束縛の中の限られた自由
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昨日と変わらない夜空に瞬く、一番明るい星。
それを、指で作ったフレームの中に収めて眺める。
ふぅ、と溜息が漏れたのは、遠い空に伸ばす自分の手が星よりも気になったからだった。
キスをせがんだ自分の心情は今でもきちんと説明出来ないが、リヴァイの胸へ飛び込んだあの時の気持ちはハッキリしてる。
思い返すと少し切なく、じわりと胸が熱くなった――。
掌をそっと胸元へ添えたフェリーチェは、屋根から向かいの兵舎を見下ろした。
夜も大分更け、兵舎は静まり返っている。
昼間は沢山の人間が行き交い、音と声で溢れる場所。自分が慣れ親しんできた所とは正反対の場所。
ああ……。私は。
(研究員だから。兵士にはなれない)
リヴァイに質問を投げかけられて、改めて考えた……昨日の夜。
――今『帰ってこい』と言われたら……お前は明日にでも帰る事が出来るのか?
起きろ! と、顔に水をかけられた時の様に、ハッとさせられた質問だった。
でもそれは、想像さえしてれば簡単な事で。
むしろ、何故今まで考えなかったのかが不思議な位で。
(突然、行って来いって言われたんだもん。突然、帰って来いって言われる事だってあるんだよね)
――あの瞬間、自分は返答に困ってしまった。
すぐに「はい」と言うべき立場なのに。
そうだ。自分は、必ずそう言わなければならない。
何を迷う必要がある。あそこへ戻れば、自分がしたい事が存分に出来るし、何もかも与えられる。
それに……。
そんなことよりも——。
――フェリーチェ。君が何故ここに居るのか、改めて言う必要は無いだろう。
――あなたにしか出来ないのよ。だから此処にいて。あなたは私達の大事な宝物なの。
「…………」
フェリーチェは唇を噛み、拳を握りしめた。
爪が食い込むほど握ったので、それは微かに震え始める。
誰も居ない場所だが、見られるのを恐れ、フェリーチェは身を丸めて腕ごと隠した。
隠したのは腕だけじゃない。
「沈まれ……収まれ……」
呪文のように唱えるが、
「……い、……っ」
そうすればそうする程、どういう訳か落ち着かない。
それどころか、鼓動がどんどん速くなり、額に汗が滲み出てくる始末。
荒く短い息を吐きながら、フェリーチェは込み上げてくる重い“何か”の塊を喉に感じた。
――今『帰ってこい』と言われたら……お前は明日にでも帰る事が出来るのか?
「んっ!」
咄嗟に手で口を覆う。
けれども、透明な空気の塊は一瞬にしてまるで水の様な液体状に変わり、指の間から次々と零れていく。
そして、地面に向かう一粒一粒が音になった。
「……い、や……で、す……」
(……っ!?)
塊が言葉になると、自分でも驚くぐらいに身体が楽になる。だが、フェリーチェは激しく戸惑いを感じてしまった――。
『中央の人』に逆らう気は全く無い。
だから今こぼした言葉は、どんなに楽になろうと……きっと間違ってる、本当は言ってはいけない言葉だ。その理由だってちゃんとある。
(じゃあなんで、正しい答えで返答出来なかったの?)
「リヴァイさん……私……私は——」
――お前は、俺がもし『お前はまだここに居るべきだ』と助言したら……俺の判断を信じ、ここに残るか?
頭に響くリヴァイの言葉に、フェリーチェは何度も頷いていた。
(勿論です。だって、リヴァイさんの判断だもの)
質問が変わっただけで、こんなにもすぐ答える事が出来るなんて。
何故? 不思議……。
帰る事が出来るのか? と言われた時より、残るか? と聞かれた方がホッとしてた。
だけどリヴァイは、どうしてそんな質問をしてきたのだろうか——。
(お前はまだここに居るべきだ、か……)
「……」
そんな言葉を聞いてしまったからだと思う。
帰り道で、振り向いたリヴァイが自分へ手を差し伸べてくれた時。
「あぁ〜……」
夜空へ伸ばした自分の手を、今一度見つめる。
「私の勝手な思い込みなのに。……はずかしいなぁ」
手を貸してくれただけだ。それなのに、
「俺のそばに来いって言われたみたいに思っちゃって……」
(近くにいたい――)
まだ近くに、もっと……近くに。
――そう思ったら止められなかった自分。
「でも! だからって、いきなり『キスしたいんです』になるって……! それはおかしいでしょうよぉっ、私!」
高熱出した時に、本当はどこか悪くしたんじゃないの!? 脳とか! 脳機能とか!
だって、あの時からなんかおかしいんだもの!
(なんだろう。なんでだろう…)
頭を抱えてフェリーチェは延々と考えた。
それなのに、リヴァイの顔を思い出している内に考えが逸れてしまい、疑問は違う方向に――。
「そうだっ!」
ハッと顔を上げるフェリーチェから出た言葉は、自分がおかしくなった原因について……ではなかった。
「謝り損ねちゃったから、聞くのも忘れちゃった! どうしてリヴァイさんは私の暴走に付き合ってくれたんですか、って……!!」
――リヴァイが聞いたら、それこそ頭を抱え崩れ落ちそうな、フェリーチェの疑問であった……。