壊れた機械人形に、永遠の死と愛を
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
誰かと肩がぶつかったり視線を感じたり。でも夢中で走るフェリーチェは気付かなかった。自分が絶望に顔を歪めている事も、大通りの真ん中をよろけながら全力で走り抜けている事も。
響き残る声が何度も目の前を遮る。一瞬闇になり、すぐに現実に引き戻され。
嘘だ。
脳内で叫ぶ。
嘘だ。嘘だ。うそだ。
――シガンシナ区が巨人に潰されて、ウォール・マリアが陥落した時も何も出来なかった奴等だぞ!
うそだ。
そんな事、そんなこと……
「わたししらない」
潰された? 巨人に?
ウォール・マリアが陥落?
「知ら、ない……」
拍動が鼓膜を叩く。肺と喉が痛い。呼吸が上手く出来ずに倒れそうになりながらも、フェリーチェはなんとか図書館に着いた。
壁が壊された。いや、壊されていた。
一体いつ?
なんで私なにも知らないの?
だって皆そんなこと一言も……。
汗が頬を伝う。じっとりと気持ち悪い汗が。
足を止めるとそれは噴き出してきて、背中を濡らし首に巻き付きフェリーチェを更に追い詰めていく。
静かな図書館をフラフラ歩き、視線を様々な本棚へ向けながら奥へ進むフェリーチェは、「嘘だ」と「見つけなきゃ」を繰り返した。どこかに、何か、今のこの疑問を埋める文字があるかもしれない……。
小説?――想像話はいらない。
絵本?――お伽話には夢しかない。
星図?――夜空を見上げても今は何も見えない。
歴史書?――そんな昔の事なんか。
児童書のコーナーから子供のクスクス笑う声が聞こえた。子供の笑う声は希望。けれどこの瞬間だけは自分を嘲笑う悪魔の声に聞こえた。
静けさが、奥へ奥へと自分を誘う。
更に静かな二階は誰も居なくて、高い本棚がズラリと並ぶそこは迷路だった。いつもなら迷わない場所を目眩と頭痛と共に進む。力が抜け足が止まると目の前の本を手に取る、そんなことを繰り返し、数冊抱え明るい場所へ。
もう何が必要なのか分からなかった。この本が役に立つのかすらも――。床に座り込んで、フェリーチェは本を開く。
路地で聞いた声は悪意を含んでいた。調査兵団を嫌う声はいつか聞いた悪口よりもずっと黒い。あんな風に言う人達がいたなんて、想像もしていなかった。
それは当たり前だ。自分が聞く声や人々はいつも朗らかで、リヴァイやハンジ達と仲が良く好意的なものばかりだった。
紅茶店の店主や歌い笑う客達の顔が浮かぶ。
温かな場所を知っていると、居心地の良さにその場を離れたいと思わない。自分から世界を拡げなかったフェリーチェの居場所が今まで光に包まれていたのは、リヴァイ達のおかげだったのだとフェリーチェは今さら気付いた。
それなのに自分は、何も知らず何もせず、呑気に――。
震える手でページをめくった。
真っ白になった脳内へ文字と数字を送り込もうと、震える指先で並ぶそれらをなぞる。
「なんで……」
呟く声も震えていた。
何も入ってこない。
なぞっても、なぞっても、いくらなぞっても。
紅茶の事も星座の事もお伽話も、植物図鑑も料理のレシピも、全部そうして覚えてきた。
それなのに今、並ぶ文字を指先が拒否する。
「どうして……」
呟きが指先に落ちると、今度はなぞったそばから文字が消えていく。滲みながら本の奥へ沈む様に。
「待って……!」
汗が冷え身体の震えが止まらない。呟きは音になる前に喉に焼き付き、ぎゅっと首を締め上げてくる。
フェリーチェは混乱しながら残りの本を漁った。しかしどれも同じ様に消えていく。
「いや…………いやだ……」
感情が爆発しそうだった。
だって自分は、知る事が出来なければどこへも行けない。何も出来ない。存在すら許されなくなるかもしれない。
(どうして開発部で壁の話が出なかったの!? こんなに重大なこと……!)
――違う。必要がなかったからだ。あそこで必要なのは、壁が壊されたとか壁外調査での生死者の数とか事象や感情が絡む話ではなく、出来たか出来なかったか数値が正しいか否か、限りなく無機質な話……そちらの方だったから。
(だけど、最前線の調査兵団の資料にだってそんなこと――)
そこであることに気付いてフェリーチェは固まった。
――五年以内の資料は技術班が頻繁に使用している。次の壁外調査に向けて彼らも必死なんだ。優先すべきは現場。悪いがその期間の資料には触れないでくれ。
エルヴィンにそう言われ頷いたのは自分だ。約束を守り、だから昔の資料しか無い第二資料室に入り浸っていた。
「壁が壊されたのは五年以内の出来事……なの?」
兵士ではなく研究員、しかし研究員としての仕事は無く、与えられたのは補佐という事務仕事。沢山の書類を見てきたが、重要そうなものはフェリーチェの元には届かなかった。開発部でも部長しか見られない書類は何種類もあったので、リヴァイしか確認しないものがあってもフェリーチェは疑問にも思わなかった。
もしかしたらその中に壁崩壊について書かれた資料などもあったのだろうか?
でも。
――そうだったとしても。
「誰も、何も言わなかった……」
アインシュバルも、だ。
こんなに大切な事、開発部の中で話題にならなかったからと言って、部長であるアインシュバルが知らないなんてあるのか?――そんな馬鹿な。
部長の彼は、しょっちゅう会議に呼ばれて“中央の人”と関わっている。知らない訳ない――。
どくん、と心臓が跳ねた。
(知っていたのに教えてくれなかった)
「部長もエルヴィンさんも知ってるはずなのに、どうして……」
意図的に資料から遠ざけられた?
隠してるってこと?
私には言わなくてもいいだろうって思われてる?
何故?
「知らなくて……いいって、こと――?」
動悸が激しくなり息苦しさから呼吸が浅く荒くなる。過呼吸に陥ったフェリーチェは真っ白な本のページから目を背け、縋るように窓を仰いだ。
薄暗い室内に降る柔らかな光。
塵がキラキラと舞う。そして空席のソファー。リヴァイがいつも座っている席。
今日ここに彼はいない。
「リヴァイ……さん――」
フェリーチェは掠れた声でリヴァイを呼んだ。苦しさの中でやっと出た音は小さ過ぎて、誰にも届かない。
(違いますよね――?)
壁を破壊され襲われたシガンシナ区。
陥落したウォール・マリア。
壁崩壊が本当に事実なのかを知りたい。お前は知らなくていいんだなんて言われたくない。
だけどもう、それがいつだったかが分からなくてもいいから、ただ、“私”が要るか要らないかは教えて欲しい——そんな考えが浮かんでしまう。
お前は俺の補佐だと言ってくれたリヴァイは、開発部の自分も認めてくれていた。
あの人は嘘を嫌う。ハッキリとものを言う。だから違うと信じたい。
(リヴァイさんも隠してた――なんてないよね?)
痺れてきた手でポケットを探り、包帯のお守りを握り締めた。
(私……なんでここにいるの?)
行ってらっしゃいと見送った背中が遠ざかる。
また、置いていかれる。
追いつかなければ。
もう必要ないと言われるのだけは嫌だ。
どこにも行き場が無いのは嫌だ。
めまいから吐きそうになったフェリーチェは口を押さえる。酸素が足りない気がして、だから思い切り空気を吸いたいのに、それが出来ない。ただただ息が苦しくて気が狂いそうだ。
ギュッと真白の願いを握りしめたフェリーチェは脳内でリヴァイを呼ぶ。
届かないと分かっているのに、それでも何度も呼ぶ。
(どうしてそばにいてくれないの――)
フェリーチェの意識はそこで途絶えて。
ソファーに縋るように倒れ込んだ――。