純粋さは狂気にも成り得る
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考え事もほどほどに――
エルヴィンの姿が見えなくなった後、フェリーチェはペシッと音がするくらい両手で頬を叩いて、「何事も程々にしなさい」とよく言っていたアインシュバルの言葉を思い出す。
(二人がよく似ていたとしても、まさかここまで同じ事を言われるなんてね。そんなに私、必死に見えるのかなぁ……)
自分ではそんなつもりは全然無いのに……。
ブツブツと「限度くらいは分かってるもん」「ん? でも、倒れたりするから怒られるのか」などと独り言を繰り返しながら目的地の中庭に。
「あ」
……着いたのだったが……。
密かに定位置に指定してる木の下、周りからは死角になるその場所に、二人の男女の影を見つけ、嘘でしょ、と本日二度目の不運を味わう事となった。
(はぁ……ここもだったか。知ってる人いたんだ。死角だって)
今日は、とてつもなく運が悪い日だとしか言いようが……。
タイミングが合わない時は、こうして色々なものが噛み合わないのかもしれない。どこに行っても行き詰る。
溜息が出そうになるのを堪え、フェリーチェはそっと場を離れた。
だからといって、諦めたりはしない。このまましょんぼり部屋に戻る気は無いし、なにも行き先が無くなった訳じゃないからだ。
(お気に入りの場所が埋まってただけだもの。慣れない場所以外はあまり歩かないから知らないだけで、探せば他にいいところがある……はず……)
若干の不安はあるものの、新たな場所を開拓するのも悪くないか、と開き直る事にした。
兵舎敷地内とはいえ、夜に外をウロウロしてるのをリヴァイに知られてしまったら、また怒られる原因になるだろうけど、そこはまぁ……バレなきゃ問題無いってことで――。
慣れた場所から離れるのは、勇気がいるうえ少し怖い。足を踏み入れた場所は兵舎の裏に当たり、しかも、建物で半分月が隠れているため薄暗かったから余計だ。
転ばない様にゆっくり進もう。
だけど、慎重に前に進む自分の足が草を踏む音すら立ててないと気付いた時は、さすがに笑ってしまった。これじゃあ、不審者みたい――。
(不審者に見える私が不審者に遭遇したら洒落にならないなぁ……。あれ? 大丈夫だよね? そういう人居ないよね?)
何を今更……な話なんだけど。
変な人に出会って変な騒動を起こし、結果リヴァイに怒られる……という一連の流れが頭を過ってしまった。
それは嫌だ。不審者よりリヴァイが怒る方が怖そうだ。
静かに怒りを表すリヴァイの顔を思うだけで背筋が冷えて、想像を打ち消すよう頭を揺らす。その動きで身体の緊張が一瞬緩み、さくりと足元で草が鳴った。
「誰かいるのか?」
「……っひあ!?」
「……え!?」
数メートル先の暗がりから声。
それに飛び上がったフェリーチェに、相手からも驚きの声が上がる。
物陰からランプの小さな灯りとともに現れた人物は、眩しさに目を瞑るフェリーチェの姿を確認するとゆっくり息を吐き、フェリーチェからも自分が見える様にとランプを持つ腕を少し下げた。
「フェリーチェ!? どうしたの? こんな所で!」
「あ……」
「まさかこんな所で君に会うとは思わなかったよ。しかも、こんな時間に」
「クライダーだ……良かった」
「ん?」
「不審者じゃなかった……」
「出て来た場所からいったら、フェリーチェの方がよっぽど不審者っぽいよ」
苦笑するクライダーの顔を見たら、一気に力が抜ける。
「やっぱり私、不審者みたいだった?」
「そっちから通り抜けてくる人……ほとんどいないしね」
これには、言葉も無く、苦笑を返すしか出来なかった。
……開拓し過ぎたか――。
「クライダーは? なんでここ?」
見たことない場所だったけど、クライダーがいるのだからそんなに変な所じゃないはずだと思った。
だって、真面目な男が、立入禁止の場所に足を踏み入れるなんて考えられないじゃないか。
聞けば、考え事があって独りになりたかったそうだ。「私と同じ」フェリーチェが言えば、クライダーは心配そうな表情を見せる。
「研究の……? あまり考え過ぎるのも疲れちゃわない?」
「う……」
また言われた――。
「ここ何する所? あれ……倉庫?」
「食料庫だよ。ここ調理場の近くなんだ」
指差された方を見れば、勝手口らしく両開きのドアがあった。
そばには大きな桶が粗雑な棚に何個も干してあり、あれを使って野菜を洗ったりするのかな? と予想する。中身の無い麻の袋も大量に重なって置いてあった。
「あっちの奥に北門があってね。商会と農家の人達はそこを通って仕入れに来るよ」
「クライダーは補給隊だからここを知ってて、秘密基地にしてるの?」
「秘密基地? 楽しそうだね、それ」
クライダーは笑いながら扉の前の石段に腰掛けると、隣にスペースを作った。
座ったら? と暗に言われたので、フェリーチェは考えた末に一人分の間をあけ座る。
微笑むクライダーは、不自然に空いた所にランプを置き、とてもスマートにその不自然な空間を自然なものに変えてくれた――。
(ここ調理場なんだ。じゃあ食堂も近いんだね)
リヴァイ達がすぐ近くに居ると思うだけで、少し安心感がある。
「でもちょっと職権乱用でさ」
「え?」
「今日はここの鍵当番なんだ。だからそこ開けて……ね。フェリーチェみたいに遠回りして来ればズルじゃなかったけど」
「そうなんだ」
「内緒だよ?」
「分かった」
(クライダーでも人にバレない様にズルとかするんだ……)
なんか意外だ。でも、真面目で凝り固まってるより人間味はある。
騒がしい同僚の兵士達と居ると、口数少なく一人だけ背筋をピンと伸ばしている姿は浮いて見えてしまっていたクライダー。実はこんな一面を持っていたのか。特別浮いている青年ではなかったんだ。
「そうだ。内緒ついでにこれどう?」
「……何?」
「ドライフルーツ。商会の人が買ってくれって見本に持って来たんだ。そのまま班長に渡したら、コッソリ分けてくれた。……お駄賃って事かな?」
クライダーは、ポケットに収まってた小さな紙袋から薄い丸の“ドライフルーツ”を出し、「どうぞ」とくれた。
――指で摘んだ輪切りフルーツは……。
「オレンジ?」
「うん。保存がきくから壁外に持ち出すには良いからね。多分仕入れるようになるんじゃないかな」
「これ紅茶に入れたら――」
「……リヴァイ兵長?」
「美味しい」
頷きながら食べると、オレンジの甘酸っぱさが口に広がる。ちょっと苦みを感じるのはきっと皮の部分のせいだろう。
「そっか。やっぱり兵長出てくるんだ……」
「ん? リヴァイさん?」
「聞こえてたの?」
そう言って視線を逸らすクライダーもオレンジを口にして。
「聞こえて……聞いてないと思ってた」
ランプの中では細い蝋燭が小さな炎を揺らしている。
リヴァイやハンジ位の立場になると、使うランプも一回り大きくてアルコールを使用した立派なものだけど、大半の兵は蝋燭だけで夜を過ごすのよ、とペトラが前に教えてくれた事がある。
そんなペトラは、クライダーが今持っているものと同じ小さいランプを使ってる。
精鋭リヴァイ班に所属し二人部屋まで与えられてる彼女が使用しているものをクライダーも持っているという事から、彼もまた実力を認められた兵士の一人である事が分かった。
「聞こえてたけど……私は何か悪いことでも言った……?」
下方から照らされたクライダーは微笑んでいるものの、微かに引き上げられた唇の端は、さっきのエルヴィンみたいに重そうだ。
だけど、それは疲労からではなく別物だと分かる――寂しそうに見えた。
「ううん。大丈夫。フェリーチェはいつも通りだよ……悪いことなんて一つも言ってない」
「それならいいんだけど、」
蝋燭の灯りが揺れてるから、瞳も揺れて余計にそんな風に思えるのかもしれない。でも――。
「クライダーは、独りになりたいって言ってた。考え事の邪魔してたらごめんなさい」
気分転換に歩いてきた自分と、独りを求めてここに居たクライダーでは大きく違うんじゃないか?
コッソリと預かり持っていた鍵まで使って来たんだから。
フェリーチェは立ち上がって、ワンピースの裾を軽くはたく。
いけないいけない。独りになりたい気持ちはよく分かる。何しろ自分はここに来るまで二回も落胆を味わったばかりだ。
(オレンジについ引き止められちゃった。長居する気も無いし、ちょうど食堂近くまで来たんだからリヴァイさん達に合流しよう。おいで~! ってハンジさんなら言ってくれるはず。リヴァイさんは……どうだろう)
――眉根を寄せた顔しか思い浮かばない。
「ここから中に戻っても良い?」
「待ってフェリーチェ。まだいいだろ?」
「でも私」
「居てよ。居てくれた方が嬉しい」
クライダーにこう言われた事なんて一度も無い。いつもなら「じゃあ」と終わる所だ。
正直、迷惑だと思ってしまった。
「手……」
しかも、追いかけて立ち上がったクライダーの手は自分の手首を掴んでる。
林檎をくれる時だってこちらに気を遣って指先すら触れない様にしてくれてるクライダーなのに、今はどうしてその距離を保ってくれないんだろう。
なんかすごく嫌。さりげなく指に力が籠ってるのも怖い。
「独りになりたかったけど、フェリーチェの顔見たら……独りは嫌になった」
「クライダー」
「兵長の所に行くの? フェリーチェはいつもそうだね。誰かといても兵長のこと考えてる」
「離してほしい」
「兵長の所には二階からだって飛び込むのに!」
「いっ、た……!?」
声を荒げるクライダーを目の当たりにしたのは初めて。
柔和で大人しい人が急に違う人になった事に驚いて、理由を聞くより先にフェリーチェの体は凍った。
「いたい……クライダー……やだ」
離してくれないどころか強く握られた手首に痛みが走る。
咄嗟に自分の手を引いたが、一度固まった全身は言う事を聞いてくれず、逆にクライダーのする事には従順だった。
――遠のく、間近だった扉。
真っ暗になった視界。軽い衝撃を受ける額。それがクライダーのせいだと理解出来たのは、真上で彼の声が聞こえてから――。
「一度でいいから、ちゃんとこっちを見てくれよ……フェリーチェ。僕じゃ兵長に敵わないのは分かってる。あの人みたいに強くないし自信も無い。だけど、僕は同じ位置に立ちたいんだ」
「位置って」
「比べてくれるなら何だってする。全部曝け出す。弱い所も汚い部分も、フェリーチェが見てくれるんだったら隠さないで話すから……クライダーっていう人間を知って欲しい」
「……何でそんなこと言」
「君が好きだからだよッ!」
(なに?……それ……好きって。クライダーの“好き”は……)
クライダーは細身で長身の体型だから、兵士の割に華奢なイメージがあり、どちらかと言えば兵士より街で働いてる方がよっぽど似合っていると思う様な人だった。
けれど、それは自分の中の勝手な想像であって、日々立体機動や体術で鍛えている身体は、やはり兵士のものなのだ。
自分の身体に強く巻き付いてる腕と、頬に苦しいほど当たる胸板で、フェリーチェはようやく気付いた。
でも違う。同じ兵士でも違う。
全然違う。
『リヴァイさん』
「僕はクライダーだ……リヴァイ兵長じゃない!」
怒気の籠る――最後はかすれた声にハッとする。今、声に出してた!?
「あっ」
「ひどいよ……フェリーチェ……こんなに言っても、君はいつも通りだなんてさ」
一転して優しい声がつむじに響き、同時に頭を撫でる手の動きに合わせてひんやりとした感覚が滑ると、それまで全くいう事を聞かなかった体が動いた。意外にも、簡単に。
「ごめんなさ――?」
“何故相手は力を緩めたのか”
一瞬で見抜けるような自分だったら、はじめからクライダーの腕の中に収まってなんていなかった。
……いや。そんな事より何よりも、
(自分の中で起きてる感情の変化を、もっともっと早く自覚してれば良かったんだ――)
「っ!」
その後悔が押し寄せて来たのはあまりにも遅く、クライダーに唇を塞がれてから何秒も経ってしまってからだった――。
――後悔があっても動けなかった。
動けなかった?
……違う。
動かなかった、という方が正しい。
クライダーの顔を引っ叩いて「何するの!」「酷い!」と罵倒する事は可能だった。
先に唇を重ね主導権を握ったつもりになってる彼の心身の隙をつき、手首を捻り上げ体を押し退ける事なんて、そう難しい事じゃない。
幼い頃に駐屯兵団の精鋭だった父から仕込まれた護身術は、体に染みついている。アインシュバルからも色々教わった。
こんな隙だらけのクライダーなんて、攻撃してくる人間と比べたら顔の無い人形と同じだ。
だから、いくらでも「もうやめて」と拒む事は出来た。出来たのに――。