絶対零度が溶けていく

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✽3✽


 窓から外を見た。
 雲ひとつ無い晴天に、知らずうちリヴァイは舌打ちする。
 なんて天気だ。
 これが壁外調査に出てる間なら、感謝の一言でもカミサマって奴に言ってやるんだが。

「神なんてもんはクソ以下だな」

 行き場の無い苛立ちを持て余しながら、クローゼットからジャケットを取り出した。
 いつもなら仕事ついでの街への外出は、ここまでリヴァイの気分を曇らせるものではない。ところが今日はどうだ。曇るどころか土砂降りだ。
 表の天気と交換出来ればさぞかし良いだろうに。
 はぁ、と溜息をついても現実は変わらない。今日という日はもう既に始まっている。
 爽やかな風を引き連れ、影も濃くなる程の日差しと共に。
 今日ばかりは一日の時間を半分にしたい。
 少しでも早くこの自室に戻って来たい。
 リヴァイの口から、また深い溜息が漏れた。
(面倒くせぇ……)
――試練は自ら向かって行くことから始まる。……筈だった。
 急に、コンコンコンッと軽快なノック音が響いた。リヴァイがドアへ振り向くより先に来客は名乗る。
 それは、別に名乗られなくても分かるであろう相手だった。

「リヴァイさんリヴァイさん! フェリーチェですっ」
「あぁ? 何でお前がここにいるんだ!」
「ハンジさんが、リヴァイさんは時間にルーズだから迎えに行った方が良いって教えてくれました!」
「あのクソ眼鏡……。おい! 俺が迎えに行くまで部屋で待ってろと言ったろうがっ」
「えーっと。それが諸事情ありまして……っていうか、何で開けてくれないんですか?」

 諸事情って何だ。意味が分からねぇ。
『待て』も出来無いのかうちの補佐犬は……。
 そんなリヴァイの憂鬱も知らず、フェリーチェの声はドアに力無く背を預けたリヴァイの、まさにその背の向こう側で忙しそうに跳ねる。

 え。リヴァイさん、本当に時間にルーズなんですか? もしかして用意もして無い……? まさか寝坊じゃないですよね!? お仕事ですよ? おしご

「うるせぇ!」

 最後まで聞く気も失せたので乱暴にドアを開けた。
 フェリーチェはリヴァイの目の前でキョトンと一瞬言葉の流れを止める。小さな右手を握りしめ持ち上げてる姿からは、彼女が再びドアノック攻撃を始めるつもりだったらしいことが窺えた。

「あ……やっと開きました。ごきげんようリヴァイさん!……って! なんでまた閉めようとするんですかっ!?」
「残念だったな。俺の機嫌はよろしくねぇよ」
「ちょ、待っ! だから行かないって無しですよ? 昨日約束してくれたじゃないですか。私も一緒に街に連れてってくれるって!」
「あぁ。昨日の俺はどうかしてた。今からでもいいからキレイサッパリ忘れてく……忘れろ」

 閉めようとしたドアは、どういう訳か5センチ程開いた状態から動かない。相手がフェリーチェだから力を抜いていたとはいえ……普通なら簡単に閉まっているはずだ。
 嫌な予感がリヴァイを包む。

「いーやーでーすー!」

 やっぱりお前か!
 隙間の向こうから執着の籠った声が聞こえてきた。
(コイツ……どこからこんな力を……!?)
 引きこもりの癖に、外への執着が異常に高い。
 リヴァイがほんの少し力を足してみても、フェリーチェは決して諦めなかった。
 端から見るとどうでもいい攻防戦をリヴァイとフェリーチェが繰り広げている---と、誰かがフェリーチェの名を呼んだ。
 急に軽くなるドア。相手はやっと戦意消失したようだ。助かった。思わずムキになって張り合う所だった……。

「あっ……!」
「どうした?」

 誰がフェリーチェに声をかけ、近寄ってきたか。
 リヴァイには見ずとも分かる。

「エルヴィンさん」
「何故フェリーチェがリヴァイの部屋に……?」
「今日は外で仕事なんです。私は時間にルーズなリヴァイさんを迎えに来ました」
「ああ……。そういえば昨晩私のところに来て書類を届けに行くと言っていたな。……ん? ルーズ?」

 エルヴィンは笑って言った。

「リヴァイが……か?」
「はい。ハンジさんが教えてくれたんですよ。だから私が迎えに行った方がリヴァイさんも色々助かるはずだって。リヴァイさんは遅刻魔なんですか? 普段の仕事の時はあまり感じませんが……」
「ははっ。そういう事か」

 エルヴィンの笑い声とフェリーチェの言葉に、リヴァイはドアの陰で額に手をあてた。
 頭の回転の速い男だ。フェリーチェの話とハンジの名前が出た所で大方の予想はついたのだろう。

「仕事はすぐに終わるしな。フェリーチェは街への外出は初めてだろう? 案内人もいる事だ、今日は出たついでにゆっくり楽しんでくると良い」
「はい」
「……ところでフェリーチェ。私服を見るのは初めてだが……君は服装ひとつで随分雰囲気が変わるものだね」
「変ですか?」
「いや、良く似合っているよ」

 チッ。誰が案内人だ。誰が。
 二人に姿を見せずに舌打ちをしていたリヴァイだが、エルヴィンの話が終わらない事に気が付くとドアを開け部屋を出た。
 エルヴィンはリヴァイと違い女性の扱いが上手い。世辞の一つも言えないリヴァイに対し、エルヴィンは賛辞を巧みに使い女性の気分を高揚させる事が得意だ。
 勿論、それは仕事として必要と判断した場合にいかんなく発揮されるのだが、フェリーチェ相手となると少し違う気がした。
 彼女は、機嫌を取り資金援助を乞わなければならない貴族の女ではないのだ。
 無駄な褒め言葉は必要ない。

「初めて会った時は白衣を着ていたし、此処では開発部事務官の制服だ。そういう可愛らしい姿は新鮮だよ」
「ありがとうございます! これはここに来る時用意して貰ったものなんですけど、私もお気に入りの一着なんです」
「そうか」

 穏やかに笑うエルヴィンはフェリーチェの頭を撫でていた。フェリーチェも嬉しそうに笑っている。身長差があるせいか親子に見えそうな二人だ。
 実際目の前で見ていたリヴァイも「親子かよ」と一瞬は思ったものの、よくよく二人を並べてみれば、当たり前というか……父娘には見えなかった。

「おい。そろそろ行くぞ」
「あ……用意やっと終わったんですね?」
「馬鹿が。お前が来た時には終わってた。あと俺はルーズじゃねぇ、よく覚えておけ」
「ルーズな人ほどそう言いますよ?」
「………」

 チラリと視線を送った。こちらの睨みにフェリーチェはニッコリと笑い、では行きましょうとリヴァイの横をすり抜けていく。
 コイツ。笑って誤魔化しやがった。

「仲良くやってるみたいだな」
「仕事を円滑にする為だ。面倒だが仕方がねぇ」
「仕事の為、か……。それだけで接しているなら、あんなにお前に懐く事も無いだろうがな」
「何が言いたい?」
「いや。フェリーチェが楽しそうにしているなら何よりだよ。言う事はない」
「……。もしアイツに何かあれば、お前にとって余程マズい事態になるんじゃねぇのか? それを、楽しそうにしてれば何より? 全部人任せにして自分は静観か。随分とお気楽なもんだ」
「……参ったな」

 エルヴィンは苦笑し肩を竦めて見せた。そんな事を言ってみせても、実際心の中でそう思っているか分からないのがエルヴィンだ。
 リヴァイにはそれがよく解っているからこそ、それ以上この件について聞くつもりは無かった。聞くだけ無駄なのだ。

「話が終わったなら行くぞ。アイツを放って置くとロクな事が起きない」
「……リヴァイ」

 リヴァイが背を向けたところで、エルヴィンは言う。

「お前だから、フェリーチェを任せたんだ」

 その言葉にリヴァイは反応した。
 一度足を止めたが、でも振り向きはしない。

「今度、アイツの長ぇ土産話でも聞いてやるんだな」

 それだけ言って足早にその場を離れた。

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