箱庭ロンドの主要楽句
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脱水症状も出ているから、と医師は点滴を打った。
しばらく経てば薬が効き熱も下がるらしいのだが、今はまだ落ち着かない。呼吸も荒く、頬も真っ赤にしている。
その姿は数時間前からは想像出来ない姿だった。
「なんでいつもこうなる……」
寝室のドアを少しだけ開けたままにし、リヴァイはそう言いながらソファーに座った。
「よく言うよ」
ここまで付き合ってくれたハンジが目の前で笑っている。
「医務室に連れて行っても、もし私やペトラが預かったとしても、気になってしょうがなくなる癖に」
「俺はそこまで過保護じゃない」
「まだそんなコト言ってるの。それは過保護じゃなくて、もっと違うものでしょう」
「分かるか。そんな違い」
リヴァイが腕を組んで反論すると、ハンジは「だよね」と頷いた。
「まぁ、無理もないか」
「フェリーチェが黙って治療を受けてくれるのならそれでいい。……何笑ってんだ、テメェ」
「ごめん。今の面白かった。いや、面白いは失礼か。なんか良いなって思ったんだよ」
紅茶のカップを片付け、いそいそと部屋を出ようとするハンジは、振り返り言う。
「起きたら安心するだろうから、フェリーチェにちゃんとついててあげて。落ち着いたら教えてよ」
「分かった……悪かったな、この時間まで」
「なんのなんの! 私だって、フェリーチェのことが心配で堪らない一人だからね」
微笑みを残し、ハンジは帰って行った。
ようやくホッと一息ついて、淹れてもらった紅茶をゆっくりと飲み干してから、ハンジが拾い集めてきたメモ用紙の山を見つめる。
大量のそれは、やはり一枚たりとも余白を残さずに文字で覆い尽くされていた。
フェリーチェはこれらをいつから溜め込んでいたのだろうか。まさか、朝からこれだけの量を? いや夜中から?
(有り得なくもないが、だとしたら相当な集中力だな……)
ドアを開けた瞬間のフェリーチェの様子を思い出して……考える。
――有り得るな。十二分に。
しかし、自分の体調不良が分からなくなるまでとなると、熱心な研究者もただの馬鹿に思えてくる。
(バカと天才は紙一重ってやつか)
リヴァイはもう一度寝室にそっと足を踏み入れ、フェリーチェの様子をみた。……さっきよりは落ち着いた様だ。
「……う、……っ」
とはいえ、まだ苦痛に眉を歪め声を漏らす。 喉がひどく腫れていると医師は言っていた。
恐らく子供の頃から扁桃腺が弱いのだろう、と。ここが弱いと、ちょっとした風邪やストレスで腫れ高熱を出すらしい。
――この状態を放置していたのだから水を飲めなくなるのも当然です。普通に喋っていたのが不思議な位だ。処置が遅ければ呼吸だって危うくなる恐れもあったんですよ。何故、もっと早く痛みや違和感を訴えなかったのか……。
医師は、去り際に自分に言った。
――この間の怪我もそうですけど……彼女は苦痛を感じないんでしょうか? 医者としては、まずはそれを教えてくれないとどうにもしてあげられないので……辛いですね。
自分も同感だと返した――。
フェリーチェの傍ら、ベッドに腰を下ろすと、フェリーチェは再び辛そうに呻いた。
起きている時は全くそんな素振りを見せなかった癖に、こんな状態になってやっとそれか。本当に世話が焼ける。
「何故お前は、いつも肝心なことを隠すんだ」
(もう何度目だ。こうして問うのも……)
同じことばかり言っている――。
汗で額に張り付く前髪をかき上げてやり、掌で額を覆う。自分の手は冷えていて気持ちがいいのか、フェリーチェの表情がフッと緩んだ。
(フェリーチェが医務室を嫌う原因はこれか?)
医者の言葉から、フェリーチェがよく熱を出す体質なのは分かった。ぶっ倒れるまで平気な顔をしているという事は、倒れた時はいつもこうなっているに違いない。
(自業自得じゃねぇか。軽い内に診てもらえばそれで済むというものを……)
手の甲で頬を二度、やんわりと叩く。この馬鹿め。
フェリーチェはその甲にまで冷えを求めて、頬をすり寄せてくる。呼吸はいつの間にかさっきとは比べ物にならないくらい穏やかになっていた。
薬が効いてきた様だ。――良かった。
「…………」
だが、安心すると同時に、モヤモヤとした気分がリヴァイを包み始めた。
皆一様に、フェリーチェは自分に一番懐いている、心を許している、等と言う。
だが……苦しい時にそれを伝えられない相手のどこに、気を置いているというのだ。
フェリーチェは、今も誰にも心を許してはいない。自分はそう思う。
そしてそれは、ひたすらに自分の気を重くする――。
「言わないなら言わないで構わないが、だったら心配かける様な真似はするな……」
触れてた頬をつまんでやったら、熱とは違う苦しさがあったのか、フェリーチェが眉を寄せて少し怒った様な顔をした。
……もう、溜息も何も出ない。
フッと笑いだけが零れた。
こうしたフェリーチェの表情や声や言葉が、リヴァイの気鬱を取り除いているのもまた繰り返してきていること。
勿論、彼女にその自覚など無く、振り回されているのはいつもリヴァイばかりだ――。
あざとい計算も、噂話の意味深な言葉すら理解出来ない娘。
そんなフェリーチェに、目の前の男が何を考えているか、触れたい抱き締めたい等と考えているかなんて……それこそ分かる訳が無いだろう。
(いつになればコイツは俺等の常識についてこれる様になるんだ)
待っているだけだといつまでも続くのか。これが。
だったら、誰かが無遠慮にそれを教える前に、自分が教えておいた方がいいのだろうか?
(俺以外の誰か……)
「……」
頭の中に浮かぶ、イメージでしかない人間――クライダー。
こんな事を考えてる時点で、自分はどうかしているのではないかと呆れてしまう。
ハッキリしないのがスッキリしない――。
つい舌打ちが出た。
「クソッ……」
視線をずらす。
その先に見えたのは、サイドテーブルに置かれた、水を張ったボール。リヴァイは大事な事を思い出した。
点滴で水分は補給しているが、本人が感じる喉の渇きは結構辛いものだと、看護師が水と脱脂綿を置いていったのだ。
目が覚めてちゃんと水が飲めるまで、これに含ませて少しずつ与えてやってくれと言っていた。そんな程度でどれほど変わるのか知らないが、まぁ……看護師が言うのだからそういうものなのだろう。
水に浸した脱脂綿をフェリーチェの唇に当てた。
熱のせいで水分を失っている。
かさついた唇と酷く腫れた喉に、誤魔化し程度の水。それでも、多少は違うようだ。
穏やかな寝顔も相まって、一気に回復した様に見える。
(そういえば、コイツが寝てるところを見るのは初めてだな……)
自分は時々執務室で仮眠を取る時があるが、フェリーチェがそこで目を閉じているのは見た事が無かった。もっとも、元々真面目なだけに、勤務中にうたた寝などしなさそうだが……。
――ああ……そうか。
妙に納得がいった。
心を許されていないと強く感じていた原因は、コレか。
何も考えずに男の部屋に入る困り物の無防備さは散々見せつけられてきたのに、相手の目の前で眠りこけるなんていう、究極ともいえる無防備さは見せられた事が無かったからだ――。
ハンジもエルヴィンも、脱兎の様に逃げる姿や無邪気に笑うフェリーチェしか見てないのだろう。
もしかしたら、こんな無防備な姿は自分にしか曝け出していないと思ったのか……。
(……初めて見たぞ、俺だって)
フェリーチェの寝顔をジッと見て、リヴァイは、曇天が晴れていくかのような気分を味わった。
“誰か”を感じていたさっきとは、心中が明らかに違う。
フェリーチェは一番にリヴァイの部屋を選んだ。ハンジの部屋ではない――女性の部屋ではなかった。
意識を手放す時に見せた安心した表情が脳裏に蘇り、リヴァイにグッと何かが込み上げてくる。昼間と同じだ。
今すぐに掻き抱き、壊したくなるほどの情欲。
これまで何度も戯れに女を抱いた。しかし、ここまでの衝動は感じたことが無い。
こんなに危うく乱れた感情を持っているのに、安易に彼女が愛おしいなどと言っていいのか?
頭の奥でそう考えながら、フェリーチェの唇を親指でそっとなぞった。もう乾いている。
(後悔するか、否か――)
分からないが、今のこの気持ちには勝てない。
後で考えろ……と別の自分に言いつつ、フェリーチェの頬を両手で包む。
顔を近付け唇に触れる直前、リヴァイは「悪い」と眠るフェリーチェに謝った。
「“誰か”にお前を預ける気には……なれそうもない」
そして、フェリーチェの唇に自分の唇を重ねた。
水を与える様に、数度繰り返して――。