箱庭ロンドの主要楽句

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 資料室――やはりフェリーチェは居なかった。
 期待が空振りに終わってしまうと、ハンジはまた首を傾げた。

「どうしちゃったんだろう。ここまで見つからないのは想定外だ」

 隣で見てその通りだと頷く。案外簡単に見つかると思っていたのだ。それなのに……。

「ん?……あっ! あれ!」

 資料室を出て、さぁどうするかと言っていた時だった。ハンジが何かを見つけたらしい。
 フェリーチェが居たのかと思ったが、ハンジが指差しているのは廊下の一番奥、しかも床。

「は?」
「これ! 昨日、私がフェリーチェに買ってあげたヘアピン! ホラ!」

 拾い上げ見せられたものは、花の形の一本のピン。

「ああ……それか」

 中心が水晶で、花弁は緑色の天然石――だったか……?
 透き通ったライムグリーンの石はフェリーチェの瞳と同じ色だ。
 半ば押し付けで渡され困惑していたが、リヴァイとモブリットに「貰ってやれ」と言われ、最後まで戸惑いつつ受け取った品。なんだかんだ言いながらも気に入ったのか、「大事にします!」と嬉しそうにその場でつけていたのだが……。
 それが、

「何故こんな所に落ちてる」

 小さな緑の花を手にしたハンジは、落ちていた場所の前にあるドアを見た。そして呟く。

「いかにも……っていう落としものだと思わない?」
「まぁ……そうだな」

 まるで、“ここにいます”といわんばかりじゃないか。

「ここじゃ分からねぇワケだ」
「廊下の端っこだもんね。手前の資料室に気を取られていたよ」
「で、ここは一体なんだ」
「ココも資料室だよ。でも、今はただの倉庫みたいになっちゃってるから、知らない人も多いんじゃないかな? 大昔の資料ばかりで使う機会も無いし……開かずの間みたいなもんだ」
「……何でもいい。サッサとフェリーチェを連れて帰るぞ。ったく、いつもの事ながらアイツは……」

 言いながらドアノブを回した。
 だが、ドアはガチャッと言っただけで開かない。押しても引いても、ガタガタとドアが震えるだけだ。

「鍵がかかってんじゃねぇか」
「え? おかしいな。鍵なんか、かかってるはず無……い」

 ハンジの表情は段々と固くなっていく。それにつられ自分の足元も固く冷えていく。

「おい……まさかとは思うが」
「スペアキーが隣にあるはずだ。取ってくる!」

 言葉と同時に、ハンジは隣の資料室に飛び込んでいった。
 自分はドアを叩き、向こう側に声をかける。
――返事は無い。

「フェリーチェ? 居るのか?」

 ドアを叩く手と声を強くするが、やはり返事は無かった。居るなら当然聞こえているはずだ。反応があってもいい。
 では、もしフェリーチェが居たとしても、声を出せない……出て来れない状態だったとしたら……?
 嫌な予感に、手が止まる。

「リヴァイッ!」

 ハンジが持ってきた鍵を受け取ると、リヴァイは急いでドアを開けようとした。
 しかし、ドアは進入を拒む。
 古くなって建付けも悪くなっているのだろう。長い間人を迎え入れなかった部屋は、まるで「入るな」と言っているみたいだ。

「おい! フェリーチェッ!」

 力を込め、リヴァイは壊さんばかりの勢いでドアを開けた。
 力に負け開くドア。
 次の瞬間、リヴァイとハンジを押し退けるかの如く、埃っぽい風が二人に襲い掛かってきた。

「……ッ!?」
「わっ!?」

――バサバサバサッ!
 激しい音と共に、真っ白なものが視界を遮る。
 部屋中に舞いあがった無数の白は、白い鳥が一斉に飛び立った様に見えた。
 射し込む陽の光が、痛いくらい眩しい。
 その光の中で、フェリーチェは一心不乱にファイルに向かいペンを走らせていた――。
 リヴァイとハンジは目の前の光景に思わず言葉を失い、そして目を瞠った。
 そこにはいつもの幼い雰囲気を全く感じさせないフェリーチェがいたのだ。
 白衣の裾を軽く揺らす立ち姿。陽に透けてオレンジ色に見える、キャラメルブラウンの髪。ライムグリーンの瞳は、更に透き通り美しく、ヘアピンで輝く宝石そのものの様で。
 今まで何度もフェリーチェには驚かされてきたが、今回ばかりは驚くというよりも……魅せられた。

「……ッ」
「あ……え……フェリー……チェ……?」

 背後で、ハンジがやっと声を発した。恐る恐る……と。
 無理もない。いま目の前にいるフェリーチェは、全くの別人じゃないか。
 鋭く冷たい目を見せた彼女ではない。小さな世界に沈んで消えていきそうだった儚い彼女とも違う。
『美しい』という形容がまさに当てはまる、そんな女性だった。
 まるで一枚の絵。陽の光に溶けそうな繊細な身体の線からは、艶やかな色香さえ感じて……。
(なんだ“コレ”は……)
 圧倒される。フェリーチェの普段とは真逆な雰囲気に――。

「フェリーチェ」
「ん?」

 なぁに? と続きそうな小さな声とファイルに向けられたままの大きな瞳に、ぐっと胸が詰まる。
 掻き抱き、潰したい――。
 自分の破壊衝動をはじめて恐ろしいと感じた。
 それを抑え込み、なんとか喉に張り付いていた声をフェリーチェに投げる。

「おい……お前、ここで一体なに」
「え? あ……ふわあぁっ!?」
「ッ!?」

 場を圧倒していた存在が、突然の叫びでそこにあった静かな空気を切り裂いた。
 珍妙な叫び声でバッサリ、ザックリと。そして跡形も無く消し去った。

「な、何これぇっ!」
「お前が何なんだ!」

 コロリとフェリーチェの雰囲気も変わる。
 床に散らばる無数の白はメモ用紙だった。それに仰天してるフェリーチェは、すっかりいつものフェリーチェだ。

「分かんなくなっちゃったっ!」
「……分からないのはお前の方だ!」
「あれリヴァイさん? 何でここに?」
「…………」
「おかしいな、私ちゃんと鍵かけたのに……。っ!? まさかリヴァイさん、ピッキングですか?」
「……おい、ハンジ。コイツどうにかしろ」

(人に散々心配かけさせておいてコレか!)

「いやはや……困ったもんだね」

 ハンジは、ホッとした表情でフェリーチェの頭を撫でてから笑った。

「自分で鍵かけてこもってたんだ、フェリーチェは。随分探したんだよ? こんな所に隠れてたんじゃ分かんないはずだよ〜」
「えっ? 何かあったんですか?」
「お前が“何か”を起こしてたんだ、この馬鹿がっ!」
「あぅっ!」

 額を弾く。
 両手で額を押さえたフェリーチェは「なんか最近こればっかです……」と呟いた。

「私、別に悪いコトしてないですよね?」
「してはいないが、しているのと大差無い」
「意味がよく……」
「これじゃあ、昨日と同じじゃねぇか。お前には『勝手にいなくなるな』と言ったはずだが?」
「……あ!! そうでした」

 フェリーチェは、ふふっと嬉しそうに笑う。
 嬉しがるところではないだろ、そこは。

「『俺に黙っていなくなるな』って言われて『もう絶対に離れません』って約束したんでした。リヴァイさんにはちゃんと言っておくべきだったのかな。つい、お休みだし、秘密基地にこもるから……と思っちゃって」
「……待てフェリーチェ。そこまでは言ってねぇだろ」

 余計な事は言わなくていい!

「ちょっとぉお! ナニそのこっちが恥ずかしくなる位の“お約束”はっ!」
「へ?」
「……」

……やっぱりだしっかり拾いやがった。いつもと変わらず絡んでくるぞ、コイツ。

「ねぇ〜フェリーチェ〜! そこんとこも〜う少し詳しく! 詳しく教えてッ!」
「そこ?」
「ハンジ!」

 鼻息荒くなり始めたハンジに、本来の目的を思い出させなければ。酷い事になる。

「お前はフェリーチェの話を聞きに来たんじゃなく、話をするために来たんだろうが」
「あー……そうだった」
「私に話?」
「ああ。だがその前に」

 フェリーチェが首を傾げた所で、リヴァイは床一面に散らばるメモ用紙にうんざりしながら言った。

「まずはこれを片付けてからだ」

――雪原か。ここは。
 床を覆う紙切れを拾い見てみると、真っ白な紙だと思っていたそれには、隅から隅までびっしりと専門用語らしい単語と数字や記号が書き込まれていた。
(全く意味が分からねぇ……)
 自分にはただの文字の羅列にしか見えないが、フェリーチェにはそうではないのだろう。
 持っていた紙をひっくり返す。すると、裏まで同じ様な状態だ。
 足元の一枚を拾う。また同様。

「…………」

 オイオイオイ……。
 この部屋中に散らばっているメモ用紙、全部こんななのか?
 ハンジと言葉を交わしているフェリーチェを見た。
 身体を屈め大雑把に床に散らばるものをかき集めるハンジとは対照的に、フェリーチェは座り込み、一枚一枚その内容を確認しながら抱えていく。
 ついさっき、フェリーチェが「分からなくなった」と叫んでいたのを思い出した。
 風に舞い散乱したこの中に、どうやら探している一枚がある様だ……。
(どんなモンか聞いても、俺じゃどうせ分からねぇしな)
 本人が全部確認するしか無いだろう。
 時々重い溜息を吐いているフェリーチェを見るに、本人もそれを分かっているらしい。
――それにしても……。よくここまで集めたものだ。
 これが『趣味』『生活の一部』なのか? 怖ぇな、それは……。

「とまぁ、そんな訳でさ。人の噂ってのは伝言ゲームみたいな感じなんだよ。どんどん違う話になったりね。とにかく面倒くさい」
「人が多いとそういう事になるんですね。末広がりになって……何パターンにもなっちゃう……?」
「そ。良い噂はそのまま広がっていくのに、悪い噂はパターンを変えて酷くなる一方だ。人間の性根の悪さが良く出てると思わない? ね? リヴァイ?」

――と、こちらに話が回ってきた。
 手を止め、二人に向かう。

「俺はそういうものに一切興味は無い」
「あー、言うと思った」
「根拠の無い噂や陰口を流す事を、適切な情報伝達と同レベルで扱う奴等の気が知れねぇな。テメェが必要なモノにだけ耳を傾けていればいい。余計な事を流す必要も無い。その選別も出来ねぇとは、頭が腐ってやがる。クソ以下だな」
「……陰口」
「まぁね。その通りだ。だけど、人の口に戸は立てられぬって言うし……こればっかりはねぇ。フェリーチェはあまり他の皆と接する機会が無いから、噂自体に触れる事は少ないと思うけど……。万が一、変な話を聞いても、真に受けちゃ駄目だよ?」
「……陰口」

 分かっているんだか、いや、聞いているんだか……。
 フェリーチェはハンジの言葉に頷きながらブツブツと呟いていた。
 なにやら「陰口」という言葉に反応している様だが……。

「思い出した! リヴァイさんっ!」
「あ? 何だよ急に」
「昨日のあの人です。『今は言えません』っていうの!」
「……ああ、あれか」
「あの人は“悪い人”ですよ」

 低い声で「悪い人」という部分を強調するフェリーチェに、ハンジがその理由を聞く。
 すると、答えは――。

「聞いたんです。あの人が、他の人達とリヴァイさんの悪口みたいなこと言ってたの」
「……」

 それは……もしや。
 ハンジの顔を見れば、ハンジも自分と同じ考えだった様だ。目が合うと頷いた。

「私とリヴァイさんが、色々な意味で仲が良いんじゃないかって言ってて……。話し方の雰囲気から察するに、リヴァイさんのことを悪く言ってるのは分かりました。--その原因を作っているのが私だってことも……」
「色々な意味で仲が良い? それだけか、お前が聞いたのは」
「えっと……まぁ……はい。色々な意味っていう意味が、イマイチよく分からなかったんですけどね。あとは……あ、そうだ思い出した。リヴァイさんがあっちも? 強いって? 方向関係なくリヴァイさんが強いのは当たり前じゃないですか。変なの」
「ブッハハハッ!! そっか! 分からなかったか! アハハハハッ! うん!  分からなくて大丈夫だよフェリーチェ、そうだよねソイツら変だよね!……フッ……ハハ……ッ」
「…………」
「ハンジさん……?」

 気持ちは分かるが……ハンジ、あからさまに笑ってんじゃねぇ。腹抱えて笑うな。
(下ネタ話を「理解出来なかった」というのは、フェリーチェなら納得だが)

「でも、とにかくあの人、あの人達はリヴァイさんの敵です!」
「敵か。お前らしい表現だな、それは」
「なんであの人達とクライダーが仲良しなのか……」
「出たっ! クライダー青年っ!」

 ハンジが高らかにその名を言う--嬉しそうに。
 睨みつければハンジは「だってさーずっと気にしてるじゃん。リヴァイ」と悪びれもせず言った。そしてしれっと話を変える。

「クライダーと仲が良いのはフェリーチェもでしょ? 聞いたよ、よく一緒にいるんだって? 林檎の差し入れ係らしいじゃないか」
「よく……ではないです。それに、林檎係だけど仲が良い訳じゃないですよ。“割と大丈夫な人”ってだけです」
「ハハッ! 林檎係か!ーーリヴァイ、林檎係だって。クライダー青年の地位は、まだまだ下の方らしい。良かったじゃないか」

 くく……、と笑いを含みつつ耳打ちしてきたハンジの顔を手で押しのけ、溜息を吐いた。

「クライダーもその場にいたのか」
「はい。でも、クライダーはそこにいた人達を窘めていましたよ。リヴァイさんに失礼だって。そういえば、私にもって言ってましたけど……あれは何かの間違いでしょうね……」

(それはクライダーが正解だ)

「なるほど。クライダー青年は、良識があるみたいだね。彼は俗に言う『いい人』だ」
「はい! いい人!」
「ふっふ~。『いい人』か!」
「……」

 いい人、いい人、とうるさい奴等だ。
 リヴァイは、うんざりとしながら再び紙拾いに徹する。
 なにはともあれ、低俗な噂に遭遇したフェリーチェが、意味をよく理解出来ず傷付かずに済んでいたのは喜ぶべきだ。
 内心胸を撫で下ろす――。

「ところで……フェリーチェよ。これが、お前がエルヴィンに言った趣味というやつか」

 拾った内の一枚をひらひらとさせながら見せた。

「凄い枚数だよね。これは何かを算出しているのかな?」
「はい。仮定したものが現実的に……あああ! リヴァイさんっ!」

 フェリーチェの大声に、リヴァイは思わず肩を揺らしてしまう。
 何事だ、と言おうとした時には、フェリーチェに突進されていた。

「なっ!?」
「これです! あった! 良かった!」

 胸元に飛び込んできた身体を片手で咄嗟に抱き止める。
 メモを持つ手は、目を輝かせるフェリーチェにガッチリと掴まれたせいで自由が利かなかった。

「危ねぇだろ。いきなり突っ込んでくるんじゃねぇ」
「あ、つい……。ごめんなさい」

 目の前で笑うフェリーチェは、自分の手を一向に離さないでいる。またどこかへ飛んでいくとでも思っているのだろうか。
 見れば、フェリーチェはそのままメモ用紙の文字を追っていた。
 数字はいいから、早く手を離せ。
――と思いつつ、自分もフェリーチェの腰に回した腕を離さないのだから救いようがない……。

「フェリーチェ、お前なぁ」
「……」

 いい加減、ハンジの視線が気になるので、フェリーチェを離そうとした時だ。

「フェリーチェ……?」
「リヴァイ?」

 リヴァイの表情の変化に、ハンジは怪訝そうな顔を見せた。何? と小さく聞かれる。
 フェリーチェに掴まれている手が段々と熱くなっていくのに気付いたリヴァイは、無理矢理手の自由を取り返し、それをフェリーチェの額に当てた。
――熱い。

「お前、熱あんじゃねぇか」
「へ? 熱?」
「すっとぼけるな、いつからだ」
「……いつからでしょうか?」
「俺が聞いてんだよ」

 色白の肌に変わりは無い様に見えたので、全く分からなかった。部屋が太陽の光で明るかったせいもあるのかもしれない。
 だが、こうして間近でよくよく見れば、頬が火照っているのは歴然だった。

「この熱でよく平気な顔をしていられるな。やっぱりお前の感覚はどうかして……る……」
「…………」

 熱があると指摘された事でやっと自覚が出たのか、フェリーチェの身体から力が徐々に抜けていく。
 その細い体を抱きしめ、支えた。

「………リヴァイさん」
「チッ……」
「えっと……大丈夫ですから」
「馬鹿が……これで大丈夫なワケ無い」

 あっという間に病人に変化したフェリーチェは、目を閉じリヴァイの胸に頬を寄せた。
 再度フェリーチェを抱きしめたリヴァイは、ハンジに向き言う。

「ハンジ、フェリーチェを医務室に」

 連れていくぞ、と続けるつもりだったが、口を熱に覆われ言葉が遮られて。

「い、医務室にだけは行きません……からね……わたし……!」

(お前、今グッタリしてただろ!)
 その医務室回避にかける執念は、どこから来るんだ!?
 絶対イヤだ、と訴えてくるフェリーチェの視線の強さにしばらく考える……。
――クソッ、またかよ。

「どこなら納得するんだ……と、聞く方がマヌケなのか? フェリーチェ」
「……だって……」

 あぁ……。
 分かった。分かったからその目をやめてくれ――。

「……ハンジ。俺の部屋に医者を呼べ」

 溜息交じりに言うと、フェリーチェは微かに微笑んでから意識を手放した。
 諦めてもう一度大きく息を吐く。
 フェリーチェを抱き上げると、ハンジは横でニヤニヤしていた――。

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