かった事もあったはず。そうして、自分の周辺や環境がこれまでいかに不自然だったのかにも気付いた。
気付いて考え、悩み焦る。
フェリーチェは一人もがいたはずだ。
(一緒にいて……か)
傷を曝け出し震える身体を抱きしめたあの時みたいに、側にいて声をかけてやれる状況だったら、この現状も少し違っていたかもしれない。
「縋って伸ばす手は簡単に切られる……その可能性がある場所にコイツはいた」
「え?」
「腹立つことに、フェリーチェ本人がそれを当然として受け入れてやがる。極度の寂しがり屋の癖にな」
「開発部って……酷い所なんですか?」
「開発部が悪いんじゃねぇ。そこを管理する人間が腐ってる」
「そんな……」
「――なぁ、ペトラよ。起きたらコイツを叱ってやってくれねぇか。まだ足りねぇみたいだ」
「っ!? 私が、ですか?」
「フェリーチェの基本は受け身だとエルヴィンは言った。俺もそう思っている。だが最近のコイツはそれだけじゃねぇ。お前のおかげで、フェリーチェが変わってきてるのを俺は知ってる」
「え……っ、あの……?」
ペトラはリヴァイの言葉に驚き、それから照れたり困惑したりと忙しなかった。唐突に話を始めるのも、言葉が足らず伝わりづらいのも、リヴァイの通常運転だ。
だが、ペトラはその通常をよく理解しているので、今回も戸惑ったのは僅かな時間だけで。こくりと頷くと「でも兵長」と続けた。
「私は“おかげ”って言われるような事は何もしてないんです。変わってるのはフェリーチェ本人の努力だし……。あ! でも怒りはしますよ! 無茶する前にちゃんと頼って欲しいって!……悩みも相談出来ないなんて、なんの為の友達なのか分からないもの……。ねぇフェリーチェ、ちゃんと自覚してる? 起きたらもう“さん付け”でなんか呼ばせないからねっ」
眠るフェリーチェに呆れた様な口調で語り溜息を吐いたペトラに、リヴァイは初め目を丸くして、それからフッと柔らかく細める。
(友人か……。フェリーチェにはそういう繋がりが必要だ。信頼の置ける仲間の存在は、自分を強くさせてくれる。視野も拡がる)
同世代の人間と関わる事も無く、歪みきった極端に狭い世界で生きてきたフェリーチェ。純粋無垢だから、そこで生きるのに問題も不自由もないという訳ではないのだ。
(今ならコイツも、アインシュバルが外に出ろと言った理由が解るだろう)
――フェリーチェはあの箱庭を出るべきだ。
「ペトラ。ありがとうな」
「っ!? ぇ、はっ、はい!?」
薄暗い中でも顔を真っ赤にし慌てているのが分かり、リヴァイは口角を微かに上げた。
フェリーチェの手に自分の手を重ねれば、ここに来た時より体温が戻ってきていて温かい。
喪わなくて良かった。
もう何度目か分からない安堵の溜息を繰り返すリヴァイは、フェリーチェの寝顔を見て思う。
(しかし、でけぇガーゼだな。邪魔で何も出来ねぇ)
「早く治せ、馬鹿」
唇を半分隠すガーゼを睨みつけた後、仕方なく、頬にそっと口付けた。