束縛の中の限られた自由
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8
廊下の壁に背を預け、リヴァイはエルヴィンの部屋の前で、彼を待っていた。
時はもう深夜近くだが、団長であるエルヴィンが一兵士と同じ様に仕事を終えられる日は無く、遅い時間になるのも珍しい事ではない。
今日は自分も自室に戻る時間が遅かった。
それでもエルヴィンの方が遅いと分かっていたから、頃合いを見計らって出て来たつもりだ。
しかし、考えは浅かった様だ。思っていたよりエルヴィンの帰りは遅い。
一度部屋に戻ろうか。そうも考えたが、近い場を行き来するのも面倒だった。それならば、こうして廊下で待ちながら、何から話せば良いのか考えをまとめている方がいい。
幸い、待ち人はそれから程なくして自室へ帰って来た。
「リヴァイ。どうした?」
「薄暗くても目の下のクマが分かるぞ。少し張り切り過ぎじゃねぇのか?」
「動かなければならないものから片付けていると、どうしても書類の方がたまってしまってな」
苦笑するエルヴィンの腕の中には、書類の束がある。
部屋に戻ってもなお仕事をする気らしいが、この男は一体いつ眠ろうというのか……。
「人には体調管理の重要性を訴えてるクセに、てめぇが体調不良でブッ倒れるなんて笑えねぇぞ」
「確かにな。……心得よう」
肩を揺らしフッと笑ったエルヴィンの目は、笑顔の割に表情が無かった。
きっと、誰が言っても無駄なのだ。
問題が山積みと言える調査兵団をまとめる団長の仕事は、例えハンジやリヴァイであっても変わってやる事は出来ないのだから――。
「話がある、か」
「ああ。疲れてるところ悪いんだがな」
「いいさ。気分転換にもなる。いい酒があるから、付き合いで飲んでいけ」
団長室にはよく出入りしても、リヴァイがエルヴィンの自室に来る事は滅多にない。
エルヴィンはその意を分かっている様だ。
『気分転換』や『酒に付き合え』という言葉に、プライベートな話だろう? と込められた思いが見えた。
リヴァイを部屋に招き入れ、机に書類を置いたところで「ああ……そうだ」とエルヴィンは呟く。
数枚の用紙を取り出し、ソファーに遠慮無く足を組み座るリヴァイへ、
「明日渡そうと思っていたものだ。ついでだから持っていってくれないか?」
と言い、それを手渡した。
「何だ?」
「見れば分かる」
――渡されたものにサッと目を滑らせるリヴァイの眉間に、深い皺が現れる。
「これをどうしろと」
「ある程度の情報を頭に入れて置いて欲しい」
「何故」
「自分の事を知っていてくれた、となれば嬉しいものだろう?」
数枚の用紙には、今度開かれる貴族との懇談会――という名のパーティーに出席する大勢の簡単なプロフィールが載っている。
……またか。いい加減にしてくれ。面倒臭い。
「俺は、誰だか知らねぇ奴が自分のあれやこれやをよく知っていたら気持ちが悪い」
「彼らはそうじゃない。リヴァイにとっては見知らぬ相手でも、あちらからすれば『憧れの的、人類最強の兵士長様』だ」
「……。アイツらの自慢のネタにされるってコトかよ」
「まあ、そう言うな。今回の集まりは、ここ最近の中で一番人が集まる。少しでも交渉相手を作っておきたい」
「……」
中々同調を得られない壁外調査に対して理解を示し、出資してくれる貴族を探し出すのは、そう容易い事ではない。
多くの貴族が集まる場は、その出資者を見つけるチャンスが増える場である。
それは分かる。分かるのだが。
「豚共に付き合って“お茶会”するために……二日も」
――ここを離れるだと?
しかし、決定されたものは覆らない。
フェリーチェの顔が浮かんだ。
(アイツを置き壁外調査に出た時の、あの後ろめたさをまた味わう事になるのか……)
「お前の気持ちは分かるが、フェリーチェを連れていく訳にはいかないからな……」
呟くエルヴィンに、リヴァイは「ハッ」と短く笑う。申し訳なさそうに言われ、そうなのかと残念がる方が馬鹿だ。
「フェリーチェを連れていけなくて肩を落としているのはお前だろ、エルヴィン。アイツは見栄えが良いからな。一緒に居るだけで目立つし、話題には事欠かない。……中央の奴らがどう動くかは別として、フェリーチェが武器やら何やらの開発に携わってる研究者だと知れば、あの豚共の目の色も変わるだろうよ」
「……」
「今ここにいるフェリーチェは、調査兵団の看板娘みてぇなもんだ。利用出来なくて残念だったな」
リヴァイは吐き捨てる様に言った。
「否定はしない」
エルヴィンは肩を竦めながら、テーブルにグラスを出す。
小さなグラスに半分ほど琥珀色の液体を注ぐと、それを見つめ、独り言かと思うほどの小声で喋った。
「だがな。俺だってフェリーチェを傷付けるような真似はしたくない。――行けと言われれば、あの子は黙って従うだろう。しかし、行き先が行き先なら……フェリーチェを第一に考えてやらなければな……」
明るい部屋のもとでは、エルヴィンの目の下のクマは更に濃く見える。
疲れ切った顔で酒を飲む男は、普段の威厳ある姿を失っていた――。
「どのみち、アイツを表立った所に引っ張り出すのは難しいんだろ」
酒を一口。滅多にお目にかかれない上等な味に、内心驚く。
「フェリーチェは、箱に入れられたままの着せ替え人形らしいな」
「……知っていたのか」
「お前こそ、何故黙っていた」
「まさかそこまで自由の利かない身だとは思わなかった。――リヴァイと初めて街に出た日、フェリーチェが洋服を『用意して貰った』と言っていたのが何となく引っ掛かってはいたがな……。休日に買い物に行く位、誰でもするだろう? ましてフェリーチェは女性だぞ? 気に入った洋服を欲しがるのも普通は……」
エルヴィンは口を閉じた。
沈黙の中で、恐らくエルヴィンは自分と同じ事を考えているのだろうと思う。
フェリーチェは自分達が知る常識の中で生きてこなかった。そのフェリーチェを相手に、普通の人間はこうだ、という考えが通るはずがない。
分かってはいたが、理解が足りなかった。
常識はずれなのはフェリーチェではなく、フェリーチェを取り巻く中央の人間だ――。
「エルヴィン。どこまで事情を知った上で、アイツを預かっている…」
「………そうだな。知っているようで、俺はフェリーチェの殆どを知らないのかもしれない」
「答えになってねぇぞ」
「部長とは、彼の予定が整い次第会う手筈になっている。その時には大体の事情が分かるだろう……リヴァイも一緒に会うと良い……」
「それは、まだ俺には話せないと言っていると認識していいのか?」
「……」
グラスの中身を飲み干し、二杯目を注ぐエルヴィンは口を開こうとしなかった。
(そうだ、という事か……)
「お前がそうすべきだと思ってるならそれでいい。だが、もうひとつ聞きたい事がある。壁外で俺に言っていた意味深な言葉は、フェリーチェの背中の傷と何か関係あるのか?」
「お前は見たのか!?」
「オイオイ。そんな目ん玉ひん剥いて驚いてんじゃねぇよ。誤解の無いように言っておくが、アイツから見て欲しいと見せてきたんだ。俺は何も手ぇ出しちゃいねぇぞ」
「そ……そうなのか……フェリーチェが」
「ハンジも見てる。その様子じゃ、お前は見てないようだな」
「当たり前だろう。女性はそう簡単に、男に肌を見せないものだぞ?」
エルヴィンの苦笑は、いやに自嘲的だ。
しかし、それが自分へ向けられた嫌味の様にも取れリヴァイは眉を顰める。何が言いたいんだ? コイツは――。
ソファーの背にもたれ、また「そうか」と呟くエルヴィンの目は一度固く閉じられた。
が、少しの間の後に開かれたそれは、疲れきっていた先程とは違い、奥に力強さが見える。
会議の時に見る眼だった――。
「……」
「やはり、フェリーチェは……リヴァイなんだろうな」
「なに?」
「いいや。俺もなるべく力になってやりたいと思っているんだが、それにも限界がある様だ」
ハハ、と笑うエルヴィンは、コッチが新たな疑問を持つ様な事ばかり言う。
「アイツにしてやれる事が、俺とお前……同じとは限らねぇ」
夕方、仕事を終え執務室を去る際のフェリーチェの表情を思い出したリヴァイは、胸に陰りを感じた。
「それに、俺にだって限界はある――」
(何か言いたげだったが、結局言わずに帰って行ったな……)
たったそれだけだったが、エルヴィンに言った言葉は自分に突き刺さる思いがした――。
――しばし沈黙が続いた。
喉に流し込んだ酒は、初めはほろ苦く、後から甘みがやってくる。
リヴァイは表情を微かに緩め呟いた。
「……いい酒だ」
「だろう?」
「ミケも、どこからか匂いを嗅ぎつけてよく見つけてくるが……」
ここまでのモノはな。
そう口に出してから思う事があり、グラスを揺らしているエルヴィンの顔を見た。
「仲良しの貴族様か?」
「特定の貴族と深交を結ぶ気はない。後々が面倒だからな」
「……ほう」
「貴族と繋がりたい商会と、商売に興味のある貴族を、引き合わせた事はあったが」
「結局仲良くしてんじゃねぇか」
「ハハッ」
エルヴィンは、今度はグラスではなく肩を揺らし。
「少し違うな。今回は双方が求めている利益が一致しているのを知ったから、それを橋渡ししたに過ぎん。ビジネスに近い」
「……これは仲介料だ、と?」
「まさか。言い値で買ったぞ? 俺は客第一号だ」
「……」
浅く息を吐いた。
日頃から先へ先へと事を読み、自分の手の内を他人に見せず目論見を果たす。エルヴィンにはそういう一面がある。
――どうやら今回もそうらしい。
「相変わらず食えねぇ奴だ。まぁ、調査兵団団長ともなると、それ位の計算は出来ねぇとな」
「そういうことだ」
目を細め、口元に微笑。
しかし、瞳に感情は見られなかった。
「……」
前回の壁外調査では、予想以上の被害者を出している。調査兵団存続を疑問視する声は、これまで以上に増えるはずだ。
となると、それに対応出来るモノが欲しい。今度の貴族との集まりも、今聞いた「橋渡し」とやらも、それらを作り出す為になさねばならない仕事……という訳か――。
「それはそうと、お前の顔は本当に酷ぇぞ。難しいんだろうが、少しはゆっくり休んだらどうだ? 調整すりゃ半日くらい簡単なんだろ? フェリーチェを連れ出す時間は作れたんだからな」
「ああ……成程……。リヴァイ」
エルヴィンはグラスを口元へ持っていく手を止め、リヴァイの顔を真顔で見つめる。
「リヴァイが話があると言ったのは、お前に断り無く彼女を誘った事に対する抗議だったのか」
「……違う」
同じく真顔で、リヴァイはエルヴィンに低く返した――。
廊下の壁に背を預け、リヴァイはエルヴィンの部屋の前で、彼を待っていた。
時はもう深夜近くだが、団長であるエルヴィンが一兵士と同じ様に仕事を終えられる日は無く、遅い時間になるのも珍しい事ではない。
今日は自分も自室に戻る時間が遅かった。
それでもエルヴィンの方が遅いと分かっていたから、頃合いを見計らって出て来たつもりだ。
しかし、考えは浅かった様だ。思っていたよりエルヴィンの帰りは遅い。
一度部屋に戻ろうか。そうも考えたが、近い場を行き来するのも面倒だった。それならば、こうして廊下で待ちながら、何から話せば良いのか考えをまとめている方がいい。
幸い、待ち人はそれから程なくして自室へ帰って来た。
「リヴァイ。どうした?」
「薄暗くても目の下のクマが分かるぞ。少し張り切り過ぎじゃねぇのか?」
「動かなければならないものから片付けていると、どうしても書類の方がたまってしまってな」
苦笑するエルヴィンの腕の中には、書類の束がある。
部屋に戻ってもなお仕事をする気らしいが、この男は一体いつ眠ろうというのか……。
「人には体調管理の重要性を訴えてるクセに、てめぇが体調不良でブッ倒れるなんて笑えねぇぞ」
「確かにな。……心得よう」
肩を揺らしフッと笑ったエルヴィンの目は、笑顔の割に表情が無かった。
きっと、誰が言っても無駄なのだ。
問題が山積みと言える調査兵団をまとめる団長の仕事は、例えハンジやリヴァイであっても変わってやる事は出来ないのだから――。
「話がある、か」
「ああ。疲れてるところ悪いんだがな」
「いいさ。気分転換にもなる。いい酒があるから、付き合いで飲んでいけ」
団長室にはよく出入りしても、リヴァイがエルヴィンの自室に来る事は滅多にない。
エルヴィンはその意を分かっている様だ。
『気分転換』や『酒に付き合え』という言葉に、プライベートな話だろう? と込められた思いが見えた。
リヴァイを部屋に招き入れ、机に書類を置いたところで「ああ……そうだ」とエルヴィンは呟く。
数枚の用紙を取り出し、ソファーに遠慮無く足を組み座るリヴァイへ、
「明日渡そうと思っていたものだ。ついでだから持っていってくれないか?」
と言い、それを手渡した。
「何だ?」
「見れば分かる」
――渡されたものにサッと目を滑らせるリヴァイの眉間に、深い皺が現れる。
「これをどうしろと」
「ある程度の情報を頭に入れて置いて欲しい」
「何故」
「自分の事を知っていてくれた、となれば嬉しいものだろう?」
数枚の用紙には、今度開かれる貴族との懇談会――という名のパーティーに出席する大勢の簡単なプロフィールが載っている。
……またか。いい加減にしてくれ。面倒臭い。
「俺は、誰だか知らねぇ奴が自分のあれやこれやをよく知っていたら気持ちが悪い」
「彼らはそうじゃない。リヴァイにとっては見知らぬ相手でも、あちらからすれば『憧れの的、人類最強の兵士長様』だ」
「……。アイツらの自慢のネタにされるってコトかよ」
「まあ、そう言うな。今回の集まりは、ここ最近の中で一番人が集まる。少しでも交渉相手を作っておきたい」
「……」
中々同調を得られない壁外調査に対して理解を示し、出資してくれる貴族を探し出すのは、そう容易い事ではない。
多くの貴族が集まる場は、その出資者を見つけるチャンスが増える場である。
それは分かる。分かるのだが。
「豚共に付き合って“お茶会”するために……二日も」
――ここを離れるだと?
しかし、決定されたものは覆らない。
フェリーチェの顔が浮かんだ。
(アイツを置き壁外調査に出た時の、あの後ろめたさをまた味わう事になるのか……)
「お前の気持ちは分かるが、フェリーチェを連れていく訳にはいかないからな……」
呟くエルヴィンに、リヴァイは「ハッ」と短く笑う。申し訳なさそうに言われ、そうなのかと残念がる方が馬鹿だ。
「フェリーチェを連れていけなくて肩を落としているのはお前だろ、エルヴィン。アイツは見栄えが良いからな。一緒に居るだけで目立つし、話題には事欠かない。……中央の奴らがどう動くかは別として、フェリーチェが武器やら何やらの開発に携わってる研究者だと知れば、あの豚共の目の色も変わるだろうよ」
「……」
「今ここにいるフェリーチェは、調査兵団の看板娘みてぇなもんだ。利用出来なくて残念だったな」
リヴァイは吐き捨てる様に言った。
「否定はしない」
エルヴィンは肩を竦めながら、テーブルにグラスを出す。
小さなグラスに半分ほど琥珀色の液体を注ぐと、それを見つめ、独り言かと思うほどの小声で喋った。
「だがな。俺だってフェリーチェを傷付けるような真似はしたくない。――行けと言われれば、あの子は黙って従うだろう。しかし、行き先が行き先なら……フェリーチェを第一に考えてやらなければな……」
明るい部屋のもとでは、エルヴィンの目の下のクマは更に濃く見える。
疲れ切った顔で酒を飲む男は、普段の威厳ある姿を失っていた――。
「どのみち、アイツを表立った所に引っ張り出すのは難しいんだろ」
酒を一口。滅多にお目にかかれない上等な味に、内心驚く。
「フェリーチェは、箱に入れられたままの着せ替え人形らしいな」
「……知っていたのか」
「お前こそ、何故黙っていた」
「まさかそこまで自由の利かない身だとは思わなかった。――リヴァイと初めて街に出た日、フェリーチェが洋服を『用意して貰った』と言っていたのが何となく引っ掛かってはいたがな……。休日に買い物に行く位、誰でもするだろう? ましてフェリーチェは女性だぞ? 気に入った洋服を欲しがるのも普通は……」
エルヴィンは口を閉じた。
沈黙の中で、恐らくエルヴィンは自分と同じ事を考えているのだろうと思う。
フェリーチェは自分達が知る常識の中で生きてこなかった。そのフェリーチェを相手に、普通の人間はこうだ、という考えが通るはずがない。
分かってはいたが、理解が足りなかった。
常識はずれなのはフェリーチェではなく、フェリーチェを取り巻く中央の人間だ――。
「エルヴィン。どこまで事情を知った上で、アイツを預かっている…」
「………そうだな。知っているようで、俺はフェリーチェの殆どを知らないのかもしれない」
「答えになってねぇぞ」
「部長とは、彼の予定が整い次第会う手筈になっている。その時には大体の事情が分かるだろう……リヴァイも一緒に会うと良い……」
「それは、まだ俺には話せないと言っていると認識していいのか?」
「……」
グラスの中身を飲み干し、二杯目を注ぐエルヴィンは口を開こうとしなかった。
(そうだ、という事か……)
「お前がそうすべきだと思ってるならそれでいい。だが、もうひとつ聞きたい事がある。壁外で俺に言っていた意味深な言葉は、フェリーチェの背中の傷と何か関係あるのか?」
「お前は見たのか!?」
「オイオイ。そんな目ん玉ひん剥いて驚いてんじゃねぇよ。誤解の無いように言っておくが、アイツから見て欲しいと見せてきたんだ。俺は何も手ぇ出しちゃいねぇぞ」
「そ……そうなのか……フェリーチェが」
「ハンジも見てる。その様子じゃ、お前は見てないようだな」
「当たり前だろう。女性はそう簡単に、男に肌を見せないものだぞ?」
エルヴィンの苦笑は、いやに自嘲的だ。
しかし、それが自分へ向けられた嫌味の様にも取れリヴァイは眉を顰める。何が言いたいんだ? コイツは――。
ソファーの背にもたれ、また「そうか」と呟くエルヴィンの目は一度固く閉じられた。
が、少しの間の後に開かれたそれは、疲れきっていた先程とは違い、奥に力強さが見える。
会議の時に見る眼だった――。
「……」
「やはり、フェリーチェは……リヴァイなんだろうな」
「なに?」
「いいや。俺もなるべく力になってやりたいと思っているんだが、それにも限界がある様だ」
ハハ、と笑うエルヴィンは、コッチが新たな疑問を持つ様な事ばかり言う。
「アイツにしてやれる事が、俺とお前……同じとは限らねぇ」
夕方、仕事を終え執務室を去る際のフェリーチェの表情を思い出したリヴァイは、胸に陰りを感じた。
「それに、俺にだって限界はある――」
(何か言いたげだったが、結局言わずに帰って行ったな……)
たったそれだけだったが、エルヴィンに言った言葉は自分に突き刺さる思いがした――。
――しばし沈黙が続いた。
喉に流し込んだ酒は、初めはほろ苦く、後から甘みがやってくる。
リヴァイは表情を微かに緩め呟いた。
「……いい酒だ」
「だろう?」
「ミケも、どこからか匂いを嗅ぎつけてよく見つけてくるが……」
ここまでのモノはな。
そう口に出してから思う事があり、グラスを揺らしているエルヴィンの顔を見た。
「仲良しの貴族様か?」
「特定の貴族と深交を結ぶ気はない。後々が面倒だからな」
「……ほう」
「貴族と繋がりたい商会と、商売に興味のある貴族を、引き合わせた事はあったが」
「結局仲良くしてんじゃねぇか」
「ハハッ」
エルヴィンは、今度はグラスではなく肩を揺らし。
「少し違うな。今回は双方が求めている利益が一致しているのを知ったから、それを橋渡ししたに過ぎん。ビジネスに近い」
「……これは仲介料だ、と?」
「まさか。言い値で買ったぞ? 俺は客第一号だ」
「……」
浅く息を吐いた。
日頃から先へ先へと事を読み、自分の手の内を他人に見せず目論見を果たす。エルヴィンにはそういう一面がある。
――どうやら今回もそうらしい。
「相変わらず食えねぇ奴だ。まぁ、調査兵団団長ともなると、それ位の計算は出来ねぇとな」
「そういうことだ」
目を細め、口元に微笑。
しかし、瞳に感情は見られなかった。
「……」
前回の壁外調査では、予想以上の被害者を出している。調査兵団存続を疑問視する声は、これまで以上に増えるはずだ。
となると、それに対応出来るモノが欲しい。今度の貴族との集まりも、今聞いた「橋渡し」とやらも、それらを作り出す為になさねばならない仕事……という訳か――。
「それはそうと、お前の顔は本当に酷ぇぞ。難しいんだろうが、少しはゆっくり休んだらどうだ? 調整すりゃ半日くらい簡単なんだろ? フェリーチェを連れ出す時間は作れたんだからな」
「ああ……成程……。リヴァイ」
エルヴィンはグラスを口元へ持っていく手を止め、リヴァイの顔を真顔で見つめる。
「リヴァイが話があると言ったのは、お前に断り無く彼女を誘った事に対する抗議だったのか」
「……違う」
同じく真顔で、リヴァイはエルヴィンに低く返した――。