箱庭ロンドの主要楽句

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✽5✽


 リヴァイの部屋のドアをノックしてから、フェリーチェが出てくるまでの時間。それは、驚くほど短かった。
 何の警戒も無く開けられたドアに、さすがのハンジも苦笑する。……いつもの他人に対しての警戒は、どこに行ってしまったんだろうか?

「…………あ……ハンジさん!」
「フェリーチェ。ドアは相手を確認してから開けないとダメでしょう」

(一瞬間があったな。リヴァイだと思ったのか)
 それに今の笑顔――。
 迷い無く開いたドアの理由にハンジは微笑んだ。

「ちゃんと休んでなきゃ。リヴァイに怒られるよ?」

 額に触れて確認したが、リヴァイが言っていた通りまだ熱がある。
 それなのにフェリーチェは平気な顔。しかも白衣まで着ているという事は………うん、やっぱり。
 テーブルの上にメモ用紙が散らばっているのを見つけた。

「もう平気ですよ」
「フェリーチェはそう思ってても、身体はそうじゃないって言ってると思うな」
「ふふっ。リヴァイさんと同じ事言うんですね」

 笑ったフェリーチェが紅茶を淹れようとしたので、それを止めて座らせた。お見舞いに来た方がもてなされてどうするんだ!
――ま。お見舞いってのは建前なんだけど。
 本当は、彼女を監視してるようリヴァイに言われている。
 監視なんて大袈裟な……と思ったけど、少し納得した。一人にしてたら、また資料室にこもりかねないぞこの子。

「いつまでもリヴァイさんのお部屋にいる訳にもいきません」
「リヴァイがいろって言ってんでしょ?」
「はい、熱が下がるまでって……。でも……」

 メモ用紙を片付けながらフェリーチェは言い淀んだ。手が止まり、困惑の表情を見せる。

「でも?」
「私が居ると、リヴァイさんはいつまでもベッドで休めないんですよ……。ちゃんと休んで欲しいです。リヴァイさんに何かあったら困ります」

 むぅ、とフェリーチェはむくれた顔をする。
 片付けを手伝っていたハンジは思わず手を止め、その顔に「うぉおおっ!」と叫んだ。勿論心の中でだ。
 歳の割に幼い顔立ちのフェリーチェの拗ね顔は、幼子のそれによく似ていた。よしよし、と庇護欲をくすぐってくる顔だ。
(ちょっ……その顔リヴァイにも見せたの!? フェリーチェ!)
 朝、自分に頼み事をしに来たリヴァイの顔を思い出す。
 無表情で「アイツを大人しくさせておかないと、後々困るのは俺だ」とか言っていた。
 さも、早く治して仕事に戻ってくれないと困るんだっていう様な言い方だったけど……。
――自分の部屋で大人しくさせておくって……実は単にフェリーチェを帰すのが惜しくなっただけなんじゃないか?

「リヴァイなら大丈夫でしょ。鍛え方が凡人と違うし……今朝だって本人はケロッとしてたよ」
「………。午前中は新人さんの訓練を手伝うそうですね……」
「立体機動に苦手意識のある子を鍛えるって言ってたな。その子も『みんなの足手まといになりたくない』ってリヴァイに直談判しに来たみたいなんだ。なんだかんだ言っても、リヴァイはそういう子を放っておけないんだよね〜」
「……私、見学に行きたいって言ったんですけど断られちゃいました」
「当たり前だよ! 危ないし、フェリーチェは今病人だよ!?」

 ハンジの言葉にフェリーチェは納得いかないと言わんばかりの顔になる。
 持っていたファイルに顎を乗せ、低い声でボソリと、

「危なかろうとなんだろうと、私が出来る事はそこに沢山つまってるのに……」

 不満気に言った。

「私も『みんなの足手まといになりたくない』って言ったら、リヴァイさんは見学とか……色々……させてくれるんでしょうか……」
「フェリーチェが足手まといだなんて誰も思わないって。リヴァイもね」
「それは私が開発部の研究員だからですよね……。調査兵団の兵士じゃないから、足手まといの対象にもならない」
「フェリーチェ?」
「私だってここでは新人と一緒なのに……。同じ新人でも、同じ女でも、兵士の彼女と私じゃやっぱり違うんだな……」

(ん?)
 新兵が女の子だという事は自分も知っていたから驚かない。
 でも、フェリーチェの独り言が何か引っ掛かる。

「私はリヴァイさんにちゃんと仕事教えてもらった事なんてないもん」

 ボソッと呟かれた言葉に、ハンジは目を丸くした。
(ちょっとまって、フェリーチェ!)
 私には、フェリーチェがヤキモチ焼いてるみたいに聞こえるんだけど!? 考えすぎ!?

「えっと……フェリーチェは羨ましいのかな? その新兵の女の子が」
「羨ましい?」
「……リヴァイがその子の所に行っちゃったから」

 ズバリ聞いてみた。
 フェリーチェにはこれ位ハッキリ聞かないと、答えが出てこない気がする――。

「え……それは……」

 フェリーチェは、ハンジの質問に戸惑っていたが、戸惑いつつも必死に考えてるみたいだった。

「だと思うんですけど……」

(そうだよ、フェリーチェ。考えてみて! フェリーチェの気持ちは変化してるはずなんだって!)
 リヴァイが帰ってきたと思って迷わずドアを開けた行動も、彼に何かあったら困ると心配するのも、まずリヴァイを想っていないと出来ない。
 その上で、リヴァイと一緒にいる他の誰かと自分を比べて、羨ましさや引け目を感じるなんて……もう決定的なのでは?

「よく分からなくて……」

 額をさすりながら、フェリーチェは頬を染めていた。

「違うっていうのは分かったんですけど、それがどうしてなのかまでは……」

 首を傾げているフェリーチェにハンジは苦笑した。
 リヴァイも不器用過ぎてしょうがない奴だなぁ、と思っていたけど、フェリーチェはフェリーチェでまっさら過ぎてしょうがない子だ。
(これはちょっと背中押してあげないとダメ?)
 こういうのはキッカケさえあれば簡単に分かるものだけど……。そうだね、キッカケだ。

「違うって? 何が?」
「お母さんとリヴァイさん」
「ああ……うん……それは違ってるの当然だから迷わなくていいと思う」
「いえ……そうじゃなくて」

 フェリーチェはまた額に手を当てた。
 さっきからそこを気にしてるようだが、どうかしたのだろうか?
(リヴァイのこと考えてるのかな?)
 リヴァイがフェリーチェの額を指で弾き、それに反応するフェリーチェの姿が脳内に蘇る。二人の距離がよく分かる構図だった。前よりずっと近い二人の……。

「恥ずかしいなんて思ったことなかったんですよ。当たり前だったし。……だけど、それがリヴァイさんだとなんか……」
「恥ずかしいって思っちゃったって?」

 フェリーチェは頷いた。

「……うん。なるほどね」

(リヴァイと一緒にいる女の子が羨ましくてヤキモチ。母親相手だと恥ずかしくないけど、リヴァイ相手だと恥ずかしい。身内には感じない感情……)
 きっと、身内というより同性には……と言い換えてもいい。
(フェリーチェ、なんでこれで分からないんだろう)
 変化してる自分の気持ちの正体。
 その感情が恋じゃないなら、恋とは一体なんなのだ。
 疎いんだな、とは思ってたけど……まさかここまでとは。
 フェリーチェは初恋も経験無しだったのか。

「しっかし、まぁ~。そこまでフェリーチェに恥ずかしいって思わせちゃうコト、リヴァイがした訳?」
「…………」

 何されたのと冗談交じりにハンジは言った。
(手繋ぐとか? ハグとか?)
 どちらにしても、初恋もまだのフェリーチェにとっては十分なキッカケかもしれない。
(可愛い)
 ふふ、と笑うハンジに、フェリーチェはまた額を触りながらポツリと零す。

「おでこに――」

 後に続く言葉に、ハンジの思考はしばらく停止。

「え」

 そして、

「は? えええぇっ!?」

 やっと数十秒後に我に返った。

(ちょっとこの二人ぃっ! てか、リヴァイ!)
 その驚愕の表情と叫び声、さらにアクションは、フェリーチェも驚き数歩後ずさったほど激しいものだった――。

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