純粋さは狂気にも成り得る
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✽✽✽
自慢話で溢れている広間。 派手なドレス、キツイ香水。
どこへ逃げても、勘違いした女と調子に乗っている男が代わる代わる自分の前に現れる。 無下に出来ない相手だけに、適当な相槌と適度な会話を繰り返さねばならない時間。
――苦痛だ……。
「リヴァイ……眉間に皺寄ってるぞ」
「匂いに耐え切れねぇって顔で言うな」
酒で誤魔化している、とミケはワイングラスを鼻に近付けた。
「いつになったら解放されると思う?」
「ハ。それはアイツに聞いてくれ」
「……まだ……かかるか」
貴族に囲まれているエルヴィンを顎で指す。ミケは諦めた様に呟きワインを一気に口に含んだ。
二人揃っての退屈顔は、ここではやはり目立つらしく、談笑中のエルヴィンにもすぐに見つかってしまった。
「ここに来い」と青い瞳が合図を送ってくる――。
(断る)
そう目で返事をし。
「おいミケ。団長様がお呼びだぞ」
「なに? あれはリヴァイを呼んでるんだろう?」
「いや。俺には解る。あれはミケと言ってる目だ」
「人類最強の男を紹介したいと言ってるんじゃないのか?」
「ならば、人類最強の嗅覚を持つ男のお前が行けば良いだけだ。俺は酔いを醒ましに外の空気を吸ってくる」
「おい……!」
逃げたもん勝ちという言葉がある。 これでエルヴィンも諦めるだろう。後は二人でなんとかする筈。こっちは大広間さえ抜け出せれば、万々歳だ。いいタイミングを与えてもらった――。
✽
(――裏庭……少し暇潰しでもするか)
一度はこのまま部屋に戻ろうと思ったが、庭の前を通りかかり気が変わった。
仰々しい家具に囲まれる時間は少しでも減らしたい。あそこで過ごすなら庭で野宿してる方がマシだと思っている位、リヴァイは用意された部屋に窮屈さを感じていた。
大広間に面したガーデンテラスは人の多さで暑苦しかったが、裏庭には人影もなく涼やかな風が吹き心地よい。 ポツンと置かれたベンチに腰掛け背を預けると、自然と肩の力が抜け腹の底からは重い息が出てきた。
夜空を仰ぎ見る。
所々雲がかかってるが、星がある澄んだ夜空は、こんな腐った都でも本部で見る空と変わらない。一つ星が流れた――。
「離れていても空や気持ちは繋がってい……る……?」
(は? オイオイオイふざけんな。なんだ、この恐ろしいほど自分に似合わねぇ言葉は! )
――無意識に出てきたのがまた酷い。
(クソ……フェリーチェめ……)
昨晩の別れ際、甘ったるい声が発した言葉のひとつひとつが、頭の中にこびり付き、離れていかない。
『リヴァイさんが壁外調査に行ってた時もこんな空でしたよ』
『早く帰ってきて欲しいなって思ってました……』
(淋しそうな顔で甘えてくるなんて……アイツはどこであんなもん覚えたんだ……)
――違う重みの息が出てきた。
フェリーチェが唐突に女の色気に覚醒め、自分が男の性を抑える気が無くなり。これからは深い恋愛感情が絡み合う関係に落ち着こうとしている。
――いや、落ち着かせようと焦っているのか。自分が。
世間知らずの箱入り娘の行く末をただ案ずるのではなく、惚れた女の将来にどう関わろうかと考えているのが何よりの証拠だと思う。
(アイツ……ちゃんとメシ食ってんだろうな。ペトラに頼んでくりゃ良かったか)
「……」
しかし悲しいかな、保護者感覚はそうそう抜けないで残っているようだ――。
「リヴァイ兵士長。やはり抜けてらっしゃいましたか」
「ッ!?」
葉ずれの音に重なって届いたバリトンボイス。
人の気配に敏感なリヴァイだが、この男の存在には声をかけられるまで気付かなかった。
風音に紛れたか? それとも自分がフェリーチェの事ばかり考えて惚けていたせいか……? それとも、まさか――。
親しげに見つめてくる男と向かい合いながら、リヴァイは、誰だコイツと身構えた。
「アンタは――」
「ヴェイル・オーグと申します。都で時計職人を」
「時計……職人?」
はじめましてよろしくお願いします、と握手を求められ、その勢いに負ける。
「……あぁ」
なんと言うか……こう……貴族や商人達の強引さとはまた違う押しの強さを感じるのだが――。
(フェリーチェとハンジを足して二で割った様な……)
「いや、ギリギリでリヴァイ兵士長にお会い出来て良かった。危うく、抜けて来た意味が無くなってしまうところでしたからね」
「……は?」
「追われているんですよ、家内に」
「なに……?」
「冗談です」
「……」
……マズイな。 変なヤツに捕まったかもしれない――。
突然現れ勝手に喋り始めた奇妙な男は、リヴァイの隣で「今日は星がよく見える」「賑やかなのは良いものだが、集まる人種が違うとこうも雰囲気が変わるものか」等と饒舌だ。
ヴェイルと言ったか。
雰囲気がどうのと言っているが、この男も夜会で浮かれる人間と対して変わらないパーティー好きと見えるのだが……。
「調査兵団の活動はいつか人類の運命を変える。そう信じています。私の仲間も同じだ。税金の無駄使い等という者は多いが、私達は、巨人の恐怖から開放された自由な世界を目指す兵団を支持し、支援は惜しみませんよ」
「……助かる。俺はその期待に必ず応えよう」
「そういえば前回の壁外調査ですが――」
死者が多かった。が、そもそも参加人数自体が多いので死者数のみでの判断は出来ない――云々……。
リヴァイは、ヴェイルの熱弁を黙って聞いていた。
時計職人なんていかにも細々しい作業をするような奴は、年中屋内に篭もり、無機物以外相手にしない気難し屋だと思っていた。ヒョロヒョロしていて力仕事には向かないイメージ。
しかしそれは、勝手な想像にすぎなかった。
ヴェイルはどこかの兵団に所属していてもおかしくない体格で高身長。見た目だけなら、時計に囲まれているよりエルヴィンやミケと並んでいた方がしっくりくる位だ。憲兵だと名乗られていたら何の疑いも無く信じただろう。――背を丸め黙々と作業する時計職人という方が怪しく感じる。
「なぜ都の時計屋がこんな場所に? と言ったところですかね?」
お前は怪しい、と表情に出てしまっていたのか、ヴェイルは急に話を変えてきた。
「……ああ」
今までの論調から察するに、この男には下手な誤魔化しは効かないのではないか? それどころか、こちらが下手な小細工をすれば同じ様な事を返してくるかもしれない。自分の疑問が煙に巻かれる可能性は十分にあった。
「商会の人間なら分かるが、ただの時計屋のオッサンが一張羅着てこんな所にいるのか? 不自然と思うのが普通だろう」
「でしょうな。ですが私は普通ではないので」
「は?」
「兵士長も持てない最強のコネがあったりする。その気になれば王との茶会にだって潜り込めますよ。私を舐めてかかると、貴方も痛い目にあうかもしれない」
それまで朗らかに笑っていたヴェイルが、その一言でガラリと雰囲気を変えた。
リヴァイを見る瞳は、獲物を捕らえる寸前の肉食獣の様に鋭い。以前、自分と対峙した時にエルヴィンが見せた色とも似ていた。
言葉以外で多くの人間を動かす為に必要なもの。説得力に満ちた強い目。それを持つヴェイルに、この男は本当に茶会へ潜り込める、と一瞬思わされる。
だが、そんな馬鹿な話がある訳無い――。
「ハッ。笑えねぇな……ますます怪しく見える。金でも積んだか? それとも、その極悪面向けてココの主にご丁寧におねだりでもしたのか?」
「……ふっ……はははっ!」
「っ!」
(笑い飛ばしやがった……何だコイツ)
たった今見せた悪人面は何だったというのか。
――演技? どちらの顔が?
ヴェイルは再び朗らかに笑っている。
「リヴァイ兵長はそう反応すると思っていましたよ! しかし、その目は想像以上の迫力です。いやぁ……目の前で拝めるなんて最高だ!」
「…………」
どうにもやり難い。
まるで、フェリーチェを相手にしているみたいだった。フェリーチェよりか会話は成り立つが、こちらの望む様には進めさせて貰えない。
こういう奴に苛立ちを見せたら負ける。フェリーチェのおかげでそれなりに学んだ。
だから分かるのだ。
この先要るのは……忍耐だ――。
あの煩い空間に居たくなかったから早々に場を離れて(逃げて)来たのに、下手したらあそこにいる連中より面倒な奴に捕まっている。
走ってでも部屋に戻っていれば、こんな事にはならなかった。あぁ……後悔先に立たずとはまさに――。
(クソ……早く帰りてぇ……)
会場では談笑の時間からダンスの時間になったらしい。風に乗り響いてきた弦楽四重奏に気付き、リヴァイはヴェイルを見た。
コイツはダンスを約束している女はいないのか? 嫁がいると聞いたが……。
(そもそもこの男は何しに来たんだよ。ここにも、夜会にも)
「そろそろバレる頃か……戻らなければ」
ヴェイルは懐中時計を取り出し呟いた。金属音と重なる舌打ち。それから溜息――。
「もう少し色々お話したかったのですが……叶わない様です。私はこの辺で失礼を」
「あぁ」
一応、そうか帰るのかという顔をしておく。――ようやくか。早く帰れ。
「そうそう忘れてた……これをお近づきのしるしに」
「――なんだそれは」
「見れば分かるでしょう。スキットル。酒です」
「そりゃ分かる。俺が言いてぇのは、その中身は本当に酒なのかという事だ」
「毒だと? 貴方に盛る理由がありませんねぇ」
「初対面の怪しい人間を信じる程、俺は頭ん中花畑じゃねぇぞ」
「リヴァイ兵長を失ったら人類の希望も失うかもしれないんですよ? そんなこと出来る訳ないでしょう」
クスクス笑い、ヴェイルはリヴァイへとボトルを突き出した。
胸ポケットに入れるに丁度いい薄さと大きさのスキットル。革張りで少し高価なものに見える。これを、何の惜しみもなくやると言われ、躊躇いもなく喜び受け取る人間に見えるのか俺は……?
「もしそうしようとしているなら、私の方が脳内花畑だ。疑ったままでも構いません。お持ち帰りください。毒かどうかは後で調べれば良いんですから。ついでに私についても調べては? 身元なんかすぐ分かってしまうただの職人ですがね」
「……」
――信じるか否か。
迷った後、手を伸ばした。
確かにこの男の言う通り調べれば済むのだし、危険人物かどうか判断する材料にもなるだろう。
(ま、最初にミケに嗅がせりゃいいか)
「安物だが美味い酒です。値段ばかりの此処の酒よりお口に合うと思いますよ。これなんかスピリッツティーに丁度いい。私はミルクを入れるのが好きで」
「ほぅ。アンタは酒に拘りがあるようだな……」
「凝り始めたら止まらない性分でしてねぇ」
「そうか――」
手によく馴染む革だった。ヴィンテージもの……擦れて出来たキズも変化した色も味がある。ヴェイルの凝り性は酒に限らずの様だが、そもそも職人とはそういった奴じゃないと勤まらないか――と納得させられた。
「兵長の方こそ紅茶に拘りがあるそうで。スピリッツティーはミルクに限らず色々合いますよね……ぜひ楽しんでください」
「楽しむも何も、俺はそこまで詳しくねぇよ」
紅茶はストレートで飲むのが常で、何かを加えるなど滅多にない。特に酒は、寒い時期の夜に気が向いたら入れる程度だ。
「おや、そうでしたか……じゃあこれを機に。フェリーチェさんも紅茶に明るいのでしょう? 彼女なら色々知ってるのでは?」
「ッ!!?」
急にフェリーチェの名前が出てきたのは衝撃だった。 胡散臭い。気味が悪い。相手に対して抱いていた感情が一気に膨れ上がり、それと同時に背が冷える。
(コイツは……!?)
内地で時計職人をしているヴェイルが、何故そこまで知っている?
「――オイ……お前、フェリーチェの事をどこで」
「リヴァイ兵長の補佐さん。有能だとみんな言ってるじゃないですか。図書館に行く姿、有名ですよ」
肩を竦めたヴェイルは続けた。
「修理依頼があれば、私はどこにでも行きます。言ったでしょう? 王の茶会にだって潜り込めると――」
「…………」
まただ。冗談なのか本気なのか解らない微笑。
リヴァイの困惑と怒りが入り混じる表情を、ヴェイルは満足そうに見て。
「それではごきげんよう。リヴァイ兵士長殿。またお会いしましょう」
薄い笑みを口元に浮かべ言った――。
自慢話で溢れている広間。 派手なドレス、キツイ香水。
どこへ逃げても、勘違いした女と調子に乗っている男が代わる代わる自分の前に現れる。 無下に出来ない相手だけに、適当な相槌と適度な会話を繰り返さねばならない時間。
――苦痛だ……。
「リヴァイ……眉間に皺寄ってるぞ」
「匂いに耐え切れねぇって顔で言うな」
酒で誤魔化している、とミケはワイングラスを鼻に近付けた。
「いつになったら解放されると思う?」
「ハ。それはアイツに聞いてくれ」
「……まだ……かかるか」
貴族に囲まれているエルヴィンを顎で指す。ミケは諦めた様に呟きワインを一気に口に含んだ。
二人揃っての退屈顔は、ここではやはり目立つらしく、談笑中のエルヴィンにもすぐに見つかってしまった。
「ここに来い」と青い瞳が合図を送ってくる――。
(断る)
そう目で返事をし。
「おいミケ。団長様がお呼びだぞ」
「なに? あれはリヴァイを呼んでるんだろう?」
「いや。俺には解る。あれはミケと言ってる目だ」
「人類最強の男を紹介したいと言ってるんじゃないのか?」
「ならば、人類最強の嗅覚を持つ男のお前が行けば良いだけだ。俺は酔いを醒ましに外の空気を吸ってくる」
「おい……!」
逃げたもん勝ちという言葉がある。 これでエルヴィンも諦めるだろう。後は二人でなんとかする筈。こっちは大広間さえ抜け出せれば、万々歳だ。いいタイミングを与えてもらった――。
✽
(――裏庭……少し暇潰しでもするか)
一度はこのまま部屋に戻ろうと思ったが、庭の前を通りかかり気が変わった。
仰々しい家具に囲まれる時間は少しでも減らしたい。あそこで過ごすなら庭で野宿してる方がマシだと思っている位、リヴァイは用意された部屋に窮屈さを感じていた。
大広間に面したガーデンテラスは人の多さで暑苦しかったが、裏庭には人影もなく涼やかな風が吹き心地よい。 ポツンと置かれたベンチに腰掛け背を預けると、自然と肩の力が抜け腹の底からは重い息が出てきた。
夜空を仰ぎ見る。
所々雲がかかってるが、星がある澄んだ夜空は、こんな腐った都でも本部で見る空と変わらない。一つ星が流れた――。
「離れていても空や気持ちは繋がってい……る……?」
(は? オイオイオイふざけんな。なんだ、この恐ろしいほど自分に似合わねぇ言葉は! )
――無意識に出てきたのがまた酷い。
(クソ……フェリーチェめ……)
昨晩の別れ際、甘ったるい声が発した言葉のひとつひとつが、頭の中にこびり付き、離れていかない。
『リヴァイさんが壁外調査に行ってた時もこんな空でしたよ』
『早く帰ってきて欲しいなって思ってました……』
(淋しそうな顔で甘えてくるなんて……アイツはどこであんなもん覚えたんだ……)
――違う重みの息が出てきた。
フェリーチェが唐突に女の色気に覚醒め、自分が男の性を抑える気が無くなり。これからは深い恋愛感情が絡み合う関係に落ち着こうとしている。
――いや、落ち着かせようと焦っているのか。自分が。
世間知らずの箱入り娘の行く末をただ案ずるのではなく、惚れた女の将来にどう関わろうかと考えているのが何よりの証拠だと思う。
(アイツ……ちゃんとメシ食ってんだろうな。ペトラに頼んでくりゃ良かったか)
「……」
しかし悲しいかな、保護者感覚はそうそう抜けないで残っているようだ――。
「リヴァイ兵士長。やはり抜けてらっしゃいましたか」
「ッ!?」
葉ずれの音に重なって届いたバリトンボイス。
人の気配に敏感なリヴァイだが、この男の存在には声をかけられるまで気付かなかった。
風音に紛れたか? それとも自分がフェリーチェの事ばかり考えて惚けていたせいか……? それとも、まさか――。
親しげに見つめてくる男と向かい合いながら、リヴァイは、誰だコイツと身構えた。
「アンタは――」
「ヴェイル・オーグと申します。都で時計職人を」
「時計……職人?」
はじめましてよろしくお願いします、と握手を求められ、その勢いに負ける。
「……あぁ」
なんと言うか……こう……貴族や商人達の強引さとはまた違う押しの強さを感じるのだが――。
(フェリーチェとハンジを足して二で割った様な……)
「いや、ギリギリでリヴァイ兵士長にお会い出来て良かった。危うく、抜けて来た意味が無くなってしまうところでしたからね」
「……は?」
「追われているんですよ、家内に」
「なに……?」
「冗談です」
「……」
……マズイな。 変なヤツに捕まったかもしれない――。
突然現れ勝手に喋り始めた奇妙な男は、リヴァイの隣で「今日は星がよく見える」「賑やかなのは良いものだが、集まる人種が違うとこうも雰囲気が変わるものか」等と饒舌だ。
ヴェイルと言ったか。
雰囲気がどうのと言っているが、この男も夜会で浮かれる人間と対して変わらないパーティー好きと見えるのだが……。
「調査兵団の活動はいつか人類の運命を変える。そう信じています。私の仲間も同じだ。税金の無駄使い等という者は多いが、私達は、巨人の恐怖から開放された自由な世界を目指す兵団を支持し、支援は惜しみませんよ」
「……助かる。俺はその期待に必ず応えよう」
「そういえば前回の壁外調査ですが――」
死者が多かった。が、そもそも参加人数自体が多いので死者数のみでの判断は出来ない――云々……。
リヴァイは、ヴェイルの熱弁を黙って聞いていた。
時計職人なんていかにも細々しい作業をするような奴は、年中屋内に篭もり、無機物以外相手にしない気難し屋だと思っていた。ヒョロヒョロしていて力仕事には向かないイメージ。
しかしそれは、勝手な想像にすぎなかった。
ヴェイルはどこかの兵団に所属していてもおかしくない体格で高身長。見た目だけなら、時計に囲まれているよりエルヴィンやミケと並んでいた方がしっくりくる位だ。憲兵だと名乗られていたら何の疑いも無く信じただろう。――背を丸め黙々と作業する時計職人という方が怪しく感じる。
「なぜ都の時計屋がこんな場所に? と言ったところですかね?」
お前は怪しい、と表情に出てしまっていたのか、ヴェイルは急に話を変えてきた。
「……ああ」
今までの論調から察するに、この男には下手な誤魔化しは効かないのではないか? それどころか、こちらが下手な小細工をすれば同じ様な事を返してくるかもしれない。自分の疑問が煙に巻かれる可能性は十分にあった。
「商会の人間なら分かるが、ただの時計屋のオッサンが一張羅着てこんな所にいるのか? 不自然と思うのが普通だろう」
「でしょうな。ですが私は普通ではないので」
「は?」
「兵士長も持てない最強のコネがあったりする。その気になれば王との茶会にだって潜り込めますよ。私を舐めてかかると、貴方も痛い目にあうかもしれない」
それまで朗らかに笑っていたヴェイルが、その一言でガラリと雰囲気を変えた。
リヴァイを見る瞳は、獲物を捕らえる寸前の肉食獣の様に鋭い。以前、自分と対峙した時にエルヴィンが見せた色とも似ていた。
言葉以外で多くの人間を動かす為に必要なもの。説得力に満ちた強い目。それを持つヴェイルに、この男は本当に茶会へ潜り込める、と一瞬思わされる。
だが、そんな馬鹿な話がある訳無い――。
「ハッ。笑えねぇな……ますます怪しく見える。金でも積んだか? それとも、その極悪面向けてココの主にご丁寧におねだりでもしたのか?」
「……ふっ……はははっ!」
「っ!」
(笑い飛ばしやがった……何だコイツ)
たった今見せた悪人面は何だったというのか。
――演技? どちらの顔が?
ヴェイルは再び朗らかに笑っている。
「リヴァイ兵長はそう反応すると思っていましたよ! しかし、その目は想像以上の迫力です。いやぁ……目の前で拝めるなんて最高だ!」
「…………」
どうにもやり難い。
まるで、フェリーチェを相手にしているみたいだった。フェリーチェよりか会話は成り立つが、こちらの望む様には進めさせて貰えない。
こういう奴に苛立ちを見せたら負ける。フェリーチェのおかげでそれなりに学んだ。
だから分かるのだ。
この先要るのは……忍耐だ――。
あの煩い空間に居たくなかったから早々に場を離れて(逃げて)来たのに、下手したらあそこにいる連中より面倒な奴に捕まっている。
走ってでも部屋に戻っていれば、こんな事にはならなかった。あぁ……後悔先に立たずとはまさに――。
(クソ……早く帰りてぇ……)
会場では談笑の時間からダンスの時間になったらしい。風に乗り響いてきた弦楽四重奏に気付き、リヴァイはヴェイルを見た。
コイツはダンスを約束している女はいないのか? 嫁がいると聞いたが……。
(そもそもこの男は何しに来たんだよ。ここにも、夜会にも)
「そろそろバレる頃か……戻らなければ」
ヴェイルは懐中時計を取り出し呟いた。金属音と重なる舌打ち。それから溜息――。
「もう少し色々お話したかったのですが……叶わない様です。私はこの辺で失礼を」
「あぁ」
一応、そうか帰るのかという顔をしておく。――ようやくか。早く帰れ。
「そうそう忘れてた……これをお近づきのしるしに」
「――なんだそれは」
「見れば分かるでしょう。スキットル。酒です」
「そりゃ分かる。俺が言いてぇのは、その中身は本当に酒なのかという事だ」
「毒だと? 貴方に盛る理由がありませんねぇ」
「初対面の怪しい人間を信じる程、俺は頭ん中花畑じゃねぇぞ」
「リヴァイ兵長を失ったら人類の希望も失うかもしれないんですよ? そんなこと出来る訳ないでしょう」
クスクス笑い、ヴェイルはリヴァイへとボトルを突き出した。
胸ポケットに入れるに丁度いい薄さと大きさのスキットル。革張りで少し高価なものに見える。これを、何の惜しみもなくやると言われ、躊躇いもなく喜び受け取る人間に見えるのか俺は……?
「もしそうしようとしているなら、私の方が脳内花畑だ。疑ったままでも構いません。お持ち帰りください。毒かどうかは後で調べれば良いんですから。ついでに私についても調べては? 身元なんかすぐ分かってしまうただの職人ですがね」
「……」
――信じるか否か。
迷った後、手を伸ばした。
確かにこの男の言う通り調べれば済むのだし、危険人物かどうか判断する材料にもなるだろう。
(ま、最初にミケに嗅がせりゃいいか)
「安物だが美味い酒です。値段ばかりの此処の酒よりお口に合うと思いますよ。これなんかスピリッツティーに丁度いい。私はミルクを入れるのが好きで」
「ほぅ。アンタは酒に拘りがあるようだな……」
「凝り始めたら止まらない性分でしてねぇ」
「そうか――」
手によく馴染む革だった。ヴィンテージもの……擦れて出来たキズも変化した色も味がある。ヴェイルの凝り性は酒に限らずの様だが、そもそも職人とはそういった奴じゃないと勤まらないか――と納得させられた。
「兵長の方こそ紅茶に拘りがあるそうで。スピリッツティーはミルクに限らず色々合いますよね……ぜひ楽しんでください」
「楽しむも何も、俺はそこまで詳しくねぇよ」
紅茶はストレートで飲むのが常で、何かを加えるなど滅多にない。特に酒は、寒い時期の夜に気が向いたら入れる程度だ。
「おや、そうでしたか……じゃあこれを機に。フェリーチェさんも紅茶に明るいのでしょう? 彼女なら色々知ってるのでは?」
「ッ!!?」
急にフェリーチェの名前が出てきたのは衝撃だった。 胡散臭い。気味が悪い。相手に対して抱いていた感情が一気に膨れ上がり、それと同時に背が冷える。
(コイツは……!?)
内地で時計職人をしているヴェイルが、何故そこまで知っている?
「――オイ……お前、フェリーチェの事をどこで」
「リヴァイ兵長の補佐さん。有能だとみんな言ってるじゃないですか。図書館に行く姿、有名ですよ」
肩を竦めたヴェイルは続けた。
「修理依頼があれば、私はどこにでも行きます。言ったでしょう? 王の茶会にだって潜り込めると――」
「…………」
まただ。冗談なのか本気なのか解らない微笑。
リヴァイの困惑と怒りが入り混じる表情を、ヴェイルは満足そうに見て。
「それではごきげんよう。リヴァイ兵士長殿。またお会いしましょう」
薄い笑みを口元に浮かべ言った――。