束縛の中の限られた自由

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7


 屋上へ続く螺旋階段。
 フェリーチェは、なるべく抑えた足音で登っていた。
 松明の灯りは無い。足元を確認するには石壁の所々にくり抜かれた部分から入る、僅かな明かりのみとなる。
 しかし、昼夜関係なく何度も昇り降りしている階段なので、特に視界に困ることは無く、すぐに屋上へ着いた。
 ドアをゆっくり開けて、隙間から人気が無いことを確認。
 更に慎重に顔を出して確認。次に上半身、最後に右足を大股一歩で確認。念には念を、だ。
 この屋上は誰でも出入りできる場所。滅多に人が来ない第二資料室とは違う。
 先客がいる時もあるから、確認は怠れない。
(よし。誰も居ない)
 フェリーチェは伸びをしながら屋上に出て、夜のひんやりとして澄んだ空気を大きく吸った。肺に流れ込む清涼感。頭がスッキリする。

――さてさて。くつろぐのはまだ早い。

 今は人が居なくとも、この後誰かが来るかもしれない。
 それに、“ただの屋上部分”は、自分の落ち着ける場所じゃないから……。
 兵団の敷地を見渡せる場所には寄らず、フェリーチェが走り寄ったのは、高さは三メートル近くあるだろう壁だった。
 これを登れば屋根部分。登ろうと考える人間なんて、きっとフェリーチェくらいしかいない。
 だから良い。第二資料室に続く秘密基地だ。
 最近、何かあれば資料室に籠る事がリヴァイにバレてしまったので、あそこは準秘密基地になってしまった。
 リヴァイが来るのが嫌な訳じゃない。
 むしろ、秘密基地仲間が出来たみたいで、それはそれで楽しいし、嬉しい。
 それに、リヴァイと二人でいるのは、とても心地良いし――。
(こんな事してるのリヴァイさんにバレたら……怒られるよね、絶対。うん)
 石壁の凹凸に器用に指と爪先をかけ、フェリーチェはするすると壁を登る。
 引っ掛ける場所は勿論決まっていて、ある意味階段と変わらなかった――。

「おおっ。さすが百点満点の秘密基地!」

 と、自分一人で納得の頷きを。
 このかなりの広さを独り占め出来るなんて、私はなんてラッキーなんだろう!
(兵団様様だね。こんな凄い場所、開発部に無いもの)
 軽やかに屋根に着いたフェリーチェは、早速、ころんと寝っ転がった。
 月と星。今日の夜空は晴れている。
 月の周りは明るくて星が見えないけれど、少し頭を動かせば、沢山の星が瞬いている。
 幼い頃に見上げた夜空を思い出して、自然と笑みがこぼれた。
(昔かぁ……)
 あの小さな家は、どうなったんだろう?
 まだ残っているのか今まで考えた事がなかったが、それがどうしてなのか自分でもあまりよく分からなかった。
 もしかしたら、知らず内に「あそこには帰れないから」と考えない様にしていたのかもしれない……。
(分からない事だらけなんだよな、私)
 もう本当に。すべてが中途半端な気がして、消化不良だ。
 ここに来てからずっとそう。
(……こう、なんて言っていいか……ふわっとした雲? 霧? みたいなものが、頭の中にかかってるというか……)
 悪い感じではないのだ。
 今は、それしか言えない――。

「っ! 流れ星っ!」

 スッと流れた一瞬の光。
 勢いよく起き上がったが、細い線はあっという間に消えている。
 来た時と同じ空を見上げ、ふと、思った。
(夜空って、こんなに綺麗だったっけ?)
 昔を思うと、所々大きな“何か”が抜けている。
 悲しいものか楽しいものか、はたまたもっと違うものなのか……それすらも思い出せない。
 子供の頃の記憶なんて、まるで、夢の中で遊んでいたかの様な曖昧さ。
 鮮明な思い出以外、うろ覚えのシーンは願望という台本で脚色されている気もした――。
 でも。
 覚えているものは、脳の中にしまっている引き出しを開ければ鮮やかに蘇る。

――高く、青い空。飛ぶ白い鳥。

 木登りしたら、思いのほか高くまで登ってしまい、真下の地面が奈落の底の様に見え、恐怖に大泣きしたこと。
 村伝統の収穫を願う星祭りで、沢山の星を見上げながら、両親と手を繋いで歩いた夜の帰り道。
 幸せそうに笑ってた父と母の顔。
 ほらね。とても懐かしい――。
(そういえば……今まではあえて思い出そうとはしなかったな)
 研究に明け暮れてたせいか……。
 開発部に居ると、窓から空をまじまじと見上げる事も無かった。
 昼間の青空も夜の月も、ただ一日を区切るだけで、「ああ、もうお昼か」「あれ? いつの間に夜に?」と大雑把な時計。そんな程度のものだった。
 調査兵団に来てから、改めて空を知り、様々なものを見た。
 特に、自分が知らなかったリヴァイのいう「世間の常識」には驚くばかりで……。
(リヴァイさんには色々教えてもらってるね。兵団内の事でしょ? 街の事でしょ? それから、人間関係……)
――リヴァイの顔が浮かぶ。
 いつも真っすぐ前を向く瞳が自分に向くと、記憶や想像の中でもドキッとした。
 途端に顔と胸の奥に熱が集中してくる。

「そう、これなの。これ!」

 あたふたと一人で手をバタつかせ、フェリーチェは頭を振る。
(も~っ! なんなのコレ!?)
 ちゃんと普通に喋って、いつも通り何も考えず接する事が出来る癖に、その反面、リヴァイの一言や仕草が気になって仕方ない。
 この間から、そのあたり少し変だとは思っていたけど、昨日は有り得ない程……変だった。

「んんぅ〜っ!」

 我慢出来なくて。
 気が付いたら手を伸ばしていて。
 キスを……してほしいと思って――。

「ひえっ! ご、ごめんなさいっ。私なんてことをっ……!」

 フェリーチェは誰も居ない屋根の上で、屋根に向かってリヴァイに謝罪した。

「だけどリヴァイさんに『昨日の事を無かったことにしてくれ』って言われるのだけは、嫌なんです!」

 リヴァイに聞こえていた?……いや。聞こえてないだろう。
 執務室から出る間際に言った言葉は、勢いの余りほぼほぼ廊下で叫んでいた……。ハンジの所から戻る時に気付いたのだ。
 完全に逃してしまった謝罪のタイミング。
 だけど、自分が戻った時にリヴァイは“昨日の事”についてもう何も言ってこなかったし、態度も声音も全く普段と一緒だった。
――少し不機嫌そうな顔で、「遅かったな」とは言われたけど。
 ホッとして、なのにちょっと物足りない様な……変な気分。仕事が終わってからその気持ちがずっと続いている――。
(うぅう……ど、どうしよう。まさかこんな風に思うなんて――)

『リヴァイさん、お疲れ様でした』
『ああ。……フェリーチェ』
『な、なんでしょう?』
『――いや。あまり夜更かしをするなよ』
『は、はいっ』

(あの時、飛びつかなくて良かった……! よく我慢したよ私……!)
 一度ならず二度なれど。違う。三度だ。
 熱を出した時に、思わず抱き付いた事があった。
 あの時は――。
 額をさすり、フェリーチェは思った。
(おでこにキスと唇にキスじゃ、違い過ぎるんだな……)
 ぽつりと零れそうになる言葉は、出さないように意識する――。

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