束縛の中の限られた自由
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✽✽✽
ハンジとよく来る店は、いつも通り賑わっていた。
リヴァイとフェリーチェが店内に入ると、盛り上がっていた客達が一瞬大人しくなる。
なんだ珍しい……と、思った途端、客達はフェリーチェにワッと沸いた。
「リヴァイ兵士長! 今日はメガネの分隊長さんじゃないんだな!」
「本当っ! かっわいい子連れて〜。どうしちゃったの!?」
(ああ……フェリーチェか)
初めての相手。しかも、フェリーチェともなると、客等の反応も頷ける。
「リ、リヴァイさん……」
一斉に大勢の男女に囲まれたフェリーチェは、リヴァイの後ろにサッと隠れた。
それがますます彼等の興味を引く事を、本人は気付いていない。兵団に来た当初を思い出せば単純な話なのだが、フェリーチェにはそれどころではないようだ。
「お人形さんみたい。肌白くて綺麗ねぇ」
「……っ」
「こんな子が調査兵団にいるのかい? 街娘じゃねぇよな」
「街にいたらとっくに有名人さ」
「お嬢さんも巨人と戦うのか?」
「……っ」
ジリジリと近付く人間達に顔を強張らせて。フェリーチェはリヴァイのジャケットを握り締め、ピッタリと背中にくっついてきた。
「うぅっ」と、背後から呻き声が聞こえる。
(お前はいい加減に人に慣れろ……)
「オイ、ガキじゃねぇんだから隠れるな」
「……ご、めんなさい……」
引き攣りながらも「こんばんは」と丁寧に頭を下げたフェリーチェに、興味津々な顔々が瞬時に笑顔になる。この引き攣った顔によく笑顔が出るものだ。
「リヴァイ兵士長の“いい人”かい?」
「違う。ただの補佐だ」
「へぇ〜……本当?」
「どちらにしても羨ましい事ですな。仕事がはかどりそうだ」
「気になって進まないの間違いでしょ」
全員の豪快な笑い声にフェリーチェがビクリと身体を揺らし、その驚きが背中を伝って自分にも届く。
やれやれ……。
「勝手にやってろ」と彼らに言い残し、リヴァイはフェリーチェを引っ張り店の奥に移動した。いつも座る静かな席だ。
騒ぐ客から離れると、フェリーチェは大きく息を吐いた。
「疲れた……」
「こっちが疲れる」
「常連さんですか?」
「ああ。いつもいるな」
「兵士の皆さんとは、ちょっと違いますね」
「酔ってるからだろう。若い奴等だって街に出て飲めば大体ああなる」
「そうなんだ……」
客達を眺めながら呟くフェリーチェに、開発部の連中だって酒くらい飲むだろうと聞けば、頷きが返ってきた。
「でも、ああいう風に酔う人はいなかったです……。結局、討論会みたいになっちゃいますから」
「…………」
一緒には飲みたくないタイプばかりが揃っている様だ……。
――注文した料理などが届きリヴァイがフェリーチェに食事を勧めると、フェリーチェはリヴァイのグラスを指差した。「それ、ワインですよね?」と微笑みが向く。
「私も飲みたいです」
「お前が?……飲めんのかよ」
「少しなら飲んだことあります」
「酔っ払いを背負って帰るのだけは御免だぞ」
「酔っ払いませんよ」
「酷く酔う奴に限ってそう言う」
「じゃあ、迷惑かけない程度に酔っぱらいますから」
「……酔う前にやめろ」
一杯だけ。お互いそこで妥協した。
ワイン片手にフェリーチェがとても嬉しそうに笑うので、意外にも酒好きなのかと一瞬驚いたが、
「さぁ楽しく飲みましょう! って感じですね!」
と、朗らかに言われ、そうじゃないと思い直した。
(コイツまさか……)
本気で『親睦会』をしようと考えてるのかもしれない――。
「今更、親睦会も何もねぇだろう……」
「え?」
リヴァイは呆れて呟いたが、それにフェリーチェは「そうでもないですよ」と笑った。
「私、リヴァイさんの事あまりよく知りませんし。とても優しいってのはもう十分過ぎるほど知りましたけどね」
「そんな事はどうでもいい。それに間違った情報だ」
「そうそう! そういう所もです」
どういう所だ……。
フェリーチェに目をやってからグラスに口を付けた。
熟成度の高いワインの香りが、鼻腔を通り抜けていく。いつもより甘さを感じる味に、店主が気を利かせて出したものだと分かった。連れているのが、ハンジではなくフェリーチェだったからだろう。
「リヴァイさんはどういう子供だったんですか?」
「別に。そこそこに処世術を教えて貰い、そこそこに育ったクソガキだった」
「兵士になる前は、どんな風に過ごしていたんですか?」
「クソみてぇなところでクソみてぇに過ごしていた」
「お友達は?」
「……一人でバカは出来ねぇからな」
「もうっ! それじゃ全っ然分かりませんっ!」
フェリーチェは、ムッとした顔を見せてからワインを飲む。
と、甘さが気に入ったのかすぐ頬を緩めた。コロッと変わった表情に自分の頬も緩んだ――。
「お前こそ、どういう子供だったんだ」
「さぁ……。部長からは、子供っぽくない所があったと聞いた事がありますけど」
子供っぽくない? 今の方がよほど子供っぽいという事か?
「開発部に入る前は?」
「うーん……。あまりよく覚えてないんですけど、多分本は色々読んでいたかと」
「友人は」
「……村にも開発部にも同世代の人はいませんでしたので」
「お前の事も全然分からねぇじゃねぇか」
「あれ……?」
そうですね? と呑気に答えているフェリーチェに溜息が出る。お互いこんな感じでは、知るキッカケも見当たらないというものだ。
「色々知りたかったんですけど……」
「……」
地下街で暮らしていた時の過去を隠すつもりはないのだが、わざわざ自分から話す話でもないだろう。
フェリーチェも、地下街という場所がどういう所か、ある程度は知っているはず。その内どこかから、自分が地下街出身だという事を聞けば想像はつくと思う。質問に答えるのはその時だっていいんじゃないだろうか。
リヴァイはそう考えながら、サラダのトマトを頬張るフェリーチェを頬杖をつき眺めた――。
「リヴァイさん」
「なんだ」
「皆さん楽しそうですねぇ」
奥の席は今日は空いていて、普段よりも静かだ。その分、入り口付近の客達の騒ぎ声は大きく感じる。
フェリーチェは、賑やかな笑い声につられたのか笑っていた。
「さっきはあんなに怯えていた癖に、離れた場所から見ている分には平気なんだな。安全が確保されているからか?」
「だって! あんな急に囲まれたら、怖いですよ!?」
「フェリーチェみたいなのが珍しかったんだろう。お前は、この辺の人間とは少し雰囲気が違うからな」
「――雰囲気? 私のですか?」
「日焼けも忘れちまった様な色白の人間は、ここらじゃ病人くらいだ。そんなのがヒョコヒョコこんな所に現れるかよ。それからお前の瞳。その色はこの地域じゃ珍しい——扱いを間違えたら壊れちまいそうな細い身体で、黙ってりゃそこらの女と比べもんにならねぇ位の顔だ、さながら、王都にでも売ってそうな高級な人形にでも見えたのかもしれねぇ――」
「リヴァイさん! このピザ美味しい!」
ピザを片手に、フェリーチェがパァッ! と顔を明るくした。
その無邪気過ぎる笑顔に、表情筋が硬直する。
――ああ、そうかよ……。美味いのは結構な事だが……。
「お前な……。人が一生懸命説明してやってる間、自分はピザ食ってるとは……どういう了見だ。あ?」
「ほめんははい……」
顎を掴んで咀嚼を中止させた。リヴァイが睨んで見ても、フェリーチェの目は笑ってる。
パッと手を離すと、フェリーチェはもぐもぐとまた口を動かし始め、一人で納得した様に頷いていた。「やっぱり美味しい」とか言い出しそうな顔だ。
「チッ……、お前が人の話を聞けないすっとぼけた奴だというのを忘れてた……。おかげでバカな無駄話しちまったじゃねぇか」
ワインを飲み独り言をこぼす。
客達の騒ぎ声に消されるだろうと踏んだが、フェリーチェはこういう時だけはしっかりと聞いているらしい。
「え……」と、テーブルに向けていた顔を上げた。
「だから私は、リヴァイさんの“いい人”になれないんですか?」
「!?」
フェリーチェの言葉に、リヴァイも「え……」とグラスから顔を上げた――。
(また訳の分からない事を言い出したぞ、コイツは……)
はぁ、と溜息を吐かれたので、リヴァイも同じ溜息を返してやった。……若干長めに。
「何だそれは」
「クライダーみたいに親切に出来てないって事ですよね、私。彼は人の話を最後までちゃんと聞く人だし、とっても相手の事を考えられる人だから……。私がリヴァイさんの“いい人”になれてないのは、そこが問題なのでしょうか」
――そっちの“いい人”か。
「フェリーチェ。お前また変な勘違いをしてるな」
「はい?」
気が付かない間に、フェリーチェのグラスにはワインがほとんど残っていなかった。普通の人間相手だったら、「お前は酔ってるのか?」で済む話なのだろうが、残念ながらフェリーチェは普通じゃない。
酔って訳の分からない話を繰り広げているのではなく、本気で訳が分かっていないのだ。
……酔っている可能性は捨てきれないのかもしれないが――。
「お前の言う“いい人”は人間性の話だろ。あのオヤジどもが言っている“いい人”というのは、関係性という意味でだ」
「つまりそれは?」
「ハッキリ言っちまえば、男と女の仲って事だな。まぁ、いわゆる……恋人だ」
「恋人……」
そう呟くフェリーチェの顔を見て、リヴァイに不安が湧いた。まさか恋人の意味も分からないのか? デートを正しく理解していないフェリーチェなら、それもありと?
(クソ……面倒くせぇな)
周りの席に視線を巡らせ、それらしい男女を探すリヴァイは、隅の席で肩を並べ仲睦まじく話をしている二人を見つけた。……あれはおそらく――。
「あそこに居る二人は多分そうだ」
顎で指すと、フェリーチェは自分の背後に座るその男女を見る。
すると、そのタイミングを見計らった様に二人は人目を憚らず唇を重ねた。
待て! よりによって今か!
さぁっと背が冷える。一層冷えたのは、目の前のフェリーチェが微動だにしなかったからだった。
「おい!」
リヴァイは、フェリーチェの頭を引っ掴んで自分に向き直させた。
「凝視をするな! 凝視を!」
「……あ。ご、ごめんなさい……」
チラリとリヴァイを見たフェリーチェは、すぐに視線をテーブルに落とした。
頬を赤く染め俯く姿。どうやらキスという行為には、恥ずかしいという認識がある様だ。
「つい、父と母を思い出してしまいました……」
「恋人イコール夫婦じゃねぇぞ」
「…………」
リヴァイの言葉にフェリーチェは小さく頷いた。
「確かに、その“いい人”という意味では、リヴァイさんに否定されて当たり前ですね」
「……そうだな」
顔を上げたフェリーチェは、リヴァイと目が合うとニッコリ微笑む。
その微笑みの意味は何なのか……気になるところだ。
「しかしまぁ、お前の両親は、子供の前でも遠慮というものが無かったようだな」
「とても仲良しでしたから。子供心ながら羨ましかった様な覚えがあります。……もうずっと昔過ぎて、うろ覚えなところもあるけど」
そう言うフェリーチェは、今度は寂しそうだった。
「それだけ覚えてりゃいいだろうと俺は思うが」
「へ?」
「不仲じゃなかったなら何よりだ」
フェリーチェは一瞬キョトンとしたが、すぐに頷く。
「ふふっ……そうですね!」
笑みがフェリーチェに戻り、リヴァイも目を僅かに細めた。
ハンジが「天使の微笑み!」と絶賛するそれ。
その通りだと思う。
自分は絶対に口にしない様な褒め言葉だが、心の中でならいくらだって言える。
ハンジみたいにストレートな賛辞を言う事は出来ない。
しかし、いつかフェリーチェに伝えてやりたい言葉はあった。
『お前の笑顔を見ていると、俺も幸せってものを感じる事が出来る』と――。
「よし。食え。残したら承知しねぇぞ」
「はーい」
フェリーチェの薄ピンクに染まる頬を見ながら、リヴァイはドリンクのメニューを手にした。
フェリーチェが飲めるのは一杯だけ。そういう約束だ。
グラスにほとんど残っていないワイン。
次は……アイスティーか?
「ここのお料理、本当に美味しいですねぇ」
「フェリーチェ……。お前本当に食うのヘタクソだな」
唇の端からずれた所についたトマトソースに、フェリーチェは気付いていない。
それを指で拭ってやったリヴァイは短い溜息を吐いた。
「あ」
「ガキか。食い方も指導が必要か?」
「こんな時もあります」
「何言ってんだ。いつもだろうが」
「え〜……」
親指についたトマトソースを無意識に舐めとるリヴァイと、照れた様に微笑むフェリーチェ。
その様子を店中の客に興味深げに見られていたなんて、当然? 二人は知る由もない――。
店を後にする時も、フェリーチェは客達に囲まれた。
「また来てくれ」という声々に、来店時と変わらずリヴァイの背にしがみついたフェリーチェだったが、それでも、こくこくと頷いていたので店は気に入ったらしい。やっぱり客達には引き攣り顔を見せていたが……。
まぁ、何度か連れてくれば、じきに慣れるだろう。今度はハンジと来るのも悪くない。
外に出ると、フェリーチェはまた「行きたい所がある」と言った。
来たついでだ。付き合ってやる。
リヴァイが返事を返せば、楽しそうにフェリーチェは歩き出した。
ハンジとよく来る店は、いつも通り賑わっていた。
リヴァイとフェリーチェが店内に入ると、盛り上がっていた客達が一瞬大人しくなる。
なんだ珍しい……と、思った途端、客達はフェリーチェにワッと沸いた。
「リヴァイ兵士長! 今日はメガネの分隊長さんじゃないんだな!」
「本当っ! かっわいい子連れて〜。どうしちゃったの!?」
(ああ……フェリーチェか)
初めての相手。しかも、フェリーチェともなると、客等の反応も頷ける。
「リ、リヴァイさん……」
一斉に大勢の男女に囲まれたフェリーチェは、リヴァイの後ろにサッと隠れた。
それがますます彼等の興味を引く事を、本人は気付いていない。兵団に来た当初を思い出せば単純な話なのだが、フェリーチェにはそれどころではないようだ。
「お人形さんみたい。肌白くて綺麗ねぇ」
「……っ」
「こんな子が調査兵団にいるのかい? 街娘じゃねぇよな」
「街にいたらとっくに有名人さ」
「お嬢さんも巨人と戦うのか?」
「……っ」
ジリジリと近付く人間達に顔を強張らせて。フェリーチェはリヴァイのジャケットを握り締め、ピッタリと背中にくっついてきた。
「うぅっ」と、背後から呻き声が聞こえる。
(お前はいい加減に人に慣れろ……)
「オイ、ガキじゃねぇんだから隠れるな」
「……ご、めんなさい……」
引き攣りながらも「こんばんは」と丁寧に頭を下げたフェリーチェに、興味津々な顔々が瞬時に笑顔になる。この引き攣った顔によく笑顔が出るものだ。
「リヴァイ兵士長の“いい人”かい?」
「違う。ただの補佐だ」
「へぇ〜……本当?」
「どちらにしても羨ましい事ですな。仕事がはかどりそうだ」
「気になって進まないの間違いでしょ」
全員の豪快な笑い声にフェリーチェがビクリと身体を揺らし、その驚きが背中を伝って自分にも届く。
やれやれ……。
「勝手にやってろ」と彼らに言い残し、リヴァイはフェリーチェを引っ張り店の奥に移動した。いつも座る静かな席だ。
騒ぐ客から離れると、フェリーチェは大きく息を吐いた。
「疲れた……」
「こっちが疲れる」
「常連さんですか?」
「ああ。いつもいるな」
「兵士の皆さんとは、ちょっと違いますね」
「酔ってるからだろう。若い奴等だって街に出て飲めば大体ああなる」
「そうなんだ……」
客達を眺めながら呟くフェリーチェに、開発部の連中だって酒くらい飲むだろうと聞けば、頷きが返ってきた。
「でも、ああいう風に酔う人はいなかったです……。結局、討論会みたいになっちゃいますから」
「…………」
一緒には飲みたくないタイプばかりが揃っている様だ……。
――注文した料理などが届きリヴァイがフェリーチェに食事を勧めると、フェリーチェはリヴァイのグラスを指差した。「それ、ワインですよね?」と微笑みが向く。
「私も飲みたいです」
「お前が?……飲めんのかよ」
「少しなら飲んだことあります」
「酔っ払いを背負って帰るのだけは御免だぞ」
「酔っ払いませんよ」
「酷く酔う奴に限ってそう言う」
「じゃあ、迷惑かけない程度に酔っぱらいますから」
「……酔う前にやめろ」
一杯だけ。お互いそこで妥協した。
ワイン片手にフェリーチェがとても嬉しそうに笑うので、意外にも酒好きなのかと一瞬驚いたが、
「さぁ楽しく飲みましょう! って感じですね!」
と、朗らかに言われ、そうじゃないと思い直した。
(コイツまさか……)
本気で『親睦会』をしようと考えてるのかもしれない――。
「今更、親睦会も何もねぇだろう……」
「え?」
リヴァイは呆れて呟いたが、それにフェリーチェは「そうでもないですよ」と笑った。
「私、リヴァイさんの事あまりよく知りませんし。とても優しいってのはもう十分過ぎるほど知りましたけどね」
「そんな事はどうでもいい。それに間違った情報だ」
「そうそう! そういう所もです」
どういう所だ……。
フェリーチェに目をやってからグラスに口を付けた。
熟成度の高いワインの香りが、鼻腔を通り抜けていく。いつもより甘さを感じる味に、店主が気を利かせて出したものだと分かった。連れているのが、ハンジではなくフェリーチェだったからだろう。
「リヴァイさんはどういう子供だったんですか?」
「別に。そこそこに処世術を教えて貰い、そこそこに育ったクソガキだった」
「兵士になる前は、どんな風に過ごしていたんですか?」
「クソみてぇなところでクソみてぇに過ごしていた」
「お友達は?」
「……一人でバカは出来ねぇからな」
「もうっ! それじゃ全っ然分かりませんっ!」
フェリーチェは、ムッとした顔を見せてからワインを飲む。
と、甘さが気に入ったのかすぐ頬を緩めた。コロッと変わった表情に自分の頬も緩んだ――。
「お前こそ、どういう子供だったんだ」
「さぁ……。部長からは、子供っぽくない所があったと聞いた事がありますけど」
子供っぽくない? 今の方がよほど子供っぽいという事か?
「開発部に入る前は?」
「うーん……。あまりよく覚えてないんですけど、多分本は色々読んでいたかと」
「友人は」
「……村にも開発部にも同世代の人はいませんでしたので」
「お前の事も全然分からねぇじゃねぇか」
「あれ……?」
そうですね? と呑気に答えているフェリーチェに溜息が出る。お互いこんな感じでは、知るキッカケも見当たらないというものだ。
「色々知りたかったんですけど……」
「……」
地下街で暮らしていた時の過去を隠すつもりはないのだが、わざわざ自分から話す話でもないだろう。
フェリーチェも、地下街という場所がどういう所か、ある程度は知っているはず。その内どこかから、自分が地下街出身だという事を聞けば想像はつくと思う。質問に答えるのはその時だっていいんじゃないだろうか。
リヴァイはそう考えながら、サラダのトマトを頬張るフェリーチェを頬杖をつき眺めた――。
「リヴァイさん」
「なんだ」
「皆さん楽しそうですねぇ」
奥の席は今日は空いていて、普段よりも静かだ。その分、入り口付近の客達の騒ぎ声は大きく感じる。
フェリーチェは、賑やかな笑い声につられたのか笑っていた。
「さっきはあんなに怯えていた癖に、離れた場所から見ている分には平気なんだな。安全が確保されているからか?」
「だって! あんな急に囲まれたら、怖いですよ!?」
「フェリーチェみたいなのが珍しかったんだろう。お前は、この辺の人間とは少し雰囲気が違うからな」
「――雰囲気? 私のですか?」
「日焼けも忘れちまった様な色白の人間は、ここらじゃ病人くらいだ。そんなのがヒョコヒョコこんな所に現れるかよ。それからお前の瞳。その色はこの地域じゃ珍しい——扱いを間違えたら壊れちまいそうな細い身体で、黙ってりゃそこらの女と比べもんにならねぇ位の顔だ、さながら、王都にでも売ってそうな高級な人形にでも見えたのかもしれねぇ――」
「リヴァイさん! このピザ美味しい!」
ピザを片手に、フェリーチェがパァッ! と顔を明るくした。
その無邪気過ぎる笑顔に、表情筋が硬直する。
――ああ、そうかよ……。美味いのは結構な事だが……。
「お前な……。人が一生懸命説明してやってる間、自分はピザ食ってるとは……どういう了見だ。あ?」
「ほめんははい……」
顎を掴んで咀嚼を中止させた。リヴァイが睨んで見ても、フェリーチェの目は笑ってる。
パッと手を離すと、フェリーチェはもぐもぐとまた口を動かし始め、一人で納得した様に頷いていた。「やっぱり美味しい」とか言い出しそうな顔だ。
「チッ……、お前が人の話を聞けないすっとぼけた奴だというのを忘れてた……。おかげでバカな無駄話しちまったじゃねぇか」
ワインを飲み独り言をこぼす。
客達の騒ぎ声に消されるだろうと踏んだが、フェリーチェはこういう時だけはしっかりと聞いているらしい。
「え……」と、テーブルに向けていた顔を上げた。
「だから私は、リヴァイさんの“いい人”になれないんですか?」
「!?」
フェリーチェの言葉に、リヴァイも「え……」とグラスから顔を上げた――。
(また訳の分からない事を言い出したぞ、コイツは……)
はぁ、と溜息を吐かれたので、リヴァイも同じ溜息を返してやった。……若干長めに。
「何だそれは」
「クライダーみたいに親切に出来てないって事ですよね、私。彼は人の話を最後までちゃんと聞く人だし、とっても相手の事を考えられる人だから……。私がリヴァイさんの“いい人”になれてないのは、そこが問題なのでしょうか」
――そっちの“いい人”か。
「フェリーチェ。お前また変な勘違いをしてるな」
「はい?」
気が付かない間に、フェリーチェのグラスにはワインがほとんど残っていなかった。普通の人間相手だったら、「お前は酔ってるのか?」で済む話なのだろうが、残念ながらフェリーチェは普通じゃない。
酔って訳の分からない話を繰り広げているのではなく、本気で訳が分かっていないのだ。
……酔っている可能性は捨てきれないのかもしれないが――。
「お前の言う“いい人”は人間性の話だろ。あのオヤジどもが言っている“いい人”というのは、関係性という意味でだ」
「つまりそれは?」
「ハッキリ言っちまえば、男と女の仲って事だな。まぁ、いわゆる……恋人だ」
「恋人……」
そう呟くフェリーチェの顔を見て、リヴァイに不安が湧いた。まさか恋人の意味も分からないのか? デートを正しく理解していないフェリーチェなら、それもありと?
(クソ……面倒くせぇな)
周りの席に視線を巡らせ、それらしい男女を探すリヴァイは、隅の席で肩を並べ仲睦まじく話をしている二人を見つけた。……あれはおそらく――。
「あそこに居る二人は多分そうだ」
顎で指すと、フェリーチェは自分の背後に座るその男女を見る。
すると、そのタイミングを見計らった様に二人は人目を憚らず唇を重ねた。
待て! よりによって今か!
さぁっと背が冷える。一層冷えたのは、目の前のフェリーチェが微動だにしなかったからだった。
「おい!」
リヴァイは、フェリーチェの頭を引っ掴んで自分に向き直させた。
「凝視をするな! 凝視を!」
「……あ。ご、ごめんなさい……」
チラリとリヴァイを見たフェリーチェは、すぐに視線をテーブルに落とした。
頬を赤く染め俯く姿。どうやらキスという行為には、恥ずかしいという認識がある様だ。
「つい、父と母を思い出してしまいました……」
「恋人イコール夫婦じゃねぇぞ」
「…………」
リヴァイの言葉にフェリーチェは小さく頷いた。
「確かに、その“いい人”という意味では、リヴァイさんに否定されて当たり前ですね」
「……そうだな」
顔を上げたフェリーチェは、リヴァイと目が合うとニッコリ微笑む。
その微笑みの意味は何なのか……気になるところだ。
「しかしまぁ、お前の両親は、子供の前でも遠慮というものが無かったようだな」
「とても仲良しでしたから。子供心ながら羨ましかった様な覚えがあります。……もうずっと昔過ぎて、うろ覚えなところもあるけど」
そう言うフェリーチェは、今度は寂しそうだった。
「それだけ覚えてりゃいいだろうと俺は思うが」
「へ?」
「不仲じゃなかったなら何よりだ」
フェリーチェは一瞬キョトンとしたが、すぐに頷く。
「ふふっ……そうですね!」
笑みがフェリーチェに戻り、リヴァイも目を僅かに細めた。
ハンジが「天使の微笑み!」と絶賛するそれ。
その通りだと思う。
自分は絶対に口にしない様な褒め言葉だが、心の中でならいくらだって言える。
ハンジみたいにストレートな賛辞を言う事は出来ない。
しかし、いつかフェリーチェに伝えてやりたい言葉はあった。
『お前の笑顔を見ていると、俺も幸せってものを感じる事が出来る』と――。
「よし。食え。残したら承知しねぇぞ」
「はーい」
フェリーチェの薄ピンクに染まる頬を見ながら、リヴァイはドリンクのメニューを手にした。
フェリーチェが飲めるのは一杯だけ。そういう約束だ。
グラスにほとんど残っていないワイン。
次は……アイスティーか?
「ここのお料理、本当に美味しいですねぇ」
「フェリーチェ……。お前本当に食うのヘタクソだな」
唇の端からずれた所についたトマトソースに、フェリーチェは気付いていない。
それを指で拭ってやったリヴァイは短い溜息を吐いた。
「あ」
「ガキか。食い方も指導が必要か?」
「こんな時もあります」
「何言ってんだ。いつもだろうが」
「え〜……」
親指についたトマトソースを無意識に舐めとるリヴァイと、照れた様に微笑むフェリーチェ。
その様子を店中の客に興味深げに見られていたなんて、当然? 二人は知る由もない――。
店を後にする時も、フェリーチェは客達に囲まれた。
「また来てくれ」という声々に、来店時と変わらずリヴァイの背にしがみついたフェリーチェだったが、それでも、こくこくと頷いていたので店は気に入ったらしい。やっぱり客達には引き攣り顔を見せていたが……。
まぁ、何度か連れてくれば、じきに慣れるだろう。今度はハンジと来るのも悪くない。
外に出ると、フェリーチェはまた「行きたい所がある」と言った。
来たついでだ。付き合ってやる。
リヴァイが返事を返せば、楽しそうにフェリーチェは歩き出した。