壊れた機械人形に、永遠の死と愛を
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✽✽✽
食堂には三人の男がいた。技術班班長と班員二名。その内の一人は項垂れて座っていて、あれがフェリーチェとやり合った奴なのだとすぐに分かった。
驚いたのは、その兵がエルヴィンやミケの様な大柄で屈強そうな男だったこと。てっきり、クライダー位の細身な優男だとばかり……。
リヴァイの視線に気付くと、男は慌てて立ち上がり敬礼した。
「フェリーチェに喧嘩を売られたのはお前か。災難だったな」
「ち、違います! 先に手を出したのは自分なんです……本当に……本当に申し訳ありませんでした!」
「……先に……」
それも意外だった。どうしたらそんな話になるのだろうか。
「お前には詳しく聞きたい事がある――が、まずは揃って報告会といこうじゃねぇか。接点の無いはずの技術班とフェリーチェが廊下で大立ち回りなんて全くの想定外だ。しかも、おやすみ前の自由時間に……とはな」
リヴァイの迫力に、技術班のメンバーもエルドも更にはタオルを持って駆けつけたグンタまでも、肝を冷やした。
圧強めの報告会を終え、リヴァイは改めて男――ロータルと向き合った。他の奴らは部屋に戻したので、文字通り一対一だ。報告会の間もずっと自分にビクビクしていた男に、何をそんなに怖がる必要がある……とリヴァイは不思議で仕方がなかった。
「反省文提出がそんなにショックか、ロータルよ。それとも上司に始末書を書かせる羽目になった方か?」
「え……」
「フェリーチェにはお前の倍、書かせよう。好物をしばらく禁止にするのもアリだ。アイツにはそっちの方が効くかもしれねぇな。お前よりキツい仕置きが必要だ」
「いっ、いえ兵長! さっきも言いましたが、これは、俺がフェリーチェさんを突き飛ばした上に暴言を吐いたのが一番悪いんですっ!」
「……」
突き飛ばした。暴言を吐いた。その理由も“一応”聞いた。しかしリヴァイは半分納得していない。
資料を渡せとしつこく、急に技術班に擦り寄って来る様な態度を見せられたのが、腹立たしくて。そんな理由だった。
そしてロータルが言う暴言。
『やる事が無いなら開発部へ帰れ』
ロータルが吐いた言葉でフェリーチェが憤慨したのは何となく分かる。
(アイツは研究バカだ。研究員である事を否定されたらどうなるかはもう知っている)
そこに関して思う事が一つあったが、今気になるのは他の部分だった。
「確かに手を出したお前も悪い。だが何故だ。いくらアイツが資料を寄越せと纏わりついて来たからといって、それは突き飛ばす程の事か? お前ならあんな女、難なく抑えられるだろう。もしかしてフェリーチェは他にお前を怒らせる様な真似をしたんじゃねぇのか?」
「っ! いや、それは……フェリーチェさんはそんな事なにも……お、俺が勝手に」
紅茶を飲もうとカップに伸ばしていた手を止め、急に歯切れ悪くなったロータルを見たリヴァイは、目の前の人間の表情に目を大きく見開いた。
「オイ……お前」
「す、すみません俺――ッ」
耳まで真っ赤に染めたロータルが何故か自分に謝ってくる。視線を忙しなく泳がせ、リヴァイと目が合うと赤面したまま怯えた顔をするという器用で奇妙な行動。
(コイツ……)
ジッと相手の目を見て少し考えたリヴァイは、溜息を吐きつつ言った。
「なんだ。フェリーチェに欲情でもしたか? といっても、アイツにそこまで男を惑わす力はねぇと思うが」
「ッ!」
自分の言葉に固まるロータル。それは無言の肯定だ。
「……」
途端にリヴァイの胸中に苛立ちが湧いた。
(テメェはフェリーチェが色仕掛けしてきたと言いてぇのか。嘘を言うな。アイツはそんなこと出来ねぇ。テメェの持つ書類に執着してたなら、そりゃあ飛びついてくるくらいはしたと思うが。フェリーチェは“それだけ”だ。それなのにテメェはその単純バカなフェリーチェに何を期待しやがった。勝手に期待して勝手に拒んで、その結果突き飛ばしたっていうのか)
脳内で不満を一息に捲し立て、取り繕う気も失せた氷点下の瞳は再び重い圧を出す。
「すべて吐け。思ったこと、全部だ」
リヴァイの言葉に、ロータルは鳩尾部分を押え怯えた目で震える様に頷いた。
「――ずっと噂を聞いていたんです。兵長とフェリーチェさんの……その……そういう話を。せっかく開発部の研究員がここに来たっていうのに、肝心のフェリーチェさんは事務仕事しかしないと言うし、アドバイスを貰えるどころか、関わるな資料も渡すなと言われ……。俺は彼女と仕事をしてみたかったんですよ! 期待してたんです! なのに現実は兵長との爛れた噂ばかりで」
「爛れた噂」
(前にあれこれ言われてたアレだな。まだそんな胸クソ悪い話が流れてるのか)
「フェリーチェさんは兵長と同じくめちゃくちゃ凄い人だと聞いてたし、すごく可愛いらしい人だし、どっかのバカとか陰険な女とか、そういう奴らからの恨みとか妬みからそんな噂が立ってると思ってました」
「ほう……」
「でも実際フェリーチェさんと会ったら――」
「会ったら?」
「可愛いってもんじゃなかった……すごく柔らかくて、いい香りもして……唇とか涙目とか指までエロくて……ヤバいくらい全部持ってかれそうになるとか」
「…………」
「その、だから俺、噂は噂じゃなかったのかもって――」
「…………」
(思ったこと全部吐けとは言ったが……)
フェリーチェに対するこんな生々しい感想まで吐くとは。
「一瞬でもそう思ってしまったんです! 兵長は噂されてる事をする人じゃない。そこは絶対です。皆だって分かってるはず……なのにフェリーチェさんが隣に居るだけで兵長があんな風に言われるなんて!」
「なぁ……“噂の俺”は一体アイツに何をしてる事になってるんだ?」
「許せなかったんです……噂も、それに引っ張られた自分も。だからフェリーチェさんのせいにしてしまいました……汚いとこから目を逸らすのに、八つ当たりして自分のせいじゃないって……フェリーチェさんがいるから全部こうなってるんだって」
「…………」
「だから、フェリーチェさんが怒るのは当然なんです」
「いや、分からねぇな。ただの口喧嘩だぞ。怒るにしても限度っつうもんがあるだろ。――オイ、腹を見せろ」
「え、腹……ですか」
「早くしろ」
促され、ロータルはシャツを捲る。鳩尾に残る痛々しい痣にリヴァイは眉を顰めた。
「鍛えていなかったら気絶モンだ」
「一瞬真っ白になりましたが……」
「鳩尾が急所なのは誰でも知ってる。胸尖を避けたのは偶然か……?」
「胸尖?」
「あ? 知らねぇのか? 対人格闘術の講義で習わないのか」
「格闘術は苦手で……」
「クソが……。そこには剣状突起という骨がある。そいつが折れて内臓に刺されば、運が悪けりゃ死ぬ」
「えっ!?」
サッと顔色を変えたロータル。フェリーチェに倒され踏みつけられた時を思い出したのだろう、ビクリと身震いする。
その姿を見たリヴァイは目を伏せた。
「フェリーチェが意識的に避けたのか、それとも偶然当たらなかったか。まぁ……どちらにしてもアイツはその時、お前を殺っちまってもいいと思う位の勢いだったのは間違いねぇ。……お前は見たんだろう? フェリーチェの“あの目”を」
忘れた訳ではなかった。だが、忘れかけてはいたのだと思う。
あれから一度も見ていない、仄暗く、狂気を孕んだ冷たい瞳。
フェリーチェと一緒に過ごせば過ごすほど、彼女とその冷たさは一致せず離れていくだけで。いつしか自分も、あれは勘違いだったのかもしれないと目を逸していた。ただ愛らしく、自分を見つめてくる甘い蜜色だけを追っていたのだ。
「確かに……殺されると……。冷酷非道って巨人以外に初めて感じました。感じたんですけど――兵長、フェリーチェさんは、大丈夫なのでしょうか?」
「なに? どういう意味だ、それは」
「人が変わったみたいでした。まるで二重人格で、ペトラさんに止められた時はもっと……深刻というか。凄い怯えてたんです。真逆ですよあれは! うまく言えないんですけど、自分の感情コントロール出来てなさそうな雰囲気で、だから思い詰めたら簡単に死んでしまいそうな……なんかそういう怖さを見た気がします」
「……」
「だから、階段から落ちたって聞いて、俺……」
尻すぼみになる声。
リヴァイは驚きを隠せず固まった。
自分を殺そうとした(?)フェリーチェの狂気を目の当たりにしても、それを不自然と捉え更には寄り添おうとしているとは。
さっきは俗な発言をしていて(こいつもか……)と思ったが、それだけな男ではないらしい。クライダーの様に真面目で、フェリーチェに関わっても問題ない奴なのか?
(ある意味、フェリーチェの隠された顔を知らないクライダーよりも信頼出来るか……それに、)
ロータルには共感力があるのかもしれない。ハンジの様な――。
「フェリーチェが死んだらお前はどうする」
「え!?」
リヴァイの問いにロータルは驚きの表情で答えた。何を言い出すんだ、この人は!? という言葉が見え隠れする。
「……」
自分でもどうしてこんな問いかけが出てきたのか驚きだ。この言葉は今の自分が一番考えたくないものであり、現実になっては困るものだった。
本当は、ロータルではなく自分に向けた問い。それを何故この男に――。
「そうはならない、と信じるしかないです俺は。フェリーチェさんのあの資料に対する執念も見ちゃいましたし」
それに……と呟くロータルはリヴァイを見て苦笑した。
「リヴァイ兵長がいるじゃないですか。フェリーチェさんに、俺の倍、反省文書かせてくれるんですよね? 俺、蹴られ損はちょっと……」
今度はニヤリと笑い、鳩尾を手で軽く叩く。そしてすぐに「いっ、てぇ」と呻いた。
「兵長。俺、今すっげぇ後悔してます。最低なヤツだ……図星を指されてキレるとかガキかよ……。フェリーチェさんと仕事がしたかったとか、やる事やってから言えって……」
ぐっと拳を握り、それを見つめるロータルは低い声で呟く。
「目が覚めました。やっぱりあの人はトップレベルの研究員なんだ。フェリーチェさんと肩を並べて仕事が出来る様な、そういう技術を俺も持てるようになりたい」
「……そうか」
「だから、フェリーチェさんに死なれては困ります!」
「そうだな」
「リヴァイ兵長だってそう思ってるんじゃないですか? 大切な人に置いて行かれるなんて、一番キツイです! 俺だったら未来が見えなくなって絶望しかない。――って言ってみても、そもそもそういう人にまだ巡り会えてないんですけどね、俺」
ロータルは笑った。つられてリヴァイも口元を緩めふっと息を吐く。
話していく内に印象が変わったロータルは、やはり共感力のある男なのだろう。
(確かに死別は、置いて行かれるのも置いて行くのも辛いもんだ)
フェリーチェを喪った時に絶望するかまでは分からないが、少なくとも身内や仲間が消えていく悲しみ以上の喪失感を味わうかもしれない……とリヴァイはぼんやりと思った。
ここに戻ってくるまでの間とフェリーチェの現状を知った時の感情の揺れは、明らかに経験した事のないものだったからだ。
「まぁ……アイツにはまだやらなきゃならねぇ事も、忘れてもらっちゃ困る約束もある。とっとと起きて貰わねぇとな」
隠し続けていた動揺が落ち着いてきた。
リヴァイが冷めた紅茶を飲み言うと、ロータルはリヴァイに気付かれない様に肩を竦める。
(この人は、彼女が自分にとってどれだけ大事で、どれだけ深く想っているのか気付いていないのか?)
そんな事を思いつつ、いただきますと紅茶に手を伸ばした。
(言うのはやめておこう。反省文の量を増やされるだけでは済まなそうだ)
――当然そんな風に思われているなど、リヴァイは知る由もなかった。
食堂には三人の男がいた。技術班班長と班員二名。その内の一人は項垂れて座っていて、あれがフェリーチェとやり合った奴なのだとすぐに分かった。
驚いたのは、その兵がエルヴィンやミケの様な大柄で屈強そうな男だったこと。てっきり、クライダー位の細身な優男だとばかり……。
リヴァイの視線に気付くと、男は慌てて立ち上がり敬礼した。
「フェリーチェに喧嘩を売られたのはお前か。災難だったな」
「ち、違います! 先に手を出したのは自分なんです……本当に……本当に申し訳ありませんでした!」
「……先に……」
それも意外だった。どうしたらそんな話になるのだろうか。
「お前には詳しく聞きたい事がある――が、まずは揃って報告会といこうじゃねぇか。接点の無いはずの技術班とフェリーチェが廊下で大立ち回りなんて全くの想定外だ。しかも、おやすみ前の自由時間に……とはな」
リヴァイの迫力に、技術班のメンバーもエルドも更にはタオルを持って駆けつけたグンタまでも、肝を冷やした。
圧強めの報告会を終え、リヴァイは改めて男――ロータルと向き合った。他の奴らは部屋に戻したので、文字通り一対一だ。報告会の間もずっと自分にビクビクしていた男に、何をそんなに怖がる必要がある……とリヴァイは不思議で仕方がなかった。
「反省文提出がそんなにショックか、ロータルよ。それとも上司に始末書を書かせる羽目になった方か?」
「え……」
「フェリーチェにはお前の倍、書かせよう。好物をしばらく禁止にするのもアリだ。アイツにはそっちの方が効くかもしれねぇな。お前よりキツい仕置きが必要だ」
「いっ、いえ兵長! さっきも言いましたが、これは、俺がフェリーチェさんを突き飛ばした上に暴言を吐いたのが一番悪いんですっ!」
「……」
突き飛ばした。暴言を吐いた。その理由も“一応”聞いた。しかしリヴァイは半分納得していない。
資料を渡せとしつこく、急に技術班に擦り寄って来る様な態度を見せられたのが、腹立たしくて。そんな理由だった。
そしてロータルが言う暴言。
『やる事が無いなら開発部へ帰れ』
ロータルが吐いた言葉でフェリーチェが憤慨したのは何となく分かる。
(アイツは研究バカだ。研究員である事を否定されたらどうなるかはもう知っている)
そこに関して思う事が一つあったが、今気になるのは他の部分だった。
「確かに手を出したお前も悪い。だが何故だ。いくらアイツが資料を寄越せと纏わりついて来たからといって、それは突き飛ばす程の事か? お前ならあんな女、難なく抑えられるだろう。もしかしてフェリーチェは他にお前を怒らせる様な真似をしたんじゃねぇのか?」
「っ! いや、それは……フェリーチェさんはそんな事なにも……お、俺が勝手に」
紅茶を飲もうとカップに伸ばしていた手を止め、急に歯切れ悪くなったロータルを見たリヴァイは、目の前の人間の表情に目を大きく見開いた。
「オイ……お前」
「す、すみません俺――ッ」
耳まで真っ赤に染めたロータルが何故か自分に謝ってくる。視線を忙しなく泳がせ、リヴァイと目が合うと赤面したまま怯えた顔をするという器用で奇妙な行動。
(コイツ……)
ジッと相手の目を見て少し考えたリヴァイは、溜息を吐きつつ言った。
「なんだ。フェリーチェに欲情でもしたか? といっても、アイツにそこまで男を惑わす力はねぇと思うが」
「ッ!」
自分の言葉に固まるロータル。それは無言の肯定だ。
「……」
途端にリヴァイの胸中に苛立ちが湧いた。
(テメェはフェリーチェが色仕掛けしてきたと言いてぇのか。嘘を言うな。アイツはそんなこと出来ねぇ。テメェの持つ書類に執着してたなら、そりゃあ飛びついてくるくらいはしたと思うが。フェリーチェは“それだけ”だ。それなのにテメェはその単純バカなフェリーチェに何を期待しやがった。勝手に期待して勝手に拒んで、その結果突き飛ばしたっていうのか)
脳内で不満を一息に捲し立て、取り繕う気も失せた氷点下の瞳は再び重い圧を出す。
「すべて吐け。思ったこと、全部だ」
リヴァイの言葉に、ロータルは鳩尾部分を押え怯えた目で震える様に頷いた。
「――ずっと噂を聞いていたんです。兵長とフェリーチェさんの……その……そういう話を。せっかく開発部の研究員がここに来たっていうのに、肝心のフェリーチェさんは事務仕事しかしないと言うし、アドバイスを貰えるどころか、関わるな資料も渡すなと言われ……。俺は彼女と仕事をしてみたかったんですよ! 期待してたんです! なのに現実は兵長との爛れた噂ばかりで」
「爛れた噂」
(前にあれこれ言われてたアレだな。まだそんな胸クソ悪い話が流れてるのか)
「フェリーチェさんは兵長と同じくめちゃくちゃ凄い人だと聞いてたし、すごく可愛いらしい人だし、どっかのバカとか陰険な女とか、そういう奴らからの恨みとか妬みからそんな噂が立ってると思ってました」
「ほう……」
「でも実際フェリーチェさんと会ったら――」
「会ったら?」
「可愛いってもんじゃなかった……すごく柔らかくて、いい香りもして……唇とか涙目とか指までエロくて……ヤバいくらい全部持ってかれそうになるとか」
「…………」
「その、だから俺、噂は噂じゃなかったのかもって――」
「…………」
(思ったこと全部吐けとは言ったが……)
フェリーチェに対するこんな生々しい感想まで吐くとは。
「一瞬でもそう思ってしまったんです! 兵長は噂されてる事をする人じゃない。そこは絶対です。皆だって分かってるはず……なのにフェリーチェさんが隣に居るだけで兵長があんな風に言われるなんて!」
「なぁ……“噂の俺”は一体アイツに何をしてる事になってるんだ?」
「許せなかったんです……噂も、それに引っ張られた自分も。だからフェリーチェさんのせいにしてしまいました……汚いとこから目を逸らすのに、八つ当たりして自分のせいじゃないって……フェリーチェさんがいるから全部こうなってるんだって」
「…………」
「だから、フェリーチェさんが怒るのは当然なんです」
「いや、分からねぇな。ただの口喧嘩だぞ。怒るにしても限度っつうもんがあるだろ。――オイ、腹を見せろ」
「え、腹……ですか」
「早くしろ」
促され、ロータルはシャツを捲る。鳩尾に残る痛々しい痣にリヴァイは眉を顰めた。
「鍛えていなかったら気絶モンだ」
「一瞬真っ白になりましたが……」
「鳩尾が急所なのは誰でも知ってる。胸尖を避けたのは偶然か……?」
「胸尖?」
「あ? 知らねぇのか? 対人格闘術の講義で習わないのか」
「格闘術は苦手で……」
「クソが……。そこには剣状突起という骨がある。そいつが折れて内臓に刺されば、運が悪けりゃ死ぬ」
「えっ!?」
サッと顔色を変えたロータル。フェリーチェに倒され踏みつけられた時を思い出したのだろう、ビクリと身震いする。
その姿を見たリヴァイは目を伏せた。
「フェリーチェが意識的に避けたのか、それとも偶然当たらなかったか。まぁ……どちらにしてもアイツはその時、お前を殺っちまってもいいと思う位の勢いだったのは間違いねぇ。……お前は見たんだろう? フェリーチェの“あの目”を」
忘れた訳ではなかった。だが、忘れかけてはいたのだと思う。
あれから一度も見ていない、仄暗く、狂気を孕んだ冷たい瞳。
フェリーチェと一緒に過ごせば過ごすほど、彼女とその冷たさは一致せず離れていくだけで。いつしか自分も、あれは勘違いだったのかもしれないと目を逸していた。ただ愛らしく、自分を見つめてくる甘い蜜色だけを追っていたのだ。
「確かに……殺されると……。冷酷非道って巨人以外に初めて感じました。感じたんですけど――兵長、フェリーチェさんは、大丈夫なのでしょうか?」
「なに? どういう意味だ、それは」
「人が変わったみたいでした。まるで二重人格で、ペトラさんに止められた時はもっと……深刻というか。凄い怯えてたんです。真逆ですよあれは! うまく言えないんですけど、自分の感情コントロール出来てなさそうな雰囲気で、だから思い詰めたら簡単に死んでしまいそうな……なんかそういう怖さを見た気がします」
「……」
「だから、階段から落ちたって聞いて、俺……」
尻すぼみになる声。
リヴァイは驚きを隠せず固まった。
自分を殺そうとした(?)フェリーチェの狂気を目の当たりにしても、それを不自然と捉え更には寄り添おうとしているとは。
さっきは俗な発言をしていて(こいつもか……)と思ったが、それだけな男ではないらしい。クライダーの様に真面目で、フェリーチェに関わっても問題ない奴なのか?
(ある意味、フェリーチェの隠された顔を知らないクライダーよりも信頼出来るか……それに、)
ロータルには共感力があるのかもしれない。ハンジの様な――。
「フェリーチェが死んだらお前はどうする」
「え!?」
リヴァイの問いにロータルは驚きの表情で答えた。何を言い出すんだ、この人は!? という言葉が見え隠れする。
「……」
自分でもどうしてこんな問いかけが出てきたのか驚きだ。この言葉は今の自分が一番考えたくないものであり、現実になっては困るものだった。
本当は、ロータルではなく自分に向けた問い。それを何故この男に――。
「そうはならない、と信じるしかないです俺は。フェリーチェさんのあの資料に対する執念も見ちゃいましたし」
それに……と呟くロータルはリヴァイを見て苦笑した。
「リヴァイ兵長がいるじゃないですか。フェリーチェさんに、俺の倍、反省文書かせてくれるんですよね? 俺、蹴られ損はちょっと……」
今度はニヤリと笑い、鳩尾を手で軽く叩く。そしてすぐに「いっ、てぇ」と呻いた。
「兵長。俺、今すっげぇ後悔してます。最低なヤツだ……図星を指されてキレるとかガキかよ……。フェリーチェさんと仕事がしたかったとか、やる事やってから言えって……」
ぐっと拳を握り、それを見つめるロータルは低い声で呟く。
「目が覚めました。やっぱりあの人はトップレベルの研究員なんだ。フェリーチェさんと肩を並べて仕事が出来る様な、そういう技術を俺も持てるようになりたい」
「……そうか」
「だから、フェリーチェさんに死なれては困ります!」
「そうだな」
「リヴァイ兵長だってそう思ってるんじゃないですか? 大切な人に置いて行かれるなんて、一番キツイです! 俺だったら未来が見えなくなって絶望しかない。――って言ってみても、そもそもそういう人にまだ巡り会えてないんですけどね、俺」
ロータルは笑った。つられてリヴァイも口元を緩めふっと息を吐く。
話していく内に印象が変わったロータルは、やはり共感力のある男なのだろう。
(確かに死別は、置いて行かれるのも置いて行くのも辛いもんだ)
フェリーチェを喪った時に絶望するかまでは分からないが、少なくとも身内や仲間が消えていく悲しみ以上の喪失感を味わうかもしれない……とリヴァイはぼんやりと思った。
ここに戻ってくるまでの間とフェリーチェの現状を知った時の感情の揺れは、明らかに経験した事のないものだったからだ。
「まぁ……アイツにはまだやらなきゃならねぇ事も、忘れてもらっちゃ困る約束もある。とっとと起きて貰わねぇとな」
隠し続けていた動揺が落ち着いてきた。
リヴァイが冷めた紅茶を飲み言うと、ロータルはリヴァイに気付かれない様に肩を竦める。
(この人は、彼女が自分にとってどれだけ大事で、どれだけ深く想っているのか気付いていないのか?)
そんな事を思いつつ、いただきますと紅茶に手を伸ばした。
(言うのはやめておこう。反省文の量を増やされるだけでは済まなそうだ)
――当然そんな風に思われているなど、リヴァイは知る由もなかった。