束縛の中の限られた自由
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3
街の広場から伸びる、いつも歩く大通り。常に賑わうそことは反対方向に続く通りは、少し細くて静かだが、人通りはそこそこあった。
フェリーチェはキョロキョロと左右を見ながら歩く。
大通りは飲食店や露店、雑貨店などが多く雑然としているけど、こちら側は店の外からでは何を扱っているか、一見では分からない店が多く並んでいる。賑やかさの違いはどうやらここにある様だった。
「こちら側はあまり来ないか? フェリーチェ」
エルヴィンがフェリーチェの隣で笑う。
フェリーチェが頷くと、彼は少し意外そうな顔を見せた。
「ハンジやぺトラと街に来る事もあるんだろう? 女性で来れば、こういった通りも……」
「いいえ……」
三人で一緒に歩く時は、大通りにあるカフェや数件の雑貨店を回る事がほとんど。
傾向的にはカフェ巡りが多いかも? 新規開拓しながら、今回はここ、次回はあっちにする?……みたいな。女子はお茶を飲みながら何時間でもお喋りして過ごせるのだ。
「エルヴィンさんが思ってるほど、二人とお出かけしてる回数は少ないですよ」
「そうなのか?」
「ハンジさんはほぼ研究室にいるし、ぺトラさんも他のお友達と買い物だったり。私は……」
そこまで言って、ちょっと考える。
でも、隠す事では無いので付け加えた。
「リヴァイさんと出掛ける方が多いから……」
エルヴィンはこの言葉に「そうか」と頷いた――。
通りを大分歩いたところで、少し休もうとエルヴィンがカフェに案内してくれた。
落ち着きのあるカフェ。通り沿いの窓際の席に座る。
趣のある店はリヴァイと行く紅茶店とどこか似ていたが、店の広さと客数が圧倒的に違っていた。
長い時間いてもリヴァイとフェリーチェしかいない小さな小さな紅茶店とは反対に、こちらは時折人の出入りがある。店の奥にはボックス席もある様で、四人連れなどの客も多かった。
けれども、客のほとんどはゆったりと過ごしたいらしく、お喋りの声も控えめ、店内は「ざわざわ」というより「さわさわ」といった感じ。全体的に静かな……大人の空間という雰囲気だ。
「エルヴィンさんは一人でここに来るんですか?」
「兵舎にいると何かと仕事をしてしまうからね。ゆっくりと休みたい時はここに来て、本を読んだりして過ごしているよ」
「なるほど……」
「フェリーチェはリヴァイと何処に行くんだい?」
注文したコーヒーと紅茶、そしていつの間に頼んだのかアップルパイが来たところで、エルヴィンとそんな話になった。
リヴァイと過ごす休みの日――。
どこに行くのだ、という質問に対して、答える場所は二つしかなかった。
「図書館と紅茶店です」
「……ん? そこだけか?」
「はい。そこだけです」
はは、と優しく笑うエルヴィンは、「二人らしいな」と呟いた。
「それで一日もってしまうのか」
「半日は図書館で、その後は紅茶店。定番コースですよ!」
ランチを食べる店も同じ。いつも二人で現れるので、そこの店主には「リヴァイ兵士長と補佐さん」と顔を覚えられてしまった。
紅茶店の店主とは今ではすっかり打ち解けて、紅茶についてレクチャーして貰っている。
「リヴァイも、あれでいてよく本を読む男だからな。図書館は二人にとって良い場所だろう」
エルヴィンがコーヒーを口にしたのを見てから、フェリーチェも紅茶を飲んだ。
ダージリンの香りにホッと一息つく。……ここの紅茶も美味しい。
食べなさい、と勧められ、遠慮なくアップルパイも頂くことにした。
「リヴァイさんは街の図書館で本……というより、本屋さんで本を買って……というタイプだったみたいですね。あと、兵団の図書室とか」
図書館によく出入りするようになったのは、自分をそこに連れて行ってくれた時から。
なんとなくそんな感じがして、ハンジにコッソリ確認したみたところ……やはりそうだった。
リヴァイには「図書館の利用方法もろくに知らないんじゃ、いつ誰に迷惑をかけるか分からねぇ」とか散々言われたが、さすがに一度利用すればそれくらい覚えられる。
読みたい本を探す。見つけた本を読む。本を借りる。本を返す。また読みたい本を見つけて読んで、そして借りる。
無限のループを繰り返すフェリーチェに、リヴァイは黙って付き合ってくれているのだ。
「フェリーチェと図書館で過ごすのが余程気に入ってるんだろう。親切心だけで何度も何時間も付き合うような男ではないよ」
エルヴィンの言葉が本当ならとても嬉しい。
あの時間は自分もお気に入りの時間だから――。
さくり、とパイにフォークを刺して、シナモン香るそれを口に。
アップルパイの甘酸っぱさが身体全体に沁み込むようだった。
「リヴァイさんって、本を読みだすと結構集中しちゃう人ですよね」
その姿を思い出すと、ほうっと溜息が出てしまう。
リヴァイは「静かで一番落ち着く」と、沢山の椅子が並ぶ中、いつも二階の最奥のソファーに座って本を読んでいた。
少し難解で専門的な分野の本しかない本棚に囲まれた、人が滅多に来ない場所。
明かり取りの細長い窓があるだけのそこは、他の席に比べて少し薄暗いが、日が差し込むので本を読むのも特に困らない。
確かに、あの図書館の中で「静かで一番落ち着く場所」だと思う。
本を探して歩き回る中、フェリーチェは度々読書するリヴァイを覗き見ていた。
綺麗なのだ。その姿が。
窓から降り注ぐ日差しが空気中の僅かな塵に反射してキラキラ輝き、その光がリヴァイの髪にも降りて。
足を組んで座り、椅子の肘掛に頬杖をつき黙って本を読んでいるリヴァイは、相変わらず仏頂面で本当にその本を楽しんで読んでいるのか謎だったけど、伏し目がちな目もページをめくる指も、穏やかな光を浴びる姿全部が綺麗だった。
同調している精悍さと繊細さには、溜息しか出ない――。
「それをフェリーチェが言うのか?」
エルヴィンの笑い声にフェリーチェはハッと我に返った。――いけない、つい……。
「え?」
「集中してしまうと周りがすっかり見えなくなってしまう君が?」
「私……そんなに酷いですか……?」
「雨に濡れても気付かないなんて、普通は有り得ない事だと思うが」
――それを言われると返す言葉が無い。
はは、と小さく笑って「ごめんなさい」と謝った。
「あの時は色々ご心配をおかけしまして……」
「全くだ。困ったものだよ、本当に」
ぴしゃりとそう言われたが、エルヴィンの口調は穏やかだ。
「リヴァイの部屋で療養してたそうだね」
「……はい。医務室は苦手で……」
「リヴァイの部屋は大丈夫なのか……。……それはまた…」
エルヴィンはその後に何か言った様だった。
だけど、残りのアップルパイを食べる事に気を取られてしまい、フェリーチェはそれを聞き逃していた。
「え? ごめんなさい、今何か……」
「いや。気にしないでくれ」
「……はぁ」
「フェリーチェ。それよりもこの後なんだが」
「はい。エルヴィンさんの寄りたい場所ですね?」
「ああ。今日の一番の目的だ。君の服を買いに行こうと思ってる」
「…………はい?」
今のは聞き間違いだろうか?
洋服を買いに行く、と言われた気がしたけど。しかも自分の。
(え? なに?――私?)
疑問はあからさまに顔に出たらしく、エルヴィンはもう一度ゆっくりと自分に言った。
「君の服を買いに行こうかと」
「聞き間違いじゃなかった……!」
「そうだね」
優しく微笑むエルヴィンに、フェリーチェは茫然とする。
洋服を『買いに行く』という意味もよく分からなかった。
だって――。
「お洋服は……支給されてるものがありますよ?」
そう。ちゃんとある。
必要な時が来れば、また新しいものを渡されるだろうし……。
フェリーチェがそう返すと、エルヴィンは優しい微笑みを一瞬にして悲しそうなものに変えた。
「フェリーチェ……。私服というものは、普通は“支給”されるものではないんだよ」
「……え?」
フェリーチェの手からフォークが滑り落ち、皿の上で高い音が響いた――。
街の広場から伸びる、いつも歩く大通り。常に賑わうそことは反対方向に続く通りは、少し細くて静かだが、人通りはそこそこあった。
フェリーチェはキョロキョロと左右を見ながら歩く。
大通りは飲食店や露店、雑貨店などが多く雑然としているけど、こちら側は店の外からでは何を扱っているか、一見では分からない店が多く並んでいる。賑やかさの違いはどうやらここにある様だった。
「こちら側はあまり来ないか? フェリーチェ」
エルヴィンがフェリーチェの隣で笑う。
フェリーチェが頷くと、彼は少し意外そうな顔を見せた。
「ハンジやぺトラと街に来る事もあるんだろう? 女性で来れば、こういった通りも……」
「いいえ……」
三人で一緒に歩く時は、大通りにあるカフェや数件の雑貨店を回る事がほとんど。
傾向的にはカフェ巡りが多いかも? 新規開拓しながら、今回はここ、次回はあっちにする?……みたいな。女子はお茶を飲みながら何時間でもお喋りして過ごせるのだ。
「エルヴィンさんが思ってるほど、二人とお出かけしてる回数は少ないですよ」
「そうなのか?」
「ハンジさんはほぼ研究室にいるし、ぺトラさんも他のお友達と買い物だったり。私は……」
そこまで言って、ちょっと考える。
でも、隠す事では無いので付け加えた。
「リヴァイさんと出掛ける方が多いから……」
エルヴィンはこの言葉に「そうか」と頷いた――。
通りを大分歩いたところで、少し休もうとエルヴィンがカフェに案内してくれた。
落ち着きのあるカフェ。通り沿いの窓際の席に座る。
趣のある店はリヴァイと行く紅茶店とどこか似ていたが、店の広さと客数が圧倒的に違っていた。
長い時間いてもリヴァイとフェリーチェしかいない小さな小さな紅茶店とは反対に、こちらは時折人の出入りがある。店の奥にはボックス席もある様で、四人連れなどの客も多かった。
けれども、客のほとんどはゆったりと過ごしたいらしく、お喋りの声も控えめ、店内は「ざわざわ」というより「さわさわ」といった感じ。全体的に静かな……大人の空間という雰囲気だ。
「エルヴィンさんは一人でここに来るんですか?」
「兵舎にいると何かと仕事をしてしまうからね。ゆっくりと休みたい時はここに来て、本を読んだりして過ごしているよ」
「なるほど……」
「フェリーチェはリヴァイと何処に行くんだい?」
注文したコーヒーと紅茶、そしていつの間に頼んだのかアップルパイが来たところで、エルヴィンとそんな話になった。
リヴァイと過ごす休みの日――。
どこに行くのだ、という質問に対して、答える場所は二つしかなかった。
「図書館と紅茶店です」
「……ん? そこだけか?」
「はい。そこだけです」
はは、と優しく笑うエルヴィンは、「二人らしいな」と呟いた。
「それで一日もってしまうのか」
「半日は図書館で、その後は紅茶店。定番コースですよ!」
ランチを食べる店も同じ。いつも二人で現れるので、そこの店主には「リヴァイ兵士長と補佐さん」と顔を覚えられてしまった。
紅茶店の店主とは今ではすっかり打ち解けて、紅茶についてレクチャーして貰っている。
「リヴァイも、あれでいてよく本を読む男だからな。図書館は二人にとって良い場所だろう」
エルヴィンがコーヒーを口にしたのを見てから、フェリーチェも紅茶を飲んだ。
ダージリンの香りにホッと一息つく。……ここの紅茶も美味しい。
食べなさい、と勧められ、遠慮なくアップルパイも頂くことにした。
「リヴァイさんは街の図書館で本……というより、本屋さんで本を買って……というタイプだったみたいですね。あと、兵団の図書室とか」
図書館によく出入りするようになったのは、自分をそこに連れて行ってくれた時から。
なんとなくそんな感じがして、ハンジにコッソリ確認したみたところ……やはりそうだった。
リヴァイには「図書館の利用方法もろくに知らないんじゃ、いつ誰に迷惑をかけるか分からねぇ」とか散々言われたが、さすがに一度利用すればそれくらい覚えられる。
読みたい本を探す。見つけた本を読む。本を借りる。本を返す。また読みたい本を見つけて読んで、そして借りる。
無限のループを繰り返すフェリーチェに、リヴァイは黙って付き合ってくれているのだ。
「フェリーチェと図書館で過ごすのが余程気に入ってるんだろう。親切心だけで何度も何時間も付き合うような男ではないよ」
エルヴィンの言葉が本当ならとても嬉しい。
あの時間は自分もお気に入りの時間だから――。
さくり、とパイにフォークを刺して、シナモン香るそれを口に。
アップルパイの甘酸っぱさが身体全体に沁み込むようだった。
「リヴァイさんって、本を読みだすと結構集中しちゃう人ですよね」
その姿を思い出すと、ほうっと溜息が出てしまう。
リヴァイは「静かで一番落ち着く」と、沢山の椅子が並ぶ中、いつも二階の最奥のソファーに座って本を読んでいた。
少し難解で専門的な分野の本しかない本棚に囲まれた、人が滅多に来ない場所。
明かり取りの細長い窓があるだけのそこは、他の席に比べて少し薄暗いが、日が差し込むので本を読むのも特に困らない。
確かに、あの図書館の中で「静かで一番落ち着く場所」だと思う。
本を探して歩き回る中、フェリーチェは度々読書するリヴァイを覗き見ていた。
綺麗なのだ。その姿が。
窓から降り注ぐ日差しが空気中の僅かな塵に反射してキラキラ輝き、その光がリヴァイの髪にも降りて。
足を組んで座り、椅子の肘掛に頬杖をつき黙って本を読んでいるリヴァイは、相変わらず仏頂面で本当にその本を楽しんで読んでいるのか謎だったけど、伏し目がちな目もページをめくる指も、穏やかな光を浴びる姿全部が綺麗だった。
同調している精悍さと繊細さには、溜息しか出ない――。
「それをフェリーチェが言うのか?」
エルヴィンの笑い声にフェリーチェはハッと我に返った。――いけない、つい……。
「え?」
「集中してしまうと周りがすっかり見えなくなってしまう君が?」
「私……そんなに酷いですか……?」
「雨に濡れても気付かないなんて、普通は有り得ない事だと思うが」
――それを言われると返す言葉が無い。
はは、と小さく笑って「ごめんなさい」と謝った。
「あの時は色々ご心配をおかけしまして……」
「全くだ。困ったものだよ、本当に」
ぴしゃりとそう言われたが、エルヴィンの口調は穏やかだ。
「リヴァイの部屋で療養してたそうだね」
「……はい。医務室は苦手で……」
「リヴァイの部屋は大丈夫なのか……。……それはまた…」
エルヴィンはその後に何か言った様だった。
だけど、残りのアップルパイを食べる事に気を取られてしまい、フェリーチェはそれを聞き逃していた。
「え? ごめんなさい、今何か……」
「いや。気にしないでくれ」
「……はぁ」
「フェリーチェ。それよりもこの後なんだが」
「はい。エルヴィンさんの寄りたい場所ですね?」
「ああ。今日の一番の目的だ。君の服を買いに行こうと思ってる」
「…………はい?」
今のは聞き間違いだろうか?
洋服を買いに行く、と言われた気がしたけど。しかも自分の。
(え? なに?――私?)
疑問はあからさまに顔に出たらしく、エルヴィンはもう一度ゆっくりと自分に言った。
「君の服を買いに行こうかと」
「聞き間違いじゃなかった……!」
「そうだね」
優しく微笑むエルヴィンに、フェリーチェは茫然とする。
洋服を『買いに行く』という意味もよく分からなかった。
だって――。
「お洋服は……支給されてるものがありますよ?」
そう。ちゃんとある。
必要な時が来れば、また新しいものを渡されるだろうし……。
フェリーチェがそう返すと、エルヴィンは優しい微笑みを一瞬にして悲しそうなものに変えた。
「フェリーチェ……。私服というものは、普通は“支給”されるものではないんだよ」
「……え?」
フェリーチェの手からフォークが滑り落ち、皿の上で高い音が響いた――。