純粋さは狂気にも成り得る
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
✽✽✽
豊かさに囲まれ安全な日常が約束されている者達が住む都は、いつ来ても好ましい匂いがしない。行き交う笑顔も、いつも街で見る明るさとは性質が違い、気持ちが悪いと来る度に思う――。
「やっぱり内地の店はメニューが豊富だよ」
隣でハンジが軽やかに言った。
夜までの空き時間、昼食を取りつつ都を歩こうと言い出したのはハンジだ。
エルヴィンの様に他の仕事であちこち回る事がないリヴァイ達は、招かれた貴族の屋敷で過ごすしかない。そこより少しでもマシな空気を吸いたいと思っていたリヴァイは、ミケと共にハンジの提案に頷いた。
「ね。リヴァイ?」
「ああ、そうだな。肥えた奴が多いのは、そいつのおかげだろうよ」
「フッ……縦には伸びず横に伸びる、か」
ミケの小声と微笑に口角が上がる。
「リヴァイは縦にも横にも伸びないよねぇ」
「テメェ……。一言余計だクソ眼鏡が!」
「いってぇ〜っ! 久々に来たーっ」
ハンジのすねを蹴り上げ、知ったことかとパンに手を伸ばした。「自業自得だ」と言えば、ハンジは言う。
「これくらいの戯言いいじゃん。今日は私、機嫌が良いんだよね」
「お前の機嫌なんて知ったことか。お前がそうでも俺は違う」
「そうだぞハンジ。リヴァイは今日ハンジと真逆で機嫌が悪い」
「正確に言えば帰るまでね」
「夜は特にな」
「……」
ミケとハンジの会話をリヴァイは無言で聞く。口にしたパンは、いかにも高級品ですと言わんばかりのもので、甘味と塩気があり、ふんわりと柔らか。紅茶や牛乳で流し込む必要は無い。
(そういえば、フェリーチェはいつも苦労して食ってるな)
「みんなにもだけどさ、フェリーチェにも食べさせてやりたいね。あの子、いつもパン食べるの苦労してるから」
全く同じ事を考えていたハンジが、むしった一口分を見つめて笑う。
ミケはフェリーチェと食堂で一緒になった時が無いので、そうなのかと驚いた。
「死にそうな顔して食ってるぞ」
「でも、もぐもぐ必死なのが小動物っぽくて可愛いんだ!」
――お前もかよ。
これもまた同じ事を考えていたのかと思うと少し複雑だ。全くその通りなのだが、自分以外がそれを口にするのを見てると多少の苛つきを覚える。
モブリットも言ってたと聞き、今度からコイツらと食事するのは控えるべきか?……と考えた。
「見てみたいな」
「見せもんじゃねぇ。見るな」
「え?」
つい出てしまった言葉。
マズイと思った時には、二人は下を向き肩を震わせていた。
「素直じゃん……!」
「貴重なものを見せてもらった」
「……」
ヒーヒー笑うハンジは、涙を指で拭いながら何度も頷く。この間数分。――いくら何でも笑い過ぎだお前。
「あ~……、本当」
やっと気が済んだのか、喉を潤した後にハンジがいつもの声音で話し始めた。
「フェリーチェで良かったよ……」
「は?」
「――ん。まぁ……それはこっちのハナシなんだけど」
「気持ち悪ぃヤツだな。オイ、いつまで笑ってる」
「ゴメンごめん! でも、フェリーチェを置いてきたのが相当堪えてるみたいだからさ……フェリーチェもあんなに付いて行きたそうな顔すると思わなかったし」
「……アイツか」
――自分だって想像してなかった。
まさかあそこまで寂しそうな顔をされるとは。部屋を出た時はケロッとしていた癖に、いざ馬車に……となったらジャケットの裾を引っ張られて。
今生の別れかの様なフェリーチェの顔に、自分だけでなく、あの場にいた全員が戸惑った位だ――。
思い出したのか、笑っていたハンジもミケも表情を曇らせる。周りが賑やかな分、会話の途切れた自分達が浮いてみえた。
「何の問題も無ければな。フェリーチェも同行の許可が降りただろうが……」
「連れて来たとしても、アイツを表になんて出せるか。好奇心が服着て歩いてる様なやつだぞ。オチオチ仕事も出来やしねぇ」
それは、自分を納得させる為の足掻きから出た言葉だった。
強がり? ああ、なんとでも言えばいい。こうでもしないと落ち着かないのだから仕方がないだろう――。
「リヴァイ……素直じゃない」
「うるせぇな。黙れクソ眼鏡。お前だって初めて街に出た時のフェリーチェを知ってたら、こんなクソみてぇな所にも連れて来ようなんて思わな……――」
そこで後が続かなくなる。
途端に、談笑の声々が自分を取り囲む嘲笑に聞こえた。
「どうした?」
「いや……何でもねぇ」
ミケの低い声に現実に戻され、深く呼吸を。
「リヴァイ」
ハンジが何か言いたげに口を開いたが、目を逸らしそれ以上を拒む。
話したくない訳じゃない。が、今はそんな気になれない――。
ハンジの苦笑に心の中で詫びた。
✽✽✽
暇潰しの都散歩は、ハンジの買い物に付き合い荷物持ちにさせられ終わった。
買い物といっても、ハンジの目当ては普通の女が行く様な店ではなく、薬品を扱う所や古書を売る店ばかり。ハンジはやはりハンジであると再確認したようなものだった。
真実に近付きたいという彼女の熱意は、同じく研究バカで数字狂のフェリーチェと重なる。没頭するあまり周りが見えなくなるのもそっくりだ。
――フェリーチェは、今頃どうしているのだろうか。
リヴァイはぼんやりと考えつつ、趣味の悪い装飾が施された鏡に向かい身支度を整える。
正装など縁の無いものだと思っていた。兵服だってそうだ。初めは違和感を一緒に纏っていた。それが今や普通に着こなすまでになるとは――。
「念入りな準備だね~」
「これが念入りに見えるなら、お前は張り切って支度してきたという事になるが? ハンジよ」
「私? 私は適当にドレス選んで着替えただけだよ。化粧や髪は居眠りしてる間にされてた」
「それはなによりだな。ちなみに俺は適当どころか嫌々支度している」
「アハハッ!」
……笑う所じゃない。
一人掛けのソファーにどっかりと座っているハンジは呑気に紅茶を飲んでいるが、それはもともとは自分に用意されていたもので、ハンジに用意されたものではなく。
「おい、ハンジ」
「当たり前だけど、いいお茶出てくるね。貴族は贅沢三昧か」
鏡越し、カップを傾ける姿に不満をぶつける。
「勝手に人の部屋に入って来て、人の紅茶を飲むんじゃねぇ。フェリーチェじゃあるまいし」
「フェリーチェはリヴァイの部屋に出入り自由なんだ? いつの間に!」
「押し入ってくるだけで開放はしてない」
「へぇ~……」
鏡の中のハンジはこちらを見て笑っていた。それに舌打ち。クラバットを整えてから本物に向き、再度舌打ち。二度目は気持ち強めに打った。
「そうだ。フェリーチェが昨日の晩、私の部屋に来てね」
「なに?」
(ハンジの部屋に?)
ハンジとミケが飲み始めると、そうそう簡単にお開きとはならない。昨日も自分が抜けてからしばらく飲んでいた筈だ。
ということは……。
「真夜中にか?」
「うん。クライダーの話を聞いた」
「あぁ」
「思ってたよりパニックになってなくて、ちょっと意外だったな」
「……そうか。なら良かった」
クライダーの件は勿論、自分との事も冷静に受け止めていたか――。
第三者的に見てもそうならば、もう間違いはないのだろう。俺は願望で考えていやしないか?――と何度も思い返していたが、朝の時間やハンジの言葉でやっと区切りがついた気がした。
だが、
「落ち着くべきとこに落ち着いたって思っていいんだよね? 朝のフェリーチェの様子を見てたら、ちょっと平気なのー? って思ったけど……」
こちらの区切りはついていない……。
「……」
「え? まさかとは思うけど、リヴァイ……ちゃんとフェリーチェと意思疎通したんだよね? 好きだ愛してるって」
「……それなりに」
「それなりって何!?……いやいやいや! なんでそこ曖昧なのさ!? ハッキリ言わなきゃ意味ないじゃん!」
「俺が……」
まるで、自分の考えを覗かれた気がした昼食時。あの時は全く喋る気が起きなかったが、今は少し変わっていた――。
「そんな事を言っちまえば、フェリーチェを縛り閉じ込める事になるんじゃねぇか?」
「どういう意味?」
「……だからといって、俺自身は後戻りする気はねぇが……。アイツは違うかもしれない」
「もしかして、ランチの時の事言ってんのかい?」
ハンジは小さな溜息を吐いた。
頭を掻こうと手を上げたが、今は髪飾りで綺麗に纏められている事を思い出したらしく、その手を空中で持て余している。
その気持ちは分からないでもなかった――。
「んん〜……」
「――自分がゴミ溜めから這い上がるとは思ってなかった。だが、それがキッカケで前へ進む為の選択の機会が増えたのは確かだ。その都度の選択が正しかったか間違っていたかは分からねぇが、俺がここにいるのはそういったもんのおかげだと思ってる」
「ああ!」
向かいに座り目が合うと、ハンジはニコリと笑う。
「つまりリヴァイは、自分がフェリーチェを独り占めする事で、彼女の将来を潰したら嫌だなって思ってるんだ?」
「……あぁ」
「そう? 別にいいんじゃない? それでも」
「は……?」
あまりにもあっけらかんと言われ。
紅茶を飲もうとした手が止まった――。
「何言ってんだお前は、って言いたげな顔してるね」
「当たり前だろ」
「だからリヴァイは恋愛下手なんだって」
「ほう……じゃあお前は経験豊富だって言うのか」
「さぁ? どうだろ? 少なくともリヴァイよりは女心分かってるつもりだけど」
「てめぇは女だろうが。女が女心知らねぇでどうする……」
「そうだった!」
「女らしい所はひとつも無いがな」
「ハハッ! そんなの無くても自分らしく生きていけるからいいんだよ」
ドレスを着ている癖にそれらしい仕草も見せない様子に呆れながら、やっとのタイミングで紅茶を飲む。せっかくの茶葉は冷えたせいで微かな苦みが出ていたが、それでも街で手に入る良品よりも格別に美味かった。
「っと! 私の事はどうでもいい! フェリーチェの話だったね。――将来を潰しちゃってもいい、ってのは乱暴な言い方かもしれないけど……それは相手がリヴァイだからの話。君はもう覚悟が出来ているだろ? フェリーチェの全てを受け入れる覚悟」
「……」
「――それにあの子は、何があっても色んな事を乗り越えられる子なんじゃないかな。心配しなくても、フェリーチェはちゃんと自分の意志で選択していくさ。リヴァイみたいに」
「そう見えると……?」
「うん」
カップの底に残る紅茶がシャンデリアの灯りで琥珀色に輝く。そして、その光はリヴァイの瞳も一瞬輝かせた。
「……そうか」
信頼している仲間の言葉に疑念は抱かない。
多くを語らずとも話が通じ理解し合えるのは、口下手なリヴァイにはとても有難かった――。
「しっかしさ〜……二人とも単純なハナシをあえて複雑にしなくてもよくない?」
「……」
「ちゃんと伝えないと。やっとここまで来たのに。も~っ! こっちの身にもなって欲しいね。ハラハラドキドキだよ」
「何がハラハラドキドキだ。ふざけやがって」
「ふざけてはいない!……あーあ! フェリーチェ、今ごろ何してんのかなぁっ」
大袈裟なトーンで言うハンジの瞳が、窓の外へ向く。一拍置いてからその目はリヴァイに向けられた。
「クライダーが“鬼の居ぬ間に〜”とか思ってないといいなぁ……」
「フェリーチェは“今度はちゃんとする”と言ってたぞ」
眉間に力が入る。
(極力考えない様にしている事を……)
「洒落込んでいる時くらい大人しく出来ねぇのか、てめぇは」
「だってさ、リヴァイってフェリーチェが絡むとすっごい分かり易くなるんだよ!? 他の事はあまり表に出さない癖に! こんな面白いもん目の当たりにして大人しくしてられるかよ~!」
「クソ眼鏡が……」
ジタバタ手足を動かしてはしゃぐハンジを睨みつけたが、当人はどこ吹く風。
渾身の睨みも全く効かなかった――。
豊かさに囲まれ安全な日常が約束されている者達が住む都は、いつ来ても好ましい匂いがしない。行き交う笑顔も、いつも街で見る明るさとは性質が違い、気持ちが悪いと来る度に思う――。
「やっぱり内地の店はメニューが豊富だよ」
隣でハンジが軽やかに言った。
夜までの空き時間、昼食を取りつつ都を歩こうと言い出したのはハンジだ。
エルヴィンの様に他の仕事であちこち回る事がないリヴァイ達は、招かれた貴族の屋敷で過ごすしかない。そこより少しでもマシな空気を吸いたいと思っていたリヴァイは、ミケと共にハンジの提案に頷いた。
「ね。リヴァイ?」
「ああ、そうだな。肥えた奴が多いのは、そいつのおかげだろうよ」
「フッ……縦には伸びず横に伸びる、か」
ミケの小声と微笑に口角が上がる。
「リヴァイは縦にも横にも伸びないよねぇ」
「テメェ……。一言余計だクソ眼鏡が!」
「いってぇ〜っ! 久々に来たーっ」
ハンジのすねを蹴り上げ、知ったことかとパンに手を伸ばした。「自業自得だ」と言えば、ハンジは言う。
「これくらいの戯言いいじゃん。今日は私、機嫌が良いんだよね」
「お前の機嫌なんて知ったことか。お前がそうでも俺は違う」
「そうだぞハンジ。リヴァイは今日ハンジと真逆で機嫌が悪い」
「正確に言えば帰るまでね」
「夜は特にな」
「……」
ミケとハンジの会話をリヴァイは無言で聞く。口にしたパンは、いかにも高級品ですと言わんばかりのもので、甘味と塩気があり、ふんわりと柔らか。紅茶や牛乳で流し込む必要は無い。
(そういえば、フェリーチェはいつも苦労して食ってるな)
「みんなにもだけどさ、フェリーチェにも食べさせてやりたいね。あの子、いつもパン食べるの苦労してるから」
全く同じ事を考えていたハンジが、むしった一口分を見つめて笑う。
ミケはフェリーチェと食堂で一緒になった時が無いので、そうなのかと驚いた。
「死にそうな顔して食ってるぞ」
「でも、もぐもぐ必死なのが小動物っぽくて可愛いんだ!」
――お前もかよ。
これもまた同じ事を考えていたのかと思うと少し複雑だ。全くその通りなのだが、自分以外がそれを口にするのを見てると多少の苛つきを覚える。
モブリットも言ってたと聞き、今度からコイツらと食事するのは控えるべきか?……と考えた。
「見てみたいな」
「見せもんじゃねぇ。見るな」
「え?」
つい出てしまった言葉。
マズイと思った時には、二人は下を向き肩を震わせていた。
「素直じゃん……!」
「貴重なものを見せてもらった」
「……」
ヒーヒー笑うハンジは、涙を指で拭いながら何度も頷く。この間数分。――いくら何でも笑い過ぎだお前。
「あ~……、本当」
やっと気が済んだのか、喉を潤した後にハンジがいつもの声音で話し始めた。
「フェリーチェで良かったよ……」
「は?」
「――ん。まぁ……それはこっちのハナシなんだけど」
「気持ち悪ぃヤツだな。オイ、いつまで笑ってる」
「ゴメンごめん! でも、フェリーチェを置いてきたのが相当堪えてるみたいだからさ……フェリーチェもあんなに付いて行きたそうな顔すると思わなかったし」
「……アイツか」
――自分だって想像してなかった。
まさかあそこまで寂しそうな顔をされるとは。部屋を出た時はケロッとしていた癖に、いざ馬車に……となったらジャケットの裾を引っ張られて。
今生の別れかの様なフェリーチェの顔に、自分だけでなく、あの場にいた全員が戸惑った位だ――。
思い出したのか、笑っていたハンジもミケも表情を曇らせる。周りが賑やかな分、会話の途切れた自分達が浮いてみえた。
「何の問題も無ければな。フェリーチェも同行の許可が降りただろうが……」
「連れて来たとしても、アイツを表になんて出せるか。好奇心が服着て歩いてる様なやつだぞ。オチオチ仕事も出来やしねぇ」
それは、自分を納得させる為の足掻きから出た言葉だった。
強がり? ああ、なんとでも言えばいい。こうでもしないと落ち着かないのだから仕方がないだろう――。
「リヴァイ……素直じゃない」
「うるせぇな。黙れクソ眼鏡。お前だって初めて街に出た時のフェリーチェを知ってたら、こんなクソみてぇな所にも連れて来ようなんて思わな……――」
そこで後が続かなくなる。
途端に、談笑の声々が自分を取り囲む嘲笑に聞こえた。
「どうした?」
「いや……何でもねぇ」
ミケの低い声に現実に戻され、深く呼吸を。
「リヴァイ」
ハンジが何か言いたげに口を開いたが、目を逸らしそれ以上を拒む。
話したくない訳じゃない。が、今はそんな気になれない――。
ハンジの苦笑に心の中で詫びた。
✽✽✽
暇潰しの都散歩は、ハンジの買い物に付き合い荷物持ちにさせられ終わった。
買い物といっても、ハンジの目当ては普通の女が行く様な店ではなく、薬品を扱う所や古書を売る店ばかり。ハンジはやはりハンジであると再確認したようなものだった。
真実に近付きたいという彼女の熱意は、同じく研究バカで数字狂のフェリーチェと重なる。没頭するあまり周りが見えなくなるのもそっくりだ。
――フェリーチェは、今頃どうしているのだろうか。
リヴァイはぼんやりと考えつつ、趣味の悪い装飾が施された鏡に向かい身支度を整える。
正装など縁の無いものだと思っていた。兵服だってそうだ。初めは違和感を一緒に纏っていた。それが今や普通に着こなすまでになるとは――。
「念入りな準備だね~」
「これが念入りに見えるなら、お前は張り切って支度してきたという事になるが? ハンジよ」
「私? 私は適当にドレス選んで着替えただけだよ。化粧や髪は居眠りしてる間にされてた」
「それはなによりだな。ちなみに俺は適当どころか嫌々支度している」
「アハハッ!」
……笑う所じゃない。
一人掛けのソファーにどっかりと座っているハンジは呑気に紅茶を飲んでいるが、それはもともとは自分に用意されていたもので、ハンジに用意されたものではなく。
「おい、ハンジ」
「当たり前だけど、いいお茶出てくるね。貴族は贅沢三昧か」
鏡越し、カップを傾ける姿に不満をぶつける。
「勝手に人の部屋に入って来て、人の紅茶を飲むんじゃねぇ。フェリーチェじゃあるまいし」
「フェリーチェはリヴァイの部屋に出入り自由なんだ? いつの間に!」
「押し入ってくるだけで開放はしてない」
「へぇ~……」
鏡の中のハンジはこちらを見て笑っていた。それに舌打ち。クラバットを整えてから本物に向き、再度舌打ち。二度目は気持ち強めに打った。
「そうだ。フェリーチェが昨日の晩、私の部屋に来てね」
「なに?」
(ハンジの部屋に?)
ハンジとミケが飲み始めると、そうそう簡単にお開きとはならない。昨日も自分が抜けてからしばらく飲んでいた筈だ。
ということは……。
「真夜中にか?」
「うん。クライダーの話を聞いた」
「あぁ」
「思ってたよりパニックになってなくて、ちょっと意外だったな」
「……そうか。なら良かった」
クライダーの件は勿論、自分との事も冷静に受け止めていたか――。
第三者的に見てもそうならば、もう間違いはないのだろう。俺は願望で考えていやしないか?――と何度も思い返していたが、朝の時間やハンジの言葉でやっと区切りがついた気がした。
だが、
「落ち着くべきとこに落ち着いたって思っていいんだよね? 朝のフェリーチェの様子を見てたら、ちょっと平気なのー? って思ったけど……」
こちらの区切りはついていない……。
「……」
「え? まさかとは思うけど、リヴァイ……ちゃんとフェリーチェと意思疎通したんだよね? 好きだ愛してるって」
「……それなりに」
「それなりって何!?……いやいやいや! なんでそこ曖昧なのさ!? ハッキリ言わなきゃ意味ないじゃん!」
「俺が……」
まるで、自分の考えを覗かれた気がした昼食時。あの時は全く喋る気が起きなかったが、今は少し変わっていた――。
「そんな事を言っちまえば、フェリーチェを縛り閉じ込める事になるんじゃねぇか?」
「どういう意味?」
「……だからといって、俺自身は後戻りする気はねぇが……。アイツは違うかもしれない」
「もしかして、ランチの時の事言ってんのかい?」
ハンジは小さな溜息を吐いた。
頭を掻こうと手を上げたが、今は髪飾りで綺麗に纏められている事を思い出したらしく、その手を空中で持て余している。
その気持ちは分からないでもなかった――。
「んん〜……」
「――自分がゴミ溜めから這い上がるとは思ってなかった。だが、それがキッカケで前へ進む為の選択の機会が増えたのは確かだ。その都度の選択が正しかったか間違っていたかは分からねぇが、俺がここにいるのはそういったもんのおかげだと思ってる」
「ああ!」
向かいに座り目が合うと、ハンジはニコリと笑う。
「つまりリヴァイは、自分がフェリーチェを独り占めする事で、彼女の将来を潰したら嫌だなって思ってるんだ?」
「……あぁ」
「そう? 別にいいんじゃない? それでも」
「は……?」
あまりにもあっけらかんと言われ。
紅茶を飲もうとした手が止まった――。
「何言ってんだお前は、って言いたげな顔してるね」
「当たり前だろ」
「だからリヴァイは恋愛下手なんだって」
「ほう……じゃあお前は経験豊富だって言うのか」
「さぁ? どうだろ? 少なくともリヴァイよりは女心分かってるつもりだけど」
「てめぇは女だろうが。女が女心知らねぇでどうする……」
「そうだった!」
「女らしい所はひとつも無いがな」
「ハハッ! そんなの無くても自分らしく生きていけるからいいんだよ」
ドレスを着ている癖にそれらしい仕草も見せない様子に呆れながら、やっとのタイミングで紅茶を飲む。せっかくの茶葉は冷えたせいで微かな苦みが出ていたが、それでも街で手に入る良品よりも格別に美味かった。
「っと! 私の事はどうでもいい! フェリーチェの話だったね。――将来を潰しちゃってもいい、ってのは乱暴な言い方かもしれないけど……それは相手がリヴァイだからの話。君はもう覚悟が出来ているだろ? フェリーチェの全てを受け入れる覚悟」
「……」
「――それにあの子は、何があっても色んな事を乗り越えられる子なんじゃないかな。心配しなくても、フェリーチェはちゃんと自分の意志で選択していくさ。リヴァイみたいに」
「そう見えると……?」
「うん」
カップの底に残る紅茶がシャンデリアの灯りで琥珀色に輝く。そして、その光はリヴァイの瞳も一瞬輝かせた。
「……そうか」
信頼している仲間の言葉に疑念は抱かない。
多くを語らずとも話が通じ理解し合えるのは、口下手なリヴァイにはとても有難かった――。
「しっかしさ〜……二人とも単純なハナシをあえて複雑にしなくてもよくない?」
「……」
「ちゃんと伝えないと。やっとここまで来たのに。も~っ! こっちの身にもなって欲しいね。ハラハラドキドキだよ」
「何がハラハラドキドキだ。ふざけやがって」
「ふざけてはいない!……あーあ! フェリーチェ、今ごろ何してんのかなぁっ」
大袈裟なトーンで言うハンジの瞳が、窓の外へ向く。一拍置いてからその目はリヴァイに向けられた。
「クライダーが“鬼の居ぬ間に〜”とか思ってないといいなぁ……」
「フェリーチェは“今度はちゃんとする”と言ってたぞ」
眉間に力が入る。
(極力考えない様にしている事を……)
「洒落込んでいる時くらい大人しく出来ねぇのか、てめぇは」
「だってさ、リヴァイってフェリーチェが絡むとすっごい分かり易くなるんだよ!? 他の事はあまり表に出さない癖に! こんな面白いもん目の当たりにして大人しくしてられるかよ~!」
「クソ眼鏡が……」
ジタバタ手足を動かしてはしゃぐハンジを睨みつけたが、当人はどこ吹く風。
渾身の睨みも全く効かなかった――。