壊れた機械人形に、永遠の死と愛を
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「フェリーチェは何をした」
リヴァイが静かに問うとエルヴィンは「何も」と返した。
「ただ小さな子供が、家は飽きたから外で遊びたいと言ってみただけだ」
「――は?」
「十歳の少女が大人に混ざってひたすらに大好きな勉強をしていた。十一歳になった頃、自分のいる環境が気になり始め、十二歳で好奇心から外に出ようと扉を開けた。それだけだ。だが、彼らはそれを一番許さなかった」
「なんだよそれ――」
呆然と呟くハンジ。
「外に出ようとしたから傷付けたというのか? 剣で……?」
ミケも同じ様に呟いた。
「躾に一番効くのは痛みだろう」
「リヴァイ!」
「――だがそれは加減を間違えない上でだ。常識から逸脱すればそいつはただの暴力でしかない。躾じゃなく虐待だ」
「……。彼らはとにかくフェリーチェの才能を表に漏らしたくないらしい。開発部は元々そういう場所だ。だが中央のフェリーチェへの執着は過度と言える。自分達の思い通りにあの子の能力を利用したいのだとアインシュバル部長は言っていた」
「自分達の利益優先の為にまだ子供だったフェリーチェの自由を奪って、十五年も檻に閉じ込めて、疑念を抱かせないように洗脳したっていうの? 腐り過ぎだろ! 狂ってる!」
テーブルに拳が落ちると空のグラスが二個倒れる。
ハンジが怒りを爆発させるので、リヴァイは隣で腕を組んだままジッと動かずにいた。淡々としている事で己を必死に鎮めていた。
「他には? あるんだろ、まだ何か」
「前にも言っただろう、リヴァイ。俺も多くを知らない。他に知っているのはあの子が同じ怪我を二度繰り返している事と――」
大きく息を吐き、口を一度結ぶ。エルヴィンの表情は苦悩の色で暗くなっていた。
「ウォール・マリア陥落を知らないという事だ」
「は…………?」
――二度の怪我?
――壁が破壊された事を知らない……?
「おい待てエルヴィン。お前、今サラッと言いやがったが、どっちも『そうだったのか』で済む話じゃねぇぞ」
「壁が壊れたこと知らないって……だってフェリーチェは開発部にいたんだよ? 知らない訳――」
「誰も教えていない。知ってしまった者に対しては箝口令が敷かれているそうだ。だからフェリーチェ以外にも知らない者がいると聞いた……」
「フェリーチェの行動を制限したのはそれが理由か? 技術班との接点を作らず、資料の閲覧範囲まで決めて」
古い資料ばかり見ているのが気になり声をかけたのだとミケは言った。「エルヴィンさんとの約束ですから」とフェリーチェは笑っていたらしい。健気で人を疑う事を知らないフェリーチェには、規則や約束といった類の単語は効果覿面なのだろう。
「テメェもフェリーチェを騙していたのか」
「アインシュバル部長から出された条件の一つだ。――いや、願いの一つかもしれない」
「願い、だと?」
「フェリーチェの基本は受け身だ。環境がそう育てたとはいえ、あの子は自分から他人とコミュニケーションを取ろうとしない。それでは駄目だと思ったのだろうな、部長も。フェリーチェが自分の手で世界を知る為に、あえて厳しい試練を与えている気がする。しかしそのやり方も……。そこまでする必要があるのかと俺も何度か聞いたんだがな。上手くかわされてしまった」
「ここに来たからといって全ての情報が自動的に集まってくるとは限らない、か……。実際、エルヴィンが制約したからフェリーチェは受け身でいるだけじゃ知る事が出来ない。最前線の連中の中にいればチャンスはいくらでもあったんだろうけど――。私達と居てもその手の話題は出ないね。だって私達はもうそれが“日常”で“常識”だから。今さら『壁が壊されたこと』とか話題にしないし、相手もそうだろうと思っている先入観がある」
ハンジの言う通りだ。
リヴァイは深い溜息を吐いた。
図書館の本を夢中になって読んでいたフェリーチェが脳内に蘇る。料理本を一体何冊読む気なんだと呆れた時も、児童書のコーナーで子供と何やらコソコソ話していた時も、フェリーチェは嬉しそうに笑っていた。
街はもう混乱の時を越えて平穏に戻っている。
自分と歩き回っているだけなら、フェリーチェの新たな世界は平和ボケが残っている市民が穏やかに暮らすそこだけだ。
フェリーチェはそれで良いのか?
それともどこか間違っているのか?
だが――同時にフェリーチェは、少しずつだが調査兵団でも世界を拡げようとしている。点が線になり、線が円に変わるのもそう遠くないのかもしれない。
「アインシュバル部長はフェリーチェに真実を見せたいんだね? だけど中央の目もあるし……」
「難しい交渉の末だ。あちらからの厳しい条件もあるだろう」
そこまで言ってからエルヴィンは拳を口にあてしばらく何かを考える。そして、
「やはり、ヴェイル・オーグは“監視者”なのかもしれない」
そう呟いた。
「フェリーチェに近付いて危害を加えてきたら……って思うと、私は気が気じゃないんだけど」
「監視者はあくまで監視者だ。その心配はいらない」
「……」
(断言か……)
監視者と実行者は違う、と。
リヴァイにとってはどちらも変わらない。フェリーチェを傷付けるならば許さない、それだけだ。
「エルヴィン。フェリーチェは同じ怪我を二度と言ったな。それは何かの間違いじゃねぇか?」
「間違いではない、はずだが。お前はフェリーチェの背中の傷を見たんだろう?」
「見たが……他に傷なんて――」
「待って……リ、リヴァイ……私達はまた先入観でものを見ているかもしれない」
青ざめたハンジの顔は自分の考えを恐れている様だった。それを見てリヴァイは眉根を寄せる。あまり見ない表情に嫌な予感がし、ハンジの言葉の意味を考えた。
(先入観……)
まさか――。
「……ッ! いや、違う――そんな事あってたまるか!」
恐らくハンジと同じ考えに行き着いた。
フェリーチェの背中の大きな傷痕は、右肩から左腰にかけて斜めに。背中から腰部分は余程傷が深かったのだろう。痕は太く、所々痛々しいケロイド状になっていた。
「人間相手に剣を振るって全く同じ位置を斬るなんて普通の人間に出来る訳ねぇだろ……それが可能だとしたら――」
「ゆっくりと傷痕をなぞる様にして斬ったんだろうね……」
小さな身体を震わせながら、フェリーチェはこの傷は醜いかと自分に聞いた。抱える必要のない自責の念に押しつぶされそうになりながらそれを聞いたのかと思うと、言葉が出なくなる。
「何だって!?」
「部長はそんなこと一言も」
ミケとエルヴィンもその後が続かない。
「もしそれが本当なら、悠長な事は言ってられないよ……もう何が起きたっておかしくないじゃないか! アイツら、フェリーチェの事を生かさず殺さずで扱ってる!」
「クソが……」
腹の底から沸く怒り。
フェリーチェの泣きそうな表情や高熱に苦しめられていた時の歪んだ表情ばかりが浮かんで、あのふわりと柔らかな笑顔が遠のいていく。
怒りを抑えきれず、リヴァイは円卓を思い切り蹴った。フェリーチェを囲む汚い人間を片っ端から斬り殺してやる――本気でそう思った。
「アインシュバル部長に至急連絡を取ってヴェイル・オーグの事を報告する。今夜も現れるかもしれない。参加者の中で不審な動きを見せる者がいた時は確保しろ――それからリヴァイ」
「……」
「パーティーが終了したらすぐに本部へ戻れ。早馬を用意させておく」
「――了解だ」
慌ただしく部屋を後にするエルヴィンの背中にリヴァイは低く返した。