絶対零度が溶けていく
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✽4✽
仕事自体は、そもそもそんなに時間のかかるものではなかった。
数カ所回る手間はあるが、書類を渡し相手の報告を聞く、指示が必要ならばする。それだけの事だ。一つの場所に十数分しかかからない。
ところが。今日は思い通りに事は運ばなかった。
その原因は目の前にいる人物にある。
やっぱりそうか。そう来たか。お前はとことん手間のかかる奴だな。
リヴァイはその言葉を飲み込んだ。しょうがない。その相手をここまで引っ張って来たのは自分だ。文句を言っても始まらない。
二人は今、一件目の仕事を終えたところでカフェにいる――。
「大丈夫なのか?」
珍しく相手を気遣う言葉が出た。出てしまったとも言える。
目の前でテーブルにグッタリと突っ伏している人間を見て知らんぷり出来る程、自分は冷酷ではない。リヴァイはコーヒーを口にしフェリーチェを見た。
知った店ではあるが、ここでコーヒーを飲んだ事は無かった。ただ試しにと頼んだのだがそれは意外にも口に合っていて、たまにはコーヒーも良いものだなと思う。
おい。
返事の遅い相手にもう一度声をかけようとしたらテーブルが答えた。……答えたのかと思ってしまうくらい、卓上ギリギリから聞こえた。
「……はい」
本当かよ、と聞き直したくなるくらい声のトーンは低い……。
朝からはしゃぐ補佐を仕事先まで連れて行くのは正直悩んだ。今後の事を考え臨時の補佐だと紹介してもいいが、それ以上にフェリーチェの言動が気になる所だったからだ。
要らぬ事を喋って事態がややこしくなるのは御免だ。そして、自分にはフェリーチェの迷言で痛い目にあっている経験がある……。
リヴァイがフェリーチェに仕事先の建物の外で大人しく待っているようにと言ったのは、そういう事がある以上まぁ当然といえば当然であった。
だが、仕事から戻って来た途端リヴァイは絶句する事になる。同じ頭を悩ませる事になるなら連れていた方がいくらかマシだった。かもしれない。
――後悔先に立たず、だ。
お前……一体何があった?
リヴァイさん! この街はとっても活気があるんですねぇ。凄いです! 広場とか行ったら楽しそうです!
フェリーチェは目をキラキラさせて言った。
……そしてリヴァイは、目を厳しく細め眉根を寄せて言った。
それは真っ青な顔色でいう言葉じゃねぇぞ。
青いというより白い。顔面蒼白とよくいうが、彼女は素が色白なので更に色が無くなった様に見えた。
この状態で連れ回すのはさすがに良くない。だから此処へ連れて来て休ませる事にした。
言葉と顔色が真逆だったのは未だに理解不能だ。
「……ごめんなさい……」
「道端でブッ倒れるよりマシだ」
「……ですよね……」
まだテーブルが喋っている。
「平気だと思ってたんですけど認識が甘かった様です……。情報量が多過ぎて……」
「……何?」
「大丈夫です。すぐ整理します。一度整理出来ればあとは問題無いです……」
「意味が分かるように説明しろ」
「えっと……脳に入り込んでくる音や視覚情ほ」
「やっぱりやめろ――つまりお前は時間が欲しいんだな? どの位だ」
「五分……いえ三分」
「五分でいい」
リヴァイの言葉にフェリーチェは顔を上げゆっくり体も起こした。さっきよりは幾分顔色が戻ってきた様だが、まだいつものような色は無い。
ありがとうございます。
フェリーチェは微笑みそう言うと目を閉じ大人しくなった。どうやら頭の中で整理というやつをしているらしい。
相変わらず言ってる事がサッパリ分からねぇな。変な奴だ。
珍しく大人しいフェリーチェを見ながら、リヴァイはコーヒーを飲んだ。
五分。何もせず座ってるだけなら長く感じるだろう時間も、何か気晴らしがあれば短く感じる。
時間とはそういうものだ。でも、これが気晴らしかといえば甚だ疑問だ。
(気晴らし?――違うだろう絶対)
エルヴィンが言っていた事の意味がよく分かった。フェリーチェに服装一つで雰囲気が変わると言っていたあの言葉だ。
見慣れた制服姿は、白いブラウスにブラウンのベスト、黒いフレアースカート。スカーフのリボンタイ。
パタパタ走り回る様や、幼い顔立ちで笑いよく喋るせいか、ちっとも大人っぽく見えない。
だが、色白の肌にもよく映える淡い色のワンピースを着てこうして静かにしていると、歳相応の女性にちゃんと見えた。
エルヴィンと並ぶ姿を見て父娘に見えなかったのは、だからなのだろう。自分と七歳違うと聞いた時はガキという二文字しか浮かばなかったが、雰囲気を変えた今のフェリーチェは同じ年頃の娘より一際周りの目を引く存在にさえ見えた。
イイな。あの子。
コソコソと少し離れた席から聞こえる話し声。
(またか)
リヴァイが視線を向けると、自分達の方を見ていた男二人組はビクリと肩を揺らし慌てて目を逸らした。
大人しくしているフェリーチェは騒がしくしている時より何故か目立つ。そんな彼女が男達の目にどんな風に映っているかは安易に想像が出来たし、聞こえてくる言葉もそれを証明していた。
コイツの普段を知らないからだ、とリヴァイは多少男達を気の毒に思いつつ、しかしコソコソ聞こえる囁き声は耳障りでしかないので、とりあえず目で黙らせていく。
そんな訳で、「聞こえる睨む黙らせる」という作業は気晴らしとはおよそ縁遠いものだったのだが、長いはずだった五分間をかなり短く感じさせたという、結果的にはいい仕事をしたのだった。
仕事自体は、そもそもそんなに時間のかかるものではなかった。
数カ所回る手間はあるが、書類を渡し相手の報告を聞く、指示が必要ならばする。それだけの事だ。一つの場所に十数分しかかからない。
ところが。今日は思い通りに事は運ばなかった。
その原因は目の前にいる人物にある。
やっぱりそうか。そう来たか。お前はとことん手間のかかる奴だな。
リヴァイはその言葉を飲み込んだ。しょうがない。その相手をここまで引っ張って来たのは自分だ。文句を言っても始まらない。
二人は今、一件目の仕事を終えたところでカフェにいる――。
「大丈夫なのか?」
珍しく相手を気遣う言葉が出た。出てしまったとも言える。
目の前でテーブルにグッタリと突っ伏している人間を見て知らんぷり出来る程、自分は冷酷ではない。リヴァイはコーヒーを口にしフェリーチェを見た。
知った店ではあるが、ここでコーヒーを飲んだ事は無かった。ただ試しにと頼んだのだがそれは意外にも口に合っていて、たまにはコーヒーも良いものだなと思う。
おい。
返事の遅い相手にもう一度声をかけようとしたらテーブルが答えた。……答えたのかと思ってしまうくらい、卓上ギリギリから聞こえた。
「……はい」
本当かよ、と聞き直したくなるくらい声のトーンは低い……。
朝からはしゃぐ補佐を仕事先まで連れて行くのは正直悩んだ。今後の事を考え臨時の補佐だと紹介してもいいが、それ以上にフェリーチェの言動が気になる所だったからだ。
要らぬ事を喋って事態がややこしくなるのは御免だ。そして、自分にはフェリーチェの迷言で痛い目にあっている経験がある……。
リヴァイがフェリーチェに仕事先の建物の外で大人しく待っているようにと言ったのは、そういう事がある以上まぁ当然といえば当然であった。
だが、仕事から戻って来た途端リヴァイは絶句する事になる。同じ頭を悩ませる事になるなら連れていた方がいくらかマシだった。かもしれない。
――後悔先に立たず、だ。
お前……一体何があった?
リヴァイさん! この街はとっても活気があるんですねぇ。凄いです! 広場とか行ったら楽しそうです!
フェリーチェは目をキラキラさせて言った。
……そしてリヴァイは、目を厳しく細め眉根を寄せて言った。
それは真っ青な顔色でいう言葉じゃねぇぞ。
青いというより白い。顔面蒼白とよくいうが、彼女は素が色白なので更に色が無くなった様に見えた。
この状態で連れ回すのはさすがに良くない。だから此処へ連れて来て休ませる事にした。
言葉と顔色が真逆だったのは未だに理解不能だ。
「……ごめんなさい……」
「道端でブッ倒れるよりマシだ」
「……ですよね……」
まだテーブルが喋っている。
「平気だと思ってたんですけど認識が甘かった様です……。情報量が多過ぎて……」
「……何?」
「大丈夫です。すぐ整理します。一度整理出来ればあとは問題無いです……」
「意味が分かるように説明しろ」
「えっと……脳に入り込んでくる音や視覚情ほ」
「やっぱりやめろ――つまりお前は時間が欲しいんだな? どの位だ」
「五分……いえ三分」
「五分でいい」
リヴァイの言葉にフェリーチェは顔を上げゆっくり体も起こした。さっきよりは幾分顔色が戻ってきた様だが、まだいつものような色は無い。
ありがとうございます。
フェリーチェは微笑みそう言うと目を閉じ大人しくなった。どうやら頭の中で整理というやつをしているらしい。
相変わらず言ってる事がサッパリ分からねぇな。変な奴だ。
珍しく大人しいフェリーチェを見ながら、リヴァイはコーヒーを飲んだ。
五分。何もせず座ってるだけなら長く感じるだろう時間も、何か気晴らしがあれば短く感じる。
時間とはそういうものだ。でも、これが気晴らしかといえば甚だ疑問だ。
(気晴らし?――違うだろう絶対)
エルヴィンが言っていた事の意味がよく分かった。フェリーチェに服装一つで雰囲気が変わると言っていたあの言葉だ。
見慣れた制服姿は、白いブラウスにブラウンのベスト、黒いフレアースカート。スカーフのリボンタイ。
パタパタ走り回る様や、幼い顔立ちで笑いよく喋るせいか、ちっとも大人っぽく見えない。
だが、色白の肌にもよく映える淡い色のワンピースを着てこうして静かにしていると、歳相応の女性にちゃんと見えた。
エルヴィンと並ぶ姿を見て父娘に見えなかったのは、だからなのだろう。自分と七歳違うと聞いた時はガキという二文字しか浮かばなかったが、雰囲気を変えた今のフェリーチェは同じ年頃の娘より一際周りの目を引く存在にさえ見えた。
イイな。あの子。
コソコソと少し離れた席から聞こえる話し声。
(またか)
リヴァイが視線を向けると、自分達の方を見ていた男二人組はビクリと肩を揺らし慌てて目を逸らした。
大人しくしているフェリーチェは騒がしくしている時より何故か目立つ。そんな彼女が男達の目にどんな風に映っているかは安易に想像が出来たし、聞こえてくる言葉もそれを証明していた。
コイツの普段を知らないからだ、とリヴァイは多少男達を気の毒に思いつつ、しかしコソコソ聞こえる囁き声は耳障りでしかないので、とりあえず目で黙らせていく。
そんな訳で、「聞こえる睨む黙らせる」という作業は気晴らしとはおよそ縁遠いものだったのだが、長いはずだった五分間をかなり短く感じさせたという、結果的にはいい仕事をしたのだった。