壊れた機械人形に、永遠の死と愛を
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「何なんだよ……何なんだアンタ……。ここに遊びに来た“ただの客”の癖に、今さら親切面してお手伝いか? こっちは命懸けでやってんだよ……恵まれた脳だか何だか知らねぇけど……巨人と戦った事もねぇ奴がリヴァイ兵長の周りウロチョロすんじゃねぇよッ!!」
「…………え……」
「おまっ……!? 言い過ぎだ、やめろっ」
「アンタが来てからリヴァイ兵長が陰で色々言われてんだぞ……あんなにすげぇ人なのに……横でヘラヘラ笑ってるだけのアンタのせいでなぁっ!」
怒声だった。吐き出される言葉の一つ一つが、耳を切り頬を殴る。
大きく肩で息をし目を見開いて。わなわなと拳を震わせる男の姿に、フェリーチェは何も言えなくなった。
(この人はリヴァイさんを尊敬しているんだ。そうだよね……だから何も出来てない私が許せない。命懸けで戦っている人から見たら……今の私は)
ただのお客様で。
遊んでいる様にしか見えなくて。
楽しいって笑ってるだけで。
「やる事ねぇならとっとと開発部帰れ! 邪魔なんだよッッ!」
「っ!」
冷たい空気が、背中の傷を鋭く斬る。
パチン、とフェリーチェの奥で何かが弾けた。
――フェリーチェ。君には、君の立場で成し遂げなければならない沢山の事がある。ベルティーナの件は非常に残念だったよ。……だけどフェリーチェ、君は規律違反者がどうなるか一番……よーく、知っているはずなのに、どうして彼女に教えてあげなかったのかな? 教えてあげていたら、彼女は死なずに済んだかもしれないのに。
黒い人影が嘲笑を混ぜフェリーチェの右耳に囁く。
――副部長なら部下も守らなければ。その責任は重大だよ。研究員は誰一人欠けてはならない。みんな王に心臓を捧げ、兵士の翼を守る為に居るのだからね。分かるかい? 君が誓い捧げた心臓は、王と彼らと、多くの兵士、そして貴重な技術の為にある。
もう一人。左の耳元に冷淡な声。
フェリーチェは下唇を噛み、爪が食い込むほど拳を握りしめた
仲間を守る、翼を守る。自分は戦う人達みんなを守る為に、開発部にも、ここにもいる。――そうだ。だからこそ全てを知り全てを捧げ、やらなければいけない。やると決めた。
(遊んでなんか……遊んでいなかったと思いたい)
『リヴァイさん、助けて』
惑う心。
“遠くで自分の声を聞いた――”
「――邪魔……?」
ふらりと立ち上がるフェリーチェに青年達は頬を引き攣らせた。
さっきまで困惑や怯えの表情を見せていたのはフェリーチェの方だ。しかし今、互いの表情は逆転していた。
「邪魔はどっち……?」
緑の柔い宝石は濁り、光を失い冷たく固くなっていた。膝から伝い落ちる紅い雫は白い肌を裂く様に。擦り切れた頬は陶器に入った細かなひび割れの様に。低い声は抑揚無く。
――妖精は霧になって消えた。
「その限界の頭で何が出来るの? やる事無いなら帰れなんてよく言えるわね。私が今ここで帰って困るのは、あなた達かもしれないのに?」
「……なっ……!?」
「“すごい兵士長”と並んで戦いたいのなら、まずその脆弱な頭を何とかしないと。自分に無い知識を取り込もうともせず技巧科頼りだなんて……現場もたかがしれてる――ってことか」
別人の様になったフェリーチェに青年達は呆然としていた。
だがすぐに、
「なんだと……っ!」
一番興奮していた青年が、太い腕を伸ばしフェリーチェの胸ぐらを乱暴に掴む。
「待て駄目だ! やめろっ!」
狼狽と叫び。
止めに入る声を聞きながら、フェリーチェはリボンと襟元を握る青年の腕を掴み、自分の胸元へぐいと引き寄せ密着させた。
そのまま彼の体の外側へ自分の体を倒せば、フェリーチェよりはるかに大きなそれはアッサリとバランスを崩す。あとは簡単だ。相手が踏み止まる前に足を払えばいい。
「っ!?」
誰もが声を失った一瞬だった。
青年は仰向けにひっくり返り、何が起こったのか分からないという表情。
それを冷たく見下ろしたフェリーチェは、今度はブーツの踵を彼の鳩尾に勢いよく落とした。
「ッぐ!! ――ハッ!」
「書類を寄越しなさい」
呼吸困難に陥り言葉を発せずにいる相手へ、フェリーチェはまた抑揚無く言った。
「開発部副部長として言っています。どの兵団にも属さない私は、あなた達の上官の“命令”を聞く義務はありませんので」
「…………ぅ、ぐ」
「私の邪魔は許さない――」
ぐ、と踵に力が入る。
止めようとしていた青年も、フェリーチェを心配した青年も、青ざめた顔で固まっていた。
「フェリーチェ!」
その時だった。静まった場に女性の声が響く。フェリーチェを探していたペトラが騒ぎを聞きつけ飛んで来たのだ。
「フェリーチェ……何してるの!? なんでこんな……!」
「――ペトラ……さん?」
「おいおいおい!? これはどういう状況だ!? 何があったんだよ!」
オルオもペトラを追いかけ現れた。
二人の姿を見てフェリーチェはホッとする。まるで何年も会えずにいた同士にやっと再会出来た……そんな気持ちが胸に広がって。
――そして気が付いた。
自分が青年を踏みつけ立っていることに……。
「っ!? あっ――!」
苦痛に顔を歪める青年が自分を見ていた。鳩尾は急所で強打すると呼吸困難になる。そこに自分の足が――。
「……ご……めんな……さ……」
素早く右足を退けフェリーチェは呟いた。
(これ…………私、また……)
――アインシュバルに止められた事がある。それも何度も。感情が昂ぶると制御が効かなくなる時がある様で、気が付けば誰かや自分を傷付けているのだ。分かっていれば止められるのに、そういう時は大抵、何かのスイッチが知らず内に入っていた。結果、無意識に体が動いてしまう。
「ごめんな……さ……い」
だからといって、言い訳にしてはいけない。これは自分がした事。
「私が傷付けた……私が……苦しめた……」
全身の震えが止まらない。カチカチと奥歯が泣く。震えるフェリーチェの姿に青年は目を大きく見開き、鳩尾を押さえながら起き上がった。そして言う。
「フェリーチェさん……だ、大丈夫ですか?」
「――っ」
(なんで? なんで傷付けられたあなたが言うの? 私、酷いことしたのに……)
――どうしてそんな優しい目、出来るの……?
「フェリーチェッ!」
堪らず逃げ出したフェリーチェをペトラが大声で止めようとする。そのペトラの声もまた、青年と同じ音だった。
優しさが聞こえる。何故そう聞こえるのか分からず怖い。
「フェリーチェ、待って!」
追いかけてくるペトラからとにかく逃げたくて走る。何故逃げたいの?
――それもわからない。こわい。
くらりと目眩がした。
あぁ、こんな時に……。
頭が割れる様に痛い。
いつも何かから逃げて走っている様な気がする――そんな事を頭の隅で考えながら、それでも走る事しか出来ず、時々すれ違う人に突っ込んでいかないようにするのが精一杯だった。
ペトラの声は一時聞こえなくなったが、今また少し遠くに聞こえる。追いつかれてしまったら何と言えばいいのか、酷い事をしてしまったあの人にも何て謝ればいいのか。
今度はどうなれば、罰を刻んだ証になるのだろう――。
「ど、どうしたの!? フェリーチェ!」
「……クライ、ダー……」
「顔が真っ青だ。何があったんだよ……」
階段の前で鉢合わせたのはクライダーだった。
息を整えようと大きく吸い込む。同時に手足が冷えていくのを感じた。冷えるのはあっという間だ。指先から一気に、体の芯まで冷感を感じる。
「医務室行こう。僕おぶって行くよ」
「ちが……そうじゃ……な」
逃げている最中だからとクライダーに言ったところで話が終わる訳がない。混乱するだけだ。何も言わず去るのが得策だろう。ペトラの声もすぐそこまで迫ってる。だから――
「……っ、ぁ」
心臓が、大きく跳ねた。
瞬間、喉がヒュッと鳴る。
どくどくと鼓動が耳に響き、すぐに呼吸困難に陥る。
また。どうして今なの?
息を吸いたい、吸えない、呼吸を……早く――。
(嵐が過ぎるのなんて待ってられない……!)
「フェリーチェ!」
クライダーの声から反射的に逃げ、後退る。その行動は今のフェリーチェには最悪の動きだった。
酸欠から視界が霞んできてバランスを崩した体。寝ていない、飲まず食わずの体で、全力疾走――支えられる体力などどこにも残っていなかった。
背後に下り階段を感じ、目の前のクライダーが何か叫び手を伸ばす。真正面にいるクライダーの声が何故か全く聞こえなかった。
(いけない)
――自分もクライダーに手を伸ばしたんだと思う。咄嗟に足掻いたのだ、きっと。
だけどそんなこと許されるはずない。そうだと証明する様に、フェリーチェの手とクライダーの手が重なったのは三秒あればいい程だった。
大きな音はどこか遠く。
真っ暗な中、自分の体があちこち叩きつけられながら落ちていくのを感じた。
止まった時に一番の衝撃。ズキンと味わった事のない頭痛。意識が数十秒飛んで。
(受け身……また取れなかった……)
あんなに父やアインシュバルから教わったのに――笑いながら二人と練習したあの日がなぜ今頭に浮かぶんだろう。
上で数名の悲鳴が聞こえた。
強打したせいなのか胸が痛み、口内には嫌な味が広がっていく。ひとつ咳をしたら赤い飛沫、口の端から伝い落ちるのは血なのかもしれない。舌は噛んでないからどこか深く切ったのだと思う。
(となると、頭に感じる生温かさは……これも出血か……)
「フェリーチェッ!」
頭上で大きく響いた声は全身にも響く。ふわふわとした意識を現実に引き留めているのは彼女の澄んだ声だった。
「フェリーチェ、しっかりして。私が分かるわね?」
「……ペトラ……さ……」
「そうよ。いま止血する。――医療班に連絡して! 応急処置の準備!」
ペトラの凛とした声。この綺麗な声から逃げてたんだと、ぼんやりとした頭で考える。
「何してるの! 貴方も手伝って――早く!」
誰に言ってるんだろう――揺れながら落ちていく意識が視界をどんどん狭くしていく。ギシギシとあちこち歪ませているのは――痛み?
これ痛みなの?
「ペ……トラさ……これ……リヴァ、イさん……に返して――」
「え?」
軋む手で探ってやっと出した包帯はまだ白いままでいてくれた。それなのに、ころんと自分の手から抜け落ちた勢いで頭の方へ転がっていく。
(ああ……そっちは駄目……血で汚れちゃう)
ゆっくりと暗転していく世界の向こう側にペトラの澄んだ声。自分を呼んでいるみたいだった。
だけど返事が出来ない。唇すら動かせない。
一ミリも身体が動かない。
(そうか……今度は“これ”なのか)
沈んでいくフェリーチェの惑う心を掴んだのは、澄んだ声ではなく暗闇から伸びてくる黒い手だった――。