束縛の中の限られた自由
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(――ん? アイツは……)
しばらく進み、視線の先に見つけた一人の兵。
見覚えのある細身の薄茶髪の青年は、手にしている小さな紙を厳しい目で見ながら歩いている。そのせいか、自分には全く気付いてない様だ。
リヴァイは立ち止まり、相手を待ち受けた。
「クライダー」
「え? あっ! リヴァイ兵長……!」
「手元ばかり見ていると、その内他の奴とぶつかるぞ」
「す、すみません! 自分の不注意でした!」
「いや。別に嫌味を言いたい訳じゃない。俺は大分前にお前に気付いていた。あくまで一般論だ」
「……はいっ」
「何ビビってんだよ。俺が虐めてるみてぇじゃねぇか」
怯える表情を見せるクライダーに言う。
すみません、とまたクライダーが謝った。
「兵長、何故僕の名前を……。あっ、フェリーチェから」
「アイツが世話になってる人間の名前くらいは覚えてる」
「世話だなんて……。上司の代わりに林檎を届けているだけです」
「そう謙遜するな。仕事を任されているのは確かだ。班長もよく分かってるみてぇだな」
「……え?」
「フェリーチェに届けるとなると人選は大事だ。――下心丸出しの男は、いくらアイツが鈍感で馬鹿だといっても察するからな。逃げられる」
クライダーは「そんな……自分は」と低い声でまた謙遜した。
真面目で、いかにも温厚そうな男。人望も厚い様だ。
だが反面、壁外に出た時の様子は気になる。儚く散っていきそうな危うさを感じた。
壁外調査には何度か出ている様だから、それなりの能力はあるのだろう。まぁ、運が味方している場合もあるが。
リヴァイから視線を外し、クライダーは手にしているメモをしきりに触っていた。落ち着きがない指先に、つい眉根が寄る。
「それは? ……仕事の途中か。引き止めちまった様だな」
「あっ……これはもう終わった仕事でして……。仕入れの農家の方とのやり取りに使ったものですから……」
「ほう。お前はそんな事まで任されてるのか」
「ただの雑用です」
メモを素早くたたんだクライダーは、ジャケットの奥にそれをしまった。
どこまでも謙虚な男だな。
そう思い、フェリーチェがこの男なら平気だという様子を見せるのも納得出来た。
が、逆にその中途半端な距離感には、少し不満を覚え――。
(これも嫉妬みてぇなもんなのか?)
自分の方が、明らかにフェリーチェとの距離は近いというのに。
「兵長は……」
「俺はこれから会議だ。……。フェリーチェも、資料室整理の女に貸し出したところだからな。一人執務室に残されて不満を漏らす事も無ぇだろう。丁度良かった」
口から出たのは、聞かれてもいないフェリーチェの話だった。
喋っていて内心驚く。
クライダーが、自分の居ない間にフェリーチェの元へ行く事を懸念していると気付いた。
(ああ……これは嫉妬じゃねぇ)
――独占欲だ。
「……そうですか。でも、それならフェリーチェも安心ですね……」
「……」
足元に視線を落とし微笑むクライダーに、リヴァイは、自分のした事は間違っていなかったかもしれない……と感じる。
クライダーは確かに物腰の柔らかい男だが、言葉は特に柔らか過ぎて、それが心の底からの気持ちなのか、それとも本心を隠す為の調子なのかが分かりづらい。
そこの部分に妙な胸騒ぎがした。
「そうだな。アイツは一人を嫌がる」
「……」
クライダーの指先がピクリと反応を見せたのを、リヴァイは見逃さなかった。
(……何か言ってくるか?)
そう思い数秒待ってみたが、クライダーの唇は固く閉ざされたままで震えもしない。
ならば、この話は終わりという事だろう。
リヴァイはその場を立ち去ることを決め、クライダーに仕事に戻る様告げた。
「俺も遅れたらエルヴィンに小言をくらうかもしれねぇしな。お前も早く戻れ」
「……兵長!」
クライダーが口を開いたのは、そのすぐ後だった。
まるで遠くの人間を引き止める様な勢いのある声で、すでに数歩進んでいた自分を止める。
何だと振り返ると、クライダーは自分で呼び止めた癖に一瞬たじろいで見せた。
「どうした」
「あの……フェリーチェは……。いえ、リヴァイ兵長は、フェリーチェの仕事する姿をどう思っていらっしゃいますか?」
「は?」
「彼女は、とても一途に兵長の仕事を支えたいと思っている様なので……。前回の壁外調査の時も……」
最後は聞き取れず。
俯かれてしまっては、言葉を発していたのかすら分からない。
そして、次に耳に届いたのは「あの……」と、叱られた子供の様な小さな声。溜息が出た。
だから、それじゃあ俺が虐めてるみたいだと言ってんだろ。
「仕事ぶりは結果を見れば分かる。アイツは、さすが研究者とあって細かい所まで気を回すからな。俺は大分助かってる。評価もしてる」
「……そうですか。良かった」
「……」
つい、眉間に力を入れてしまう。
クライダーは相変わらず伏し目がちだが、声音から読み取れるものがあった――。
「クライダーよ。お前は、事を荒げたくなくて周りに合わせるタイプの人間のようだな」
「え……」
「それも大事かもしれねぇが、必要以上に自分を抑えていると、いつかテメェの本当にしたい事が分からなくなるぞ」
言葉に顔を上げたクライダーが不安げに自分を見てきた。
隠し事を見破られた時、人はそういう顔をする。
相手の顔を窺いながら、視線を左右に小刻みに揺らす。
言葉に大きく反応したのも相まり、彼の姿は何より雄弁に語っていた。
「それで構わないならいい。ただ、一時でも自分の思いを言葉にするつもりなら、中途半端はやめておけ。お前には無理だ。やり慣れてねぇみたいだからな」
「あの……?」
「――俺に聞きたいのは、フェリーチェの仕事に対する評価じゃねぇんだろ?」
「……あっ」
(やっぱりそうか……下手な芝居うちやがって。俺の反応を見ようとしたな)
腕を組みジッと見据えると、クライダーは全身を強張らせた。
上官に睨まれてヘラヘラ笑ってる様な男は、ろくでも無いうえ救いも無い。
「…………」
しかし、いくら大人しいとはいえ、ここまでお膳立てしてやっても、オロオロするだけで言葉が出て来ない奴もどうなのだろうか――。
「まぁいい。だが、一つ聞きたい。それはフェリーチェの為にか? それとも、お前自身の為にか?」
「そ、それは!……すみません……答えられません」
「ほう」
「自分でも……分からないんです」
「はっ。面白い答えだ」
クライダーの肩がビクリと跳ねたのを見た時、ふとお互いの視線が合った。
一瞬だけ目を細めてからこちらから視線を外してやる。クライダーが、蛇に睨まれたカエルの様だったからだ。
「分からねぇのは、テメェに向き合わないからだろうよ。――クライダー。ただの臆病者はここには要らねぇぞ」
「……」
「みっともなく足掻いてでも向き合うんだな」
再び俯き無言になったクライダーに言葉を投げた。
静かな廊下は、さほど大きな声を出さなくても相手に届く。
分かっているからボリュームを抑えたのだが、逆にそれは自分の声を低くさせ、床を這いクライダーの足元にジワリと近付く黒い影の様になった。
「その為にも教えてやるよ。お前が本当に知りたい質問の答えは『イエス』だ」
それ以上言う事は無い。
クライダーを置き、リヴァイはその場を去った――。
しばらく歩いていると、背後から追ってくる足音が聞こえた。
クライダーが追いかけて来るとは思えない。それに、この騒がしい音……
「やぁ、リヴァイ!」
「やぁ、じゃねぇよ。騒がしいヤツだな」
「いいの?」
「あ?」
急に「いいの」と聞かれ、訳が分からず横を見た。興味深気な顔がこちらを見ており、そこには「早く教えてよー」と書いてある。
「何がだ」
「分かってる癖に。クライダーだよ」
「チッ……盗み聞きか。いい趣味だな、ハンジ」
「聞こえてきたんだよ。それに、バッチバチな緊迫した空気だったでしょう? あれじゃ出て行けないよ」
「アレのどこが緊迫した空気だ。勝手に決めるな。静かに話してたじゃねぇか」
「静かだから余計に……じゃない? クライダー固まってたし。リヴァイは凄み効かせてたじゃん」
「……」
聞いてるどころか覗いてたらしい。
眼鏡を光らせ、壁から顔半分出しているハンジが浮かぶ。これだから、余計なお世話野郎は油断ならないと思った。
「売られた喧嘩を買っただけだ」
「え? 売られたの? 売ったんじゃなくて?」
「いちいちうるせぇな、お前は」
「ちょっと意外で」
「ああ、俺もだ。アイツが想像以上に分かりやすいヤツだってのもな。フェリーチェも、よくアレで気付かねぇもんだ」
「そりゃそうだよ。こんな間近でリヴァイがアピールしてんの、全く気付かない子なんだから」
ハンジが、両掌がくっ付くギリギリのところで止め“こんな間近”を表現する。
リヴァイが目を据わらせてその手を見ると、ハンジはニヤけながら、今度はそれをヒラヒラと振った。
「宣戦布告みたいに聞こえたよ? 最後の方なんて特に。クライダーが聞きたかったのって、リヴァイはフェリーチェを好きなのかどうかなんでしょう?」
「そうだな」
「で、リヴァイは少し危機感とか感じちゃった訳? クライダーに」
「危機感?」
隣りで聞き捨てならない事を言われ、それは違うと返した。
「向かっても来ねぇ奴にコッチから手を出してブッ潰すなんて出来ねぇだろうが。それだけだ」
「へぇ~」
「まだ言いたい事がありそうだな」
「クライダーみたいな子は、決心すると突き進みそうだからねぇ……。そうなったら、さすがにフェリーチェだって分かるよね。クライダーの好きな人が自分だって」
「だろうな」
「だから聞いたんだよ。“いいの?”」
「いい」
会議室に向かう足は自然と速くなり始めていた。
早く会議を始めたら、その分早く終わるのだろうか?
……なんて思いながら――。
「アイツには選ぶ権利がある」
「渡す気はこれっぽっちも無い癖に、まぁ毎回よく言うよ」
「……」
「困ったもんだね。のんびりしてたら、それこそどうなるか……」
「意外だよ」と、ハンジはまた言ったが、自分は別にのんびりしている訳ではなかった。
焦っている――?いや、そういう訳でもない……。
「……俺は怖いのか?」
「……へっ?」
斜め上でハンジの声が短く跳んだ。
眉間をつまみ、リヴァイはその声を甘んじて受ける。……ああ、だろうなハンジよ。その反応は正しいぞ。
(俺も同じ反応をしたい……)
会議室へと続く廊下は、一般の兵はあまり歩かない。時々すれ違う者は書類を抱える事務官ばかり。
リボンとスカートの裾を揺らすフェリーチェとは似ても似つかないのに、前から女が来ると一瞬でもドキッとした。
この状態、フェリーチェは誰にも渡さない、と言ってる割に大分女々しい気がしてならない。
フェリーチェが自分のもとから離れていくのが、想像出来なくなってきている――。
「ちょっと、溜息吐かないでよ。どうしたらいいか分かんなくなるでしょ」
「俺がな」
「私がだよ」
「……」
「また溜息! もー、らしくないよ? リヴァイ」
バシッと背中を叩かれ、その勢いに「そうだな」と言葉が出てきた。
それをきっかけにリヴァイは続ける。
「アイツを想う奴は皆同じ事を考える。傷付けたくない守ってやりたい、とな」
「うん」
「クライダーもそうだろう」
「当然、リヴァイと同じ位には思ってるだろうね」
「ああ。だがな、自分も守れない奴が他人を守るなんて事は、そう出来るもんじゃねぇ。俺はその辺に関しては自信があるが……」
「うん?」
フェリーチェの為か、それとも自分の為か、と疑問を投げた時、クライダーは「答えられない」と言った。「自分でも分からない」のだと。
(――それで良いのか? そんなヤツがフェリーチェを守れるのかよ)
いくら、万に一つの可能性という人間だといっても、そこは譲れない最低ラインだ。
「クライダーがどうしたいのか知らねぇが、今のままじゃアイツは駄目だ。選択しなければならない時にウジウジ考える様な奴は、いつか自分の弱さに足を掬われる。壁外だったら死ぬ事もあるだろうな。――命はひとつしか無ぇ。当たり前の話だ……」
一気に喋ってから、リヴァイはもう何度目か分からなくなってる溜息を漏らした。
一方のハンジはリヴァイの話が終わっても何も答えない。しかし、会議室が目前となった時、急に吹き出し笑い始めた。
「ブハッ!」
「あ? オイ、クソ眼鏡。こっちは真剣に話しただけなのに何笑ってんだ」
「いや……ごめん! さっきのは訂正するよ。実にリヴァイらしいね!」
「は?」
「つまり、リヴァイはクライダーを恋敵と認める前に、まず兵士としての彼を心配してるんだ?」
「……いや、」
「イイってイイって! 分かるよ〜。調査兵は一人でも失いたくない。……希望と未来がある若者達は特にね」
バカ笑いを止めたハンジが、リヴァイに柔らかな視線を向ける。
そう見られる事に抵抗を感じ、リヴァイは顔を背けた。
「そんなつもりで言った訳じゃない、とか言いたげな顔だね。――でもね、リヴァイ。私はリヴァイのそういう不器用なところ、好きだよ」
会議室の扉の前で立ち止まると、ハンジは静かに言った。
それに舌打ちで返す。
「……クソが。無駄話は終わりだ」
「ハイハイ。じゃあ、それはまた後でにしよう」
「……。後も何も無いぞ」
「くっ、ふふふふぅ」
「気持ち悪ぃな。やめろ」
――会議室へ入ると、すでに席についていたエルヴィンとミケ。
「お。二人揃って登場か」
「遅かったな」
「俺は時間通りだ」
「私は早目に来たはずなんだけどなぁ」
二人の言い分に、エルヴィンは苦笑を見せた。
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