束縛の中の限られた自由
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
✽✽✽
一夜明け、時刻は正午。
午前中の予定は林での立体機動の訓練だったので執務室に入る事は無かった。
フェリーチェは執務室でひとり、業務をこなしていた筈だ。朝会った時にそう指示を与えている。
訓練を終えると、リヴァイは足早に執務室へ向かった。
フェリーチェは相変わらず一人では食堂に行かない。
リヴァイやハンジ達が食堂に連れて行かない時は、取らないか、食堂で働く者や気の利く事務官が持って来てくれる物を『どこか』で食べている。……ようだ。
未だに、フェリーチェが行く『どこか』が何処なのか分からないのだ。少し前までは第二資料室にいる事が多かった。しかしこの頃は『どこか』へ消えてしまい、探すのに苦労している。
肝心の食事も、聞けば「食べました」と答える。が、それが本当かは定かではない。
だからこそ、リヴァイは留守にする用事がない限りはフェリーチェを食堂に連れて行く。その方が安心するからだ。
——あとは……ここだけの話、フェリーチェが必死に“もふもふ”とパンを食べている姿が可愛くて見ていたい、というのもある……。
これは決して誰にも言わない、自分だけの秘密――。
「……アイツ」
(逃げやがったな)
昨日の今日だ。そんな事もあろうかと予想はしていたが、まさか本当に居ないとは。
もぬけの殻になっている執務室に、リヴァイは眉根を寄せた。
(朝は普通にしていた。避けられてるとは思ってないが……)
どこに消えた、フェリーチェよ。
(例の『どこか』に行かれたら、探しようがねぇぞ)
溜息を吐きながら執務室を出た。
「あれ? リヴァイ、フェリーチェは?」
「消えた」
「え? 消えた? そこに居ないの? 私はてっきり『リヴァイさーん!』って、抱き付く勢いで出て来ると思ってたんだけど」
「…………」
そうだったらどんなに良かったか。
「いつもの第二資料室かなぁ」
「こっちに来る前に覗いたが居なかった」
「へぇ。流石だね。手際がいい」
「アイツを食堂に連れて行く苦労は、お前も知ってるだろう」
「そりゃあね。でも今は、フェリーチェが逃げてるかもしれないって前提で動いてるリヴァイが流石だなって思ったんだよね」
「……」
「昨日のデートで何かあったの?」
「デートじゃねぇ」
「デートでしょう。ま、君らはいっつも一緒に出掛けてるから、今更ってのもあるけど」
ニヤニヤ笑うハンジをリヴァイはギロリと睨む。懲りないハンジは続けた。
「いつものフェリーチェだったら、絶対リヴァイを待ち構えてると思うんだよなぁ。午前中は訓練指導だったし……尚の事さ」
「訓練指導は関係無いだろう」
「あるよ。少なからず、あの子にとってはね」
ハンジのクスッという小さな笑い声に、リヴァイは大きく溜息をついた。
さっぱり分からない。
「で? 実のところ?」
「……言う程の事じゃない」
「じゃ、大事じゃないとも言える。つまり言い易い話だ」
「チッ……クソメガネが。揚げ足取りやがって」
言った後、リヴァイは左手の掌をハンジに向けた。
「ん?」
「手を繋いだ」
「へ?」
「だから、手を繋いだと言ってんだろうが。腹が空き過ぎて頭の中までカラになったのか? てめぇは」
「フェリーチェと?」
「他に誰がいる」
「……いや。なんか、思ってた以上に可愛らしくて拍子抜けした」
肝心な部分を言ってないのだから、そりゃあ可愛らしくみえるだろう。
(キスをした、なんて言うか。アホが)
ハンジはしばらく、「ふぅん」やら「ほーう」やらと呟いている。歩きながら、コイツ変な深読みでもしてるな……と思った。ゴシップ好きは厄介だ――。
「分隊長、兵長、これから食事ですか?」
「ああ、モブリット!」
モブリットと出くわしたのは、廊下の突き当りだった。右へ行けば事務室、左に行けば食堂。モブリットは右から現れた。
「君の方こそ、まだ行ってなかったの?」
「あ、はい。書類を提出するついでにこれを取りに行ってたので」
モブリットはファイルを掲げて見せた。
ハンジはすぐに書類を溜めるので、補佐をするモブリットも必然的に書類に泣かされる。しょうもない上官を抱えると苦労が多そうで、気の毒に思えた。
「リヴァイ兵長はフェリーチェさんのお迎えですか?」
「何?――フェリーチェを見かけたのか」
「見かけたも何も、そこの事務室に居ますよ? なんでも書類のミスを直しに来たとかで……」
「フェリーチェがミス!?」
リヴァイが口を開くより早く、ハンジが甲高い声を上げる。
「そ……そう言ってましたけど……」
「……」
自分の記憶が確かならば、フェリーチェが事務処理でそこまでのミスをするなど……初めてのことだ。
目を丸くするハンジの横で、リヴァイも驚きを隠せなかった――。
事務室に行けばフェリーチェは落ち込んだ顔で書類を直していて、リヴァイの顔を見るなり、小さな声で「すみません……」と呟いた。
――いいや。今までが有能過ぎただけだ。
新たな仕事を始めて失敗の一つも無かった方が、不思議だった。
リヴァイがそう言って頭を撫でてやると、フェリーチェはホッとした顔を見せた。
ホッとしたのは、むしろ自分の方だ。
そうは思っていないと言いながらも、避けられているのか? という気持ちは全く無い訳ではなかったのだから。
「直したら飯に行くぞ」
ニッコリと可愛らしい微笑みが返ってきた――。
✽✽
ハンジの巨人談議に辟易しながらの昼食を終え、フェリーチェと執務室で仕事を進めていたリヴァイは、ふと手を止める。
手にした書類と、黙々と書類に向かうフェリーチェを交互に見て、さてどうしたものか……と一瞬思う。
「フェリーチェ」
「はい」
「この書類は、俺はもうチェック済みだ。後はお前がサインをして、ハンジの所に持っていくものなんだが……」
「えっっ!?」
椅子を倒しかねない勢いで、フェリーチェは立ち上がった。
「何かの拍子で紛れ込んだかもしれねぇな」
「違いますっ……一度全部見直してから、リヴァイさんに渡してるから……!」
リヴァイから書類を受け取ったフェリーチェは青ざめた顔で言う。
ついさっきミスをして事務室に出向いたばかりのフェリーチェにとっては、自分には些細なミスにしか思えないコレも、相当のショックなのだろう。
「……フェリーチェ」
「私ってば、こんな簡単な事も……」
「誰にでもミスはある。今日はたまたま続いた。それだけだろう」
「……違います……ちゃんとしてれば起きないミスです……」
そこまで痛々しい顔になる必要は無いだろうに――。
項垂れるフェリーチェに、何て答えてやればいいのか……困ってしまう。
『らしくないな』
『珍しい事もあるもんだ』
どちらも言える訳が無い。
そうさせている原因が思い当たるからだ。
――ひとつしかない。
「フェリーチェ。……昨夜のことだが――」
「ハンジさんの所に届けてきます!」
重く口を開いた途端、フェリーチェに遮られてしまった。
(その件には触れたくない……か)
「あれは酔った勢いでした」と言われてもおかしくはない。昨日、フェリーチェはワインを飲んでいた。頬を染めていた顔を見ればそれくらい想像出来る。
いや。だったら何故、そこを踏まえて行動してやらなかった――。
(言っちまえば、俺が抑えられず突っ走ったって事だ)
いい歳をしてみっともない。溜息が出た。
「……そうか。行ってこい」
リヴァイが返事をすると、フェリーチェは頷き、踵を返してドアに向かう。
だが、ドアの前でまた勢いよくリヴァイに振り返り早口で言った。
「リヴァイさん、あの……っ。き、昨日の件は無かった事になんてしませんからねっ!」
「な……!?」
「私、嫌じゃないですっ。嫌じゃなかったんです! だから、無かった事にはしませんっ! し……しないですからね……しないですよっっ!」
フェリーチェは、青ざめた顔を一転、真っ赤にして。
言い逃げ状態で部屋を出て行く。出て行きながらまだ何か言っていたが、ドアの向こうでは何を言っているか聞き取れない。
ぱたぱたと、足音だけがハッキリ耳に届いた。
「……アイツは……同じ事を何度言えば気が済むんだ……」
執務室にひとり残ったリヴァイは、椅子の背もたれに沈んだ。
「ガキじゃねぇんだ……一度聞けば分かる……」
昨日の件は無かったことにしない
何度も言われた言葉を反芻し、口をおさえ俯く。
今、部屋には誰もいない事が幸運だ。
きっと見られたもんじゃない。
(……クソッ……フェリーチェにしてやられた……)
緩みそうになる口元と微かに熱を感じる耳を自覚しつつ、リヴァイは、立ちあがると窓辺に向かいドアに背を向けた――。
一夜明け、時刻は正午。
午前中の予定は林での立体機動の訓練だったので執務室に入る事は無かった。
フェリーチェは執務室でひとり、業務をこなしていた筈だ。朝会った時にそう指示を与えている。
訓練を終えると、リヴァイは足早に執務室へ向かった。
フェリーチェは相変わらず一人では食堂に行かない。
リヴァイやハンジ達が食堂に連れて行かない時は、取らないか、食堂で働く者や気の利く事務官が持って来てくれる物を『どこか』で食べている。……ようだ。
未だに、フェリーチェが行く『どこか』が何処なのか分からないのだ。少し前までは第二資料室にいる事が多かった。しかしこの頃は『どこか』へ消えてしまい、探すのに苦労している。
肝心の食事も、聞けば「食べました」と答える。が、それが本当かは定かではない。
だからこそ、リヴァイは留守にする用事がない限りはフェリーチェを食堂に連れて行く。その方が安心するからだ。
——あとは……ここだけの話、フェリーチェが必死に“もふもふ”とパンを食べている姿が可愛くて見ていたい、というのもある……。
これは決して誰にも言わない、自分だけの秘密――。
「……アイツ」
(逃げやがったな)
昨日の今日だ。そんな事もあろうかと予想はしていたが、まさか本当に居ないとは。
もぬけの殻になっている執務室に、リヴァイは眉根を寄せた。
(朝は普通にしていた。避けられてるとは思ってないが……)
どこに消えた、フェリーチェよ。
(例の『どこか』に行かれたら、探しようがねぇぞ)
溜息を吐きながら執務室を出た。
「あれ? リヴァイ、フェリーチェは?」
「消えた」
「え? 消えた? そこに居ないの? 私はてっきり『リヴァイさーん!』って、抱き付く勢いで出て来ると思ってたんだけど」
「…………」
そうだったらどんなに良かったか。
「いつもの第二資料室かなぁ」
「こっちに来る前に覗いたが居なかった」
「へぇ。流石だね。手際がいい」
「アイツを食堂に連れて行く苦労は、お前も知ってるだろう」
「そりゃあね。でも今は、フェリーチェが逃げてるかもしれないって前提で動いてるリヴァイが流石だなって思ったんだよね」
「……」
「昨日のデートで何かあったの?」
「デートじゃねぇ」
「デートでしょう。ま、君らはいっつも一緒に出掛けてるから、今更ってのもあるけど」
ニヤニヤ笑うハンジをリヴァイはギロリと睨む。懲りないハンジは続けた。
「いつものフェリーチェだったら、絶対リヴァイを待ち構えてると思うんだよなぁ。午前中は訓練指導だったし……尚の事さ」
「訓練指導は関係無いだろう」
「あるよ。少なからず、あの子にとってはね」
ハンジのクスッという小さな笑い声に、リヴァイは大きく溜息をついた。
さっぱり分からない。
「で? 実のところ?」
「……言う程の事じゃない」
「じゃ、大事じゃないとも言える。つまり言い易い話だ」
「チッ……クソメガネが。揚げ足取りやがって」
言った後、リヴァイは左手の掌をハンジに向けた。
「ん?」
「手を繋いだ」
「へ?」
「だから、手を繋いだと言ってんだろうが。腹が空き過ぎて頭の中までカラになったのか? てめぇは」
「フェリーチェと?」
「他に誰がいる」
「……いや。なんか、思ってた以上に可愛らしくて拍子抜けした」
肝心な部分を言ってないのだから、そりゃあ可愛らしくみえるだろう。
(キスをした、なんて言うか。アホが)
ハンジはしばらく、「ふぅん」やら「ほーう」やらと呟いている。歩きながら、コイツ変な深読みでもしてるな……と思った。ゴシップ好きは厄介だ――。
「分隊長、兵長、これから食事ですか?」
「ああ、モブリット!」
モブリットと出くわしたのは、廊下の突き当りだった。右へ行けば事務室、左に行けば食堂。モブリットは右から現れた。
「君の方こそ、まだ行ってなかったの?」
「あ、はい。書類を提出するついでにこれを取りに行ってたので」
モブリットはファイルを掲げて見せた。
ハンジはすぐに書類を溜めるので、補佐をするモブリットも必然的に書類に泣かされる。しょうもない上官を抱えると苦労が多そうで、気の毒に思えた。
「リヴァイ兵長はフェリーチェさんのお迎えですか?」
「何?――フェリーチェを見かけたのか」
「見かけたも何も、そこの事務室に居ますよ? なんでも書類のミスを直しに来たとかで……」
「フェリーチェがミス!?」
リヴァイが口を開くより早く、ハンジが甲高い声を上げる。
「そ……そう言ってましたけど……」
「……」
自分の記憶が確かならば、フェリーチェが事務処理でそこまでのミスをするなど……初めてのことだ。
目を丸くするハンジの横で、リヴァイも驚きを隠せなかった――。
事務室に行けばフェリーチェは落ち込んだ顔で書類を直していて、リヴァイの顔を見るなり、小さな声で「すみません……」と呟いた。
――いいや。今までが有能過ぎただけだ。
新たな仕事を始めて失敗の一つも無かった方が、不思議だった。
リヴァイがそう言って頭を撫でてやると、フェリーチェはホッとした顔を見せた。
ホッとしたのは、むしろ自分の方だ。
そうは思っていないと言いながらも、避けられているのか? という気持ちは全く無い訳ではなかったのだから。
「直したら飯に行くぞ」
ニッコリと可愛らしい微笑みが返ってきた――。
✽✽
ハンジの巨人談議に辟易しながらの昼食を終え、フェリーチェと執務室で仕事を進めていたリヴァイは、ふと手を止める。
手にした書類と、黙々と書類に向かうフェリーチェを交互に見て、さてどうしたものか……と一瞬思う。
「フェリーチェ」
「はい」
「この書類は、俺はもうチェック済みだ。後はお前がサインをして、ハンジの所に持っていくものなんだが……」
「えっっ!?」
椅子を倒しかねない勢いで、フェリーチェは立ち上がった。
「何かの拍子で紛れ込んだかもしれねぇな」
「違いますっ……一度全部見直してから、リヴァイさんに渡してるから……!」
リヴァイから書類を受け取ったフェリーチェは青ざめた顔で言う。
ついさっきミスをして事務室に出向いたばかりのフェリーチェにとっては、自分には些細なミスにしか思えないコレも、相当のショックなのだろう。
「……フェリーチェ」
「私ってば、こんな簡単な事も……」
「誰にでもミスはある。今日はたまたま続いた。それだけだろう」
「……違います……ちゃんとしてれば起きないミスです……」
そこまで痛々しい顔になる必要は無いだろうに――。
項垂れるフェリーチェに、何て答えてやればいいのか……困ってしまう。
『らしくないな』
『珍しい事もあるもんだ』
どちらも言える訳が無い。
そうさせている原因が思い当たるからだ。
――ひとつしかない。
「フェリーチェ。……昨夜のことだが――」
「ハンジさんの所に届けてきます!」
重く口を開いた途端、フェリーチェに遮られてしまった。
(その件には触れたくない……か)
「あれは酔った勢いでした」と言われてもおかしくはない。昨日、フェリーチェはワインを飲んでいた。頬を染めていた顔を見ればそれくらい想像出来る。
いや。だったら何故、そこを踏まえて行動してやらなかった――。
(言っちまえば、俺が抑えられず突っ走ったって事だ)
いい歳をしてみっともない。溜息が出た。
「……そうか。行ってこい」
リヴァイが返事をすると、フェリーチェは頷き、踵を返してドアに向かう。
だが、ドアの前でまた勢いよくリヴァイに振り返り早口で言った。
「リヴァイさん、あの……っ。き、昨日の件は無かった事になんてしませんからねっ!」
「な……!?」
「私、嫌じゃないですっ。嫌じゃなかったんです! だから、無かった事にはしませんっ! し……しないですからね……しないですよっっ!」
フェリーチェは、青ざめた顔を一転、真っ赤にして。
言い逃げ状態で部屋を出て行く。出て行きながらまだ何か言っていたが、ドアの向こうでは何を言っているか聞き取れない。
ぱたぱたと、足音だけがハッキリ耳に届いた。
「……アイツは……同じ事を何度言えば気が済むんだ……」
執務室にひとり残ったリヴァイは、椅子の背もたれに沈んだ。
「ガキじゃねぇんだ……一度聞けば分かる……」
昨日の件は無かったことにしない
何度も言われた言葉を反芻し、口をおさえ俯く。
今、部屋には誰もいない事が幸運だ。
きっと見られたもんじゃない。
(……クソッ……フェリーチェにしてやられた……)
緩みそうになる口元と微かに熱を感じる耳を自覚しつつ、リヴァイは、立ちあがると窓辺に向かいドアに背を向けた――。