純粋さは狂気にも成り得る
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1
完全に行き詰まった……。
屋上から戻る途中で、フェリーチェの足は一度止まった。
腕を組んで眉根を寄せても、上を見て首を傾げても、思い浮かばないものはどうしたって思い浮かばない。
……開発部を出る時から考えてる理想の形は、今回もまた組み立て半ばで止まるのか――?
また歩き出す。今度は中庭を目指して。
屋上には残念ながら先客が居たので、今日は屋根の上で月を見上げて気分転換……とはいかなかった。本当、残念。
(完全に一人になるにはあそこが一番落ち着くのにねぇ)
それに第二資料室。この前色々と教えてあげたあの女性が、今度は第二資料室も覗くようにすると言っていた。それはつまり、秘密基地開放を意味する。簡単にいえば、フェリーチェにとってあの資料室はもう前のように安心出来る場所ではなくなってしまったということで。
「うまくいかない……」
数字で埋まったメモをそっとポケットにしまった。
--今までも、こうして研究で行き詰まる事は多々あった。
そんな時は片っ端からアイデアの材料を探しまくって、頭がショート寸前になるまで考える。
だけど、それでも駄目な時は……少し間をあけるしかない。何度も繰り返してきたから分かりきった事だ。一回脳に招き入れた思考と数式をリセットしてみないと……。
(資料も色々漁ったんだけどな。……調査兵団ってさすが最前線だね。数ヶ月じゃ全部は見れない)
言い換えれば、自分がここに来てまだ日が浅いという事。一気に色々経験したからか、とっくに一年くらい経ってるつもりになってた――。
(ハァ……)
勝手に出た溜息は、何なんだか……。
「フェリーチェ」
「え?……あっ、エルヴィンさん。――まだお仕事……ですか?」
中庭に続く廊下で後ろから声をかけられた。振り向けば近付いてくる大きな影。
エルヴィンの姿にフェリーチェが首を傾げると、彼は肩を竦め、ふぅと息を吐く。
「仕事が遅くて片付かなくてな」
「遅いんじゃなく多いんですよ。エルヴィンさんの場合は」
「ハハ……」
脇にドッサリ書類を抱えるエルヴィンは笑って見せるが、相当疲れている様で、薄暗い中でも口角が重そうのが分かる。
“例のお出かけ”は明日からなのに、そんなに大変そうで大丈夫?
と、自分にはどうすることも出来ない心配をしてしまった。
(ん〜……でも、この人はキチンとするんだろうな)
上品な微笑みでそういうのを上手く隠して、むしろ機嫌悪そうなリヴァイの方が疲れてる様に見せてしまうのかも。
――そんな点ではエルヴィンはやっぱりアインシュバルに似ている。
エルヴィンとリヴァイの二人が並んでいるのを見てると、アインシュバルとその秘書の姿が重なるのだ。
「一人でどこへ行くんだ?」
「中庭へ。エルヴィンさんはどこかへ行ってたんですか? あっち、団長室の方じゃないですよね?」
フェリーチェが指差す先にあるのは、食堂と医務室くらいしかない。そこから書類を持って現れるのが、フェリーチェには不思議だった。
「ああ……。訓練中怪我をした兵士が、念の為と一晩医務室泊まりでね。見舞いに行っていたんだが」
「怪我をした人全員お見舞いに? さすがは団長さんですね。……ん? “だが”?」
「帰り道、食堂で飲んでいたハンジ達に捕まってしまった」
リヴァイとミケ、三人で飲んでいたそうだ。
「明日だって飲むのに? パーティーですよね?」
「仕事で飲むのとはまた違う楽しみがあるんだ」
「はぁ……」
「という主張だった」
「それはハンジさんの言葉ですか? すっごく言いそう」
堪えられずフェリーチェが笑うと、クスリとエルヴィンからも笑い声が溢れる。
まぁな、とエルヴィンは続けた。
「みんな貴族との会合は好きじゃない。多種混ざった香水の香りはミケにはキツ過ぎて耐え難い様だし、ハンジは興味深い話に遭遇してもはしゃげない。リヴァイはフェリーチェも知っての通り、気難し屋だからな」
「幹部ともなると、ただ訓練や調査だけという訳にもいかないし、大変そうですよね……」
「上に立つ者として大変、という意味ではフェリーチェもじゃないか?」
「わたし……?」
「――開発部副部長。忙しい部長の代わりに研究室を取り纏めてると聞いてるぞ?」
「そんな……」
苦笑しつつフェリーチェは肩を竦める。無意識に右肩をさすっていた。
「そんな立派なものじゃないです。研究室のみんなは私より在籍長いし、才能のある人達ですから……。それに助けられて席に居させて貰ってるだけなんですよ。実力は伴っていません。——ただ、与えられた責任は果たさないと……」
最後までちゃんと言えなかった。フェリーチェは拳を握りしめ、唇を噛んだ。俯き、それをエルヴィンに見せないようにする。
間違いは言っていない。けれど全部を曝け出した訳じゃない。もう一度唇を噛んだ。
「君の実力は全員が認めているんじゃないかな。もっと自信を持て、フェリーチェ」
「…………」
エルヴィンの大きな手が、優しくフェリーチェの頭を撫でた。
(部長とおんなじ)
懐かしい気分になる温度と撫でられる喜びは、子供の頃を思い出す。
そして、同時に感じるのは、
(リヴァイさんとは全然違う……)
という事だった。
当たり前の様で、でも、今の自分にはとても重要な意味がある――それは、リヴァイとの関係をここ数日間深く考えていたから思うのかもしれない……。
「さて。そろそろ部屋に戻るか……。フェリーチェも中庭に行くのは構わんが、早めに部屋へ戻ってくれよ」
エルヴィンは、胸元から懐中時計を取り出すと時間を確認した。
カチン、と高めの金属音が目の前で響き、松明の灯りに照らされ銀色が瞬く。
その音と光に、フェリーチェは釘付けになった。
「フェリーチェ?……これがどうかしたか?」
「……綺麗だなって思って」
「そんなに良い品ではないが」
苦笑したエルヴィンだったが、フェリーチェがあまりにも興味深げに覗き込むので、一度閉じた懐中時計を再び開き、「見るかい?」と差し出した。
「重い……昔の物ですか?」
「祖父の代の物だからね。最近のは技術が進み大分軽くなっているが、私にはこの重みの方がしっくりくる――」
「時代の重さかぁ……」
思わず呟いていた言葉。
時の深さと調査兵団団長であるエルヴィンの想いが交錯しているようで、手に乗る銀色がただの時計には思えなくなってくる。
あちこちに小さなキズがあったが、それも、見ている内にこちらの胸に訴えかけてくる囁きの様で――。
「フェリーチェも持っているだろう?」
「私は、時間とは関係ない生活送ってきてますから」
「成程……そう言われると思わず納得してしまうが……ちょっと意外だな」
「そうですか?」
「立体機動装置の隅々や武器の数々に一番関心を寄せている研究員ともなれば、たかが時計といえどこういった金属部品の集合体には目が無いのかと思ってたよ」
「それは勿論!」
(あれ?)
前のめりになって答えた途端、手にしている時計が更に重くなり、あまり装飾が施されていない蓋のシンプルな手触りが、逆に心に引っ掛かるという不思議な感覚。
懐中時計?
……そういえば……
「どうした?」
「あ……。いえ、これに似た様なものをアインシュバル部長も持っていた気がして」
「ああ。彼こそ、こういうものに目が無いんじゃないか? 周りが驚くほど収集していそうな人に思える」
「――確かに収集癖のある人ではありますねぇ。ワインのコルクとか、お菓子の箱とか、執務室に散らかしていて秘書さんに怒られてた時がありましたもん」
「ハハッ! それはいいな!」
エルヴィンの顔から疲労の濃い色が少し消え、薄くなった分笑顔が笑顔らしく見える。
時計を返した時の微笑みも無理をしていない様で、なんだかホッとした。
「そんな少年らしいところがあるから、発想も豊かなのかもしれないな」
「そっか……私も見習おう……」
「いや。フェリーチェはもう十分だよ」
大きな手が、また頭を撫でてくれる。
――褒められたのかな?
そう思うと胸がくすぐったくなった。
「――だから、考え事もほどほどにな」
「……え?」
照れ臭さに俯いた自分に降りて来る、穏やかな声。
エルヴィンを見上げると、父の様なアインシュバルとよく似た目がジッと自分を見ていて、フェリーチェは(やっぱり同じだ)とその目を見つめ返した。
「分かる……んですか……?」
「分かるさ。そんな顔をしてる」
「う……そんな顔って、一体どんな顔を」
咄嗟に手で頬を隠す。
その全く意味の無い行動に、エルヴィンにはクスクスと笑われてしまった。
「じゃあな……フェリーチェ。また明日」
「おやすみ」と、あっという間に声が通り過ぎていく。
それに慌てて、
「お、おやすみなさいっ」
少々大きな声で返すと、エルヴィンは片手を上げて答えてくれた――。
完全に行き詰まった……。
屋上から戻る途中で、フェリーチェの足は一度止まった。
腕を組んで眉根を寄せても、上を見て首を傾げても、思い浮かばないものはどうしたって思い浮かばない。
……開発部を出る時から考えてる理想の形は、今回もまた組み立て半ばで止まるのか――?
また歩き出す。今度は中庭を目指して。
屋上には残念ながら先客が居たので、今日は屋根の上で月を見上げて気分転換……とはいかなかった。本当、残念。
(完全に一人になるにはあそこが一番落ち着くのにねぇ)
それに第二資料室。この前色々と教えてあげたあの女性が、今度は第二資料室も覗くようにすると言っていた。それはつまり、秘密基地開放を意味する。簡単にいえば、フェリーチェにとってあの資料室はもう前のように安心出来る場所ではなくなってしまったということで。
「うまくいかない……」
数字で埋まったメモをそっとポケットにしまった。
--今までも、こうして研究で行き詰まる事は多々あった。
そんな時は片っ端からアイデアの材料を探しまくって、頭がショート寸前になるまで考える。
だけど、それでも駄目な時は……少し間をあけるしかない。何度も繰り返してきたから分かりきった事だ。一回脳に招き入れた思考と数式をリセットしてみないと……。
(資料も色々漁ったんだけどな。……調査兵団ってさすが最前線だね。数ヶ月じゃ全部は見れない)
言い換えれば、自分がここに来てまだ日が浅いという事。一気に色々経験したからか、とっくに一年くらい経ってるつもりになってた――。
(ハァ……)
勝手に出た溜息は、何なんだか……。
「フェリーチェ」
「え?……あっ、エルヴィンさん。――まだお仕事……ですか?」
中庭に続く廊下で後ろから声をかけられた。振り向けば近付いてくる大きな影。
エルヴィンの姿にフェリーチェが首を傾げると、彼は肩を竦め、ふぅと息を吐く。
「仕事が遅くて片付かなくてな」
「遅いんじゃなく多いんですよ。エルヴィンさんの場合は」
「ハハ……」
脇にドッサリ書類を抱えるエルヴィンは笑って見せるが、相当疲れている様で、薄暗い中でも口角が重そうのが分かる。
“例のお出かけ”は明日からなのに、そんなに大変そうで大丈夫?
と、自分にはどうすることも出来ない心配をしてしまった。
(ん〜……でも、この人はキチンとするんだろうな)
上品な微笑みでそういうのを上手く隠して、むしろ機嫌悪そうなリヴァイの方が疲れてる様に見せてしまうのかも。
――そんな点ではエルヴィンはやっぱりアインシュバルに似ている。
エルヴィンとリヴァイの二人が並んでいるのを見てると、アインシュバルとその秘書の姿が重なるのだ。
「一人でどこへ行くんだ?」
「中庭へ。エルヴィンさんはどこかへ行ってたんですか? あっち、団長室の方じゃないですよね?」
フェリーチェが指差す先にあるのは、食堂と医務室くらいしかない。そこから書類を持って現れるのが、フェリーチェには不思議だった。
「ああ……。訓練中怪我をした兵士が、念の為と一晩医務室泊まりでね。見舞いに行っていたんだが」
「怪我をした人全員お見舞いに? さすがは団長さんですね。……ん? “だが”?」
「帰り道、食堂で飲んでいたハンジ達に捕まってしまった」
リヴァイとミケ、三人で飲んでいたそうだ。
「明日だって飲むのに? パーティーですよね?」
「仕事で飲むのとはまた違う楽しみがあるんだ」
「はぁ……」
「という主張だった」
「それはハンジさんの言葉ですか? すっごく言いそう」
堪えられずフェリーチェが笑うと、クスリとエルヴィンからも笑い声が溢れる。
まぁな、とエルヴィンは続けた。
「みんな貴族との会合は好きじゃない。多種混ざった香水の香りはミケにはキツ過ぎて耐え難い様だし、ハンジは興味深い話に遭遇してもはしゃげない。リヴァイはフェリーチェも知っての通り、気難し屋だからな」
「幹部ともなると、ただ訓練や調査だけという訳にもいかないし、大変そうですよね……」
「上に立つ者として大変、という意味ではフェリーチェもじゃないか?」
「わたし……?」
「――開発部副部長。忙しい部長の代わりに研究室を取り纏めてると聞いてるぞ?」
「そんな……」
苦笑しつつフェリーチェは肩を竦める。無意識に右肩をさすっていた。
「そんな立派なものじゃないです。研究室のみんなは私より在籍長いし、才能のある人達ですから……。それに助けられて席に居させて貰ってるだけなんですよ。実力は伴っていません。——ただ、与えられた責任は果たさないと……」
最後までちゃんと言えなかった。フェリーチェは拳を握りしめ、唇を噛んだ。俯き、それをエルヴィンに見せないようにする。
間違いは言っていない。けれど全部を曝け出した訳じゃない。もう一度唇を噛んだ。
「君の実力は全員が認めているんじゃないかな。もっと自信を持て、フェリーチェ」
「…………」
エルヴィンの大きな手が、優しくフェリーチェの頭を撫でた。
(部長とおんなじ)
懐かしい気分になる温度と撫でられる喜びは、子供の頃を思い出す。
そして、同時に感じるのは、
(リヴァイさんとは全然違う……)
という事だった。
当たり前の様で、でも、今の自分にはとても重要な意味がある――それは、リヴァイとの関係をここ数日間深く考えていたから思うのかもしれない……。
「さて。そろそろ部屋に戻るか……。フェリーチェも中庭に行くのは構わんが、早めに部屋へ戻ってくれよ」
エルヴィンは、胸元から懐中時計を取り出すと時間を確認した。
カチン、と高めの金属音が目の前で響き、松明の灯りに照らされ銀色が瞬く。
その音と光に、フェリーチェは釘付けになった。
「フェリーチェ?……これがどうかしたか?」
「……綺麗だなって思って」
「そんなに良い品ではないが」
苦笑したエルヴィンだったが、フェリーチェがあまりにも興味深げに覗き込むので、一度閉じた懐中時計を再び開き、「見るかい?」と差し出した。
「重い……昔の物ですか?」
「祖父の代の物だからね。最近のは技術が進み大分軽くなっているが、私にはこの重みの方がしっくりくる――」
「時代の重さかぁ……」
思わず呟いていた言葉。
時の深さと調査兵団団長であるエルヴィンの想いが交錯しているようで、手に乗る銀色がただの時計には思えなくなってくる。
あちこちに小さなキズがあったが、それも、見ている内にこちらの胸に訴えかけてくる囁きの様で――。
「フェリーチェも持っているだろう?」
「私は、時間とは関係ない生活送ってきてますから」
「成程……そう言われると思わず納得してしまうが……ちょっと意外だな」
「そうですか?」
「立体機動装置の隅々や武器の数々に一番関心を寄せている研究員ともなれば、たかが時計といえどこういった金属部品の集合体には目が無いのかと思ってたよ」
「それは勿論!」
(あれ?)
前のめりになって答えた途端、手にしている時計が更に重くなり、あまり装飾が施されていない蓋のシンプルな手触りが、逆に心に引っ掛かるという不思議な感覚。
懐中時計?
……そういえば……
「どうした?」
「あ……。いえ、これに似た様なものをアインシュバル部長も持っていた気がして」
「ああ。彼こそ、こういうものに目が無いんじゃないか? 周りが驚くほど収集していそうな人に思える」
「――確かに収集癖のある人ではありますねぇ。ワインのコルクとか、お菓子の箱とか、執務室に散らかしていて秘書さんに怒られてた時がありましたもん」
「ハハッ! それはいいな!」
エルヴィンの顔から疲労の濃い色が少し消え、薄くなった分笑顔が笑顔らしく見える。
時計を返した時の微笑みも無理をしていない様で、なんだかホッとした。
「そんな少年らしいところがあるから、発想も豊かなのかもしれないな」
「そっか……私も見習おう……」
「いや。フェリーチェはもう十分だよ」
大きな手が、また頭を撫でてくれる。
――褒められたのかな?
そう思うと胸がくすぐったくなった。
「――だから、考え事もほどほどにな」
「……え?」
照れ臭さに俯いた自分に降りて来る、穏やかな声。
エルヴィンを見上げると、父の様なアインシュバルとよく似た目がジッと自分を見ていて、フェリーチェは(やっぱり同じだ)とその目を見つめ返した。
「分かる……んですか……?」
「分かるさ。そんな顔をしてる」
「う……そんな顔って、一体どんな顔を」
咄嗟に手で頬を隠す。
その全く意味の無い行動に、エルヴィンにはクスクスと笑われてしまった。
「じゃあな……フェリーチェ。また明日」
「おやすみ」と、あっという間に声が通り過ぎていく。
それに慌てて、
「お、おやすみなさいっ」
少々大きな声で返すと、エルヴィンは片手を上げて答えてくれた――。
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