束縛の中の限られた自由
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2
フェリーチェは窓からキョトンと自分を見ていた。
ライムグリーンの瞳が「ここから飛び降りるんですか?」と問いかけてくる。
「そうだ。早くしろ」
リヴァイは言いながら、フェリーチェの横にいる青年にチラリと視線を向けた。
薄茶色の短髪の青年――クライダーはフェリーチェに何か言っている。
『危ない』『やめた方がいい』……大方そんなところだろうか。
「ちょっと何言ってるの、リヴァイ。フェリーチェは二階だよ? 木登りして降りられなくなった猫とは違うんだから」
「馬鹿みてぇに軽いフェリーチェじゃ、猫とさほど変わりない」
「……もう……。あからさまな独占欲発揮しないの!」
「フェリーチェにはこれでも通じないだろ」
ハンジの呆れた声に、リヴァイは自嘲気味に呟いた――。
「装備を外していなかったら、こっちから迎えに行ってやるところだ」
「……掻っ攫うの間違いでしょ」
「結果は同じだ。問題ない」
視線をフェリーチェに戻すと、フェリーチェはジッと自分を見ていた。
彼女に何かを訴えているクライダーの声は聞こえてこないが、話の最中でチラッと遠慮がちにリヴァイに向いたクライダーの目。
すると、視線が合うとは思わなかったのか、クライダーは慌てて目を逸らした。
「…………」
立場の差があるとはいえ、フェリーチェへの視線と自分への視線の全くの違いにリヴァイは少し苛つく。
言いたい事があるのなら、そこからハッキリ言えばいい。相手が兵士長だろうと何だろうと、フェリーチェの身を案ずるのなら尚更じゃないのか――。
「確かにフェリーチェには君の想いは通じてないだろうけど……。クライダーには、ひしひしと伝わってるみたいだよ?」
「それでいい。……チッ、何してる。早く来い」
「恋に目覚めた男に何を言っても無駄か……。いや、まあ……私はそれでいいと思うけどね? むしろどんどん行ってくれ! とも思うし……」
だけどさぁ、と横で続けるハンジの声は、もうほとんどリヴァイに届いてなかった。
(あの男……フェリーチェに何を言った……)
かけられた言葉に、フェリーチェは迷っているのだろうか?
それとも「出来ない」と硬直しているのか。
ジッと自分を見る目は他のどこにも向かないが、フェリーチェは身体を動かす様子も無く、ただ指先を口元にやり黙っているだけだ。
「――聞いてる? リヴァイ。いくら何でも二階からってのは無」
「フェリーチェ」
ハンジの言葉を遮りポツリと出た呼び声は、上まで届く様な大きさではなかった。吹くそよ風にまじり消えてしまう程度の音。
しかし、その声が聞こえたと言わんばかりに、フェリーチェは瞳を大きくする。
『はい』
そんな返事は無かったが、普段と同じ様にフェリーチェはリヴァイに笑った。
ほわんとした笑顔に一瞬胸が疼く。
すると、その一瞬の間にフェリーチェは窓枠にひらりと乗り、そして、迷いも無く身を投げて――。
「エッッ!?」
ハンジが驚きの声を上げた時には、もうリヴァイの腕の中に納まっていた。
想像通り、軽いフェリーチェの身体を二階から受け止めても、ダメージなんか一つも無い。
「フェリーチェ」
想像と違っていたのは、飛び降りた当の本人が怖がる様子も無く、むしろ嬉しそうな……楽しそうな?……そんな感嘆の溜息を大きく吐いていた事だった。
「リヴァイさんっ!」
「お前……いい度胸してるな。頭から降ってくるとは思わなかったぞ」
「だってリヴァイさん、手広げて待ってたでしょう?」
「同じようにして落ちて来いとは言ってない……」
「……あれ?」
フェリーチェは小首を傾げパチパチと瞬きを繰り返したが、「まあ、いっか」と頷いた。
「階段を下りる手間が省けました」
「フェリーチェ……。窓から飛ぶのは近道じゃないんだからね? 飛び降りろ、なんて言う方も言う方だけど」
ハンジの苦笑にフェリーチェがくすくすと笑う。
「リヴァイさんだったから――」
そう言われ、フェリーチェを抱く腕に僅かだが力をこめた。
自分のシャツの胸元を握る色白の手と、微笑む姿。
自然と自分の表情も緩む。
そんな中ずっと感じていた視線に、リヴァイは二階の窓を見上げた――。
(……アイツ……)
忘れてはいない存在。
丁寧な会釈をしたクライダーは、スッと逃げる様に窓から消えた。
食堂には、自分と同じ訓練をしていた者達が、同じ様に遅めの昼食を取る為に集まっていた。
普段の食事時とまではいかないが、それなりの人数が談笑しながら各々食事や休憩の時間を過ごしている。
フェリーチェはその様子を見た時、「うっ」と小さな声を上げた。
自分かハンジがいなかったら絶対にフェリーチェは食事を取らなかっただろう――。
テーブルの端に席を取り、更には自分の陰に隠れ食事をするフェリーチェの姿に、リヴァイは呆れつつも「しょうがない奴だ」と半分諦めた。
フェリーチェが一人で食事出来る日が来るのは、まだまだ先の様だ……。
「そういえば、フェリーチェ。クライダーとは話の途中で良かったの?」
「あ! そうだクライダー!」
ハンジの問いに、フェリーチェはハッ!と顔を上げた。
どうやら本気で忘れていたらしい。手から食べかけのパンを落としてまで、ハッとしていた。
(忘れてたのかよ)
フェリーチェに話しかけていた、いかにも優等生という感じの青年を思い出す。
ここまで忘れられているのは気の毒ではあるが、フェリーチェにとってはそれまでの存在なのかと思うと、少しホッとしてる自分がいる。
『林檎係』は『林檎係』のままか――。
「クライダーもお昼のタイミングを逃したって言ってたんでした。これから食事って言ってたけど………いませんね?」
「もしかして、一緒にって誘われた?」
「断りました」
さらりと言った後、フェリーチェは小さなサイズに分けたパンを口に入れた。
相変わらず最後まで残していたそれと格闘している。ゆっくり噛んでいる様子だけ見ていれば余程のパン好きっぽいが……実際は正反対だ。
ハンジはそれを知らないのか、楽しそうにフェリーチェを見ていた。こっちは窒息しやしないかと思って見ている。微塵も楽しくない。話の内容も気にくわない。
「へぇ。断っちゃったの?」
「えぇ。クライダーとはそんなに仲良しじゃないですし……。一緒にご飯はちょっと……」
「ま、そうだよね! フェリーチェだもんね!」
ハンジは、分かる様な分からない様な理由で納得する。
そして、チラリと自分を見て「ね!」と同意を求めて来た。言いたい事と考えている事が手に取る様に分かる。
良かったね!
そう言わんばかりにニヤニヤし始めるハンジに、こちらも分かり易いような舌打ちを返した。
(……余計なお世話だ)
「――また林檎か」
「え? でも持ってないじゃん、林檎」
「今日はたまたま廊下で会っただけですよ? それで、ちょっと立ち話してました」
「立ち話!?……フェリーチェが?」
自分が言う前に、ハンジが同じ言葉を口にし目を丸くする。
フェリーチェがあまり慣れ親しんでいない人物と立ち話……そんな事は滅多にない。
一度カフェの店主と話している時があったが、あれは自分の親代わりの人間と似ていたからという理由があった。
そう聞くと、クライダーが他の者よりはずっとフェリーチェとの距離が近い事が分かる。まぁ、林檎を介して繋がってるだけの男……ではあるが。
「えっと……。リヴァイさんが新兵の女の子の手当てをしてあげた話を聞いて……その子はリヴァイさんに憧れてるんだろうな……という話を……」
フェリーチェは眉間に力を入れた不機嫌顔で、大分小さくなったパンに“もふっ”とかじりついた。
最後の格闘を始めたようだ――。
もぐもぐ口を動かしまだ驚いているハンジを見ると、フェリーチェは今度は不思議そうな顔をする。不思議なのはこっちだ
(何故二人で俺の話をしてる……)
しかも、どうでもいい話じゃないか。
「あと、クライダーは自分の好きな人に対して『自分だけのものにしたい』という気持ちが強くあるらしいんですが……。なんでしょうね、それ?」
のほほんと笑うフェリーチェ。
驚きを通り越してどうする事も出来なくなったのか、ハンジは脱力しテーブルに頭をぶつけていた。
自分だって持っていたコップを落としそうになった位だ……。
「フェリーチェ……お前、話の飛躍度が激しすぎるぞ」
「へ?」
「どこをどう辿ると、俺のどうでもいい話からクライダーの好きな女に対する気持ちの話になるんだ?」
「……あぁ」
フェリーチェはリヴァイからそっと視線を外し「えーっと」と言葉を濁す。
テーブルをジッと見つめながら水を飲むフェリーチェの頬は、ほんのりと赤くなっていた。
「まぁそこは……色々経由してなんですけどね……」
ハンジがテーブルから顔を上げ、ごにょごにょと口ごもるフェリーチェを見つめている。
そして、しばらくフェリーチェを観察した後にその目をリヴァイへと向けた。
「なんだ」
「ううん。確かに飛躍したなぁって思って」
「……」
ニッコリ笑っている。
フェリーチェの発言を面白がっているのか、クライダーの恋愛に興味を持ったのか、それとも自分の反応が気になったのか……。
今回の笑みの理由は分からなかった。
――分からないものは自分をイラつかせる。ハンジの笑いもそうだが……今はフェリーチェだ。
フェリーチェはやっとパンとの格闘を終え、空になった食器に「ごちそうさまでした」と礼をしていた。
その姿には可愛らしいと頬も緩むが、
(微妙な顔しやがって……)
クライダーとの話は別だ。
色々経由とは、また変な誤魔化し方をする――。それはここが赤くなる様な話だったのか?
リヴァイはフェリーチェの右の頬をつねった。
「な、なんですか? リヴァイさん?」
「……」
もう片方もつねる。
フェリーチェはリヴァイの腕を叩いて「だから何?」と言っている様だったが、両頬をつねられているのでうまく発音出来ず、ほわほわと間抜けな声を上げた。
「ほおふぃへほんはっ!?」
「何を話してたかは知らんが、クライダーとは大分話が弾んでた様だな。俺とハンジが来なかったら、もっと話が出来てたんじゃねぇのか?」
「ふぇっ?」
「だったら悪い事をしたな。飯を食わす為とはいえ、途中でお前を強制退場させちまった」
「ッ!? ひはいはふ!」
可能な範囲でフェリーチェは首を振る。
リヴァイの手にもささやかな揺れで伝わってきた。
つまんでいた肌を解放してやってから、さり気なく掌でそこを撫で、リヴァイはフェリーチェを見つめた。
「話、弾んだりなんかしてないですよ? それに、嫌だったら二階から飛ばないです! 私はクライダーじゃなく、リヴァイさんが好きだし……。だから、良かったんです!」
「……」
これは……素直に喜んでいいのか……。
なにせ、フェリーチェの感情は自分とずれている。
この場合の「好き」も、こちらよりそちらの方が良いという程度の事だろう。
更に言えば、フェリーチェの「好き」はあくまで親愛の情の域を越えないもの。
自分が持ち、彼女に求める感情とは程遠い。
それだけに、フェリーチェの口から「好き」という単語が零れる度に複雑な気分になる――。
「ちょっとちょっと、お二人。私が居る事忘れてない?」
黙っていたハンジが二人に言った。
頬杖をつき若干呆れ顔のハンジに、フェリーチェは慌てて首を振る。
「忘れてないですっ」
「なら良かった。だけどごめんよ、フェリーチェ。話してる最中悪いんだけど……もう時間なんだ」
「あっ……午後のお仕事ですか?」
「うん。次の壁外調査に向けて、エルヴィン達と会議。ね、リヴァイ?」
「……ああ」
恐らく、予定より長引く会議になると思う。
横で寂しそうな顔をしたフェリーチェを見て、リヴァイはどう指示を与えるかを考えた。
執務室で待て。それとも、今日はもういいから自分の好きな様に過ごせ。
どちらにする――?
「執務室でリヴァイさんを待ってて良いですか?」
しかし、考えてる内にフェリーチェが先に聞いてきた。
「……。部屋をメモ用紙で溢れさせなければいい」
「好きな事して待ってろって意味ですね!」
パッと明るい顔になったフェリーチェに、「そういう話はすぐ伝わるのに、なんで肝心な事は伝わらねぇんだよ」とリヴァイは心の中で舌打ちをする。
ハンジは、そんなリヴァイの気持ちが分かったらしく……テーブルに伏せ肩を揺らしていた。笑いを堪えているようだ。
(コイツには色々伝わり過ぎる……)
フェリーチェもこういう所で物分かりがいいと助かるのだが……。
舌打ちの次は溜息だ。
「遅くなるかもしれねぇが、お前はとにかく執務室に居ろ。どうせ夕飯も俺かハンジがいないと食わないんだろ」
ジロリと横を見れば、苦笑いを浮かべるフェリーチェ。
ああ……やっぱり。
「待ってますね」
今度はニッコリと微笑むフェリーチェの頭を撫で、リヴァイは思う。
(ウロウロするなよ。またクライダーに出くわすかもしれない)
――あの男は、どうやらお前が好きらしいからな……。
“クライダーは自分の好きな人に対して『自分だけのものにしたい』という気持ちが強くあるらしい”
フェリーチェが話していたのを思い出す。
クライダーも、こちらの事を分かっているなら馬鹿な真似はすまい。いや……。“そういうコト”をするような男ではないだろう――。
そう思っても、あまり気分のいいものではなかった。
フェリーチェを見つめるクライダーの真剣な瞳。
真面目な青年だからこそ、その目はきっと他には向かないのだ……。
見上げた二階の窓の光景を思い出しながら、リヴァイは多くの言葉を飲み込んだ――。
フェリーチェは窓からキョトンと自分を見ていた。
ライムグリーンの瞳が「ここから飛び降りるんですか?」と問いかけてくる。
「そうだ。早くしろ」
リヴァイは言いながら、フェリーチェの横にいる青年にチラリと視線を向けた。
薄茶色の短髪の青年――クライダーはフェリーチェに何か言っている。
『危ない』『やめた方がいい』……大方そんなところだろうか。
「ちょっと何言ってるの、リヴァイ。フェリーチェは二階だよ? 木登りして降りられなくなった猫とは違うんだから」
「馬鹿みてぇに軽いフェリーチェじゃ、猫とさほど変わりない」
「……もう……。あからさまな独占欲発揮しないの!」
「フェリーチェにはこれでも通じないだろ」
ハンジの呆れた声に、リヴァイは自嘲気味に呟いた――。
「装備を外していなかったら、こっちから迎えに行ってやるところだ」
「……掻っ攫うの間違いでしょ」
「結果は同じだ。問題ない」
視線をフェリーチェに戻すと、フェリーチェはジッと自分を見ていた。
彼女に何かを訴えているクライダーの声は聞こえてこないが、話の最中でチラッと遠慮がちにリヴァイに向いたクライダーの目。
すると、視線が合うとは思わなかったのか、クライダーは慌てて目を逸らした。
「…………」
立場の差があるとはいえ、フェリーチェへの視線と自分への視線の全くの違いにリヴァイは少し苛つく。
言いたい事があるのなら、そこからハッキリ言えばいい。相手が兵士長だろうと何だろうと、フェリーチェの身を案ずるのなら尚更じゃないのか――。
「確かにフェリーチェには君の想いは通じてないだろうけど……。クライダーには、ひしひしと伝わってるみたいだよ?」
「それでいい。……チッ、何してる。早く来い」
「恋に目覚めた男に何を言っても無駄か……。いや、まあ……私はそれでいいと思うけどね? むしろどんどん行ってくれ! とも思うし……」
だけどさぁ、と横で続けるハンジの声は、もうほとんどリヴァイに届いてなかった。
(あの男……フェリーチェに何を言った……)
かけられた言葉に、フェリーチェは迷っているのだろうか?
それとも「出来ない」と硬直しているのか。
ジッと自分を見る目は他のどこにも向かないが、フェリーチェは身体を動かす様子も無く、ただ指先を口元にやり黙っているだけだ。
「――聞いてる? リヴァイ。いくら何でも二階からってのは無」
「フェリーチェ」
ハンジの言葉を遮りポツリと出た呼び声は、上まで届く様な大きさではなかった。吹くそよ風にまじり消えてしまう程度の音。
しかし、その声が聞こえたと言わんばかりに、フェリーチェは瞳を大きくする。
『はい』
そんな返事は無かったが、普段と同じ様にフェリーチェはリヴァイに笑った。
ほわんとした笑顔に一瞬胸が疼く。
すると、その一瞬の間にフェリーチェは窓枠にひらりと乗り、そして、迷いも無く身を投げて――。
「エッッ!?」
ハンジが驚きの声を上げた時には、もうリヴァイの腕の中に納まっていた。
想像通り、軽いフェリーチェの身体を二階から受け止めても、ダメージなんか一つも無い。
「フェリーチェ」
想像と違っていたのは、飛び降りた当の本人が怖がる様子も無く、むしろ嬉しそうな……楽しそうな?……そんな感嘆の溜息を大きく吐いていた事だった。
「リヴァイさんっ!」
「お前……いい度胸してるな。頭から降ってくるとは思わなかったぞ」
「だってリヴァイさん、手広げて待ってたでしょう?」
「同じようにして落ちて来いとは言ってない……」
「……あれ?」
フェリーチェは小首を傾げパチパチと瞬きを繰り返したが、「まあ、いっか」と頷いた。
「階段を下りる手間が省けました」
「フェリーチェ……。窓から飛ぶのは近道じゃないんだからね? 飛び降りろ、なんて言う方も言う方だけど」
ハンジの苦笑にフェリーチェがくすくすと笑う。
「リヴァイさんだったから――」
そう言われ、フェリーチェを抱く腕に僅かだが力をこめた。
自分のシャツの胸元を握る色白の手と、微笑む姿。
自然と自分の表情も緩む。
そんな中ずっと感じていた視線に、リヴァイは二階の窓を見上げた――。
(……アイツ……)
忘れてはいない存在。
丁寧な会釈をしたクライダーは、スッと逃げる様に窓から消えた。
食堂には、自分と同じ訓練をしていた者達が、同じ様に遅めの昼食を取る為に集まっていた。
普段の食事時とまではいかないが、それなりの人数が談笑しながら各々食事や休憩の時間を過ごしている。
フェリーチェはその様子を見た時、「うっ」と小さな声を上げた。
自分かハンジがいなかったら絶対にフェリーチェは食事を取らなかっただろう――。
テーブルの端に席を取り、更には自分の陰に隠れ食事をするフェリーチェの姿に、リヴァイは呆れつつも「しょうがない奴だ」と半分諦めた。
フェリーチェが一人で食事出来る日が来るのは、まだまだ先の様だ……。
「そういえば、フェリーチェ。クライダーとは話の途中で良かったの?」
「あ! そうだクライダー!」
ハンジの問いに、フェリーチェはハッ!と顔を上げた。
どうやら本気で忘れていたらしい。手から食べかけのパンを落としてまで、ハッとしていた。
(忘れてたのかよ)
フェリーチェに話しかけていた、いかにも優等生という感じの青年を思い出す。
ここまで忘れられているのは気の毒ではあるが、フェリーチェにとってはそれまでの存在なのかと思うと、少しホッとしてる自分がいる。
『林檎係』は『林檎係』のままか――。
「クライダーもお昼のタイミングを逃したって言ってたんでした。これから食事って言ってたけど………いませんね?」
「もしかして、一緒にって誘われた?」
「断りました」
さらりと言った後、フェリーチェは小さなサイズに分けたパンを口に入れた。
相変わらず最後まで残していたそれと格闘している。ゆっくり噛んでいる様子だけ見ていれば余程のパン好きっぽいが……実際は正反対だ。
ハンジはそれを知らないのか、楽しそうにフェリーチェを見ていた。こっちは窒息しやしないかと思って見ている。微塵も楽しくない。話の内容も気にくわない。
「へぇ。断っちゃったの?」
「えぇ。クライダーとはそんなに仲良しじゃないですし……。一緒にご飯はちょっと……」
「ま、そうだよね! フェリーチェだもんね!」
ハンジは、分かる様な分からない様な理由で納得する。
そして、チラリと自分を見て「ね!」と同意を求めて来た。言いたい事と考えている事が手に取る様に分かる。
良かったね!
そう言わんばかりにニヤニヤし始めるハンジに、こちらも分かり易いような舌打ちを返した。
(……余計なお世話だ)
「――また林檎か」
「え? でも持ってないじゃん、林檎」
「今日はたまたま廊下で会っただけですよ? それで、ちょっと立ち話してました」
「立ち話!?……フェリーチェが?」
自分が言う前に、ハンジが同じ言葉を口にし目を丸くする。
フェリーチェがあまり慣れ親しんでいない人物と立ち話……そんな事は滅多にない。
一度カフェの店主と話している時があったが、あれは自分の親代わりの人間と似ていたからという理由があった。
そう聞くと、クライダーが他の者よりはずっとフェリーチェとの距離が近い事が分かる。まぁ、林檎を介して繋がってるだけの男……ではあるが。
「えっと……。リヴァイさんが新兵の女の子の手当てをしてあげた話を聞いて……その子はリヴァイさんに憧れてるんだろうな……という話を……」
フェリーチェは眉間に力を入れた不機嫌顔で、大分小さくなったパンに“もふっ”とかじりついた。
最後の格闘を始めたようだ――。
もぐもぐ口を動かしまだ驚いているハンジを見ると、フェリーチェは今度は不思議そうな顔をする。不思議なのはこっちだ
(何故二人で俺の話をしてる……)
しかも、どうでもいい話じゃないか。
「あと、クライダーは自分の好きな人に対して『自分だけのものにしたい』という気持ちが強くあるらしいんですが……。なんでしょうね、それ?」
のほほんと笑うフェリーチェ。
驚きを通り越してどうする事も出来なくなったのか、ハンジは脱力しテーブルに頭をぶつけていた。
自分だって持っていたコップを落としそうになった位だ……。
「フェリーチェ……お前、話の飛躍度が激しすぎるぞ」
「へ?」
「どこをどう辿ると、俺のどうでもいい話からクライダーの好きな女に対する気持ちの話になるんだ?」
「……あぁ」
フェリーチェはリヴァイからそっと視線を外し「えーっと」と言葉を濁す。
テーブルをジッと見つめながら水を飲むフェリーチェの頬は、ほんのりと赤くなっていた。
「まぁそこは……色々経由してなんですけどね……」
ハンジがテーブルから顔を上げ、ごにょごにょと口ごもるフェリーチェを見つめている。
そして、しばらくフェリーチェを観察した後にその目をリヴァイへと向けた。
「なんだ」
「ううん。確かに飛躍したなぁって思って」
「……」
ニッコリ笑っている。
フェリーチェの発言を面白がっているのか、クライダーの恋愛に興味を持ったのか、それとも自分の反応が気になったのか……。
今回の笑みの理由は分からなかった。
――分からないものは自分をイラつかせる。ハンジの笑いもそうだが……今はフェリーチェだ。
フェリーチェはやっとパンとの格闘を終え、空になった食器に「ごちそうさまでした」と礼をしていた。
その姿には可愛らしいと頬も緩むが、
(微妙な顔しやがって……)
クライダーとの話は別だ。
色々経由とは、また変な誤魔化し方をする――。それはここが赤くなる様な話だったのか?
リヴァイはフェリーチェの右の頬をつねった。
「な、なんですか? リヴァイさん?」
「……」
もう片方もつねる。
フェリーチェはリヴァイの腕を叩いて「だから何?」と言っている様だったが、両頬をつねられているのでうまく発音出来ず、ほわほわと間抜けな声を上げた。
「ほおふぃへほんはっ!?」
「何を話してたかは知らんが、クライダーとは大分話が弾んでた様だな。俺とハンジが来なかったら、もっと話が出来てたんじゃねぇのか?」
「ふぇっ?」
「だったら悪い事をしたな。飯を食わす為とはいえ、途中でお前を強制退場させちまった」
「ッ!? ひはいはふ!」
可能な範囲でフェリーチェは首を振る。
リヴァイの手にもささやかな揺れで伝わってきた。
つまんでいた肌を解放してやってから、さり気なく掌でそこを撫で、リヴァイはフェリーチェを見つめた。
「話、弾んだりなんかしてないですよ? それに、嫌だったら二階から飛ばないです! 私はクライダーじゃなく、リヴァイさんが好きだし……。だから、良かったんです!」
「……」
これは……素直に喜んでいいのか……。
なにせ、フェリーチェの感情は自分とずれている。
この場合の「好き」も、こちらよりそちらの方が良いという程度の事だろう。
更に言えば、フェリーチェの「好き」はあくまで親愛の情の域を越えないもの。
自分が持ち、彼女に求める感情とは程遠い。
それだけに、フェリーチェの口から「好き」という単語が零れる度に複雑な気分になる――。
「ちょっとちょっと、お二人。私が居る事忘れてない?」
黙っていたハンジが二人に言った。
頬杖をつき若干呆れ顔のハンジに、フェリーチェは慌てて首を振る。
「忘れてないですっ」
「なら良かった。だけどごめんよ、フェリーチェ。話してる最中悪いんだけど……もう時間なんだ」
「あっ……午後のお仕事ですか?」
「うん。次の壁外調査に向けて、エルヴィン達と会議。ね、リヴァイ?」
「……ああ」
恐らく、予定より長引く会議になると思う。
横で寂しそうな顔をしたフェリーチェを見て、リヴァイはどう指示を与えるかを考えた。
執務室で待て。それとも、今日はもういいから自分の好きな様に過ごせ。
どちらにする――?
「執務室でリヴァイさんを待ってて良いですか?」
しかし、考えてる内にフェリーチェが先に聞いてきた。
「……。部屋をメモ用紙で溢れさせなければいい」
「好きな事して待ってろって意味ですね!」
パッと明るい顔になったフェリーチェに、「そういう話はすぐ伝わるのに、なんで肝心な事は伝わらねぇんだよ」とリヴァイは心の中で舌打ちをする。
ハンジは、そんなリヴァイの気持ちが分かったらしく……テーブルに伏せ肩を揺らしていた。笑いを堪えているようだ。
(コイツには色々伝わり過ぎる……)
フェリーチェもこういう所で物分かりがいいと助かるのだが……。
舌打ちの次は溜息だ。
「遅くなるかもしれねぇが、お前はとにかく執務室に居ろ。どうせ夕飯も俺かハンジがいないと食わないんだろ」
ジロリと横を見れば、苦笑いを浮かべるフェリーチェ。
ああ……やっぱり。
「待ってますね」
今度はニッコリと微笑むフェリーチェの頭を撫で、リヴァイは思う。
(ウロウロするなよ。またクライダーに出くわすかもしれない)
――あの男は、どうやらお前が好きらしいからな……。
“クライダーは自分の好きな人に対して『自分だけのものにしたい』という気持ちが強くあるらしい”
フェリーチェが話していたのを思い出す。
クライダーも、こちらの事を分かっているなら馬鹿な真似はすまい。いや……。“そういうコト”をするような男ではないだろう――。
そう思っても、あまり気分のいいものではなかった。
フェリーチェを見つめるクライダーの真剣な瞳。
真面目な青年だからこそ、その目はきっと他には向かないのだ……。
見上げた二階の窓の光景を思い出しながら、リヴァイは多くの言葉を飲み込んだ――。