箱庭ロンドの主要楽句

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✽6✽


 今夜の兵舎内はいつもより静かだ――。
 昼間、様々な訓練が続いたことも影響しているのだろう。兵士達は疲労から早く部屋に戻ったらしい。

「………」

 と思いながら、食堂に入ったリヴァイは、眉を顰めた。
(コイツら……)
 この二人は、いつだって疲労とは縁遠いところにいるな……。

「ああ! リヴァイ! 水でも取りに来たのかい?」
「フェリーチェにか。彼女はどうしている?」

 ハンジとミケは、グラスを持つ手を上げ軽快に声をかけてきた。
 テーブルにはワインの瓶が数本あり、飲み始めてからの時間が推測出来る。
 ハンジはともかく、ミケは昼間大分動いていた。それでこの時間にコレとは、全く酒飲みという奴は……だ。

「医者に仕置代わりのキツい薬を注射されて、グッスリ熟睡中だ」
「キツい薬? そんなに酷くこじらせてるのか?」
「違うんだよミケ。フェリーチェはちゃんと休まないから熱が長引いてるだけ。あの子、具合が悪いっていう自覚がてんで無いから、ベッドで大人しく寝ててくれないんだ」

 昼間フェリーチェに付き添っていたハンジが、肩を竦め苦笑した。

「それは……体力が有るんだか無いんだか分からないな」
「でしょ? 不思議な子だよねぇ」
「脳ミソは普通の奴より詰まってるらしいが、その中身がおかしい。アイツは見てくれは大人でも、ガキより馬鹿だぞ。まぁ……そう考えれば確かに不思議な女といえるな」
「またリヴァイはそんなこと言って……」

 ミケがワインを差し出してきたので、少し付き合うことにした。
 フェリーチェは薬で眠ってる。しばらくは起きないだろうと踏んだ。

「ガキより馬鹿だっていうのは、研究者にとってはある意味褒め言葉とも言えるんじゃないのか?」
「研究バカだからな」
「往々にして、聡明な者は阿呆だとも言うらしいし」
「ほぉ……。フェリーチェは、それを体現してるってことか」
「もう! 二人とも言い過ぎだ!」

 盛り上がってきたところで、ハンジに遮られた。
 ハンジは「くううッ」と何故か悔しそうに拳で一発テーブルを叩くと、今度は「あのねぇ!」と声を張る。

「フェリーチェは純粋なんだよ! もうコッチがひっくり返ってビックリするくらい純粋だから、だからあんなに馬鹿に見えるんだって!」
「……ハンジ? それはフォローなのか?」
「テメェが一番貶してるように聞こえるんだが」
「ああもう! フェリーチェごめんよ……私はそんなつもりで言ったんじゃないっ」
「じゃあどんなつもりで言ったんだ」
「あんたには分からないよ! リヴァイ!」
「……そうかよ」

 何やら荒れている様だ……。
 そんなハンジを見ながら、「キリがない」とミケは笑った。

「この話はここで終わりにしよう。それよりリヴァイ……気になる所なんだが、フェリーチェはお前の部屋にずっと居る事になったのか?」
「熱が下がるまでに決まってんだろ。下がったら、勿論アイツの部屋に返す」
「下がんなくても返せるのに……なんか意味あるんじゃないの~?」

 ふふふ、とハンジが酒をあおりながら言う。
 ミケまでそれにつられて「フフフ」と不気味な笑みを向けてきたので、リヴァイは舌打ちと顰めっ面を返した。
 言い方を間違えたら、ますますこの気味の悪い二人に絡まれるだろう……気を付けなければ。

「熱で気が弱ってるせいもあると思うが、とにかくアイツは熟睡しない。夜中に起きたかと思えば、人が部屋にいることをいちいち確認しやがる。あんなのを今部屋に返したら、いつまで経っても睡眠不足で熱なんか下がりゃしねぇだろ……」
「確認?……だったらリヴァイが一緒に寝ればいいんじゃないか?」
「そうだよ、リヴァイが一緒に寝ればいいだけじゃん」
「…………」

――言い方を間違えたらしい。

「フェリーチェが確認するの分かってるって事は、リヴァイもその時起きてるんだよな?」
「リヴァイが居る事をわざわざ確認する位だからねぇ……。くっついて寝てた方が、フェリーチェも安心して熟睡してくれるかもよ?」
「二人してその度起きてるなんて、疲れるだけだろ。それに……フェリーチェはお前にそばに居て欲しいからそんな事をするんだと思うんだが」
「あ! やっぱミケもそう思う?」

 他人事だと思って、勝手な事を言いたい放題だ。
 それが出来るなら、とっくにしてる。
……言いかけてやめた。
 これこそ言っては駄目な事だろう。

「……俺じゃなくてもフェリーチェはそうする筈だ。試しにミケ……同じ部屋で一晩寝てみろ」
「お前に殺されるのだけは御免だ」
「…………」

 どういう意味だ、それは。

「相手が誰でもそうするとは……私は考えられないなぁ……」

 テーブルに頬杖をつき、ハンジは斜め上を見つめ呟いた。
 この女……まだ絡む気か?
 リヴァイは溜息交じりにワインを飲む。

「アイツにはそうする理由がある」
「は?」
「……とりあえず俺の話を最後まで聞け」


――よく考えれば説明不足だった。
 この二人はフェリーチェの事情を知らない。具合が悪くなる度、開発部では軟禁状態にさせられた事を知らないのだ。
 フェリーチェに聞いた限りでは、その間は人との関りを断たれ、何も無い部屋に閉じ込められていた。
 具合が悪い上に放置に近い状態で閉じ込められるとなれば、当然心理状態は安定しないだろう。
 その時のことを思い出して、フェリーチェは異様に人の存在を確認したがっているに違いないと、リヴァイは思っている――。

「え?」
「なんだそれは」

 フェリーチェから聞いた言葉と表現をなるべく崩さない様に、リヴァイは二人に説明した。
 聞いた二人は、苦虫を噛み潰した様な表情になる。それは自分と同じ反応だった。
 当たり前だろう。その状況は、普通の人間からしたら理解出来ない、作り出そうとも思わない環境だ。

「開発部は何か……どこかおかしい。調査兵団も酔狂な人間の集まりだが、あっちはそれ以上の狂人揃いじゃねぇか」
「うん……さすがにそれは……。だけどさ、私がフェリーチェから聞いた感じでは、中の人達は少し私らとは感覚ずれてるみたいだけど、そんな酷い事を考える様な人間じゃない気がするんだよね……。ただの真面目人間って感じで」
「だが、実際フェリーチェは何度もそういう目に遭っている」

 夜中に何度も起きるフェリーチェの顔を思い出せば、対処の仕方に納得など簡単に出来なかった。
 その納得いかない事実を、フェリーチェが“普通”として受け入れているのにも苛立つ。何故疑問にも思わず簡単に受け入れられるのだ……。

「部の人間がしているとは限らないぞ」

 ミケの言葉に、リヴァイとハンジは同時に彼を見た。
 トントントン、と指でテーブルを弾きながら、ミケは低く声を抑え言う。

「されている、と考えてもいいんじゃないか? そこまで徹底して研究員が減るのを恐れてるとなると、もっと上の人間が動いていてもおかしくはない」
「つまり、開発部はどっかの誰かさんの厳しい管理下にある状態だって……?」
「有り得ない話じゃないだろう?」

 ハンジとミケの会話を聞きながら、リヴァイは黙ってグラスの中の液体を見つめていた。
――確かに。
 武器の開発は巨人を倒すために必要不可欠な事だ。
 それを成し得る為に集められた人材が、どんなに大切なのかも分かる。

「だからといって」

 席を立ったリヴァイは、二人を見下ろした。

「病人を軟禁していい理由にはならない」
「リヴァイ……」
「死ぬなら一人で死ねってことか? 使い物にならねぇなら捨て置けと言ってる様なもんだぞ。……なのにアイツは、それを“普通”だと言いやがった。どいつもこいつも正気の沙汰じゃねぇ」

 淋しくて手を伸ばす癖に、その手は簡単に切られるだろうと想像するのに慣れている。
 それならば、何故何度も伸ばす……?
 どこかで、自分の中の想像を打ち消したいと思っているんじゃないのか?
(違うのか――?)

「アイツを……アイツらを使い捨てても良いなんていうクソみてぇな考えには、反吐が出る」
「…………」
「…………」

 ミケは小さく「そうだな」と呟いた。
 ハンジは黙って俯いている。
 眼鏡の奥にある瞳がどんな色なのかまでは分からないが、彼女が何も言わずにこうしている時は、色々考えを巡らせている時でもある。
 ハンジもフェリーチェを間近でよく見ているから、何か思うところがあるのだろう……。

「――俺は先に戻る。ハシャギ過ぎるなよ、明日は休みじゃねぇぞ」

 グラスを片付け、リヴァイは食堂を後にした――。


✽✽


 フェリーチェは薬で眠らされているとはいえ、いつ目を覚ますか分からない。
 頼られている立場である以上、あの淋しげな瞳をちゃんと受け止めてやらないと……。
 食堂での会話を思い出しながら、リヴァイは部屋に向かった。
 軟禁やら管理下やら、フェリーチェの周りはどうも不穏な言葉が付きまとう。
 そう考えると「開発部」という部署自体が、ひとつの檻の様にも思えた。
(……檻か)
 今の自分もフェリーチェを部屋に閉じ込めている様なものじゃないか? あの部屋にいて、フェリーチェは何を考えているのだろう。
 檻の中にいる気分にだけはさせたくないが――。

「リヴァイッ!」

 追いかけてくる足音と大きな声に、足を止めた。
 緊張が籠るハンジの声。
 その声に一瞬悟るものがあり、リヴァイは厳しい目を振り向きざまに飛ばす。
 次の瞬間、ドッ! と腹に衝撃を受けた。

「…………」

 だが、来ると分かっていればなんてこと無い。
 受け止めたものを見もせず、リヴァイは目の前のハンジを見上げ冷たく言った。

「この程度の拳で俺に喧嘩を売ろうってのか、ハンジ」
「……っく!」

 ぐっとハンジの拳に力が入る。
 何が言いたいのか分からないが、とにかく自分に伝えたい事があるらしい。
 拳を取り上げても、ハンジの手は震え大人しくならなかった。

「……なんだ一体。拳だけで会話が出来るほど、俺はお前と仲良しになった覚えはないが?」
「そう? 私は結構仲良しだと思ってるよ」

 言葉とは逆にハンジの目は厳しいものだった。
 怒りか、焦りか。断定は出来ないが、それに近い感情を向けられているのは確かだ。
 手に少し力を入れ、ハンジの拳を押し返した。
 しかし、諦めない意思の塊が抵抗する。

「……巨人と戦ってる中で、私達は色んな覚悟や選択をしてきてる。目の前で仲間が喰われようと……喰われる可能性があろうと、自分達が生き残って帰る為に残酷な判断をした時だってあった。そうだよね?」
「――? ああ。そうだが?」
「全部、放棄した領域を取り戻して人類が再び平和を、自由を手にする為……。その目的の為に私達は手を尽くす」
「オイ。何が言いたいんだ、お前は」
「リヴァイは、いつだってキツイ選択や覚悟をしてきた筈だよ。それなのに今のリヴァイは何? 人類っていうデッカイ括りの為には覚悟が出来ても、好きな女ひとりの為の覚悟は出来ない?」
「……!?」

 好きな女と言われた時、一瞬だけリヴァイの手は揺れた。
 ハンジの頬を汗が伝う。
 彼女の拳はブレること無く、リヴァイの手を押していた。

「フェリーチェをそばに置いておきたいなら、ちゃんと彼女にも教えてあげなきゃダメだ。それに……守りたいならもっと全力で守ったらどう? そんな中途半端な覚悟で何が出来るってんだよ」
「……なっ」
「このままじゃ、きっとあなたの為にもあの子の為にもならない……。なんとかしな! あの子が欲しいんだろ!」
「ッ!? ……ハンジ」

 加減を捨てハンジの拳を握り横に弾いたリヴァイは、息を切らしながらも自分を強く見つめてくるハンジに、同じ目を返した。

「いきなり人を襲ってきたかと思えば、言いたい事ばかり吐きやがって……。それはなんだ。指導か? それともただの罵声か?」
「……どっちでもない……ただの親切なアドバイスだよ……」

 言葉と同時にハンジの瞳が和らいだ。
 はぁっ……と大きく息を吐くと、ハンジはリヴァイに押し付けていた拳を抱え「うぅ…」と呻く。
 そして、次の瞬間、

「いっってぇぇぇ! リヴァイ、容赦無さ過ぎだろっ! 指折れるかと思ったぁっ!」

 叫んだ。

「お前が容赦ナシで突進してくるからだ。奇行種みてぇな行動すんな、クソ眼鏡が」
「こうでもしないと、コッチの話なんかまともに受け止めないだろ……リヴァイは」
「フェリーチェの事か」
「ああ」
「………。別に、受け流す気はない……」

 ハンジの言う事は信用出来る。
 冗談はともかく、考え無しに適当な発言をする奴じゃないからだ。
 今の拳付きアドバイスとやらも、わざわざ後を追ってでも伝えに来る位だ。何かあるのだろう。
……そういえば、さっき一人で考え込んでいたな――。

「お前は、何をどう考えた上で俺に覚悟を決めろと怒鳴り込んできた。教えてくれ」

 リヴァイの言葉にハンジは頷いた。

「さっきの話を聞いてて、医務室に入る条件が気になった……。フェリーチェは、病気や“怪我”の時って言ってたんだよね?」

 廊下の壁に背を預け、小さく燃える松明の火を見た。揺らめく赤は大人しい。ハンジの声も、それに似てまた静かだった。

「おかしくない? 病気の時なら分かるよ。他の人にうつったら困るから隔離するって……やり方はどうかと思うけどさ。だけど、怪我は隔離する必要なんかないじゃないか」
「安静にさせる為にじゃないのか」
「可能性として無くはないだろうけど、それほどの怪我だったら、まぁ普通は病院に送るだろうね」

 自分と同じく壁に背を預けるハンジは、そこで一旦息を吐いた。溜息の様なそれに、つい横のハンジに目が行く。
 目が合うと、ハンジは悲しそうな顔をした。

「見たんだ」
「何を」
「壁外調査から帰って来た日だよ。リヴァイの部屋でフェリーチェを風呂にいれた」
「……ああ、そうだったな」
「あの子、背中に大きな……酷い大刀傷がある」
「は?」

 思わず壁から背が離れた。

「傷は古かったけど……。普通の女の子がそんなところに大刀傷を受けるって……そうないよね」
「当たり前だ。地下街にいた訳じゃあるまいし」
「いつそんな目に遭ったんだろうって、見た時からずっと思ってたんだ。で、さっきの話。怪我で“特別室”に入るっての。それ……もしかしてフェリーチェだけだったんじゃ」
「いや……ちょっと待て」

 ハンジは何を言い出すんだ。
 フェリーチェの古傷の原因も分からないのに、どうしてそれがさっきの話と繋がる……?

「安静が必要な位の怪我なら病院に入れると言ったのは、お前だぞ」
「だからおかしいって言ってんだ。なんてこと無い怪我なら隔離する必要ない。大きな怪我なら普通病院。じゃあ、なんでフェリーチェは怪我で軟禁状態になったんだよ」
「……」
「あの傷が、うんと幼い頃に事故か何かで受けたものなら、言い方は悪いけど気の毒な過去話として簡単に流せるかもしれない。でも、部に入ってからだったら、過去話も大問題だと思わない? フェリーチェは“温室育ち”じゃなかったの?」

 息が詰まる。
 今度は、ハンジが考え言おうとしている事が分かった。

「まさか、怪我を隠蔽する為にしたって言うのか……? 中央の奴等が」
「あくまで私の想像だよ?」

 ハンジはリヴァイの肩をポンと軽く叩いた。
 自嘲気味に笑い「考え過ぎ?」と肩を竦める。

「リヴァイの心配症がうつっちゃったかなぁ」
「お前の心配も無駄になりゃいいがな」
「うん……。色々気になる事が重なってるし情報量も足りないから、余計イヤな想像になるんだと思う。もう少し探りたいんだけど……」

 溜息を吐いたハンジを見た。
 ハンジは廊下の奥の暗闇を見つめ、珍しく舌打ちをする。

「何考えてるか分かんないんだよね」
「は?」
「……ねぇ、リヴァイ。フェリーチェは、本当にただ人生経験の為だけに連れてこられたの? あの子の生きがいの仕事を取り上げてまで?」
「分かるわけねぇだろ、そんなもん。本人だって知らねぇ事だぞ」
「……だね。だから私は知りたい。フェリーチェが本当はどういう子なのか、何に巻き込まれてるのか」

 松明の灯りがハンジの瞳に映り込んで、ゆらりと揺れた。
 強い目がリヴァイを見つめる。リヴァイに拳を向けた時と同じ色をしていた。

「物騒な言い方をするな」
「……実際物騒でしょう。大怪我した人間を部屋に軟禁して放って置くなんて、拷問した囚人を地下牢にブチ込んでおくのと大して変わらない」
「……ハンジ」
「今の話が杞憂に終わるならそれでいい……。でも、もし想像が当たってたら、相手は巨人より厄介だ。リヴァイに中途半端な覚悟じゃ駄目だって言ったのは、そういう意味も含めてだよ。……分かった? リヴァイ。君の大事なフェリーチェは、君が守ってやらなきゃ。それとも誰かに託すかい? 例えば……エルヴィンとか」
「ッ……」

 エルヴィンの名が出た瞬間、背が冷たくなった。
 聞いておきたい事があるのを思い出したからだ。意味深な言葉の真意……。
(アイツ……何か知ってるのか……?)
 フェリーチェはエルヴィンが連れて来た。
 自分にフェリーチェを任せたのもエルヴィンだ。
 それは、全てを知っている上で、エルヴィンがフェリーチェをどうにかしようとしている……という事なのだろうか。

「何考えてんだか分からねぇ奴等に、フェリーチェを渡す訳にはいかない……」
「そう言ってくれると思ってた!」

 ハンジの声に反応したかの様に、松明の小さな火がパチっと爆ぜた――。

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