束縛の中の限られた自由
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1
柔らかな日差し降り注ぐ午後。そよ風が頬を滑る。
兵舎の裏の方から男性の怒号が響いてくるのは、訓練開始の合図だろうか……?
廊下の窓から空を眺め、フェリーチェは「あ。そうだ……」と一人言った。
「ご飯食べに行かなくちゃ……」
あの怖そうな大声が聞こえてくるのは、兵士達のお昼休みは終わったという合図でもある。
あえて休みと食事時間をずらすフェリーチェにとっては、今からが昼休みだ。
(でも、ひとりかぁ……)
リヴァイとハンジは午前中から外に出たまま。彼らは、書類に向きあわない日はほぼ訓練と向かい合ってる。
つまり、そういう日は事務補佐としての仕事がほとんど無い日……。
とはいえ、仕事が無いからといっても休みではない。やれる事を探して行う。
時間が空いてるならば、ここ一年ほど係わっている、立体機動装置の改良部分についての試算などを進めたいという気持ちもあるけれど……。
いや、駄目だ。それだけは無理。自分には守らなければならないエルヴィンとの約束がある。
――五年以内の資料は技術班が頻繁に使用している。次の壁外調査に向けて彼らも必死なんだ。優先すべきは現場。悪いがその期間の資料には触れないでくれ。
開発部は、壁外調査報告書と技術班からの依頼等を受けて動いている案件が多い。だから、現場優先というエルヴィンの言葉に反論は全く無かった。
経験に勝る資料は無い。技術班の眼は、安易に外出出来ないフェリーチェら研究員にとって、一番必要で大切なものだ。いくら最前線の調査兵団ヘ来たからといって、こちらが出しゃばるなんて失礼。
というより、出しゃばるも何も……ここでの活動は――。
「駄目って言われちゃったからなぁ……」
窓に頬杖をついて、フェリーチェは溜息を洩らした。
綿菓子みたいな雲が浮かんでいるのを見てると、のほほんとしてる自分が申し訳なくなってくる。
(リヴァイさん達、午後は戻ってくる?)
予定を聞き忘れてしまったから、分からない。
「はぁ……」
みんなが働いてるのに、一人だけサボっている気分だ――。
食事の事をすでに忘れかけてるフェリーチェは、ベストのポケットからきつく巻いた包帯を取り出した。お守り代わりでずっと持っている包帯。
最近、リヴァイが居ない時はこうして一度は手にしないと落ち着かない……気がする。
その気分について考えると、とにかく不思議な感じに包まれ、フェリーチェはその都度首を傾げていた。
寂しいからそうしているというならば、自分はなんてリヴァイに頼りっきりなんだろうか……。
フェリーチェの口からまた溜息が落ちる。
リヴァイがいないなら食事は別に取らなくてもいいか……と思ってる自分に気付いたのだ。
(私ったら、どこまでリヴァイさんがいないと駄目なの……)
……ずっと思い悩んでいる事があった。
それについてはハンジにも相談したけれど、ハンジは答えを知っている様なのにハッキリとは教えてくれない。
――それは自分で気付かないといけないものだからね。でも、答えが出せる様にヒントなら教えてあげられるよ?
まるで謎解きのようだ……。フェリーチェは思った。
ヒントを聞いても、今の段階ではいまいちピンとこないし。
(親愛と情愛……。一緒じゃないの? 辞書で調べても、二つは同じ意味にしか思えないよ……ハンジさん)
リヴァイに触れられると恥ずかしいと思う自分がいる。
だけど、嫌じゃない。どちらかと言えば安心するし、嬉しいと思う時もある。
この間もそうだった。勇気を出してリヴァイに自分の傷痕を見せた時。
抱き締められたのは恥ずかしかったけど、後には安心感と嬉しさが残った。
母親とは違う。でも、根本が一緒なら、違うとも言い切れないと思うのだけど……?
“好きだから一緒に居ると安心する”
“好きだから一緒に居られるのが嬉しい”
(だけど、リヴァイさんには『違う』って言われた……)
自分にはその違いが分からない――。
誰かがこちらに歩いてくる気配を感じて、フェリーチェは空から廊下へと視線を移した。
一人の青年が本をパラパラとめくりながら歩いてくる。少し機嫌悪そうにしている彼に向かって、声をかけた。
「クライダー」
「あっ、フェリーチェ!」
クライダーはパッと表情を明るく変え、フェリーチェの所へ走ってくる。
二人の間に距離を取り、クライダーは足を止めた。
彼は、フェリーチェのパーソナルスペースが極端に狭く、人を怖がるのを知っている。だから、林檎を手渡す時くらいしか触れられる距離には寄って来なかった。
「こんな所でどうしたの? お昼はもう食べた?」
首を振って答える。クライダーは苦笑すると「まったく君は……」と肩を竦めた。
「ちゃんと食べないと、また熱出しちゃうよ」
「知ってたの?」
「たまたま聞いたんだ」
クライダーは、自分もこれから昼休みなのだと笑う。班長に頼まれた書類整理に追われタイミングを逃したらしい。
「今行くとこなんだ。フェリーチェも一緒にどう?」
「……お腹空いてない」
また首を振って答える。
クライダーは悪い人じゃないけど、気兼ねなく一緒に食事を取れる相手ではなかった。
「そっか。じゃあまた機会があったらね」
ニッコリ笑う青年は、周りの男性兵士達とはやはりどこか違う。こちらの断りに対してしつこく誘って来る事は決してない。
本当にいい人なのだと思う。相手を思いやれる人間。
「……リヴァイさんが、班長さんに話をしてくれて、今度お礼に行ける事になって……。随分遅くなっちゃったけど」
「へぇ! じゃあ、リヴァイ兵長と一緒に来るんだね? 班長だけじゃなく皆が二倍で喜びそうだ」
「?」
「リヴァイ兵長は憧れの存在だから、みんな一度は話してみたいと思ってるんだよ。勿論、フェリーチェが来てくれる事にも大騒ぎするだろうけど」
「……そう」
「二人が来る日は、きっと陰から班長の部屋をチェックしてるかもなぁ……。無理矢理にでも用事を作って、兵長とフェリーチェが居る間に部屋に入ろうってね」
「え……」
(それは困る)
クライダーがあまりにも楽しそうに話すものだから、思ってる事を顔に出す訳にもいかなかった。笑顔を見せる努力。でも多分、すごくぎこちなく笑ってるに違いない――。
「そういえばそのお守り……。肌身離さず持ってるんだね」
手にしてる包帯に気付いたクライダーは目を細めて言った。
隠すつもりは無いけれどジロジロみられるのも嫌。クライダーはそんな事しないと分かっていても、手は自然と動き包帯をポケットに戻していた。
「お守りだから」
「当たり前か」
くすっ、とクライダーが笑う。
「もしかして、リヴァイ兵長に貰ったものなの?」
「え!?」
ビックリした。
なんで分かったんだろう?
「いや。前に聞いた時に、何となくそう思っただけなんだけど……。そうなんだ?」
「……」
黙って頷く。
「男の僕には分からないけど、女の子はそういうの大事にするよね」
「……変?」
「いや。全然。フェリーチェ以外の女の子にもいるよ、そういう子。この間もリヴァイ兵長と特訓してた子が、ちょっとした怪我をして兵長に手当てして貰ったんだって。ガーゼは洗って取っておくって喜んでた。フェリーチェみたいにお守りにするんだと思う」
「……」
「見てて、なんか可愛いなって思ったよ」
リヴァイと特訓――聞き覚えのある話だった。きっと新人の子に教えるって言ってたあの……。
(そうか、その子も怪我しちゃったんだ。それで手当てをしてもらって……)
ギュッと手を握る。ああ……まただ。
新兵の練習を見てやるのだと、リヴァイから聞いた時と同じ気持ち。相手が女性だと分かった時の気持ち。
胸の奥で、よく分からない……黒い雲の様なものが小さく渦巻く。
「その子は……リヴァイさんの事が好きなの?」
「えっ!? 好き?」
クライダーはフェリーチェの言葉に随分と驚いた顔をして「うーん……」と首を傾げる。
「どうなんだろうね? その子に直接聞いた訳じゃないから何とも言えないけど……憧れてるのは確かだと思うよ。恋愛感情があるのかは別として」
(恋愛?)
「まぁ、“好き”にも色々あるからなぁ……」
(色々……)
「フェリーチェ、何かあったの?」
クライダーに聞かれフェリーチェも「うーん」と首を傾げた。
「分からない」
「え?」
「何なんだろう」
「……」
結局、二人で揃って首を傾げた。
「えっと……フェリーチェも好きなの? 兵長のこと」
クライダーに問われフェリーチェは迷った。
「好き」と言えば良いのか。
でもリヴァイには、自分のとは“違う”と返されてしまったし、クライダーには“色々ある”とも言われたばかり。
それに、いまだに自分でもよく分からない。
不確かな事を言ってしまって後で訂正する難しさを考えるなら、今はあまりハッキリとは言わない方がいいかも……。
という事で、
「クライダーは好きな人いるの?」
それで誤魔化した。
「質問に質問で返すなんて……困ったなぁ」
人差し指で頬を掻きながら苦笑され、誤魔化し方が露骨過ぎたかな? とフェリーチェは思う。
でも、そこはクライダーの人の良さに救われた。
「うん……いるよ」
他の人だったらこうはいかないだろう。人のいいクライダーは、素直な人でもあった。
「好きってどんな感じで?」
フェリーチェは加えて聞く。
ハンジやリヴァイみたいな年上の人の語り口だから難しく聞こえるんだと考えれば、同い年のクライダーの話の方が感覚的に理解出来るかもしれない。
自分が今知りたい事。
“好き”という感情の違いを知りたい――。
「どんな感じでって……」
クライダーは大分困っている様だった。視線を忙しなく左右に動かしながら、言葉を探している。
しばらくそんな感じで無言でいたクライダーだったが、やがて、ぽつりぽつりと語り出した。
「いつもそばにいてもらいたいなって思ったり……自分だけを見て欲しいって思ったり……。そういうのを、相手にも同じ様に思ってもらいたいなぁ……みたいな? ……あぁ、あと……」
「……?」
「僕だけのものにしたい、って思う」
真っ直ぐ真剣な瞳が、自分に向けられる。
クライダーの「好きな人」への気持ちがそこに集約されている様だった。
「そう……」
一方自分は、前半部分は親に対しても思った事があるから分かったものの、最後だけはよく理解出来ない。
(自分だけの……って、何を――?)
「だよ……ね?」
それでも共感するところはあったので、一応頷きはする。
「あの……フェリーチェ? 本当に分かった?」
「う、ん」
「……そうか」
窓枠に肩を預けたクライダーは微笑んだ。
気が付けば、彼が来た時より距離が縮まっている。……そっと、一歩だけ横へずれた。
「フェリーチェ。あのさ、僕がもし――」
「?」
「おぉーいっ! フェリーチェ〜」
クライダーが何かを言いかけた時だった。
窓の外からハンジの明るく弾んだ声。
クライダーの顔を気にしながら、外を見ると……
(リヴァイさんだ!)
窓の下まで走ってくるハンジの後ろに、マイペースで歩いてくるリヴァイを見つけた。
「あ! お友達もいたんだ! ごめんね〜お話のところ。遠くからフェリーチェが見えたもんだからさ」
「ハンジさん、これからまた訓練ですか?」
「いいや。終わって戻るところ! 時間押しちゃってね、昼ご飯もこれからだよ」
「フェリーチェ。お前はちゃんと食ったんだろうな」
ハンジに追いつき、リヴァイも窓の下から声をかけてくる。
(一人じゃ嫌だったから……。あ! でもクライダーにはお腹空いてないから行かないって言ったんだっけ)
答えられずに思わず横のクライダーを見てしまったら、彼は頷きニッコリと笑った。
どうやら始めから、「お腹空いてない」イコール「お断りします」だとバレていたらしい。
「あれ? もしかして君がクライダー君?」
「は、はい!」
「やっぱり! フェリーチェと仲良くお喋り出来るコなんてそういないからね」
ハンジのカラッとした笑い声が下から響いてくる。
それとは対照的に、リヴァイの声は低く響いてきた。
「食ってねぇんだな」
「……はい」
(うわ……怒ってる)
とっても機嫌が悪そうだ。
眉間に皺を寄せたリヴァイは「それなら」と続けた。
「降りてこい」
「へ?」
「リ、リヴァイ……?」
「!?」
フェリーチェはキョトンとし、ハンジとクライダーは目を丸くした。
三人で不機嫌顔そのままに両手を広げているリヴァイを見る。
催促の様に両手を僅かに動かすと、リヴァイはもう一度フェリーチェに言った。
「降りろ」
(え? 降りろって……飛び降りろって事ですか?)
フェリーチェはリヴァイに目で訴えた。
「そうだ。早くしろ」
無言の質問に、リヴァイは普通に答えた――。
柔らかな日差し降り注ぐ午後。そよ風が頬を滑る。
兵舎の裏の方から男性の怒号が響いてくるのは、訓練開始の合図だろうか……?
廊下の窓から空を眺め、フェリーチェは「あ。そうだ……」と一人言った。
「ご飯食べに行かなくちゃ……」
あの怖そうな大声が聞こえてくるのは、兵士達のお昼休みは終わったという合図でもある。
あえて休みと食事時間をずらすフェリーチェにとっては、今からが昼休みだ。
(でも、ひとりかぁ……)
リヴァイとハンジは午前中から外に出たまま。彼らは、書類に向きあわない日はほぼ訓練と向かい合ってる。
つまり、そういう日は事務補佐としての仕事がほとんど無い日……。
とはいえ、仕事が無いからといっても休みではない。やれる事を探して行う。
時間が空いてるならば、ここ一年ほど係わっている、立体機動装置の改良部分についての試算などを進めたいという気持ちもあるけれど……。
いや、駄目だ。それだけは無理。自分には守らなければならないエルヴィンとの約束がある。
――五年以内の資料は技術班が頻繁に使用している。次の壁外調査に向けて彼らも必死なんだ。優先すべきは現場。悪いがその期間の資料には触れないでくれ。
開発部は、壁外調査報告書と技術班からの依頼等を受けて動いている案件が多い。だから、現場優先というエルヴィンの言葉に反論は全く無かった。
経験に勝る資料は無い。技術班の眼は、安易に外出出来ないフェリーチェら研究員にとって、一番必要で大切なものだ。いくら最前線の調査兵団ヘ来たからといって、こちらが出しゃばるなんて失礼。
というより、出しゃばるも何も……ここでの活動は――。
「駄目って言われちゃったからなぁ……」
窓に頬杖をついて、フェリーチェは溜息を洩らした。
綿菓子みたいな雲が浮かんでいるのを見てると、のほほんとしてる自分が申し訳なくなってくる。
(リヴァイさん達、午後は戻ってくる?)
予定を聞き忘れてしまったから、分からない。
「はぁ……」
みんなが働いてるのに、一人だけサボっている気分だ――。
食事の事をすでに忘れかけてるフェリーチェは、ベストのポケットからきつく巻いた包帯を取り出した。お守り代わりでずっと持っている包帯。
最近、リヴァイが居ない時はこうして一度は手にしないと落ち着かない……気がする。
その気分について考えると、とにかく不思議な感じに包まれ、フェリーチェはその都度首を傾げていた。
寂しいからそうしているというならば、自分はなんてリヴァイに頼りっきりなんだろうか……。
フェリーチェの口からまた溜息が落ちる。
リヴァイがいないなら食事は別に取らなくてもいいか……と思ってる自分に気付いたのだ。
(私ったら、どこまでリヴァイさんがいないと駄目なの……)
……ずっと思い悩んでいる事があった。
それについてはハンジにも相談したけれど、ハンジは答えを知っている様なのにハッキリとは教えてくれない。
――それは自分で気付かないといけないものだからね。でも、答えが出せる様にヒントなら教えてあげられるよ?
まるで謎解きのようだ……。フェリーチェは思った。
ヒントを聞いても、今の段階ではいまいちピンとこないし。
(親愛と情愛……。一緒じゃないの? 辞書で調べても、二つは同じ意味にしか思えないよ……ハンジさん)
リヴァイに触れられると恥ずかしいと思う自分がいる。
だけど、嫌じゃない。どちらかと言えば安心するし、嬉しいと思う時もある。
この間もそうだった。勇気を出してリヴァイに自分の傷痕を見せた時。
抱き締められたのは恥ずかしかったけど、後には安心感と嬉しさが残った。
母親とは違う。でも、根本が一緒なら、違うとも言い切れないと思うのだけど……?
“好きだから一緒に居ると安心する”
“好きだから一緒に居られるのが嬉しい”
(だけど、リヴァイさんには『違う』って言われた……)
自分にはその違いが分からない――。
誰かがこちらに歩いてくる気配を感じて、フェリーチェは空から廊下へと視線を移した。
一人の青年が本をパラパラとめくりながら歩いてくる。少し機嫌悪そうにしている彼に向かって、声をかけた。
「クライダー」
「あっ、フェリーチェ!」
クライダーはパッと表情を明るく変え、フェリーチェの所へ走ってくる。
二人の間に距離を取り、クライダーは足を止めた。
彼は、フェリーチェのパーソナルスペースが極端に狭く、人を怖がるのを知っている。だから、林檎を手渡す時くらいしか触れられる距離には寄って来なかった。
「こんな所でどうしたの? お昼はもう食べた?」
首を振って答える。クライダーは苦笑すると「まったく君は……」と肩を竦めた。
「ちゃんと食べないと、また熱出しちゃうよ」
「知ってたの?」
「たまたま聞いたんだ」
クライダーは、自分もこれから昼休みなのだと笑う。班長に頼まれた書類整理に追われタイミングを逃したらしい。
「今行くとこなんだ。フェリーチェも一緒にどう?」
「……お腹空いてない」
また首を振って答える。
クライダーは悪い人じゃないけど、気兼ねなく一緒に食事を取れる相手ではなかった。
「そっか。じゃあまた機会があったらね」
ニッコリ笑う青年は、周りの男性兵士達とはやはりどこか違う。こちらの断りに対してしつこく誘って来る事は決してない。
本当にいい人なのだと思う。相手を思いやれる人間。
「……リヴァイさんが、班長さんに話をしてくれて、今度お礼に行ける事になって……。随分遅くなっちゃったけど」
「へぇ! じゃあ、リヴァイ兵長と一緒に来るんだね? 班長だけじゃなく皆が二倍で喜びそうだ」
「?」
「リヴァイ兵長は憧れの存在だから、みんな一度は話してみたいと思ってるんだよ。勿論、フェリーチェが来てくれる事にも大騒ぎするだろうけど」
「……そう」
「二人が来る日は、きっと陰から班長の部屋をチェックしてるかもなぁ……。無理矢理にでも用事を作って、兵長とフェリーチェが居る間に部屋に入ろうってね」
「え……」
(それは困る)
クライダーがあまりにも楽しそうに話すものだから、思ってる事を顔に出す訳にもいかなかった。笑顔を見せる努力。でも多分、すごくぎこちなく笑ってるに違いない――。
「そういえばそのお守り……。肌身離さず持ってるんだね」
手にしてる包帯に気付いたクライダーは目を細めて言った。
隠すつもりは無いけれどジロジロみられるのも嫌。クライダーはそんな事しないと分かっていても、手は自然と動き包帯をポケットに戻していた。
「お守りだから」
「当たり前か」
くすっ、とクライダーが笑う。
「もしかして、リヴァイ兵長に貰ったものなの?」
「え!?」
ビックリした。
なんで分かったんだろう?
「いや。前に聞いた時に、何となくそう思っただけなんだけど……。そうなんだ?」
「……」
黙って頷く。
「男の僕には分からないけど、女の子はそういうの大事にするよね」
「……変?」
「いや。全然。フェリーチェ以外の女の子にもいるよ、そういう子。この間もリヴァイ兵長と特訓してた子が、ちょっとした怪我をして兵長に手当てして貰ったんだって。ガーゼは洗って取っておくって喜んでた。フェリーチェみたいにお守りにするんだと思う」
「……」
「見てて、なんか可愛いなって思ったよ」
リヴァイと特訓――聞き覚えのある話だった。きっと新人の子に教えるって言ってたあの……。
(そうか、その子も怪我しちゃったんだ。それで手当てをしてもらって……)
ギュッと手を握る。ああ……まただ。
新兵の練習を見てやるのだと、リヴァイから聞いた時と同じ気持ち。相手が女性だと分かった時の気持ち。
胸の奥で、よく分からない……黒い雲の様なものが小さく渦巻く。
「その子は……リヴァイさんの事が好きなの?」
「えっ!? 好き?」
クライダーはフェリーチェの言葉に随分と驚いた顔をして「うーん……」と首を傾げる。
「どうなんだろうね? その子に直接聞いた訳じゃないから何とも言えないけど……憧れてるのは確かだと思うよ。恋愛感情があるのかは別として」
(恋愛?)
「まぁ、“好き”にも色々あるからなぁ……」
(色々……)
「フェリーチェ、何かあったの?」
クライダーに聞かれフェリーチェも「うーん」と首を傾げた。
「分からない」
「え?」
「何なんだろう」
「……」
結局、二人で揃って首を傾げた。
「えっと……フェリーチェも好きなの? 兵長のこと」
クライダーに問われフェリーチェは迷った。
「好き」と言えば良いのか。
でもリヴァイには、自分のとは“違う”と返されてしまったし、クライダーには“色々ある”とも言われたばかり。
それに、いまだに自分でもよく分からない。
不確かな事を言ってしまって後で訂正する難しさを考えるなら、今はあまりハッキリとは言わない方がいいかも……。
という事で、
「クライダーは好きな人いるの?」
それで誤魔化した。
「質問に質問で返すなんて……困ったなぁ」
人差し指で頬を掻きながら苦笑され、誤魔化し方が露骨過ぎたかな? とフェリーチェは思う。
でも、そこはクライダーの人の良さに救われた。
「うん……いるよ」
他の人だったらこうはいかないだろう。人のいいクライダーは、素直な人でもあった。
「好きってどんな感じで?」
フェリーチェは加えて聞く。
ハンジやリヴァイみたいな年上の人の語り口だから難しく聞こえるんだと考えれば、同い年のクライダーの話の方が感覚的に理解出来るかもしれない。
自分が今知りたい事。
“好き”という感情の違いを知りたい――。
「どんな感じでって……」
クライダーは大分困っている様だった。視線を忙しなく左右に動かしながら、言葉を探している。
しばらくそんな感じで無言でいたクライダーだったが、やがて、ぽつりぽつりと語り出した。
「いつもそばにいてもらいたいなって思ったり……自分だけを見て欲しいって思ったり……。そういうのを、相手にも同じ様に思ってもらいたいなぁ……みたいな? ……あぁ、あと……」
「……?」
「僕だけのものにしたい、って思う」
真っ直ぐ真剣な瞳が、自分に向けられる。
クライダーの「好きな人」への気持ちがそこに集約されている様だった。
「そう……」
一方自分は、前半部分は親に対しても思った事があるから分かったものの、最後だけはよく理解出来ない。
(自分だけの……って、何を――?)
「だよ……ね?」
それでも共感するところはあったので、一応頷きはする。
「あの……フェリーチェ? 本当に分かった?」
「う、ん」
「……そうか」
窓枠に肩を預けたクライダーは微笑んだ。
気が付けば、彼が来た時より距離が縮まっている。……そっと、一歩だけ横へずれた。
「フェリーチェ。あのさ、僕がもし――」
「?」
「おぉーいっ! フェリーチェ〜」
クライダーが何かを言いかけた時だった。
窓の外からハンジの明るく弾んだ声。
クライダーの顔を気にしながら、外を見ると……
(リヴァイさんだ!)
窓の下まで走ってくるハンジの後ろに、マイペースで歩いてくるリヴァイを見つけた。
「あ! お友達もいたんだ! ごめんね〜お話のところ。遠くからフェリーチェが見えたもんだからさ」
「ハンジさん、これからまた訓練ですか?」
「いいや。終わって戻るところ! 時間押しちゃってね、昼ご飯もこれからだよ」
「フェリーチェ。お前はちゃんと食ったんだろうな」
ハンジに追いつき、リヴァイも窓の下から声をかけてくる。
(一人じゃ嫌だったから……。あ! でもクライダーにはお腹空いてないから行かないって言ったんだっけ)
答えられずに思わず横のクライダーを見てしまったら、彼は頷きニッコリと笑った。
どうやら始めから、「お腹空いてない」イコール「お断りします」だとバレていたらしい。
「あれ? もしかして君がクライダー君?」
「は、はい!」
「やっぱり! フェリーチェと仲良くお喋り出来るコなんてそういないからね」
ハンジのカラッとした笑い声が下から響いてくる。
それとは対照的に、リヴァイの声は低く響いてきた。
「食ってねぇんだな」
「……はい」
(うわ……怒ってる)
とっても機嫌が悪そうだ。
眉間に皺を寄せたリヴァイは「それなら」と続けた。
「降りてこい」
「へ?」
「リ、リヴァイ……?」
「!?」
フェリーチェはキョトンとし、ハンジとクライダーは目を丸くした。
三人で不機嫌顔そのままに両手を広げているリヴァイを見る。
催促の様に両手を僅かに動かすと、リヴァイはもう一度フェリーチェに言った。
「降りろ」
(え? 降りろって……飛び降りろって事ですか?)
フェリーチェはリヴァイに目で訴えた。
「そうだ。早くしろ」
無言の質問に、リヴァイは普通に答えた――。